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第三話 - 飢餓の怪異
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「んで。キミ、名前は?」
村の衆に食べ物を配り終えた少女は、ぴょこぴょこ跳ねるような足取りで戻ってくると、再び僕の前に座り直した。あいかわらずの能天気な様子を纏って。
「……六郎」
僕は正直に名乗った。
「ロクロー? じゃあ、イチローとジローとサブローとシローとゴローもいるの?」
冗談で聞いているのか、本気で気になるのか。いちいち彼女の言動の意味を考えると疲れそうなので、僕は再び正直に答えることにした。
「次郎は隣村に婿入りして、三郎と五郎は作物を売りに近くの宿場へ。四郎は病で……。一郎はそこに」
僕は少女に渡された野菜をほおばる男連中の一人を指さした。
「まさか本当に六人兄弟だったとは……」
少女は驚きに目を丸くしている。
「で、君は?」
僕だけ名乗るのは不公平だ。
「あたしは鈴奈。『スズちゃん』とか、『お鈴』とかかわいく呼んでね」
「……スズ」
これ以上彼女の調子に乗せられたくなくて、僕はあえてそっけなく呼んだ。
「それも良し」
しかし、スズはまったく機嫌を損ねた様子もなく、にっこり笑っている。
「じゃあ、自己紹介も終わったことだし、あたしたちもう同盟関係だね」
それどころか、いきなり謎の同盟を宣言されてしまった。
「は?」
「ちょっとキミにお話聞いてもいいかい?」
スズは僕の不満の声を全く気に留める様子もなく立ち上がった。腰に手を当てた仁王立ちの格好で、座り込んだままの僕を見下ろす。彼女なりの決めポーズらしい。
「お話?」
僕はオウム返しに尋ねた。彼女と同盟を結んだつもりはないし、三つ葉葵の紋でごまかされてしまったが、彼女は普通の人間ではない。ある程度の緊張と警戒は維持するべきだ。
「あたしは大将軍様の命令で、全国各地の怪異調査とその駆除をしている者なんだけど、ここの村は怪異でお困りだよね?」
「『怪異』って?」
尋ね返したが、心当たりはある。
「あたしがズバリ言い当ててあげよう!」
スズの細い指が、ビシッと僕の鼻先に突き付けられた。
「この村は数年前から豊作続き。それなのに、食べても食べてもお腹いっぱいにならない。そうでしょ?」
その通りだ。だから村の衆は少し走っただけで疲労し、僕たちは作物を近隣の町に売って外の食べ物を買うことで飢えをしのいでいる。
「──ってこれ、さっきも同じこと言ったっけ? あはは。まぁ、そう言うときもある」
スズの明るい笑い声があたりに響き渡った。僕の警戒心も不信感もまったく意に介さず、ふざけているようにも見える陽気な姿勢を崩さない。
「それを解決できるの?」
僕は眉間にしわを寄せた状態でスズを見上げた。
「たぶん? できそうならやるつもり」
小さく首をかしげる彼女に、信頼に足る自信は見られない。
「どうやって?」
「どうやってって――。と言うか、ここで長話するつもり?」
スズは先ほどよりも深く首を傾けた。首どころか上半身ごと傾ける勢いだ。
しかし、彼女の指摘はもっともかもしれない。ここは村はずれの農道の真ん中。あたりには騒ぎに気づいた人々が徐々に集まりつつあった。
「六郎、その女性は――?」
と、先ほどまで盗人スズを追いかけていた村の衆たちも、厳しい表情でこちらに近づいている。
「兄さま」
僕は話しかけてきた男性の顔を見た。
「君がイチローかぁ。よろしくね!」
すぐさまスズが一郎兄さまに近づく。
「あ、ああ」
兄さまの右手はスズによってブンブン振り回されていた。握手にしては勢いが良すぎる……。そして自分勝手に振り回したあと、急に手を離すのだ。鳩が豆鉄砲を食らったような顔で自分の右手のひらを見る一郎兄さまに、僕は同情した。
「うーん……」
その間にも、スズはひとりでことを進めようとしている。あたりを囲みはじめた老若男女を見て、
「人がいっぱいいるならここでもいっか」
と勝手に何かを結論付けたようだった。周りを囲む人々の多くはげっそりやつれ果て、杖や農機具を支えにしないと長時間立っていられない者もいる。
輪の中心で、スズは再び葵の紋が入った通行手形を取り出した。
「あたしは幕府の命を受けて各地の怪異調査を行っている、平坂鈴奈と申す者である!」
手形を掲げ、芝居がかった口調でそうのたまう。しかし、その紋章も、権威ある者を装った口調も集まった人々には効果てきめんだったようだ。驚きと期待に満ちたざわめきに、スズは満足そうな笑みを見せた。
この村は何年も飢餓に苦しんできた。誰もが藁にも縋る気持ちなのだ。おなかいっぱいごはんを食べられるなら、僕だって嬉しい。しかし、彼女が人ならざる存在であること。それが気がかりで、僕だけは素直に喜びを見せられなかった。
唯一笑顔を見せない僕とスズの視線が交わった。
