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第一章
第88話/Crazy
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第88話/Crazy
ボシュウゥゥゥ!
凄まじい煙と閃光が、ジェイの肩から噴き出した。あのバカ、撃ってきやがった!
どうする!俺たちがいるのは廊下の途中、すぐ後ろに階段の踊り場がある。あそこまで逃げ込めればいいが、今は我に返った獣人たちが殺到している。彼らを押しのけていくのはとても無理だ。
かといって、他に逃げ場もない。魔法のように地面が消えでもしない限りは……
ん?それだ!
「みんな近寄れ!」
俺の叫びにキリーたちは困惑した表情を浮かべたが、説明してる暇はない。俺は両手をハンマーのようにかみ合わせると、渾身の力で振り下ろした。
「うおおぉぉぉりゃあ!」
ビシ!バキバキバキ……
床に蜘蛛の巣状のヒビが走る。かと思うと、コンクリートがバコンと砕け散った。床が抜け、俺たちは下の階までドスンと落っこちた。
「きゃあ!」
「うわっ」
「あいたぁ!うぐぐ、おしりが……」
キリーがお尻をさすっている。だが、俺の意識はそれどころじゃなかった。上を見上げると、俺が開けた大穴から上の階の天井が見える。そこをジェイの放ったランチャー弾が、猛スピードで横切っていった。
「まずっ……!みんな伏せろー!」
次の瞬間、頭上で爆音と爆風が炸裂した。
「ぐおっ……!」
床に伏した首筋を、熱風がチリチリと焦がす。それが収まると、その後には大量の粉塵が襲ってくる。俺たちはたまらず立ち上がると、激しくむせこんだ。げほっ、げほほっ!
「げほ、みんな無事か、がほっ」
みんなは突然のことに目を回しながらも、とりあえずケガは無いようだった。
「な、なにが起こったの……?」
スーは涙目をこすりながら言った。粉塵に目をやられたのだろう。彼女の金髪はほこりのせいで老婆のように真っ白になっていた。
「ファローファミリーの幹部クラス……ジェイだ。やつが俺たちに、バズーカ砲を撃ってきたんだ」
「ば、バズーカ?」
「バズーカ……軍事用に用いられる、ロケット弾の発射装置の総称……」
ステリアが横から口をはさむ。白髪になったスーとは違い、彼女の白銀の髪はほこりのせいでねずみ色に汚れていた。
「軍用兵器を平然と使ってくるなんて……ファローの武装は次元が違う」
「同感だな……戦争でも始めるつもりかよ、クソ!」
俺は腹立ちまぎれに小さな瓦礫を叩き潰すと、すっくと立ちあがった。こういう時だからこそ、まずは冷静にならなければ。俺はみんなに手を貸しながら声をかける。
「とりあえず、この粉塵だ。ジェイもろくに動けやしないだろうから、今のうちに体勢を立て直そう」
しかしそういう傍から、煙は少しずつ落ち着いてきた。だんだん視界がクリアになってくると、階段のすみにさっきの獣人たちが腰を抜かしていた。アプリコットが彼らに駆け寄る。
「あんたたち!さっさと逃げなさい、ここを棺桶にしたいわけ!」
「け、けどジェイの兄貴が……」
なおもぐずぐず言う山羊男を、アプリコットは一蹴した。
「アンタねぇ、これで分かったでしょ!あのジェイとかいう男は、あんたたちがいるのを分かってて大砲を撃ち込んできたのよ!あんたたちのことなんか、その辺のアリンコくらいにしか思っちゃないのよ、アイツは!」
現実を叩きつけられて、山羊男は絶句した。
「生きなさい!今ここで死んだって、誰一人悲しんじゃくれないわ!けど、生きてれば勝ちよ!明日笑ってるやつが、今日の勝者なの!」
アプリコットは言い切ると、ビシっと階段を指さした。その先は、アジトの外へとつながっている。
山羊男はぼんやりとアプリコットの指した方を向いていたが、やがて彼女の眼を真っすぐ見つめた。その眼には、確かな輝きが宿っている。
「お前ら、姉さんの言う通りだ!こっから逃げ出そう。今は生きることだけ考えるんだ!」
「あ、兄貴……」
「おら、さっさとしろ!姉さん、ありがとうございやした。どうかお達者で!」
獣人たちは山羊男に蹴飛ばされるようにして、どかどかと階段を下っていった。
「ほんとに……最後まで手のかかる」
「彼ら、無事にパコロまで行けるといいな」
「ええ。けど、それで解決じゃないわ。あいつらをあんな目に遭わせた、諸悪の根源を潰さないと」
そうだ。俺たちには、まだ大きな仕事が残っている。まず手始めに、立ち塞がるジェイを倒さなくては。
「生半可じゃなさそうだけどな……」
「ったりめーだろ!俺を誰だと思ってんだ、え?」
っ!この声!
