796 / 860
17章 再開の約束
20-2
しおりを挟む
20-2
虹色の光が、壁や天井を淡く染め上げる。いつまでも見ていたくなるような、美しく暖かい光だったが、それはじきに薄れ、消えていった。
「……はい。終わったよ、桜下くん」
「……ありがとうございました。光の聖女様」
俺は厳粛な面持ちで、両手を合わせる。
「え?もう、やめてったら。いきなり改まったりして」
「あはは。ありがとな、キサカ」
気楽に呼びかけると、ようやくキサカは、柔らかく微笑んだ。相変わらず、腰の低い聖女様だ。
「ごめんな、こんな短い間に、何度も世話になっちゃって」
「ううん、全然。それが私の仕事だもの。それに、三幹部っていうやつの一体をやっつけたんでしょ?大戦果じゃない!すごいよ」
「そんな、ははへへへ。たまたま、運がよかっただけさ」
「だとしてもすごい!桜下くん、すごくかっこいいよ!」
そ、そうかな?褒められて照れていると、突然胸の中に、氷を投げ込まれた気分になった。ぎょっとして胸を見下ろすと、白くて細長いものが、俺の体を貫通している……!?
「うぎゃあ!」
「ふえ!?ど、どうしたの、桜下くん……?」
「あ、い、いや」
突き出していたものは、手だった。それがしゅっと引っ込んでも、俺の体は何ともない。こんなことできるのは、一人だけだ……俺がゆっくり振り返ると、ウィルがそっぽを向いて浮かんでいた。
(お、お前のしわざか!)
(ふーんだ)
くうー、こいつめ!大方、俺がデレデレしていたようにでも見えたんだろう。たく……俺は思い切り舌を突き出すと、ぎこちなく笑いながら、キサカに向き直った。
「は、ははは。悪い、ちょっと見間違えたみたいだ」
「まあ、そう……大丈夫?ひょっとして、さっきの戦いのせい?」
おっと、キサカは心底心配そうな顔をしている。適当な言い訳を、逆に真に受けられてしまったか。
「いや、そんな大したことじゃないんだ。まあ、色々大変な戦闘ではあったけどな」
「そう、みたいね。耳の早いシスターが教えてくれたの。相手のモンスターは、最後には、自爆したんだとか……」
「ん、まあ、な。まあ、こうして五体満足なんだし、結果オーライだよ」
「そう……そうね……」
口では言いつつも、キサカもショックだったみたいだ。ドルトヒェンはちゃんと生きていると知っている俺たちは、さほどショックでもないのだけれど……さすがにペラペラしゃべるわけにはいかないよな。浮かない顔のキサカを見ていると、黙っているのもなかなか大変だ。
「そのモンスターさんは……そうまでして、守ろうとしたってことよね。その、魔王を……」
「ん、そうなるな」
「……人間の魔王を、ってことよね」
へ?おいおい、アルアといい、どうしてそれを……?俺が驚いて固まっていると、キサカは訳知り顔でうなずいた。
「大丈夫。桜下くんから聞いたことは、誰にも話さないから。それに、もうだいたいのことは知ってるの」
「……それは、どうやって?」
「人の口には戸が立てられないって言うじゃない?」
「うわさか……ったく、軍紀が弛んでるんじゃないか?」
「とにかく……今の魔王はあの、セカンドくんなんでしょう?」
う、セカンドをくん付けで呼ぶ人なんて、この世界じゃキサカくらいのものじゃないか?俺たちからしたら、遠い過去の存在のセカンドだけれど、キサカにとっては実際に会ったことがある、近しい現在の存在なんだよな。
「まあ、どうやらそういう情報らしいけど」
「でも、セカンドくんが、魔王……ごめんね、疑いたいわけじゃないんだけれど、やっぱり信じられない……」
「そりゃ俺たちもだよ。なぁ、ところで。くん付けで呼ぶなんてキサカはセカンドと、仲良かったのか?」
「ううん……ファーストくんや、サードくんとも、それほど。前に言ったと思うけれど、私は神殿からは、ほとんど出てこなかったから」
「でも、奴の悪評は聞いてただろ?」
「うん。桜下くんたちからしたら、そんな人の心配をするなんて、信じられないわよね」
「そんなことはないけれど……」
「ううん、馬鹿だなって、自分でも思うのよ……でもね。私の記憶の中のセカンドくんは、やっぱり、ただの男の子だったんだよ」
