異世界ヤクザ -獅子の刺青を背負って行け-

万怒 羅豪羅

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第一章

第30話/Strong hold

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「よし……いち、にの、さんで飛ぶからな。いち、にぃ……」 

「さん!」

ぶん!俺たちは体を車外に投げ出した。砂利だらけの地面がぐんぐん迫ってくる。

「ぐっ!」

どすんっ!ジャリジャリジャリ……俺たちはゴロゴロ転がると、そのまま小さな茂みに突っ込んだ。

「つてて……」

「ユキ、だいじょうぶ?」

俺の胸の中で、キリーが心配そうに顔を覗き込んだ。

「ああ、葉っぱがいい具合にクッションになってくれたよ。キリーも平気か?」

「うんっ。ありがとね、ユキ」

俺はキリーを抱いていた腕の力を緩めると、纏っていた紅いオーラを解いた。怪力を発しながらも、キリーを押しつぶさなかったわけだ。唐獅子の力もだいぶ制御できるようになってきたな。
俺たちは線路わきに茂っている、小さな雑木林の淵にいた。俺たちの下車が、見つかりづらいだろうと踏んだからだが、それに加えて目的地に近い、という理由もあった。
小雨の降る林を抜けたところで、俺たちは立ち止まった。

「見えたよ。ここが首都、『アストラガリス』。本家のおひざ元ってやつだね」

「ここが……首都」

灰色の空の下、霧雨に包まれた首都は、不気味なシルエットをそびえ立たせていた。背の高いビルが立ち並ぶ、立派な都市だ。

「さ、行こっか。その辺まで行けば、タクシーが捕まえられるはずだよ」

「ああ、わかった」

俺たちは湿った草原をぎゅ、ぎゅ、と踏みしめながら、灰色の町へ向かって歩き出した。



タクシーに揺られること小一時間、俺たちは霧に包まれた、大きな門の前に立っていた。

「すごいな……思いっきり和風の建物じゃないか」

「わふう?」

濡れた前髪を払いながら、はてな、とキリーは首を傾げた。
鳳凰会本家は、広大な敷地に建てられた立派な屋敷だった。都会のビル群の中にぽっかりそれがあるものだから、違和感が凄まじい。

「よくわかんないけど、初代会長がこういう風に造ったんだって」

「えぇ?ますますどういうことなんだ……」

その初代は、日本文化が好きだったのか?けど、この世界に日本は存在しないわけで……?

「ええい、今はなんだっていいさ。キリー、行こう」

「おっけー。こっちだよ」

キリーは大きな門扉を通りすぎ、わきにある勝手口へと歩いていった。そこには黒服の男が一人、傘もささずに仁王立ちしている。
黒服が重苦しい口を開いた。

「……何用でしょうか?」

「メイダロッカ組だよ。本家にお話があって来たんだ」

「……メイダロッカ組?」

男の眉がピクリと動いた。

「申し訳ないですが、お引き取りください。あんたがたを通すわけにはいかない」

「へぇ……わたし、組長なんだけど。その組長が、本家に入れないっていうの?」

「左様で。あんたがたの兄貴、チョウノメ組からのご指示です」

チョウノメ組……すでに根回しはばっちりってことか。

「本家の者がわざわざ、田舎の組の指示を聞いてるの?本家の格も落ちたもんだね」

キリーがわざとらしく挑発すると、男はにわかに顔を強ばらせた。

「悪かったな。俺はその、田舎チョウノメ側の人間なんだよ」

「ああよかった。本家はともかく、礼儀を知らない田舎者に遠慮はいらないね。ほら、そこどいてよ。ジャマ」

「……この小娘!」

男はいよいよ歯を剥き出しにしている。

「チョウノメがわたしたちの上に就くのは、今夜からだ。メイダロッカ組は、まだ言うことを聞く義理はないよ」

「知るか!てめえらみたいな落ちぶれた組が、本家と話できるわけねぇだろ」

「それを決めるのはあなたじゃない、本家だ。通してもらうよ」

「いいや、ダメだ。俺“たち”が、それを許さねぇ」

気が付くと、辺りに何人もの黒服たちが、俺たちを取り囲むように立っていた。

「……これは、どういうつもり?」

「どうもこうもあるかよ。お前らは原因不明の理由で失踪、会長には会えずじまいってわけだ」

黒服たちはボキボキと拳を鳴らせている。

「ま、結局こうなるよね」

「ってことはようやく、俺の出番ってわけだな」

俺はキリーを背に隠すと、黒服たちを睨みつけた。

「キリー。こいつらは本家の人間じゃないから、ボコボコにしても本家に迷惑は掛からないってわけだよな」

「さすがユキ。よくわかってるじゃん」

「なら、遠慮なくやらせてもらおう……いくぞぉ!」

俺が紅い光を纏うと、男たちはさっと身構えた。だがさすがに俺の怪力を知っているのか、考えなしに突っ込んでくることはしない。俺の大振りを誘って、隙を突こうという算段だろうか。

「よく研究してるな。だが……」

この前のケンカで、俺はウィローから、“でたらめな”戦い方を学んでいた。
俺は姿勢を低くすると、陸上競技のスタートのように両手をついた。足の裏に力を込める……今だ!