俺とアプリコットが同時に上を向く。俺の開けた穴のふちから、ジェイがひょこりと顔を出して、こちらを見下ろしていた。
「くっ、お前!」
「ひゅ~、やるなぁ。ぶっ殺したと思ったのに。床ごと抜くなんてさ」
「おい、話を……」
「ま、いいか!ちっとしぶといくらいのがいいよな!うん」
ダメだ、全然応じない。いや、そもそも聞く気がないのか?
「じゃ、次行くか。ほいっと」
ジェイは手もとで何かをピンっと引っこ抜くと、こちらへ放り投げた。握り拳ほどの、黒い塊……
「ヤバい!」
俺はアプリコットの腰を引っ掴むと、全速力で飛びすさった。今度はみんなも勘付いたのか、同じように床へダイブする。
ドカーン!
「きゃあぁぁ!」
「ちっくしょう!あいつ、めちゃくちゃだ!」
このアジトごとふっ飛ばすつもりなのか、そうじゃなきゃイカれちまってるかのどっちかだ。石ころでも投げるみたいに、ポイポイ爆弾を放りやがって。
「アプリコット、立てるか。走れるか?」
「え、ええ。大丈夫よ」
「よし。みんな、まずはここを離れるんだ!次は何を落とされるか、わかったもんじゃないぞ!」
立ったり倒れたりで、みんなの恰好は土ぼこりまみれのひどい有様だ。髪をぼさぼさにしながらも、全員なんとか起き上がった。
だがその時、再び穴の上から声が響いた。
「あれ、まだ生きてんのかー。ほんとにゴキブリ並にしぶとい連中だなぁ」
ジェイが穴の上から俺たちを見下ろしている。ステリアが頭にきた、とあの釘打ち銃を引き抜いた。
「っこの!節足動物と一緒にするな!」
パシュン!釘が真っ直ぐジェイへと撃ち出される。いいぞ、これなら……
ガチン!
「ひょっほ。あぶへぇなぁ」
「え?」
思わず声が出てしまった。信じられない、あいつ飛んでくる釘を口でくわえやがったぞ……?ステリアもぽかんとしている。
ジェイは釘をぷっと吐き出すと、ニヤリと口を歪めた。
「残念。こんなおもちゃじゃ、届かないぜ?」
「っ……走れー!」
俺たちは脱兎のごとく走り出した。飛び道具が効かない以上、手出しのしようがない。まずは距離を置かなくては、俺たちは黒焦げだ。
「あ……アイツ、何者……ネイルガンが効かないなんて」
ステリアが呆然と手元を見つめる。
「只者じゃないのは確かだな……銃火器の扱いも慣れてるようだし」
「問題はそこじゃないでしょ!そんな奴をどうやって相手にすんのよ!」
アプリコットが吠えると、リルが長い髪を揺らしながら叫んだ。
「何も、必ず相手にすることはないさ!このまま突っ切ってしまえば、アイツはいないも同然……」
リルがそこまで言った時だ。シュシュシュ!足下をネズミ花火のような閃光が走っていく。それが俺たちを追い越し、廊下の端まで到達した瞬間、本日三度目の爆発が俺たちを襲った。
「ぐわっ!」
「あぁっ!」
爆風をモロに浴びた俺たちは、仰向けに吹っ飛ばされた。
「げほっ……なんだ?」
「道が……」
さっきの爆発で、廊下の天井が完全に崩落していた。瓦礫で道がふさがれてしまっている。ピリっとした痛みで頬に手をやると、擦り傷が出来ていた。
みんなは大丈夫だろうか……?俺がみんなの様子をうかがうと、リルが呆然と言った。
「……すまない、前言撤回だ。これじゃ逃げることもできない」
「俺がどかそうか。これくらいならどうってことないぞ」
「いや、この先にも罠が仕掛けられているかもしれないんだ。私たちがここを通るかなんて、いくらなんでも予想できなかったはず。ということは、めぼしい所全てに爆弾を仕掛けたんじゃないかい?」
「まさか……」
その先の言葉は続かなかった。ファローの武力と、ジェイの常軌を逸した言動が、俺のノドに蓋をしたのだ。アイツらなら、やりかねない。
「っ!センパイ、あれ!下りてきたっすよ!」
黒蜜の鋭い叫びに目をやると、天井の大穴の下にジェイの姿があった。あの野郎、追って来やがった……!
