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第一章
第35話/Research
しおりを挟む「ってなわけで、無事解決したよ。あれから問題もおきてない」
「そうですか。なら当面は安心できそうですね」
ウィローはベッドの上で柔らかく微笑んだ。
「ところで、体調は平気なのか?」
「そうですね……さすがに楽ではありませんが、まぁぼちぼちですよ。ずっとベッドの上で、退屈でしょうがないです」
ウィローはつまらなそうに首をパキパキ鳴らした。
「はは、そうか。そいつは大変だな」
「ええ。ところで、今日はユキ一人ですか?」
「いや、アプリコットといっしょだよ。今は見回りの途中なんだ」
俺は今、ウィローの見舞いついでにポッドの店へと寄っていた。きちんと礼もできていなかったからな。
ちょうどその時、アプリコットがポッドと共にやって来た。
「あら、思ったよりは大丈夫そうね。ご機嫌いかが?」
「ええ。おかげさまで、ぼちぼちです。先生の腕がよかったようで」
「ホントだよ。アタシがオペしたんだ、治らなかったらタダじゃおかないよ」
カッカッカッ!とポッドが豪快に笑った。
「それでアプリコット、“お礼”は済んだのか?」
「ええ。きっちり耳は揃えたわ」
「おうともさ、かっちり受け取ったよ。あんたたちがケガばかりしてくれたら、アタシは億万長者になれそうだね」
「はは……それはごめんしたいな」
アプリコットには、今までの分も含めて、謝礼金を払ってもらっていた。勘定は彼女に任せたので分からないが、相当の色を付けたようだな。
「まぁそうでなくても、あんたたちのとこの獣人がよくウチに来てくれるもんだから、最近はずいぶん儲かってるよ。がんばっとくれ、この後もこの辺を回るんだろ?」
「ああ、その予定だよ」
「では、あんまり引き留めても悪いですね。お二人とも、わざわざご苦労様でした。私のいない間、よろしくお願いします」
「おう。また来るよ」
「じゃあね……早く戻ってきなさいよ」
アプリコットはもごもごと呟くと、どすどすと出て行ってしまった。取り残された俺とウィローは、顔を見合わせて笑った。
外に出ると、そこにはルゥが箒を握って立っていた。
「あ、ユキさん!……と、アプリコットさん」
「と、って……アンタねぇ」
「うん?ルゥ、邪魔したな。用事は終わったよ」
「邪魔だんて、そんな……もう行ってしまうんですか?」
ルゥの表情は、心なしかしゅんとしているように見えた。
「ん、まあな。どうかしたのか?」
「い、いえ!なんでもありません。お仕事、頑張って下さいね」
「あ、ああ……?じゃあな、ルゥ」
「……ふ~ん」
俺はルゥに手を振ると歩き出した。あれ?アプリコットがついてこない。振り返ると彼女は、ルゥにひそひそとなにか耳打ちしていた。
「~~~~」
「……!!」
ルゥの顔が真っ赤になっている。アプリコットはいたずらっぽく笑うと、こちらへとととっと駆けてきた。
「待たせたわね。いきましょ、ユキ」
「ああ……ルゥと何の話をしていたんだ?」
「うん?べっつに~。まったく、罪作りなやつもいたもんよね」
「……なんだよ、気になるじゃないか」
「ナ・イ・ショ。女の子には、たくさんヒミツがあるもんなのよ」
アプリコットはぱちりとウィンクした。参った、降参だ。俺にオンナノコのことなんて、わかるわけないだろ。。
「さ、それより早く行きましょ。次はプラムドンナよね」
アプリコットはこれ以上話してはくれなさそうだった。仕方ない、俺も切り替える。
「ああ。みんなきみを待ち構えてるんじゃないか」
「そうね。あたしも久びさにみんなに会いたいわ」
アプリコットは懐かしそうに目を細めた。
「……なあ、アプリコット」
「うん?」
くるりと振り返ったアプリコットに、俺はずっと考えていたことをたずねた。
「組に来たこと、後悔してるか?」
「へ?なによいきなり」
「俺が無理矢理巻き込まなかったら、きみは今でもあの店にいただろうから」
「いやいやいや……それ、張本人のあんたが言う?」
「……すまない」
「あはは、冗談よ。そうね、寂しくないと言ったらウソになるけど、あんたたちとつるむのも悪くはないわ。それにね、遅かれ早かれ、あたしは店を離れるつもりだったの」
「え?そうだったのか」
「あの子たち、ちょっとあたしに依存してるところがあったから。あたしだっていつまでも一緒にいてあげられるわけじゃないし、そろそろ独り立ちしてもいい頃かなって」
「なるほど……」
「だから、今日は久びさの里帰り!たまには顔出してあげないとね」
「そうか。ならなおさら、早く行かないとな」
「ええ」
駆け出したアプリコットを追いかけて、俺たちはプラムドンナまでの道を急いだ。
プラムドンナは、大変な盛り上がりを見せていた。それもお客ではなく、従業員たちでだ。
「ボス、お帰りなさい。お変わりないようで何よりです」
キノは嬉しそうにシューシュー言いながら、きちっとおじぎした。
「もう、来るなら来るって言ってよぉ。もっと派手にお迎えできたのに!」
レットがニコニコ笑いながら言う。
「いや、これでも充分でしょ……ていうか、よくこれだけ集まったわね……」
店内にはひしめくほどの獣人が押しかけていた。開店時間までまだあるというのに、たいしたものだな。俺たちが向かっているのを、いつの間にやら嗅ぎ付けたらしい……ウワサは瞬く間に広がったようだ。
「ほらあんたたち!懐かしむのもいいけど、今日は仕事で来てるの!それで、何かトラブルはない?」
「おや、左様でございましたか。おかげさまで、現状では特には」