「おらあ!」

俺は思いっきり地面を蹴ると、体ごと黒服にぶつかっていった。なんてことはない、ただの体当たりだ。だが、全身武器の俺が使えば、それも絶大な威力になる。

「うわあぁぁ!」

男たちは俺の体に弾かれ、高々と吹っ飛ばされた。勢い余って俺もゴロゴロと転がるが、受け身をとってスパンッと立ち上がった。
ぶっ飛んだのは二人。残ったのは六人だ。
俺は再び身構えると、トン、と地面を蹴った。

「うわぁ!」

黒服たちはまた俺が突っ込んでくると思って、慌てて左右に飛び退いた。だが、それが狙いだ。俺はふわりと、男たちの間に着地した。どうにか避けようと姿勢を崩した、連中の背中は隙だらけだ。

「せいやっ!」

俺は手刀で男たちを薙ぎ払った。一人、二人、三人。

「この野郎!」

俺の両側から、男たちが殴りかかってきた。俺はその拳を片腕ずつ受け止める。

「うおおお!」

俺は男たちの腕を掴んだまま、ぐるぐると振り回した。そのまま放り投げると、男たちははるか向こうまで飛んでいった。

「残り一人……!」

「くぅ、くそが!」

最期の一人は、俺に背を向けて走り出した。その先にはキリーがいる。キリーは呆れたように肩をすくめた。

「はぁ。あなたたち、男に勝てないからって、女の子に向かってくるわけ?」

「うるせえ!てめぇを盾にしてやる!」

男はキリーの胸ぐらに掴みかかろうと手を伸ばした。

「あっそ。けど、はいそうですかとはならないよ!」

キリーはさっと身を屈めると、男のみぞおちに肘鉄を食らわせた。男が苦しそうに息を詰まらせる。そのままキリーは男に体当たりした。

「ユキ!しあげちゃって!」

「おう!」

よろけた男に、俺はタックルをぶちかました。男はすっ飛んでいき、植え込みに突っ込んで見えなくなった。

「ふぅ。先にケンカを売ったのはお前たちだ。恨むなよ」

「ユキ、ここにいたら増援が来ちゃうかも。先に進もう」

「わかった。行こう」

俺たちは戸口をくぐって、鳳凰会本家へと足を踏み入れた。
中はやはり純和風の造りになっていて、見事な庭園が広がっている。だが、景色を楽しんでいる暇はなさそうだ。敷地の中にも、黒服の男たちが大勢待ち構えていた。

「手厚い歓迎だね」

「まったくだな。にぎやかすぎるのは好きじゃないんだが」

「けど、そうも言ってられないみたいだよ」

見れば、黒服たちは手に手に、刃物や鈍器を持っている。あれはさすがに、唐獅子でも無事じゃ済まなそうだ。俺は気合を入れなおして、地面を踏みしめた。

「ん……?」

ジャリジャリ。足元には、白い玉砂利が敷き詰められていた。さすが日本風庭園だ。

「……これ、使えるな」

俺はかがんで、砂利を一すくい握りしめた。それを合図にしたかのように、黒服の男たちはいっせいに襲い掛かってきた。

「死ねオラアァァァ!」

「上等だ。これでも喰らえ!」

俺は片手に握った玉砂利を、黒服たちに向かって投げつけた。砂利は恐ろしいスピードで風を切り、まさしく“弾”そのものとなって飛んでいく。

「ぐぁっ」

「うぎゃぁ!」

石つぶてに当たった黒服たちが次々に倒れていく。外れた石は、庭園のあちこちに飛んでいった。庭石を砕き、池の水をはじき飛ばし、庭木の枝を折り……

「こらー!ユキ、庭を壊したら会長に怒られるでしょー!」

「うわっと、すまない!」

俺が平謝りしていると、一人の黒服の目がギラリと光った。そいつは手に持ったドスを大きく引いている。あいつ、キリーに投げる気だ!
また石を……投げるとまずいか。俺は靴を片方脱ぐと、黒服めがけて蹴り飛ばした。
パコン!