奴の手には、巨大な黒い武器が握られている。バズーカか?いや、あれよりは細身で、もっと複雑な形だ。
「黒蜜、アイツが持ってるのって……」
俺が黒蜜を見ると、黒蜜はあごをわなわなと震わせていた。
「あ、あ、あれ。マシンガンじゃないっすか……?」
「何……?」
ジェイはゆらりと体を揺らすと、黒金の銃口をこちらへ向けた。
ダダダダダ!
「うおぉぉぉ!」
「わああぁ!マジっすか!」
足元がバチバチとはじけ飛ぶ。冗談じゃない、これじゃあ本当にハチの巣だ!
「くそ、うりゃあ!」
俺は崩れ落ちた瓦礫の中から、ひときわ大きな塊をひっつかむと、俺たちとジェイを遮るように放り投げた。ズズン!
「みんな、あれの影へ!」
「っはい!」
瓦礫を遮蔽にして、俺たちは身を寄せ合った。反対側からは、銃弾が雨だれのようにぶつかる音が響いている。ガガガガッ!
「おらおらぁ!隠れてないで出て来いよ!鉛玉を浴びて、お前らが踊る姿が見たいんだ!」
「くっそ……完全にいかれてますね」
ウィローがチッっと舌打ちした。
「ああ……おまけに、あの高火力だ。何をしでかすか、まったく予想ができない」
ステリアがうなずく。
「それに、武器にモノを言わせてるわけでもない。それを扱う技量、センスも持ち合わせてる」
「厄介な相手だな……」
雨のような銃撃が一瞬止んだ。と、思ったそばから、ドカン!と爆風が吹き荒れた。ジェイがまた爆弾を投げつけたらしい。このままでは、この瓦礫の盾もいつまで持つか……
スーが切羽詰まったように口を開く。
「ど、どうにかして逃げなきゃ!あ、でも……」
思い出したように言い淀むスーを、リルが継いだ。
「うん。この先、果たして安全に逃げられるかどうか。その先で奴に追いつかれたら、今度こそお終いだ」
ウィローが、決意を込めたまなざしで、言った。
「……ここで、迎え撃つしかないようですね」
俺も、こくりとうなずいた。背後に置いておくには、ジェイはあまりに危険すぎる。それに、ソーダや山羊男の話を聞くに、奴はかなり高い地位にいるようだ。奴から話を聞き出せれば、ゴッドファーザーの居場所を掴めるかもしれない。
「だが、どうやって奴を倒す?あの弾幕をどうにかしないと……」
すると、キリーがぽん、と手を打った。
「あ、ならユキ。ユキの得意な、ブルドーザー作戦はどうかな?おっきな破片を盾にしてさ、あいつを踏みつぶしちゃうの!」
「あぁ……けど、あれには大きな欠点があるんだ」
「へ?欠点?」
「あれは正面の攻撃しか防げないんだよ。回り込まれると隙だらけなんだ」
以前、スーを助け出しに、ホテルカルペディへ突撃した時のことだ。あの時はウィローとステリアがフォローに入って、わきに回ったやつらを蹴散らしてくれたが……
「ステリア、奴を撃てるか?」
俺がたずねると、ステリアは眉間にしわを寄せた。懐からさっきのネイルガンを取り出すと、じっと見つめる。
「……尽力を尽くす、としか。今の手持ちの中で、このネイルガンが最大火力。これが効かないとなると……」
するとステリアは突然、瓦礫の陰から身を乗り出した。
「ステリア!危な……」
バシュ!