「ついては、数日間村と周辺の調査を行いたい。その許可と、案内人としてこの六郎をお借りすることはできるか?」
村の衆に食べ物を配り終えた少女は、ぴょこぴょこ跳ねるような足取りで戻ってくると、再び僕の前に座り直した。あいかわらずの能天気な様子を纏って。
「……六郎」
僕は正直に名乗った。
「ロクロー? じゃあ、イチローとジローとサブローとシローとゴローもいるの?」
冗談で聞いているのか、本気で気になるのか。いちいち彼女の言動の意味を考えると疲れそうなので、僕は再び正直に答えることにした。
「次郎は隣村に婿入りして、三郎と五郎は作物を売りに近くの宿場へ。四郎は病で……。一郎はそこに」
僕は少女に渡された野菜をほおばる男連中の一人を指さした。
「まさか本当に六人兄弟だったとは……」
少女は驚きに目を丸くしている。
「で、君は?」
僕だけ名乗るのは不公平だ。
「あたしは鈴奈。『スズちゃん』とか、『お鈴』とかかわいく呼んでね」
「……スズ」
これ以上彼女の調子に乗せられたくなくて、僕はあえてそっけなく呼んだ。
「それも良し」
しかし、スズはまったく機嫌を損ねた様子もなく、にっこり笑っている。
「じゃあ、自己紹介も終わったことだし、あたしたちもう同盟関係だね」
それどころか、いきなり謎の同盟を宣言されてしまった。
「は?」
「ちょっとキミにお話聞いてもいいかい?」
スズは僕の不満の声を全く気に留める様子もなく立ち上がった。腰に手を当てた仁王立ちの格好で、座り込んだままの僕を見下ろす。彼女なりの決めポーズらしい。
「お話?」
僕はオウム返しに尋ねた。彼女と同盟を結んだつもりはないし、三つ葉葵の紋でごまかされてしまったが、彼女は普通の人間ではない。ある程度の緊張と警戒は維持するべきだ。
「あたしは大将軍様の命令で、全国各地の怪異調査とその駆除をしている者なんだけど、ここの村は怪異でお困りだよね?」
「『怪異』って?」
尋ね返したが、心当たりはある。
「あたしがズバリ言い当ててあげよう!」
スズの細い指が、ビシッと僕の鼻先に突き付けられた。
「この村は数年前から豊作続き。それなのに、食べても食べてもお腹いっぱいにならない。そうでしょ?」
その通りだ。だから村の衆は少し走っただけで疲労し、僕たちは作物を近隣の町に売って外の食べ物を買うことで飢えをしのいでいる。
「──ってこれ、さっきも同じこと言ったっけ? あはは。まぁ、そう言うときもある」
スズの明るい笑い声があたりに響き渡った。僕の警戒心も不信感もまったく意に介さず、ふざけているようにも見える陽気な姿勢を崩さない。
「それを解決できるの?」
僕は眉間にしわを寄せた状態でスズを見上げた。
「たぶん? できそうならやるつもり」
小さく首をかしげる彼女に、信頼に足る自信は見られない。
「どうやって?」
「どうやってって――。と言うか、ここで長話するつもり?」
スズは先ほどよりも深く首を傾けた。首どころか上半身ごと傾ける勢いだ。
しかし、彼女の指摘はもっともかもしれない。ここは村はずれの農道の真ん中。あたりには騒ぎに気づいた人々が徐々に集まりつつあった。
「六郎、その女性は――?」
と、先ほどまで盗人スズを追いかけていた村の衆たちも、厳しい表情でこちらに近づいている。
「兄さま」
僕は話しかけてきた男性の顔を見た。
「君がイチローかぁ。よろしくね!」
すぐさまスズが一郎兄さまに近づく。
「あ、ああ」
兄さまの右手はスズによってブンブン振り回されていた。握手にしては勢いが良すぎる……。そして自分勝手に振り回したあと、急に手を離すのだ。鳩が豆鉄砲を食らったような顔で自分の右手のひらを見る一郎兄さまに、僕は同情した。
「うーん……」
その間にも、スズはひとりでことを進めようとしている。あたりを囲みはじめた老若男女を見て、
「人がいっぱいいるならここでもいっか」
と勝手に何かを結論付けたようだった。周りを囲む人々の多くはげっそりやつれ果て、杖や農機具を支えにしないと長時間立っていられない者もいる。
輪の中心で、スズは再び葵の紋が入った通行手形を取り出した。
「あたしは幕府の命を受けて各地の怪異調査を行っている、平坂鈴奈と申す者である!」
手形を掲げ、芝居がかった口調でそうのたまう。しかし、その紋章も、権威ある者を装った口調も集まった人々には効果てきめんだったようだ。驚きと期待に満ちたざわめきに、スズは満足そうな笑みを見せた。
この村は何年も飢餓に苦しんできた。誰もが藁にも縋る気持ちなのだ。おなかいっぱいごはんを食べられるなら、僕だって嬉しい。しかし、彼女が人ならざる存在であること。それが気がかりで、僕だけは素直に喜びを見せられなかった。
唯一笑顔を見せない僕とスズの視線が交わった。
「ついては、数日間村と周辺の調査を行いたい。その許可と、案内人としてこの六郎をお借りすることはできるか?」
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