「ただの、男の子、か。ちょっと想像つかないや」
「でも、本当にそうだったの。不安げで、自身が無くて。いつも誰かに怯えてるように見えたわ……それが魔王になったなんて言われても、とても信じられなくて」
うーん……こればっかりは、直接面識がないと、分からない感覚だな。今この場に、ラクーンの町の宿の主人、ジルがいたらなんと言うんだろう?過去にセカンドとパーティーを組んでいた、彼なら……
「それにね、サードくんのことも、すごく驚いたの」
「へ?サードも?っていうか、そんなことまで噂になってんのかよ……」
「うん。あの子は……なんだか、不思議な子だった。そこにいるのに、どこにもいないみたいな……」
「存在感が薄かった?確かに、そんなに強い勇者じゃなかったんだよな」
「そういうのとは、また違う感じ……なんだろう、我が弱いって言うか、引っ込み思案っていうか……話しかけると、ちゃんと答えてくれるんだけど、自分からは絶対に口を開かない、そんな子だったの」
ふむ……?寡黙、とはまた違いそうだな。話しかければ答えるんだから。冷淡というか、淡白な人間だったんだろうか?俺が聞いている限りじゃ、サードは地味な勇者だったらしいが。
「ん?でもそれだと、ちょっと今のサードとは、印象が違うな」
「そうでしょう?噂では、サードくんが色々積極的に話をしたって聞いたから……もちろん噂だから、直接会ってみないと分からないけれどね。でも、サードくんがそんな風になっちゃったのも、分かる気がするのよ」
「それは、どうして?」
「だってサードくんは、十年以上も監禁されていたんだよね?きっと、すごく辛い目にあったんじゃないかしら……」
キサカは物憂げに瞳を伏した。十年間も監禁されたら、俺はどうなるんだろう?とても正気じゃいられないかも。そう考えると、サードはすごいな。精神の強靭さなら、最強の勇者を名乗ってもよさそうだ。
「……っと、ごめんね、桜下くん。長話に付き合わせちゃって。もう行かなきゃ、でしょ?」
「ん、ああ。あんまり油売ってたら、エドガーがうるさいかもな。そろそろ行くよ。改めて、サンキューな」
「気を付けてね、桜下くん」
小さく手を振るキサカに見送られて、俺たちは輿を出た。この輿は、キサカ専用にこさえられたものらしい。聖女の肩書も相まって、昔の貴族みたいだ。
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
====================
Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。
よければ見てみてください。
↓ ↓ ↓
https://twitter.com/ragoradonma
虹色の光が、壁や天井を淡く染め上げる。いつまでも見ていたくなるような、美しく暖かい光だったが、それはじきに薄れ、消えていった。
「……はい。終わったよ、桜下くん」
「……ありがとうございました。光の聖女様」
俺は厳粛な面持ちで、両手を合わせる。
「え?もう、やめてったら。いきなり改まったりして」
「あはは。ありがとな、キサカ」
気楽に呼びかけると、ようやくキサカは、柔らかく微笑んだ。相変わらず、腰の低い聖女様だ。
「ごめんな、こんな短い間に、何度も世話になっちゃって」
「ううん、全然。それが私の仕事だもの。それに、三幹部っていうやつの一体をやっつけたんでしょ?大戦果じゃない!すごいよ」
「そんな、ははへへへ。たまたま、運がよかっただけさ」
「だとしてもすごい!桜下くん、すごくかっこいいよ!」
そ、そうかな?褒められて照れていると、突然胸の中に、氷を投げ込まれた気分になった。ぎょっとして胸を見下ろすと、白くて細長いものが、俺の体を貫通している……!?
「うぎゃあ!」
「ふえ!?ど、どうしたの、桜下くん……?」
「あ、い、いや」
突き出していたものは、手だった。それがしゅっと引っ込んでも、俺の体は何ともない。こんなことできるのは、一人だけだ……俺がゆっくり振り返ると、ウィルがそっぽを向いて浮かんでいた。
(お、お前のしわざか!)