俺が言い終わる前に、ステリアは改造銃の引き金を引いた。
しかしやはり、ジェイには届かなかったようだ。ジェイはひらりと身をかわすと、そのまま撃ち返してくる。俺は慌ててステリアのズボンの尻をつかむと、ぐいっと引っ張った。ドスンとしりもちをついたステリアの、さっきまで顔があった場所を無数の銃弾が通り過ぎていく。ババババ!
「あ……っぶないなっ」
「セクハラ」
「だ、誰のおかげで今も生きてると思ってるんだ!」
ステリアはちっとも悪びれずに、チロと舌を出した。
「けど、今見た通り……チッ。コイツじゃ歯が立たない」
「そうか。そうだな……」
「うーん、ダメかぁ……」
キリーはがっくりと肩を落とす。俺は積み重なる瓦礫の山を見た。サイズはまちまちだが、大きいものでも廊下の幅の半分ほどだ。もう少し幅があれば、回り込む余地を潰せたんだが……
「いっそ、この瓦礫を全部投げつけてみるか?それなら……」
「いいえ、ユキ。ここは、私に行かせてもらえませんか」
「ウィロー?」
ウィローは胸の前で、ぐっと手を握りしめた。
「私なら、奴を倒せます」
「どういうことだ?いや、きみの強さは十分知っているが……」
「奴の銃撃をかわすことは、現時点では不可能です。遠距離攻撃ができない以上、どうしたって身をさらす必要がある」
それは……俺が石を投げるにしたって、その寸前はどうしても無防備になる。それは確かにその通りだが。
「けど、なおさらだ。きみだって、危険なことに変わりはないだろ。弾を全部避けれるわけ……」
そこまで言って、俺ははっと思い出した。彼女には、弾丸をすべて避ける手段が一つだけ存在する。いや、避けるというよりは、全て“叩き落す”わけだが……
ウィローは、すぅと息を吸い込んだ。
「九分咲を、使います」
つづく
ボシュウゥゥゥ!
凄まじい煙と閃光が、ジェイの肩から噴き出した。あのバカ、撃ってきやがった!
どうする!俺たちがいるのは廊下の途中、すぐ後ろに階段の踊り場がある。あそこまで逃げ込めればいいが、今は我に返った獣人たちが殺到している。彼らを押しのけていくのはとても無理だ。
かといって、他に逃げ場もない。魔法のように地面が消えでもしない限りは……
ん?それだ!
「みんな近寄れ!」
俺の叫びにキリーたちは困惑した表情を浮かべたが、説明してる暇はない。俺は両手をハンマーのようにかみ合わせると、渾身の力で振り下ろした。
「うおおぉぉぉりゃあ!」
ビシ!バキバキバキ……
床に蜘蛛の巣状のヒビが走る。かと思うと、コンクリートがバコンと砕け散った。床が抜け、俺たちは下の階までドスンと落っこちた。
「きゃあ!」
「うわっ」
「あいたぁ!うぐぐ、おしりが……」
キリーがお尻をさすっている。だが、俺の意識はそれどころじゃなかった。上を見上げると、俺が開けた大穴から上の階の天井が見える。そこをジェイの放ったランチャー弾が、猛スピードで横切っていった。
「まずっ……!みんな伏せろー!」
次の瞬間、頭上で爆音と爆風が炸裂した。
「ぐおっ……!」
床に伏した首筋を、熱風がチリチリと焦がす。それが収まると、その後には大量の粉塵が襲ってくる。俺たちはたまらず立ち上がると、激しくむせこんだ。げほっ、げほほっ!