「ぐぎゃ」

靴が頭にクリーンヒットした黒服は、奇妙な声を発して倒れた。

「ストライク……かな。よし、あらかた片付いたか?」

「ユキ、まだ来るよ!」

「なに?」

見ると、まだ何人かの黒服たちが、こちらへ走ってくる。
ええい、やってやろうじゃないか。俺は靴を履き直すと、再び拳を握りしめた。



「ユキ、こっちこっち!」

「わかった!おりゃあ!」

「うわあぁぁ……!」

バッシャーン!
俺は抱えていた男を池に放り投げると、キリーのもとへと急いだ。

「ふぅ、きりがない!」

「だね。早く行っちゃおう!」

俺たちは庭を抜け、ついに本館へとたどり着いた。重厚な扉を押し開けると、素早く中へ入り込む。ここが……

「いよいよ、本番だね。ここが鳳凰会本家、わたしたちのトップが居座る場所だよ」

ここが……和風な外見のわりに、中は以外とモダンな装いだ。いや、赤絨毯が敷かれた、大理石の建物をモダンとは言わないか……

「ところでキリー、どこに行けばいいんだ?」

「へ?」

え?キリーはきょとんとしている。が、すぐにぽん、と手を打った。

「ああ!大丈夫だいじょうぶ、新年の挨拶に何度か来てるから。こっちだよ、うん」

スタスタと歩いていくキリー。ほんとに大丈夫かよ……?
俺たちは大きな階段を上り、二階へとのぼる。廊下には荘厳な絵画がかけられ、歩くだけでも気が張りそうだ。
やがてキリーは、一つの扉の前で立ち止まった。

「……ここか」

「うん……ユキ、準備はいい?」

俺は無言でうなずいた。キリーの手が、ドアノブにかかる。そして、勢いよく開いた!
バーン!

「もが、なんだお前ら!?」

そこにいたのは、カップ麺をすするオヤジが一人だけだった。

「こいつがトップ……?」

バターン!
キリーは無言で扉を閉じた。

「……おい、キリー」

「違う。違うんだよユキ」

「いや、だって……」

「……あなたたち、なにしているんですか?」

うわっビックリした。
いつのまにか俺たちの背後には、一人の女性が立っていた。浅葱色の髪に褐色の肌、白いスーツという、ずいぶん派手な格好だ。だがつり目と銀縁のメガネが、知的な印象を感じさせる。

「あんまり遅いので様子を見に来てみたら……メイダロッカ組長。あなた、組長のくせに本家の間取りも覚えてないんですか?」

「えっ。あの、ごめんなさい……」

キリーも困惑しているようだ。だが今、様子を見に来たと言っていたな?

「あの、俺たちを迎えに来てくれたんですか?」

「そうです。あれだけ庭先で大暴れすれば、嫌でも気が付きますよ」

「あっ。す、すみません……」

「いいえ。庭の修繕費については、おいおい話しましょう」

くっ。やはり見逃してくれなかったか……

「さて、ではついてきてください。“三代目”がお待ちです」

「三代目?」

キリーが首を傾げた。

「鳳凰会三代目当主、『トト・カルチョ』会長です。まさか、それくらいは覚えていますよね?」

「あ。あはは、もちろんです……」

キリーは苦笑いを浮かべていた。メガネの女性はそれを知ってか知らずか、くるりと身をひるがえして歩き始めた。俺たちも慌てて後を追う。
道すがら、俺は女性に聞こえないよう、小声でキリーに話しかけた。

「なあ、キリー……」

「なぁに?」

「さっき、三代目当主って言ってたよな。それってつまり……」

「うん。カルチョ会長のことだよね。会長は鳳凰会を束ねるトップ、大ボスだよ。つまりわたしたちが会いたかった、目的の人」

「やっぱりそうか。なら、その会長が待ってるってことは」

「わたしたちが来ること、お見通しだったみたいだね。そう考えると、チョウノメ一家があれだけ自由にできてたのも納得かも。きっと、わたしたちの力を試してたんだよ」

「なるほどな……チッ。いけ好かない話だ」

あの集団を突破で来たら、話くらい聞いてやろう、ってわけだ。
するとその時、メガネの女性がこちらを振り返ったので、俺たちは慌てて口をつぐんだ。

「申し遅れましたが、わたくし、本家付きの秘書を務めております『レス・クラップス』です。もっとも、メイダロッカ組長には、毎年初にはお会いしているんですけどね」

「あはは……」

俺が訝しげにキリーの顔を覗き込むと、キリーは大げさにうんうん、とうなずいた。
廊下の突き当りで、レスは足を止めた。

「つきました、こちらに会長がいらっしゃいます。くれぐれも、失礼のないようにしてくださいね」

レスに念を押され、俺たちはごくりとうなずいた。レスは扉の一つに手を掛けると、かちゃりとゆっくり開いた。

続く

《投稿遅れ申し訳ございません。次回は木曜日投稿予定です》
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