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第一章

第57話/Alba star

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第57話/Alba star

パチパチパチパチ。場違いな拍手の音が、人気のないはずの館内に響く。

「いやぁ、感動的だ。だがそこまでにしてもらおう」

「っ!危ない!」

「きゃぁ!」

俺は咄嗟にスーを突き飛ばした。次の瞬間、ブスッ!
腕に何かが突き刺る感触。

「ぐわ!」

バリバリバリ!
鋭い電流が俺の体を貫く。視界が白くなったり黒くなったりを繰り返した。

「ユキくん!」

「くそ、このぉ!」

俺は腕に刺さったコードを引きちぎった。これは……スタンガン!

「驚きだな。これを食らっても倒れないなんて、どんだけ頑丈なんだ?」

カツリ、カツリ。かかとを鳴らして、一人の男が歩いてくる。あいつは確か、会見の場にいた、アンカー・カルペディだ。

「ユキくん、大丈夫!?義兄さん、ユキくんになにしたの!」

「これか?ウチの傘下の新商品でな。痛みで動けなくなるはずなんだが、調整不足だったか」

「はっ……あいにくと、すこぶる丈夫なんでな……!」

強がっては見せたが、さっきの一撃でガタついていた腕が完全に死んだ。痙攣がひどく、握り拳も作れない。
それはアンカーにもお見通しのようだった。

「ふむ……だが成果は上々だな。積みだよ、ヤクザくん。我々の勝ちだ」

「ははは……ここで俺を殺してみろ。俺の仲間が、カルペディは人殺しだと吹き回るぞ。そうなれば、お前の人気は地に落ちることに……」

「ならない。なぜなら、殺さないからな」

「な、に?」

「なんのために銃を使わなかったと思ってるんだ。犯人(エモノ)は生け捕りにして、警察に突き出すんだよ」犯人(エモノ)は生け捕りにして、警察に突き出すんだよ」

「え?……義兄さん、どういうことなの!」

「……なるほどな。騒動の全てを俺に押し付けて、お前は花嫁を守ったヒーローになるわけか」

「はん。さすが、ヤクザは汚い算段が得意だな。その通りだよ」

「俺がヤクザなら、お前はヤクザすら利用しようとする大悪党じゃないか!」

「くくくっ。かもな、結局は同じ穴のムジナさ。だが明確に違うのは、俺は勝者であり、お前は負け犬ということだ」

くそ……言い返したいところだが、状況は明らかにこちらがピンチだった。俺はろくに動けないし、スーにケンカの腕は期待できない。

「さて……そろそろ飽きた。とっとと捕まれ」

アンカーがさっと手を振ると、どかどかと黒服たちがなだれ込んできた。

「くそ、やっぱり仕込んでやがったか……」

「当たり前だな。お前だって、あれだけの人数だとは思ってないだろう?さて、これでお終いだ」

絶体絶命だ……!

「ユキくん!こっち!」

「うわ、スー!?」

いきなりスーが、俺の手を掴んで走り出した。スーは黒服たちの間を縫って、屋敷の外へと駆ける。黒服たちが俺たちを追おうと詰め寄ってきたが、アンカーが男たちを制した。

「いい、いい。追うな」

「よろしいのですか、カルペディ様?」

「下への出口は抑えてある、逃げられやしない。混乱させて奇襲しようとかいう算段だろうさ。お前ら、気を抜くなよ」

「わかりました」

くそ、見透かしたようなこと言いやがって。だけど、それならスーはどうする気なんだろう?

「スー、どうする気なんだ?」

俺は痺れる足を必死に動かしながらたずねた。

「ユキくん、まだ走れる?」

「な、んとか。けどどうするんだ、逃げ場は……」

プールサイドを駆け抜け、噴水のわきを通り過ぎる。俺たちが向かう先は、行き止まり。柵に遮られた向こう側に、地面はなかった。

「あと少し……!」

スーが空を睨みながら呟く。

「スー?」

「ユキくん。わたしのこと、まだ信じられる?」

「もちろんだ」

俺は即答した。

「っ……ありがとう。もう少しがんばって!あと少しで朝が……」

朝?空を見上げれば、群青の空は東に向かうにつれ、白いインクを混ぜこんだように淡い色になっていった。だが朝日が昇るはずの地平線は、立ち並ぶビルの真っ黒なシルエットに隠されている。

