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第五話 - 不本意な同盟(下)
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心細そうな小動物の顔でみつめられ、僕の胸は痛んだ……。
「嫌」
しかし、それがどうした。僕は意志の力で拒絶を示した。
「ちぇー」
スズが唇を尖らせる。その表情に先ほど見せたか弱さはない。どうやら僕は試されていたようだ。
「妖怪娘の頼みは聞かない」
僕は胸に残っていた罪悪感を振り払うために冷たく言った。
「それなら、調査は明日からにしよっか? 今日は腹ごしらえー」
それでも、彼女が折れるとは思わなかった。今まで勝手に髪の毛で僕を持ち上げ、勝手に同盟を組み、勝手に案内人として引っ張ってきたにもかかわらず、なぜこのタイミングで僕の意見を尊重するのだろう。自分勝手なのか、思いやりがあるのか。気まぐれな妖怪少女のことは本当にわからない。
「ほら、ロロ。キミの家に案内したまえ」
「なんでうち?」
スズが僕を案内人に指名したときから薄々察してはいたが、彼女はこの村の怪異調査をする間、僕の家で寝泊まりするつもりらしい。
「その方が効率良いじゃん? あ、もしかして、奥さんとか家族の邪魔になる?」
「……家族はいない」
僕にたくさんのことを教えてくれた猟師の師匠は数年前に他界してしまったし、僕にはまだ妻も子どももいないのだ。
「じゃあいいじゃん。たまには家族ごっこも楽しいかもよ? 『ほらあなた、今夜は何を召し上がります?』」
声色を変えて若妻を演じるスズに、僕は大きなため息をついた。怒るべきなのかもしれない。笑うべきなのかもしれない。しかし、彼女の行動一つ一つにリアクションをしていては疲れてしまう。
「……僕の家に泊まったら後悔するよ」
僕が何を言っても彼女は自分の意見を押し通すだろうが、せめてもの抵抗として僕はそう忠告した。
「後悔するかどうかは、泊ってから決める!」
スズには全く効いていなかったが……。前向きなのか、考えなしなのか。
これが僕とスズの初めての出会い。
スズはお調子者で、自分が決めたことを曲げなくて、竜巻のように周りのすべてを巻き込んで駆け抜けていく。「全国の怪異調査と解決」と言う重大な任務を負っているのだから、きっと有能で見た目の若さに見合わない多くの経験をしていて、信頼もされているのだろう。その片鱗はこれっぽっちも見せないが、それもある意味彼女の才能なのかもしれない。
髪を切られたことに怒ったり、自分の身の上を隠したがったり、空腹の僕をある程度は気遣ってくれているらしかったり──。明るく陽気な態度で隠しつつも、その笑顔の裏に隠した「価値観」は僕とさほど違わないように思える。彼女の明るさと勢いは少しうらやましくもあるし。
「絶対後悔するから」
もう一度言って、僕はその足を近くの山道へ向けた。ここから先はスズに引っ張られて歩くのではなく、僕が案内するのだ。
「じゃあ、いっぱい文句言う準備しておくね!」
「ばーかばーか!」「あほー!」「オマエんち、お化け屋敷ー!」
スズは文句の予行演習をはじめている。それらをすべて聞き流しながら、僕は彼女の隣を自分の足で歩いた。頭の中は疑問でいっぱいだ。どうしてこんなことになったのか。彼女の正体は何なのか。これから何が起こるのか……。
「もしかして、おうち山の中にあるの?」
考え事をする僕の耳に、スズの質問が聞こえた。これは予行演習ではなく、本当の文句らしい。
「そうだけど」
僕は驚きで丸くなったスズの目をちらりと確認して、足を速めた。
「まぁ、それも良し」
置き去りにしたスズの顔はもう見えないが、きっと今はにっこり目を細めているんだろうな。