「そう。なら何よりだわ。悪いわね、いろいろ押し付けちゃって」
「いいえ。滅相もございません」
アプリコットが組へと来てから、プラムドンナの切り盛りはキノへと一任されていた。もちろん、アプリコットもしょっちゅう顔を出してはいるが、今はシノギが忙しい。もともとアプリコットはキノを後継者に考えていたらしく、いろいろ吹き込んでいたそうだ。
「それじゃ、これからも頼むわ。何かあったらすぐ呼びなさい」
「ええ。ありがとうございます」」
「ん。じゃ、そろそろ行くわね」
「え~!もう行っちゃうんですかぁ」
レットが口をへの字に曲げた。他の獣人たちからも不満の声がぶーぶー上がっている。
「もう、キノが何にもないなんて言っちゃうから!」
「こらこら。皆さん、あまりボスを困らせてはいけませんよ。ボス、そういうことですので。気をつけていってらっしゃいませ。ユキさま、ボスを頼みます」
「ああ」
「キノ、勘違いしちゃだめよ。今日はあたしがこの坊やのおもりなんだから」
「おや、左様でございましたか。ではユキさま、ボスの言うことをよく聞いてくださいね」
「……勘弁してくれよ」
かくして俺たちは、熱烈な声に見送られながら、プラムドンナを後にした。
それから俺たちは、獣人の働く町中をぐるっと見て回った。
「やっぱり、働く環境までは変わってないわね」
アプリコットがため息をついた。俺たちが顔を出すと、店主はいちおうにこやかに対応する。だが一度店を離れたとたん、獣人に悪態をついたり、ひどい時には暴力をふるう所もあった。
「雇主は普通の人間だもんな。言うことは聞いてくれても、心から賛同する気はないってことか……」
「そうね。個人の価値観まで強制するには、まだまだ力が足りないわ。けど、あれでも前よりはずいぶんマシになったはずよ。あたしたちの努力は、無駄じゃないわ」
「そうだな」
そうしてあちこち巡って、夜の帳が降りるころ。俺たちピンクのネオン煌めく通りへとやって来ていた。
「……」
「なによユキ、あんたまだ慣れないの?」
「うるさいな。こういうとこは苦手なんだって……」
ここは、プラムドンナのある通りとはまた別の風俗店街だ。パコロの端に位置するこのエリアでは、獣人たちの組合への登録数が一番少ないのだ。アプリコットも完全には把握できていないらしい。
「あたしの顔を知らないやつもいるんじゃないかしら。この辺には、あまり手を出さなかったから」
「へぇ。どうしてなんだ?」
「良くないウワサが多いのよ。ヤクザでもない、怪しい連中が出入りしてるってね」
「えぇ……そんなところに行くのか?」
「選り好みしないの!ここにだって、獣人は多いんだから」
ズンズン歩いていくアプリコットに、俺は黙って付いていくしかなかった。
所変わっても、刺激の強い場所なことに変わりはない。ただ、その刺激はどこか刺々しいものだった。
「ハァイお兄さん。アタシと遊んでかなぁい?横の女よりよっぽどいいことしてあげるわよぉ?」
「どうして手も繋いでないのかしら。ボクぅ、お姉さんがデートの仕方おしえてあげよっか?」
「もしかしてベッドで失敗でもしたんじゃない?よっぽどヘタクソだったのねぇ~」
「キャハハハ!」
濃いメイクの女たちが声を揃えて笑う。女たちは煌びやかに着飾っていたが、プラムドンナの嬢たちと比べると、どこか擦り切れて、くすんで見えた。
それに、横にアプリコットがいるのもあるかもな。どんなに派手な格好をしても、彼女の凛とした美しさには敵わない。口ぎたなく野次る女たちよりも、髪をなびかせて歩くアプリコットの隣のほうが、何倍も気持ちが楽だった。
「……ふっ。ガラでもないな」
「うん?なによユキ、やっと余裕が出てきたじゃない。さっきまでむっつり黙ってたのに」
「いや、肩の力が抜けたんだよ」
「そうなの?」
「ああ。きみが隣にいると、ずいぶん落ち着くらしい」
「なっ、ばっ、あんた、何バカなこと言ってんのよ!」
「いいじゃないか、褒めてるんだよ。さ、行こうぜ」
「……っとに、もう」
ぶつくさ言うアプリコットの尻尾は、まんざらでもなさそうにゆらゆら揺れていた。
やがて俺たちは、一軒の風俗店の前にやってきた。
「よし、ここに入ってみましょ」
「えっ、追い返されないか?」
「まぁ、そこはあたしに任せて。ユキは常に出口を背にして立っててくれる?いつでも飛び出せるようにね」
ごくり。退路を、断たれないようにってことだな。
「ああ、わかった」
俺がうなずいたのを見て、アプリコットが戸を開けた。俺も続いて中に入ると、手狭な店内に、中年の女性が一人いるだけだった。女性が俺たちに気付いて声をかける。
「いらっ……なんだいアンタたち、お客じゃないのかい!ここはアベックで来るようなところじゃないよ!」
「まぁ、お客じゃぁないわね。それに、恋人同士でもないわ。それで悪いけど時間もらうわよ」
「冗談じゃないよ!とっとと帰っ……」
「あたしたち、プラムドンナの使いの者なんだけど。それでも帰れと言うなら、帰ってあげるわ」
「ぐっ……プラムドンナ、だって?」
女性がにわかに顔色を変えた。アプリコットの顔は知らなくても、プラムドンナ、風俗街のボスのことは知っているらしいな。
「……何の用だい」
「ありがと。話の分かる、ステキなおばさまね」
「はん!うるさいよ、さっさとおし」
「うふふ。そんなに変なことじゃないわ、ただ話を聞きにきたの」
「はなしぃ?」
「ええ。最近どう?儲かっているのかしら?」
「……あまりよくはないね。最近妙なやからがうろついてるせいで、客足は減る一方さ」
妙なやから?アプリコットの言っていた連中のことだろうか?
「このあたりには、ずっと変なのが出入りしてたと思うけど?」
「確かにそうさ。だがヤツらは、アタシたちと共存を図っていた。今いるのは、アタシたちごとこの町を破壊しようとするヤツらさ」
「なんだか物騒な話ね。そいつらの尻尾は掴んでるの?」
「なわけないだろう。ここいらで余計な首突っ込んだら、その首はねられちまうよ」
「賢明な判断ね。長生きするわよ、おばさま」
「余計なお世話だ!」
アプリコットはにこっと笑うと、懐から紙幣を一枚取り出した。
「お話しありがとう。楽しかったわ」
「……もう来るんじゃないよ」
女性はむすっとしたまま、お札をひったくった。
「さ、帰りましょ、ユキ」
「あ、ああ。わかった」
以外とあっけなく終わったな。俺はその場でくるりと振り返ると、戸を開けて外にでた。
出てから気付いたが、戸口の横には男が一人立っている。男は俺たちを一瞥すると、ゆっくりと店の脇道に消えていった。
「ドアマンってやつね。あいつらの場合は、客を閉じ込めるのが仕事だけど」
閉じ込める……もし俺たちが妙なことをしていたら、今頃どうなっていたのだろう。
「まあけど、おおむねのことはわかったわ。もう何軒かだけ聞いていきましょ」
「ああ……けど、あれだけでよかったのか?どうして獣人の登録率が低いのかも聞ければ……」
「あぁ、それは大体予想がついてるのよ」
「え。なんでなんだ?」
「この辺はどこも出来高制だからね。定額の給料っていうのが馴染まないんじゃないかしら。少しばかり給付が出たって、結局最後は頑張らなきゃ食べていけないしね」
出来高制……客を取らなきゃ、支払いが出ないのか。けどだからこそ、少しでも金が欲しいところなんじゃないか?
「それにね、ここの獣人は特に立場が弱いの。目立つことしようものなら、すぐクビにされちゃうのよ。ここには獣人だけじゃなく、アストラ中でも居場所がないようなヤツらが集まってるから。きっと、替えには困らないのね」
「なるほど……つくづくすごい場所だな、ここは」
「そうよ……っと、ここもよさそうね。入ってみましょ」
アプリコットが足を止めたのは、 大きな暖簾のかかった店だった。暖簾の向こうはすぐ玄関になっていて、まるで和風の屋敷のようだ。
「立派な店だな」
「ずいぶん大きいし、もしかしたらこの辺の元締めかもし……げっ」
「ん?どうしたんだ?」
アプリコットは暖簾の隙間から中を覗いて、固まっている。
「あっちゃ~……すぐそこに獣人のオヤジがいるんだけどね。あたし、そいつと知りあいなの」
「なんだ、なら遠慮する事ないだろ」
「いや、昔ちょっとやりあってて……あたし、コテンパンにしちゃったのよね」
あはは、とアプリコットが引きつって笑う。
「そんなことやってたのか……」
「う~ん……あたしの都合で悪いけど、ここはやめときましょっか。ちょっと惜しいところだけど」
「あ、なら、俺が行ってくるよ。俺なら、面も割れてないだろ」
「え?いいけど、大丈夫なの?」
「さっきみたいなことを聞けばいいんだよな?それくらいなら、なんとかなるだろう」
「そう?……じゃあお願いするわ」
「わかった。行ってくる、少し待っててくれ」
よし。アプリコットみたいに、スマートにやればいいんだろ……少しは、もたつくかもしれないけど。俺は深く息を吸うと、暖簾をくぐって、店に入っていった。
続く
《次回は日曜日投稿予定です》
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