「げほ、みんな無事か、がほっ」
みんなは突然のことに目を回しながらも、とりあえずケガは無いようだった。
「な、なにが起こったの……?」
スーは涙目をこすりながら言った。粉塵に目をやられたのだろう。彼女の金髪はほこりのせいで老婆のように真っ白になっていた。
「ファローファミリーの幹部クラス……ジェイだ。やつが俺たちに、バズーカ砲を撃ってきたんだ」
「ば、バズーカ?」
「バズーカ……軍事用に用いられる、ロケット弾の発射装置の総称……」
ステリアが横から口をはさむ。白髪になったスーとは違い、彼女の白銀の髪はほこりのせいでねずみ色に汚れていた。
「軍用兵器を平然と使ってくるなんて……ファローの武装は次元が違う」
「同感だな……戦争でも始めるつもりかよ、クソ!」
俺は腹立ちまぎれに小さな瓦礫を叩き潰すと、すっくと立ちあがった。こういう時だからこそ、まずは冷静にならなければ。俺はみんなに手を貸しながら声をかける。
「とりあえず、この粉塵だ。ジェイもろくに動けやしないだろうから、今のうちに体勢を立て直そう」
しかしそういう傍から、煙は少しずつ落ち着いてきた。だんだん視界がクリアになってくると、階段のすみにさっきの獣人たちが腰を抜かしていた。アプリコットが彼らに駆け寄る。
「あんたたち!さっさと逃げなさい、ここを棺桶にしたいわけ!」
「け、けどジェイの兄貴が……」
なおもぐずぐず言う山羊男を、アプリコットは一蹴した。
「アンタねぇ、これで分かったでしょ!あのジェイとかいう男は、あんたたちがいるのを分かってて大砲を撃ち込んできたのよ!あんたたちのことなんか、その辺のアリンコくらいにしか思っちゃないのよ、アイツは!」
現実を叩きつけられて、山羊男は絶句した。
「生きなさい!今ここで死んだって、誰一人悲しんじゃくれないわ!けど、生きてれば勝ちよ!明日笑ってるやつが、今日の勝者なの!」
アプリコットは言い切ると、ビシっと階段を指さした。その先は、アジトの外へとつながっている。
山羊男はぼんやりとアプリコットの指した方を向いていたが、やがて彼女の眼を真っすぐ見つめた。その眼には、確かな輝きが宿っている。
「お前ら、姉さんの言う通りだ!こっから逃げ出そう。今は生きることだけ考えるんだ!」
「あ、兄貴……」
「おら、さっさとしろ!姉さん、ありがとうございやした。どうかお達者で!」
獣人たちは山羊男に蹴飛ばされるようにして、どかどかと階段を下っていった。
「ほんとに……最後まで手のかかる」
「彼ら、無事にパコロまで行けるといいな」
「ええ。けど、それで解決じゃないわ。あいつらをあんな目に遭わせた、諸悪の根源を潰さないと」
そうだ。俺たちには、まだ大きな仕事が残っている。まず手始めに、立ち塞がるジェイを倒さなくては。
「生半可じゃなさそうだけどな……」
「ったりめーだろ!俺を誰だと思ってんだ、え?」
っ!この声!
俺とアプリコットが同時に上を向く。俺の開けた穴のふちから、ジェイがひょこりと顔を出して、こちらを見下ろしていた。
「くっ、お前!」
「ひゅ~、やるなぁ。ぶっ殺したと思ったのに。床ごと抜くなんてさ」
「おい、話を……」
「ま、いいか!ちっとしぶといくらいのがいいよな!うん」
ダメだ、全然応じない。いや、そもそも聞く気がないのか?
「じゃ、次行くか。ほいっと」
ジェイは手もとで何かをピンっと引っこ抜くと、こちらへ放り投げた。握り拳ほどの、黒い塊……
「ヤバい!」
俺はアプリコットの腰を引っ掴むと、全速力で飛びすさった。今度はみんなも勘付いたのか、同じように床へダイブする。
ドカーン!
「きゃあぁぁ!」
「ちっくしょう!あいつ、めちゃくちゃだ!」
このアジトごとふっ飛ばすつもりなのか、そうじゃなきゃイカれちまってるかのどっちかだ。石ころでも投げるみたいに、ポイポイ爆弾を放りやがって。
「アプリコット、立てるか。走れるか?」
「え、ええ。大丈夫よ」
「よし。みんな、まずはここを離れるんだ!次は何を落とされるか、わかったもんじゃないぞ!」
立ったり倒れたりで、みんなの恰好は土ぼこりまみれのひどい有様だ。髪をぼさぼさにしながらも、全員なんとか起き上がった。
だがその時、再び穴の上から声が響いた。
「あれ、まだ生きてんのかー。ほんとにゴキブリ並にしぶとい連中だなぁ」
ジェイが穴の上から俺たちを見下ろしている。ステリアが頭にきた、とあの釘打ち銃を引き抜いた。
「っこの!節足動物と一緒にするな!」
パシュン!釘が真っ直ぐジェイへと撃ち出される。いいぞ、これなら……
ガチン!
「ひょっほ。あぶへぇなぁ」
「え?」
思わず声が出てしまった。信じられない、あいつ飛んでくる釘を口でくわえやがったぞ……?ステリアもぽかんとしている。
ジェイは釘をぷっと吐き出すと、ニヤリと口を歪めた。
「残念。こんなおもちゃじゃ、届かないぜ?」
「っ……走れー!」
俺たちは脱兎のごとく走り出した。飛び道具が効かない以上、手出しのしようがない。まずは距離を置かなくては、俺たちは黒焦げだ。
「あ……アイツ、何者……ネイルガンが効かないなんて」
ステリアが呆然と手元を見つめる。
「只者じゃないのは確かだな……銃火器の扱いも慣れてるようだし」
「問題はそこじゃないでしょ!そんな奴をどうやって相手にすんのよ!」
アプリコットが吠えると、リルが長い髪を揺らしながら叫んだ。
「何も、必ず相手にすることはないさ!このまま突っ切ってしまえば、アイツはいないも同然……」
リルがそこまで言った時だ。シュシュシュ!足下をネズミ花火のような閃光が走っていく。それが俺たちを追い越し、廊下の端まで到達した瞬間、本日三度目の爆発が俺たちを襲った。
「ぐわっ!」
「あぁっ!」
爆風をモロに浴びた俺たちは、仰向けに吹っ飛ばされた。
「げほっ……なんだ?」
「道が……」
さっきの爆発で、廊下の天井が完全に崩落していた。瓦礫で道がふさがれてしまっている。ピリっとした痛みで頬に手をやると、擦り傷が出来ていた。
みんなは大丈夫だろうか……?俺がみんなの様子をうかがうと、リルが呆然と言った。
「……すまない、前言撤回だ。これじゃ逃げることもできない」
「俺がどかそうか。これくらいならどうってことないぞ」
「いや、この先にも罠が仕掛けられているかもしれないんだ。私たちがここを通るかなんて、いくらなんでも予想できなかったはず。ということは、めぼしい所全てに爆弾を仕掛けたんじゃないかい?」
「まさか……」
その先の言葉は続かなかった。ファローの武力と、ジェイの常軌を逸した言動が、俺のノドに蓋をしたのだ。アイツらなら、やりかねない。
「っ!センパイ、あれ!下りてきたっすよ!」
黒蜜の鋭い叫びに目をやると、天井の大穴の下にジェイの姿があった。あの野郎、追って来やがった……!
奴の手には、巨大な黒い武器が握られている。バズーカか?いや、あれよりは細身で、もっと複雑な形だ。
「黒蜜、アイツが持ってるのって……」
俺が黒蜜を見ると、黒蜜はあごをわなわなと震わせていた。
「あ、あ、あれ。マシンガンじゃないっすか……?」
「何……?」
ジェイはゆらりと体を揺らすと、黒金の銃口をこちらへ向けた。
ダダダダダ!
「うおぉぉぉ!」
「わああぁ!マジっすか!」
足元がバチバチとはじけ飛ぶ。冗談じゃない、これじゃあ本当にハチの巣だ!
「くそ、うりゃあ!」
俺は崩れ落ちた瓦礫の中から、ひときわ大きな塊をひっつかむと、俺たちとジェイを遮るように放り投げた。ズズン!
「みんな、あれの影へ!」
「っはい!」
瓦礫を遮蔽にして、俺たちは身を寄せ合った。反対側からは、銃弾が雨だれのようにぶつかる音が響いている。ガガガガッ!