「ユキくん、行けるところまで行こう。時間が稼げれば……」

なにやら、スーには算段があるらしい。だが、それは今すぐにとはいかないようだ。

「わかった。その時を待とう」

だが、広い屋上と言えど、逃げられる範囲は限られてくる。俺たちはすぐ行き止まりに追い込まれた。それをゆっくりと、アンカーたちが取り囲む。

「さて。無駄な足掻きをしたところで、無駄だと分かったかな」

「くっ……」

「……無駄かどうかは、まだわかりませんよ。義兄さん」

「……スー、お前にはガッカリしたぞ。こんな状況も理解できないのか?そんなチンピラ風情を庇って、未来の当主たる俺をイラつかせるとは。よほど男の好みが悪いらしい」

「好みについては、わかりません……恋愛なんて、考えたこともなかったから。ですが、義兄さん。あなたなんかよりは、ユキくんのほうが百倍かっこいいです」

スーはきっぱりと言い放った。アンカーがぽかんと口を開けている。

「……だってさ。くくく、フられてしまったな、未来の当主さん?」

「……このクソアマ!優しくしてりゃ調子に乗りやがって!おいお前ら、やれ!」

アンカーが怒鳴り散らすと、黒服たちはじりじりと近づいてきた。

「ただし殺すなよ、女の方は特にだ!男は加減しなくていい、逮捕のとき惨めったらしく映るようにしろ。そうだな……今の不細工な顔が、もう少しマシになるくらいにしてやれ」

「ちっ、好き勝手言いやがって。スー!俺の後ろに隠れ……」

「ううん、ユキくん。わたしについてきて!」

「え、ああ……ええ!?」

スーは俺の手を掴むと、手すりから大きく身を乗り出した!

「うおぉ!スー、どういうつもりだ!」

「あと少しなの!もう少し経てば……」

スーはさっきから、なにかを待っているのか?
スーの凶行を見て、アンカーは血相を変えた。

「おい!早まったマネはよせ!殺しはしないと言ってるだろ、おとなしく……」

「よく言うよ!人の心を殺しておいて、どうして信用できるっていうの?」

きっぱり言い切ると、スーは欄干に足をかけた。おい、本気なのか……?
スーはそのまま振り返ると、俺の目をまっすぐに見つめた。

「ユキくん。まだわたしを、信じてくれる?」

「……きみもたいがい、ずるいって言われないか!」

俺は柵の上に飛び乗った。あと一歩でも前に出れば、鳥になった気分を味わえるだろうな。

俺は言葉の代わりに、スーの手をぎゅっと握った。スーも指を絡めてくる。これで俺たちは一蓮托生だな。

「……いくよ!」

「おうっ……!」

背後に迫ってくるアンカーの怒鳴り声を尻目に、俺たちは灰色の空へと飛び込んだ!

ビュゴオオオォォォ!

次の瞬間、俺たちは地面に向かって猛烈に引き寄せられはじめた。風邪が耳元で唸りを上げる。風圧で目が開けられない。

「っ~~~!」

「っ、ユキくん!見てー!」

声につられ、涙がにじむ目を無理矢理こじ開けると、スーがしきりにゆびを指している。その先には、そびえ立つビルのシルエット。だがおかしい、その根本がどんどん白くなっていくぞ?

「あ……」

パァー!
とてつもない光が俺たちを照らす。ビルとビルの隙間から、太陽が顔をのぞかせたのだ。
朝だ。
赤く染まる光の海を、俺たちだけが独占している。それがなんだか心地よくて、こんな状況なのに無性に笑いたくなってしまった。

「ふふっ……」

「あはは!ユキくん、きもちーねー!」

横を向けば、スーもニコニコと笑っている。まるで輝くような笑顔だ……
ん?ちょっと待て、本当に光ってないか?

な、なんだこりゃ!
スーの背中から金色の光が、翼のようにふき出している。朝焼けに照らされるその姿は、さながら天使のようだった。

「ユキくん、わたしにしっかり掴まって!」

「お、おう?」

言われるがまま、俺はスーの肩に手をまわした。スーは姿勢を起こすと、まっすぐ下を見つめている。その先には、俺が登ってきた天空階段があった……え、まさか?

「ユキくん!あそこでジャンプするよ!」

「え!?本気か、ガラスだぞ!」

「大丈夫!継ぎ目の鉄骨を踏むから!」

「いやいやいや!そもそもそんなこと」

「いくよ!さん、に、いちっ!」

「くそー!ままよ!」

俺たちは天空階段に思いっきり着地した。ガラスが砕けて、俺の足も砕けて……
かと思った次の瞬間、俺の体はふわりと上昇した。スーが驚くほど軽やかに跳躍したのだ。

「ど、どうなって……」

「ユキくん、もう一回跳ぶよ!そのあと階段の中に入るから!」

「え!入るって、どうするんだ?窓なんか開いてないぞ!」

「大丈夫!いっこだけ、ガラスが外れてる気がするんだ!」

「な、なんじゃそりゃあ!?」

「女のカン!あはは!」

スーは再びふわりと着地すると、一枚のガラス天井めがけて鋭く跳躍した。ええい、俺も覚悟を決めよう!
だが驚くとに、そこだけ本当にガラスがなかった。

すとっ、と重さを感じさせずに、俺たちは階段に降り立った。

「スー、どうして知ってたんだ?いやそれより、そのジャンプ力は……?」

「ああ、それはねユキくん。これが、わたしの刺青の力なんだよ」

「刺青……あ!確か前に、蜘蛛の刺青を見してもらって……」

「そうそう!あの時、ウィローちゃんがシャツをまくっちゃっ……て……」

ああ、そういえばそんなだったな。スーもその事を思い出したのか、ぽぽぽっと顔を赤くしている。

「お、おほん!とにかく、わたしの蜘蛛なんだけど、色々制約があってね。例えば夜には力が弱まっちゃって、朝にしか使えないとか」

「あ、だから朝を待って……」

「そう。日が昇ったばっかりの、今の時間が一番力が強いんだ」

「けどすごいな。朝だけとはいえ、スー。きみは毎日スーパーマンになれるのか」

「男の人(マン)にはなれないけど……それに、いっつもこうってわけでもないんだ」「男の人(マン)にはなれないけど……それに、いっつもこうってわけでもないんだ」

「あれ、そうなのか?」

「さっき言った制約だけど、時間帯だけじゃないんだ。じつは……効果が、ほとんどランダムなの」

「は?」

「あはは……法則性も一貫性もないし、使ってみなきゃわかんないんだ。視力がよくなったり、体が柔らかくなったり。すっごく髪が伸びたこともあったんだよ」

「それは……なんというか……使いずらい能力だな?」

「はぁ……そうなの。だからいままで使ってこなかったし、使う機会もなかったんだ」

「けどそれなら、今はどうなってるんだ?まるでこうなるって分かっていたようだったが……」

「うん。不思議なんだけどね、なんかこう、力が湧きだしてくるというか……今なら、なんでもできそうな気がするの!」

そう言うと、スーは俺の手をぎゅっと握った。

「きっとね、全部ユキくんが隣にいてくれるからだよ!」

「俺が?手伝えてるならまだしも、今の俺は完全にお荷物みたいなもんだが」

「ううん。わたしひとりじゃ、こんなに大胆になれなかった。だからこそ、今までは大した力が出せなかったんだ。そんなわたしの殻を、ユキくんが壊してくれたんだよ」

スーは、心の底からそう思っているようだった。
なら、俺が水を差すこともないな。

「そっか。なにか少しでも力になれたのなら、俺もまだまだ捨てたもんじゃないかな」

「そんな!ずっとユキくんは私の力になってくれてるよ!」

「はは。けど今は、きみの力を借りるしかないよ。すまないが、頼りにさせてくれ」

「まかせて!今のわたしは、誰にも止められないよ!」

スーが力をこめると、俺たちはふわりと跳び上がった。ひとっ跳びで階段を下りきると、さっき俺たちが闘っていた大部屋が見えた。

「ちっ……さっきより数が増えてるな」

部屋には大勢の黒服たちがひしめいていた。伸びていた連中もだいぶ起き上がり、穏便に通りすぎることは難しそうだ。

「大丈夫。ユキくん、しっかりつかまっててね」

「え?……うぉお!」

スーはそのまま、一直線に駆け出した。足音に気付いた男たちが大勢集まってくる。このままじゃ袋叩きだ……!

「やあっ!」

次の瞬間、スーは再び大きく跳躍した。呆気にとられる男たちの頭上を通り過ぎ、俺たちは部屋の反対側へと着地した。

「っと。わざわざ相手することもないよね。ユキくん、行こ!」

「あ、ああ……すごいな、今さらだけど……」

「うん?うふふ、もっといくよー!」

スーはその勢いのまま、一蹴りで階段飛び降りた!

「おぉぉぉ!?」

「一段ずつなんて降りてられないよ!それ!」

まるで野を駆ける鹿になったように、俺たちはピョンピョン、交互に階段を降りていく。スーの金色の輝きが、光の帯のようにあとに続いた。

「いたぞ!こっちだ!」

「待て!とまりやがれテメェら!」

なんだ?下の方から……
階下からどかどかと押し寄せてくるのは、大軍をなす黒服たちだ。俺の怪力の対策なのか、手前のやつらは鋼鉄の盾を構えている。

「く、どうするスー?また飛び越えちまうか?」

「けど、ちょっと数が多いかも。天井も低いし……」

「そうか。なら……」

「なら、正面突破しちゃおう!」

「え?」

言うが早いか、スーは一直線に階段を飛び降りた。眼前に男たちの盾が迫る!