僕との同盟を諦めてくれないかと期待したが、僕を追いかけるスズの気配は消えない。機嫌も悪くなさそうだ。むしろ諦めるのは僕の方なのかも。自宅へ向かう山道を歩きながら、僕は小さくため息をついた。
「嫌」
しかし、それがどうした。僕は意志の力で拒絶を示した。
「ちぇー」
スズが唇を尖らせる。その表情に先ほど見せたか弱さはない。どうやら僕は試されていたようだ。
「妖怪娘の頼みは聞かない」
僕は胸に残っていた罪悪感を振り払うために冷たく言った。
「それなら、調査は明日からにしよっか? 今日は腹ごしらえー」
それでも、彼女が折れるとは思わなかった。今まで勝手に髪の毛で僕を持ち上げ、勝手に同盟を組み、勝手に案内人として引っ張ってきたにもかかわらず、なぜこのタイミングで僕の意見を尊重するのだろう。自分勝手なのか、思いやりがあるのか。気まぐれな妖怪少女のことは本当にわからない。
「ほら、ロロ。キミの家に案内したまえ」
「なんでうち?」
スズが僕を案内人に指名したときから薄々察してはいたが、彼女はこの村の怪異調査をする間、僕の家で寝泊まりするつもりらしい。
「その方が効率良いじゃん? あ、もしかして、奥さんとか家族の邪魔になる?」
「……家族はいない」
僕にたくさんのことを教えてくれた猟師の師匠は数年前に他界してしまったし、僕にはまだ妻も子どももいないのだ。
「じゃあいいじゃん。たまには家族ごっこも楽しいかもよ? 『ほらあなた、今夜は何を召し上がります?』」
声色を変えて若妻を演じるスズに、僕は大きなため息をついた。怒るべきなのかもしれない。笑うべきなのかもしれない。しかし、彼女の行動一つ一つにリアクションをしていては疲れてしまう。
「……僕の家に泊まったら後悔するよ」
僕が何を言っても彼女は自分の意見を押し通すだろうが、せめてもの抵抗として僕はそう忠告した。
「後悔するかどうかは、泊ってから決める!」
スズには全く効いていなかったが……。前向きなのか、考えなしなのか。
これが僕とスズの初めての出会い。
スズはお調子者で、自分が決めたことを曲げなくて、竜巻のように周りのすべてを巻き込んで駆け抜けていく。「全国の怪異調査と解決」と言う重大な任務を負っているのだから、きっと有能で見た目の若さに見合わない多くの経験をしていて、信頼もされているのだろう。その片鱗はこれっぽっちも見せないが、それもある意味彼女の才能なのかもしれない。
髪を切られたことに怒ったり、自分の身の上を隠したがったり、空腹の僕をある程度は気遣ってくれているらしかったり──。明るく陽気な態度で隠しつつも、その笑顔の裏に隠した「価値観」は僕とさほど違わないように思える。彼女の明るさと勢いは少しうらやましくもあるし。
「絶対後悔するから」
もう一度言って、僕はその足を近くの山道へ向けた。ここから先はスズに引っ張られて歩くのではなく、僕が案内するのだ。
「じゃあ、いっぱい文句言う準備しておくね!」
「ばーかばーか!」「あほー!」「オマエんち、お化け屋敷ー!」
スズは文句の予行演習をはじめている。それらをすべて聞き流しながら、僕は彼女の隣を自分の足で歩いた。頭の中は疑問でいっぱいだ。どうしてこんなことになったのか。彼女の正体は何なのか。これから何が起こるのか……。
「もしかして、おうち山の中にあるの?」
考え事をする僕の耳に、スズの質問が聞こえた。これは予行演習ではなく、本当の文句らしい。
「そうだけど」
僕は驚きで丸くなったスズの目をちらりと確認して、足を速めた。
「まぁ、それも良し」
置き去りにしたスズの顔はもう見えないが、きっと今はにっこり目を細めているんだろうな。
僕との同盟を諦めてくれないかと期待したが、僕を追いかけるスズの気配は消えない。機嫌も悪くなさそうだ。むしろ諦めるのは僕の方なのかも。自宅へ向かう山道を歩きながら、僕は小さくため息をついた。
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