(ふーんだ)
くうー、こいつめ!大方、俺がデレデレしていたようにでも見えたんだろう。たく……俺は思い切り舌を突き出すと、ぎこちなく笑いながら、キサカに向き直った。
「は、ははは。悪い、ちょっと見間違えたみたいだ」
「まあ、そう……大丈夫?ひょっとして、さっきの戦いのせい?」
おっと、キサカは心底心配そうな顔をしている。適当な言い訳を、逆に真に受けられてしまったか。
「いや、そんな大したことじゃないんだ。まあ、色々大変な戦闘ではあったけどな」
「そう、みたいね。耳の早いシスターが教えてくれたの。相手のモンスターは、最後には、自爆したんだとか……」
「ん、まあ、な。まあ、こうして五体満足なんだし、結果オーライだよ」
「そう……そうね……」
口では言いつつも、キサカもショックだったみたいだ。ドルトヒェンはちゃんと生きていると知っている俺たちは、さほどショックでもないのだけれど……さすがにペラペラしゃべるわけにはいかないよな。浮かない顔のキサカを見ていると、黙っているのもなかなか大変だ。
「そのモンスターさんは……そうまでして、守ろうとしたってことよね。その、魔王を……」
「ん、そうなるな」
「……人間の魔王を、ってことよね」
へ?おいおい、アルアといい、どうしてそれを……?俺が驚いて固まっていると、キサカは訳知り顔でうなずいた。
「大丈夫。桜下くんから聞いたことは、誰にも話さないから。それに、もうだいたいのことは知ってるの」
「……それは、どうやって?」
「人の口には戸が立てられないって言うじゃない?」
「うわさか……ったく、軍紀が弛んでるんじゃないか?」
「とにかく……今の魔王はあの、セカンドくんなんでしょう?」
う、セカンドをくん付けで呼ぶ人なんて、この世界じゃキサカくらいのものじゃないか?俺たちからしたら、遠い過去の存在のセカンドだけれど、キサカにとっては実際に会ったことがある、近しい現在の存在なんだよな。
「まあ、どうやらそういう情報らしいけど」
「でも、セカンドくんが、魔王……ごめんね、疑いたいわけじゃないんだけれど、やっぱり信じられない……」
「そりゃ俺たちもだよ。なぁ、ところで。くん付けで呼ぶなんてキサカはセカンドと、仲良かったのか?」
「ううん……ファーストくんや、サードくんとも、それほど。前に言ったと思うけれど、私は神殿からは、ほとんど出てこなかったから」
「でも、奴の悪評は聞いてただろ?」
「うん。桜下くんたちからしたら、そんな人の心配をするなんて、信じられないわよね」
「そんなことはないけれど……」
「ううん、馬鹿だなって、自分でも思うのよ……でもね。私の記憶の中のセカンドくんは、やっぱり、ただの男の子だったんだよ」
「ただの、男の子、か。ちょっと想像つかないや」
「でも、本当にそうだったの。不安げで、自身が無くて。いつも誰かに怯えてるように見えたわ……それが魔王になったなんて言われても、とても信じられなくて」
うーん……こればっかりは、直接面識がないと、分からない感覚だな。今この場に、ラクーンの町の宿の主人、ジルがいたらなんと言うんだろう?過去にセカンドとパーティーを組んでいた、彼なら……
「それにね、サードくんのことも、すごく驚いたの」
「へ?サードも?っていうか、そんなことまで噂になってんのかよ……」
「うん。あの子は……なんだか、不思議な子だった。そこにいるのに、どこにもいないみたいな……」
「存在感が薄かった?確かに、そんなに強い勇者じゃなかったんだよな」
「そういうのとは、また違う感じ……なんだろう、我が弱いって言うか、引っ込み思案っていうか……話しかけると、ちゃんと答えてくれるんだけど、自分からは絶対に口を開かない、そんな子だったの」
ふむ……?寡黙、とはまた違いそうだな。話しかければ答えるんだから。冷淡というか、淡白な人間だったんだろうか?俺が聞いている限りじゃ、サードは地味な勇者だったらしいが。
「ん?でもそれだと、ちょっと今のサードとは、印象が違うな」
「そうでしょう?噂では、サードくんが色々積極的に話をしたって聞いたから……もちろん噂だから、直接会ってみないと分からないけれどね。でも、サードくんがそんな風になっちゃったのも、分かる気がするのよ」
「それは、どうして?」
「だってサードくんは、十年以上も監禁されていたんだよね?きっと、すごく辛い目にあったんじゃないかしら……」
キサカは物憂げに瞳を伏した。十年間も監禁されたら、俺はどうなるんだろう?とても正気じゃいられないかも。そう考えると、サードはすごいな。精神の強靭さなら、最強の勇者を名乗ってもよさそうだ。
「……っと、ごめんね、桜下くん。長話に付き合わせちゃって。もう行かなきゃ、でしょ?」
「ん、ああ。あんまり油売ってたら、エドガーがうるさいかもな。そろそろ行くよ。改めて、サンキューな」
「気を付けてね、桜下くん」
小さく手を振るキサカに見送られて、俺たちは輿を出た。この輿は、キサカ専用にこさえられたものらしい。聖女の肩書も相まって、昔の貴族みたいだ。
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
====================
Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。
よければ見てみてください。
↓ ↓ ↓
https://twitter.com/ragoradonma
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
112
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる