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第一章
第84話/Start
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第84話/Start
ポン!
「ばーん」
銃口からは、びよんびよんと黄色いヒヨコが飛び出していた。俺の顔には、色とりどりの紙吹雪がしこたまふりかかった。
「へ……?」
キリーは何が何だかわからない、という顔をしている。
「バレてしまいましたね。どこで気が付きましたか?」
「マフィアへのスパイのところですよ。俺たちの侵入をマフィアが警戒してるってことは、俺たちとマフィアがつるんでるわけない。当然、それを聞いたあんたたちもそう思いいたるはずだ」
「ああ、そうでした。うっかり口を滑らしてしまいましたね」
「……ちょ、ちょっと!どういうことなの?意味が分からないんだけど!」
キリーが腕をぶんぶん振って抗議する。レスはおもちゃの銃をしまうと、キリーに微笑みかけた。
「すみませんでした、メイダロッカ組長。私は最初から、あなたたちを疑ってなどいなかったんです」
「え。そうなの?」
「ええ。先ほども申した通り、マフィアへのスパイからある程度の話は聞いていましたから。ですが、念には念をと、そこの二人がうるさくてですね……」
レスがちらりと、ニゾーとファンタンのほうを見やった。
「……当たり前です。こいつらには、クサい点が多すぎだ。俺はまだ、こいつらを完全には信用してませんぜ」
ニゾーは拳銃をしまいつつも、ギロリとこちらを睨んだ。
「ヒヒ、ここばっかりはチョウノメさんとウマが合いますねぇ。ワタシも同意見です」
「……なによ、かんっぜんに私怨じゃない」
解放されたアプリコットが、ぶつくさと文句を言う。あいつらは俺たちメイダロッカ組に痛い目見せられてるからな。因縁の一つも引っ掛けたくなるのだろう。
「じゃ、じゃあレスさんは、わたしたちの味方なんだよね?」
キリーが確かめるように問うと、レスはこくりとうなずいた。
「……ですがなぜ、私たちの前から姿を消したのですか?」
ウィローが釈然としない顔で言う。
「ええ。きちんとお話しします。皆さんと列車に乗る直前、とある組から連絡を受けたのです」
「連絡?」
「はい。首都から少し離れたところに陣取っている、今から合流できないか、という旨でした」
「では、その連絡を受けて、途中で姿を消したと……?」
「そうです。そしてその組というのが、チャックラック組のスェット組長でした」
ここでもファンタンか。やつは相変わらずヒヒヒと笑っているが、この男の諜報能力は本物らしい。
「ファンタン組長は、現時点では誰も信用できないと言って、私一人での合流を望みました。そこで私は、打ち合わせた地点で列車を飛び降りて、チャックラック組の方に拾ってもらったのです」
「む、無茶な……彼らが裏切っていたらどうしたんですか」
「それも考えましたが……ファンタン組長の活躍は、私が一番よく知っていましたから」
「ヒヒヒ……四代目代行はあなた方より、ワタシの方が信用できると判断されたんですよ」
「いえ、そうではなく。メイダロッカ組は、チャックラック組とは仲が悪そうだったので。それに仲間を一人失って、消沈してもいました。今無理に動かしても良い事はないと判断したのです……すみませんでした、皆さんに断りもなく」
「いえ……」
ウィローは当時を思い出すように、自分の足元を見つめた。
「今思えば、レス……四代目代行の判断は正しかったです。あの時の私たちは、とても……沈んでいましたから」
俺がいない間、そんなことになってたんだな……なんだか少しこそばゆい。
「それから私たちは少しずつ生き残った組員を集め、力を蓄えていました。そして本日、あなたがたが行動を起こすと知って、私たちもはせ参じたのです」
「え……それって」
「ええ。私たちも加勢します。マフィアと決着をつけるのでしょう?」
レスは眼鏡のつるを、くいっと持ち上げた。おお、それは願ってもない申し出だった。この局面での戦力増強はでかい。だが……
「待ってください、レスさん。一緒に戦ってくれるのはありがたいですが、鳳凰会としてはまずいんじゃないですか?」
「……ふむ。鳳凰会として、ですか」
「ええ。だって、鳳凰会は姿を隠して、嵐をやり過ごすつもりではなかったですか」
スーを救い出す前、レスが言っていたことだ。マフィアによるヤクザ狩りも落ち着きを見せ、このまま大人しくしていれば、鳳凰会は細々と存続できるかもしれないという話だったはずだ。
「……ええ。確かに、鳳凰会は身を隠すつもりでいました。それなら私たちは生き延びることができるでしょう」
「だったら……」
「しかし。結果として、この案は棄却されました」
「え?どうして……」
「いや、まぁ……考えてみれば、当たり前のことだったんですが」
レスはきまり悪そうに、眼鏡のつるを押し上げた。
「私たちは、結局ヤクザなんです……逃げるのは、性に合いません」
「え……そ、それだけ?」
「それだけ?ハッ、これだから若造は……」
小ばかにしたように、ニゾーが笑った。
「いいか?俺たちゃ博徒(ヤクザ)なんだ。逃げた(おりた)段階でおしまいなんだよ。俺たちゃ博徒(ヤクザ)なんだ。逃げた(おりた)段階でおしまいなんだよ。張り続けられねぇなら死んだほうがまだマシだ」
「……と、いう意見が大多数から上がりまして」
「は、はあ……」
「しかし、一理もあるのです。プレジョンを抑えられたら、我々はシノギようがありません。そうなれば鳳凰会を維持することは不可能でしょう」
それは……そうだろうな。パコロでシノいでいた頃の俺たちは、アプリコットが来てくれるまではカツカツの生活だった。鳳凰会全体の食い扶持はとてもないだろう。
「隠れても、いずれ枯れゆく命なら、勝負に賭して命を散らす。それが私たち(ヤクザ)という生き様なのです」それが私たち(ヤクザ)という生き様なのです」
レスはきっぱりと言い切った。
なんというか……あきれて物も言えない。ヤクザというのは、バカしかいないのか。
……けど、嫌いじゃない。
俺はこいつらのバカな生き方が、嫌いじゃなかった。
「……キリー」
「うん。ユキっ!」
キリーはぱっと笑みを浮かべると、レスに向き直った。
「レスさん!わたしたちといっしょに、戦ってくれませんか!」
「承知しました。今こそ、鳳凰会一丸となって立ち向かいましょう」
レスもにこりと微笑むと、すっと手を差し出した。キリーも手を伸ばして、その手を握り返そうとした。
だがその時、ニゾーが二人の間にずいっと割り込んできた。
「待ってください、四代目代行。こいつらを信用するには、あまりにネタが少ないんじゃないですか」
「えぇ!?」
「……ニゾーさん、空気を読んでくれませんか。あなたはチョウノメ一家の次期組長なんですから」
「え!そうなんですか?」
「……うちの組長は死んだ。だが、今はそんなことどうでもいいんだよ」
ビシ、とニゾーは俺たちに指を突き立てた。
「こいつらは、今までチョロチョロ逃げ回ってた臆病者だ。おまけに今は警察とつるんでいやがる。これじゃあマフィアとやりあう気があるのかすら分かったもんじゃない」
小ばかにしたようなニゾーの物言いに、アプリコットはむっと言い返した。
「あによ。あんただって今まで隠れてた癖に……」
「なんだと?お前と一緒にすんな、このあばずれ猫が!」
「なぁんですって!このくされヒゲ男!」
「んだと……!」
「ちょっとアプリコット、言い過ぎだよ」
火花を散らす二人のもとに、キリーが割って入った。
「ニゾーの兄貴。改めまして、お久しぶりです」
「……チッ、メイダロッカの小娘か。お前さんも生きてたんだな」
「ええ。しぶとさが取り柄ですから」
「け。ヤクザが長生きしたって、ろくな事ねぇぞ」
「あはは、そうかもしれません……けど」
そこまでへらへらしていたキリーだったが、そこでキリリと瞳を細めた。
「マフィアとやりあおうってのは、本気です」
「……ほぉ。だがよ、俺が聞きたいのはそんな決意表明なんかじゃねぇ。理由があんのかって聞いてんだ」
「もちろん。じゃなきゃこんなことしません」
キリーは俺と、そしてリルのほうへ振り返った。
「わたしたちの仲間に、警察から目を付けられてる子がいます。その子たちを守るためには、わたしたちも戦わなきゃ」
「……するとお前は、鳳凰会のためじゃなく、自分たちの組員のためにマフィアとやりあう。こう言いたいんだな?」
「はい。そうです」
キリーはきっぱりと言い切った。あのニゾー相手に、すごい啖呵を切る……
アプリコットはヒヤヒヤした顔でキリーに耳打ちした。
「……ちょ、ちょっとキリー!バカ正直に言い過ぎよ!」
「んあっ。ダメだよアプリコット、わたし耳弱いから……」
「ぐあぁぁもう!感じてんじゃないわよヘンタイ!」
「ヘンタイ!?」
俺は呆れ顔で二人のコントを眺めていた。雰囲気がぶち壊しだ。
「……クックック。お前ら、ヤクザなんか辞めて芸人にでもなったらどうだ?」
「あっ。す、すみません」
「ま、及第点てところだな。いいだろう、一先ずお前たちを認めてやる」
「えっ」
キリーは目を丸くした。それもそうだろう。どうしてニゾーは俺たちを信用する気になったんだ?
「お前らの漫才がよかったわけじゃねえ。だが、動機は気に入った。お前らみたいな跳ねっかえりが鳳凰会のためなんてほざきやがったら、舌の根引っこ抜いてやったんだがな」
惜しいことをしたぜ、とニゾーは首を振った。
「お前らが私用で動く方が、こっちとしても利用しやすいってこった。今のところ、俺たちの利害は一致してるからな」
「では、ニゾーの兄貴も協力してくれるんですか?」
「あ?聞いてなかったのか。俺たちは共通の敵を持っているだけで、お前らと仲間になった覚えはねえよ。こっちはこっちで動かせてもらう」
「んん……?」
キリーが頭にハテナを浮かべている。見かけたレスが、ため息混じりにフォローを入れた。
「まぁ、つまりはそういうことです。鳳凰会が一つの組に入れ込むことは出来ませんが、あなたたちが我々と行動を共にするのは自由ですから……ニゾーさんは、そう言いたいんですよ」
説明を聞いたアプリコットは、それでもしかめっ面だ。
「めっんどくさいわねぇ。ヤクザってのはみんなこうなわけ?」
「わ、私に振らないでくださいよ」
話を振られたウィローは慌てて手を振った。
「ですが……言いたいことはわかりました。私たちは私たちなりに、 みなさんに合わさせていただきます」
「ええ。そうしてください。少々面倒ですけどね」
レスがクスリと笑いかけると、アプリコットは顔を赤らめてそっぽを向いた。
「……さて、そこでここからの動向なのですが。メイダロッカ組としては、これからどのように動くおつもりだったんですか?」
レスが俺たちのほうを見る。
「今から、俺たちはファローファミリーのアジトへ向かおうと思っています」
「アジトへ?どうやって行くんです。まさか、真正面から突っ込むつもりですか?」
「いや。二手に別れて、陽動をかけようかと。ファローのアジトは、この街の地下にあるんですよ」
「地下ですか……通りで出所が分からないはずです」
「けど、そこまでの通路には見張りがいる。そいつらを退かすための陽動です」
「……そいつらの数は多いのか?」
俺たちの会話に、ニゾーが割って入ってきた。
「え?さあ、正確な数は分かりませんが……」
「数が少ないなら、わざわざ囮なんざ出さなくても、正面からぶっ飛ばしていきゃいい話だろうが」
「まあ、その通りですけど……」
そりゃそうだ、これは俺たちが、ソーダらと戦わないようにするための作戦だからな。ニゾーからしてみれば、これっぽっちも興味ないだろう。どう言い訳したものか。
俺は脳みそをフル回転させながら、慎重に言葉を選び出した。
「……ですが、連中の武装は確認しています。下っ端の見回りでさえ、常にハジキを携帯していて、まともにやり合ったらかなりの被害が出るかと」
「むぅ……」
「ここはひとつ陽動を立てて、安全に本隊をアジトに向かわせる作戦でどうですか?」
「……だそうですが、四代目」
二ゾーはふいっと視線を外し、レスへ話を戻した。
「代行です。そうですね。こちらの戦力は一人でも貴重です。まだ勝負をかけるタイミングでもないでしょうし、私も安全策に賛成です」
「……代行がそうおっしゃるなら」
よし。鳳凰会現会長がうなずいたなら、こっちのものだな。彼女の意見は絶対だ。
「それで、陽動役に誰を立てるかですが……」
「では、それにはワタシたちが行きましょう。ヒヒ……」
え。意外にも、名乗り出たのはファンタンだった。
「よろしいですよねぇ、四代目代行?」
「わかりました。行ってくれますか、ファンタン組長」
「派手な花火を上げればいいのでしょう?お安いご用ですよ、ヒヒヒッ」
ファンタンは肩を震わせて笑っている。
「……ちょっとユキ、大丈夫なんですか?」
「ああ……」
ウィローがヒソヒソと囁く。正直なところ、ちょっと……いやだいぶ不安だ。けど、レスの信頼は固いようだった。
「くそ、ファンタンめ。あいつ、俺と同じことをしてきやがった……」
「え?」
「先にレスの了承を取ったんだよ。会長にハイと言われちゃ、文句は言えないな……」
「なるほど……相変わらず悪知恵が働きますね」
俺たちの視線に気がついたのか、ファンタンはニタリとこちらを見た。
「おやおや、どうかしましたか?メイダロッカ組の皆さん。何か言いたい事でも?」
「……いいえ。何もありませんよ」
「ヒヒ、そうでしょうとも。では、四代目代行。ワタシたちは先に行かせてもらっていいですかな?なにかと準備もありますので」
「ええ、わかりました。頼みましたよ、ファンタン組長」
「お任せあれ……ヒヒヒ」
ファンタンはきびすを返すと、数人の男たちとともに河川を離れていった。あれがチャック
ラック組の生き残り全員だろうか?だとしたら、あの少数でどうしようっていうんだろう。
「さて、それでは我々も動きましょうか。メイダロッカ組長、如何なさるおつもりですか?」
「へ?わたし?」
レスに指名され、キリーはすっとんきょうな声を上げた。
「……ユキ、なんて言えばいいかなぁ」
「……そうだな。とりあえず、俺たちといっしょに来てもらうか?」
「どんな感じで言う?おしえておしえて……」
キリーが顔を寄せてきた。俺はそっと耳打ちする。
「まずは……」
「ふひゃんっ。耳はダメだったらぁ……」
「……きみ、絶望的にないしょ話向いてないだろ」
「えっへへ……そうみたい」
キリーは赤くなった頬をポリポリかく。
その後ろでレスが怪訝そうな顔でこちらをうかがっていた。しかたない、俺から話そう。
「代行。組長はこれから、ファローファミリーへの突入を決行するおつもりです」
「ふむ……では、私たちも向かうことにしましょう。ここから侵入するのですか?」
レスは俺がこじ開けた地下水道への入り口を指さした。
「ええ。この先がアジトへとつながっています」
「では、陽動役のチャックラック組には、こちらから入ってもらいましょう。私たちが別の入り口を探しているうちに、彼らも戻ってくるでしょうから」
「わかりました」
俺がうなずくと、レスはさっと手を一振りした。その途端に、川岸の黒服たちが一斉に動き出す。彼女の身振り一つで大軍が移動する姿は、圧巻だった。
「……レスさん、なんだか別の人みたい」
キリーがぼそりと、俺の横でこぼした。
「ああ。彼女はもう、鳳凰会四代目代行なのだから。当然かもしれない」
「あはは、話してる限りには、ふつうのレスさんなのにね」
すると俺たちの横に、てててっとスーがやってきた。
「自分は変わってなくても、周りがほっといてくれない……そんなこともあるんじゃないかな」
「うん……」
「……なんにせよ、今はマフィアとの戦いに集中していくしかないさ。レスたちが加わってくれたおかげで、戦況はぐっと良くなった。ずっとマシになったと思わないか?」
「うん!」
「そうだね!」
そうだ。今は気を引き締めていくしかない。相手は裏社会最強となった、ファローファミリーだ。
決戦の火ぶたが、今まさに切られようとしていた。
つづく
ポン!