「ユキくん、わたしと一緒に!」

「え?お、おう!」

「えーいっ!」

「おおりゃあ!」

なんてことない、ただのキック……のはずだった。

ガガーン!

轟音とともに、男たちは盾ごと吹き飛ばされた。身を護るはずの盾がかえってあだとなり、後続も巻き込んでサンドイッチ状態だ。

「やった!ユキくんすごい!」

「え……いや、今のって俺か?」

「あはは!ケンカって初めてだけど、なんだかドキドキしちゃうね!」

スーは胸を押さえて笑う。さっきのキック、あきらかにスーのほうがぶっ飛ばしていた気がするが……

「あ!ユキくん見て、広いところに出たよ」

目の前には開けた踊り場があった。奥は吹き抜けになっていて、そこから階下が見下ろせる。

「結構降りてきたな。あと少しだ」

「うん……う~ん。ねえ、ユキくん」

「ん?どうしたスー?」

スーはむむむ、と唸りながら、あごに手を当てている。その視線の先には、吹き抜けにたなびく垂れ幕が……ま、まさか。

「いちいち階段で降りるの、面倒くさくない?」

「え、いや確かに、まだ少し距離があるけど……」

「だよね!じゃあこっちのほうが近道だ!」

嘘だろー!
スーは何のためらいもなく、踊り場から、吹き抜けへと飛び出した。当然、肩につかまった俺も道連れだ。

「よっと!」

スーは垂れ幕の一端を掴むと、シュルシュルとすべり下り始めた。俺がしがみついた分の重さを、片手で支えながら……俺は怪力の看板を、彼女に譲った方がいいかもしれないな。

「ユキくん!このまま下まで降りようと思ったけど、この布思ったより短かったみたい!」

「なに!あ、下で途切れてるぞ!」

もう数メートルもしないうちに、垂れ幕は終わってしまう。また地上までは数十メートルあるぞ。

「だから、あそこにいったん降りるね!」

「あそこって……あ、あれかぁ!?」

俺たちの足の先にあるもの……それは宙に吊るされた、豪華なシャンデリアだ。

「あれだけ大きければ、きっと余裕だよ!」

「ええいくそ!もうなるようになれだ!」

「いくよ!いち、にの、さん!」

ぱっ!
スーが手を離すと同時に、シャンデリアがぐんぐん迫ってきた。俺はなんとか姿勢を立て直すと、しがみつくために腕を大きく広げた。

ガジャアン!

着地と同時に、シャンデリアが大きく揺れる。ジャラジャラとガラスの飾りがぶつかり合い、階下からは客たちの悲鳴が聞こえてきた。
だがその音の中に、ギシギシっと何かがきしむ音が。

「……なぁスー、これって」

「……えへへ。ちょっと重量おーばーだったみたい?」

ガタン。シャンデリアが、不吉に揺れた。

「くそぉ!帰ったら絶対ダイエットしてやるぞぉ!」

「きゃーーー♪」

ブチン!
支えの金具が力尽きると、シャンデリアは真っ逆さまに落ち始めた。
なぜかこういう時は、時間の流れ方がゆっくりになるらしい。俺は落っこちながら、ガラスにスーの金色がキラキラ反射してきれいだなぁ、とか考えていた。

ガッシャーーン!
ガチャン、ガタン!
カラカラン、コロコロ……

「……」

「……スー、生きてるか?」

「……このままだと、ユキくんに潰されてイっちゃいそう……」

「わったた、すまない!」

俺は慌ててスーの上から飛び退いた。

「ふぅ……あーあ、派手に壊しちゃったね」

「下に人がいなくて助かった……にしても、弁償はできそうもないな」

「まぁいいんじゃないかな?いちおう実家のだし」

「……ずいぶんな家庭内暴力だ」

俺たちは崩れたシャンデリアを踏みつけ跨ぐと、いよいよ正面玄関の前に立った。

「いろいろあったが、なんとか下りてこれたな」

「結果的には近道になったよね!」

「そうだな。追手もまだみたいだし」

「あとは外に出るだけだね。何もいなきゃいいんだけど」

そうか、この外で待ち伏せられていることも充分ありうる。俺は慎重に玄関扉の脇に立った。

「……開くぞ」

「うん……!」

俺はドアノブを握りしめると、パッと開け放った。

続く
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