「おらおらぁ!隠れてないで出て来いよ!鉛玉を浴びて、お前らが踊る姿が見たいんだ!」
「くっそ……完全にいかれてますね」
ウィローがチッっと舌打ちした。
「ああ……おまけに、あの高火力だ。何をしでかすか、まったく予想ができない」
ステリアがうなずく。
「それに、武器にモノを言わせてるわけでもない。それを扱う技量、センスも持ち合わせてる」
「厄介な相手だな……」
雨のような銃撃が一瞬止んだ。と、思ったそばから、ドカン!と爆風が吹き荒れた。ジェイがまた爆弾を投げつけたらしい。このままでは、この瓦礫の盾もいつまで持つか……
スーが切羽詰まったように口を開く。
「ど、どうにかして逃げなきゃ!あ、でも……」
思い出したように言い淀むスーを、リルが継いだ。
「うん。この先、果たして安全に逃げられるかどうか。その先で奴に追いつかれたら、今度こそお終いだ」
ウィローが、決意を込めたまなざしで、言った。
「……ここで、迎え撃つしかないようですね」
俺も、こくりとうなずいた。背後に置いておくには、ジェイはあまりに危険すぎる。それに、ソーダや山羊男の話を聞くに、奴はかなり高い地位にいるようだ。奴から話を聞き出せれば、ゴッドファーザーの居場所を掴めるかもしれない。
「だが、どうやって奴を倒す?あの弾幕をどうにかしないと……」
すると、キリーがぽん、と手を打った。
「あ、ならユキ。ユキの得意な、ブルドーザー作戦はどうかな?おっきな破片を盾にしてさ、あいつを踏みつぶしちゃうの!」
「あぁ……けど、あれには大きな欠点があるんだ」
「へ?欠点?」
「あれは正面の攻撃しか防げないんだよ。回り込まれると隙だらけなんだ」
以前、スーを助け出しに、ホテルカルペディへ突撃した時のことだ。あの時はウィローとステリアがフォローに入って、わきに回ったやつらを蹴散らしてくれたが……
「ステリア、奴を撃てるか?」
俺がたずねると、ステリアは眉間にしわを寄せた。懐からさっきのネイルガンを取り出すと、じっと見つめる。
「……尽力を尽くす、としか。今の手持ちの中で、このネイルガンが最大火力。これが効かないとなると……」
するとステリアは突然、瓦礫の陰から身を乗り出した。
「ステリア!危な……」
バシュ!
俺が言い終わる前に、ステリアは改造銃の引き金を引いた。
しかしやはり、ジェイには届かなかったようだ。ジェイはひらりと身をかわすと、そのまま撃ち返してくる。俺は慌ててステリアのズボンの尻をつかむと、ぐいっと引っ張った。ドスンとしりもちをついたステリアの、さっきまで顔があった場所を無数の銃弾が通り過ぎていく。ババババ!
「あ……っぶないなっ」
「セクハラ」
「だ、誰のおかげで今も生きてると思ってるんだ!」
ステリアはちっとも悪びれずに、チロと舌を出した。
「けど、今見た通り……チッ。コイツじゃ歯が立たない」
「そうか。そうだな……」
「うーん、ダメかぁ……」
キリーはがっくりと肩を落とす。俺は積み重なる瓦礫の山を見た。サイズはまちまちだが、大きいものでも廊下の幅の半分ほどだ。もう少し幅があれば、回り込む余地を潰せたんだが……
「いっそ、この瓦礫を全部投げつけてみるか?それなら……」
「いいえ、ユキ。ここは、私に行かせてもらえませんか」
「ウィロー?」
ウィローは胸の前で、ぐっと手を握りしめた。
「私なら、奴を倒せます」
「どういうことだ?いや、きみの強さは十分知っているが……」
「奴の銃撃をかわすことは、現時点では不可能です。遠距離攻撃ができない以上、どうしたって身をさらす必要がある」
それは……俺が石を投げるにしたって、その寸前はどうしても無防備になる。それは確かにその通りだが。
「けど、なおさらだ。きみだって、危険なことに変わりはないだろ。弾を全部避けれるわけ……」
そこまで言って、俺ははっと思い出した。彼女には、弾丸をすべて避ける手段が一つだけ存在する。いや、避けるというよりは、全て“叩き落す”わけだが……
ウィローは、すぅと息を吸い込んだ。
「九分咲を、使います」
つづく
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