「ばーん」
銃口からは、びよんびよんと黄色いヒヨコが飛び出していた。俺の顔には、色とりどりの紙吹雪がしこたまふりかかった。
「へ……?」
キリーは何が何だかわからない、という顔をしている。
「バレてしまいましたね。どこで気が付きましたか?」
「マフィアへのスパイのところですよ。俺たちの侵入をマフィアが警戒してるってことは、俺たちとマフィアがつるんでるわけない。当然、それを聞いたあんたたちもそう思いいたるはずだ」
「ああ、そうでした。うっかり口を滑らしてしまいましたね」
「……ちょ、ちょっと!どういうことなの?意味が分からないんだけど!」
キリーが腕をぶんぶん振って抗議する。レスはおもちゃの銃をしまうと、キリーに微笑みかけた。
「すみませんでした、メイダロッカ組長。私は最初から、あなたたちを疑ってなどいなかったんです」
「え。そうなの?」
「ええ。先ほども申した通り、マフィアへのスパイからある程度の話は聞いていましたから。ですが、念には念をと、そこの二人がうるさくてですね……」
レスがちらりと、ニゾーとファンタンのほうを見やった。
「……当たり前です。こいつらには、クサい点が多すぎだ。俺はまだ、こいつらを完全には信用してませんぜ」
ニゾーは拳銃をしまいつつも、ギロリとこちらを睨んだ。
「ヒヒ、ここばっかりはチョウノメさんとウマが合いますねぇ。ワタシも同意見です」
「……なによ、かんっぜんに私怨じゃない」
解放されたアプリコットが、ぶつくさと文句を言う。あいつらは俺たちメイダロッカ組に痛い目見せられてるからな。因縁の一つも引っ掛けたくなるのだろう。
「じゃ、じゃあレスさんは、わたしたちの味方なんだよね?」
キリーが確かめるように問うと、レスはこくりとうなずいた。
「……ですがなぜ、私たちの前から姿を消したのですか?」
ウィローが釈然としない顔で言う。
「ええ。きちんとお話しします。皆さんと列車に乗る直前、とある組から連絡を受けたのです」
「連絡?」
「はい。首都から少し離れたところに陣取っている、今から合流できないか、という旨でした」
「では、その連絡を受けて、途中で姿を消したと……?」
「そうです。そしてその組というのが、チャックラック組のスェット組長でした」
ここでもファンタンか。やつは相変わらずヒヒヒと笑っているが、この男の諜報能力は本物らしい。
「ファンタン組長は、現時点では誰も信用できないと言って、私一人での合流を望みました。そこで私は、打ち合わせた地点で列車を飛び降りて、チャックラック組の方に拾ってもらったのです」
「む、無茶な……彼らが裏切っていたらどうしたんですか」
「それも考えましたが……ファンタン組長の活躍は、私が一番よく知っていましたから」
「ヒヒヒ……四代目代行はあなた方より、ワタシの方が信用できると判断されたんですよ」
「いえ、そうではなく。メイダロッカ組は、チャックラック組とは仲が悪そうだったので。それに仲間を一人失って、消沈してもいました。今無理に動かしても良い事はないと判断したのです……すみませんでした、皆さんに断りもなく」
「いえ……」
ウィローは当時を思い出すように、自分の足元を見つめた。
「今思えば、レス……四代目代行の判断は正しかったです。あの時の私たちは、とても……沈んでいましたから」
俺がいない間、そんなことになってたんだな……なんだか少しこそばゆい。
「それから私たちは少しずつ生き残った組員を集め、力を蓄えていました。そして本日、あなたがたが行動を起こすと知って、私たちもはせ参じたのです」
「え……それって」
「ええ。私たちも加勢します。マフィアと決着をつけるのでしょう?」
レスは眼鏡のつるを、くいっと持ち上げた。おお、それは願ってもない申し出だった。この局面での戦力増強はでかい。だが……
「待ってください、レスさん。一緒に戦ってくれるのはありがたいですが、鳳凰会としてはまずいんじゃないですか?」
「……ふむ。鳳凰会として、ですか」
「ええ。だって、鳳凰会は姿を隠して、嵐をやり過ごすつもりではなかったですか」
スーを救い出す前、レスが言っていたことだ。マフィアによるヤクザ狩りも落ち着きを見せ、このまま大人しくしていれば、鳳凰会は細々と存続できるかもしれないという話だったはずだ。
「……ええ。確かに、鳳凰会は身を隠すつもりでいました。それなら私たちは生き延びることができるでしょう」
「だったら……」
「しかし。結果として、この案は棄却されました」
「え?どうして……」
「いや、まぁ……考えてみれば、当たり前のことだったんですが」
レスはきまり悪そうに、眼鏡のつるを押し上げた。
「私たちは、結局ヤクザなんです……逃げるのは、性に合いません」
「え……そ、それだけ?」
「それだけ?ハッ、これだから若造は……」
小ばかにしたように、ニゾーが笑った。
「いいか?俺たちゃ博徒(ヤクザ)なんだ。逃げた(おりた)段階でおしまいなんだよ。俺たちゃ博徒(ヤクザ)なんだ。逃げた(おりた)段階でおしまいなんだよ。張り続けられねぇなら死んだほうがまだマシだ」
「……と、いう意見が大多数から上がりまして」
「は、はあ……」
「しかし、一理もあるのです。プレジョンを抑えられたら、我々はシノギようがありません。そうなれば鳳凰会を維持することは不可能でしょう」
それは……そうだろうな。パコロでシノいでいた頃の俺たちは、アプリコットが来てくれるまではカツカツの生活だった。鳳凰会全体の食い扶持はとてもないだろう。
「隠れても、いずれ枯れゆく命なら、勝負に賭して命を散らす。それが私たち(ヤクザ)という生き様なのです」それが私たち(ヤクザ)という生き様なのです」
レスはきっぱりと言い切った。
なんというか……あきれて物も言えない。ヤクザというのは、バカしかいないのか。
……けど、嫌いじゃない。
俺はこいつらのバカな生き方が、嫌いじゃなかった。
「……キリー」
「うん。ユキっ!」
キリーはぱっと笑みを浮かべると、レスに向き直った。
「レスさん!わたしたちといっしょに、戦ってくれませんか!」
「承知しました。今こそ、鳳凰会一丸となって立ち向かいましょう」
レスもにこりと微笑むと、すっと手を差し出した。キリーも手を伸ばして、その手を握り返そうとした。
だがその時、ニゾーが二人の間にずいっと割り込んできた。
「待ってください、四代目代行。こいつらを信用するには、あまりにネタが少ないんじゃないですか」
「えぇ!?」
「……ニゾーさん、空気を読んでくれませんか。あなたはチョウノメ一家の次期組長なんですから」
「え!そうなんですか?」
「……うちの組長は死んだ。だが、今はそんなことどうでもいいんだよ」
ビシ、とニゾーは俺たちに指を突き立てた。
「こいつらは、今までチョロチョロ逃げ回ってた臆病者だ。おまけに今は警察とつるんでいやがる。これじゃあマフィアとやりあう気があるのかすら分かったもんじゃない」
小ばかにしたようなニゾーの物言いに、アプリコットはむっと言い返した。
「あによ。あんただって今まで隠れてた癖に……」
「なんだと?お前と一緒にすんな、このあばずれ猫が!」
「なぁんですって!このくされヒゲ男!」
「んだと……!」
「ちょっとアプリコット、言い過ぎだよ」
火花を散らす二人のもとに、キリーが割って入った。
「ニゾーの兄貴。改めまして、お久しぶりです」
「……チッ、メイダロッカの小娘か。お前さんも生きてたんだな」
「ええ。しぶとさが取り柄ですから」
「け。ヤクザが長生きしたって、ろくな事ねぇぞ」
「あはは、そうかもしれません……けど」
そこまでへらへらしていたキリーだったが、そこでキリリと瞳を細めた。
「マフィアとやりあおうってのは、本気です」
「……ほぉ。だがよ、俺が聞きたいのはそんな決意表明なんかじゃねぇ。理由があんのかって聞いてんだ」
「もちろん。じゃなきゃこんなことしません」
キリーは俺と、そしてリルのほうへ振り返った。
「わたしたちの仲間に、警察から目を付けられてる子がいます。その子たちを守るためには、わたしたちも戦わなきゃ」
「……するとお前は、鳳凰会のためじゃなく、自分たちの組員のためにマフィアとやりあう。こう言いたいんだな?」
「はい。そうです」
キリーはきっぱりと言い切った。あのニゾー相手に、すごい啖呵を切る……
アプリコットはヒヤヒヤした顔でキリーに耳打ちした。
「……ちょ、ちょっとキリー!バカ正直に言い過ぎよ!」
「んあっ。ダメだよアプリコット、わたし耳弱いから……」
「ぐあぁぁもう!感じてんじゃないわよヘンタイ!」
「ヘンタイ!?」
俺は呆れ顔で二人のコントを眺めていた。雰囲気がぶち壊しだ。
「……クックック。お前ら、ヤクザなんか辞めて芸人にでもなったらどうだ?」
「あっ。す、すみません」
「ま、及第点てところだな。いいだろう、一先ずお前たちを認めてやる」
「えっ」
キリーは目を丸くした。それもそうだろう。どうしてニゾーは俺たちを信用する気になったんだ?
「お前らの漫才がよかったわけじゃねえ。だが、動機は気に入った。お前らみたいな跳ねっかえりが鳳凰会のためなんてほざきやがったら、舌の根引っこ抜いてやったんだがな」
惜しいことをしたぜ、とニゾーは首を振った。
「お前らが私用で動く方が、こっちとしても利用しやすいってこった。今のところ、俺たちの利害は一致してるからな」
「では、ニゾーの兄貴も協力してくれるんですか?」
「あ?聞いてなかったのか。俺たちは共通の敵を持っているだけで、お前らと仲間になった覚えはねえよ。こっちはこっちで動かせてもらう」
「んん……?」
キリーが頭にハテナを浮かべている。見かけたレスが、ため息混じりにフォローを入れた。
「まぁ、つまりはそういうことです。鳳凰会が一つの組に入れ込むことは出来ませんが、あなたたちが我々と行動を共にするのは自由ですから……ニゾーさんは、そう言いたいんですよ」
説明を聞いたアプリコットは、それでもしかめっ面だ。
「めっんどくさいわねぇ。ヤクザってのはみんなこうなわけ?」
「わ、私に振らないでくださいよ」
話を振られたウィローは慌てて手を振った。
「ですが……言いたいことはわかりました。私たちは私たちなりに、 みなさんに合わさせていただきます」
「ええ。そうしてください。少々面倒ですけどね」
レスがクスリと笑いかけると、アプリコットは顔を赤らめてそっぽを向いた。
「……さて、そこでここからの動向なのですが。メイダロッカ組としては、これからどのように動くおつもりだったんですか?」
レスが俺たちのほうを見る。
「今から、俺たちはファローファミリーのアジトへ向かおうと思っています」
「アジトへ?どうやって行くんです。まさか、真正面から突っ込むつもりですか?」
「いや。二手に別れて、陽動をかけようかと。ファローのアジトは、この街の地下にあるんですよ」
「地下ですか……通りで出所が分からないはずです」
「けど、そこまでの通路には見張りがいる。そいつらを退かすための陽動です」
「……そいつらの数は多いのか?」
俺たちの会話に、ニゾーが割って入ってきた。
「え?さあ、正確な数は分かりませんが……」
「数が少ないなら、わざわざ囮なんざ出さなくても、正面からぶっ飛ばしていきゃいい話だろうが」
「まあ、その通りですけど……」
そりゃそうだ、これは俺たちが、ソーダらと戦わないようにするための作戦だからな。ニゾーからしてみれば、これっぽっちも興味ないだろう。どう言い訳したものか。
俺は脳みそをフル回転させながら、慎重に言葉を選び出した。
「……ですが、連中の武装は確認しています。下っ端の見回りでさえ、常にハジキを携帯していて、まともにやり合ったらかなりの被害が出るかと」
「むぅ……」
「ここはひとつ陽動を立てて、安全に本隊をアジトに向かわせる作戦でどうですか?」
「……だそうですが、四代目」
二ゾーはふいっと視線を外し、レスへ話を戻した。
「代行です。そうですね。こちらの戦力は一人でも貴重です。まだ勝負をかけるタイミングでもないでしょうし、私も安全策に賛成です」
「……代行がそうおっしゃるなら」
よし。鳳凰会現会長がうなずいたなら、こっちのものだな。彼女の意見は絶対だ。
「それで、陽動役に誰を立てるかですが……」
「では、それにはワタシたちが行きましょう。ヒヒ……」
え。意外にも、名乗り出たのはファンタンだった。
「よろしいですよねぇ、四代目代行?」
「わかりました。行ってくれますか、ファンタン組長」
「派手な花火を上げればいいのでしょう?お安いご用ですよ、ヒヒヒッ」
ファンタンは肩を震わせて笑っている。
「……ちょっとユキ、大丈夫なんですか?」
「ああ……」
ウィローがヒソヒソと囁く。正直なところ、ちょっと……いやだいぶ不安だ。けど、レスの信頼は固いようだった。
「くそ、ファンタンめ。あいつ、俺と同じことをしてきやがった……」
「え?」
「先にレスの了承を取ったんだよ。会長にハイと言われちゃ、文句は言えないな……」
「なるほど……相変わらず悪知恵が働きますね」
俺たちの視線に気がついたのか、ファンタンはニタリとこちらを見た。
「おやおや、どうかしましたか?メイダロッカ組の皆さん。何か言いたい事でも?」
「……いいえ。何もありませんよ」
「ヒヒ、そうでしょうとも。では、四代目代行。ワタシたちは先に行かせてもらっていいですかな?なにかと準備もありますので」
「ええ、わかりました。頼みましたよ、ファンタン組長」
「お任せあれ……ヒヒヒ」
ファンタンはきびすを返すと、数人の男たちとともに河川を離れていった。あれがチャック
ラック組の生き残り全員だろうか?だとしたら、あの少数でどうしようっていうんだろう。
「さて、それでは我々も動きましょうか。メイダロッカ組長、如何なさるおつもりですか?」
「へ?わたし?」
レスに指名され、キリーはすっとんきょうな声を上げた。
「……ユキ、なんて言えばいいかなぁ」
「……そうだな。とりあえず、俺たちといっしょに来てもらうか?」
「どんな感じで言う?おしえておしえて……」
キリーが顔を寄せてきた。俺はそっと耳打ちする。
「まずは……」
「ふひゃんっ。耳はダメだったらぁ……」
「……きみ、絶望的にないしょ話向いてないだろ」
「えっへへ……そうみたい」
キリーは赤くなった頬をポリポリかく。
その後ろでレスが怪訝そうな顔でこちらをうかがっていた。しかたない、俺から話そう。
「代行。組長はこれから、ファローファミリーへの突入を決行するおつもりです」
「ふむ……では、私たちも向かうことにしましょう。ここから侵入するのですか?」
レスは俺がこじ開けた地下水道への入り口を指さした。
「ええ。この先がアジトへとつながっています」
「では、陽動役のチャックラック組には、こちらから入ってもらいましょう。私たちが別の入り口を探しているうちに、彼らも戻ってくるでしょうから」
「わかりました」
俺がうなずくと、レスはさっと手を一振りした。その途端に、川岸の黒服たちが一斉に動き出す。彼女の身振り一つで大軍が移動する姿は、圧巻だった。
「……レスさん、なんだか別の人みたい」
キリーがぼそりと、俺の横でこぼした。
「ああ。彼女はもう、鳳凰会四代目代行なのだから。当然かもしれない」
「あはは、話してる限りには、ふつうのレスさんなのにね」
すると俺たちの横に、てててっとスーがやってきた。
「自分は変わってなくても、周りがほっといてくれない……そんなこともあるんじゃないかな」
「うん……」
「……なんにせよ、今はマフィアとの戦いに集中していくしかないさ。レスたちが加わってくれたおかげで、戦況はぐっと良くなった。ずっとマシになったと思わないか?」
「うん!」
「そうだね!」
そうだ。今は気を引き締めていくしかない。相手は裏社会最強となった、ファローファミリーだ。
決戦の火ぶたが、今まさに切られようとしていた。
つづく
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