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16章 奪われた姫君

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「さて、そうとなると、まずは敵の正体からだな……」

俺たちはうごめく砂丘の前に並ぶ。背後には万一に備えて、各国の兵士たちが待機してくれている。もしも俺たちがヘマしたら、助けてもらう算段だ。

(つっても、手を借りる気はないけど)

今回の任務の目的は、俺たちの実力を疑う連中の、目ん玉をひん剥いてやることだ。俺たちだけの力で、バシッと決めてやらないと。

「砂の下にいるんだよな?ならまず、そこから引っ張り出さないと」

「何かで脅かしたら、出てくるかなぁ。音とか……」

「音……それなら、私に任せてくれますか?」

おっ。ウィルがすいっと前に進み出た。

「私がちょっかいを掛けてみます。刺激したところを、皆さんで叩くというのはどうでしょう」

異論はなかった。ウィルは幽霊だから、万が一の時にも反撃を喰らう恐れがない。刺激役にはぴったりだ。

「じゃあ、いってきますね」

そう言うとウィルは、なぜかロッドを地面に置くと、砂の下に滑るように潜った。地面の下から、直接ちょっかいを掛けるつもりらしい。

「ごく……よし。後は、ウィルを待とう」

というわけで、俺たちは固唾を飲んでその時を待つ。静かな砂漠に、乾いた風が吹く……さぁぁぁ。砂が舞い、太陽が揺らいだ。汗がつぅと、頬を滑り落ちる。

「ホップフレア!」

地の下から、かすかにウィルの声が聞こえてきた。すると、砂丘がもこっと膨らみ、続いてボンッ!と大きな音を立てて、火柱が上がった。ウィルのやつ、砂の中で爆発でも起こしたのか?
次の瞬間。ザザザアァァ!

「どわぁ!?」

砂丘の中から、予想よりもはるかにでかくて、長い影が飛び出てきた。俺は一瞬、竜の首かと見紛う。だがすぐ、それは違うと分かった。その長い影は、全体が血のような赤色で、ぬめぬめとしたテカリを帯びている。さらに先端には、口と思しき鋭い牙が無数に見えた。ゴカイの口にそっくりだ。
背後から兵士たちの悲鳴が上がる。

「オルゴイコルコイだ!」

オルゴ……なんだって?舌を噛みそうな名前のミミズの化け物は、長い頭をゆらゆらと揺らしている。なかなか不気味なモンスターだな、と思ったその時だ。
ドドドドドド!ザザザザザァ!

「な、なに!?」

砂丘が爆発したかのように湧き立った。砂の下から、次から次へと真っ赤な怪物が姿を現す。

「い、一匹じゃなかったのか!」

巨大な化けミミズは、集団で獲物を待ち構えていた。もしも気付かず、あそこを通っていたら……そう考えるとゾッとする。しかし俺たちは、今からそいつらを相手にしないといけないのだ。

「ひいぃぃぃ!」

ウィルが地面の下から、青い顔をして飛び出してきた。

「と、とんでもないのが出てきちゃいましたぁ」

「あぁ……効果はバツグンだったな。まさかこんなに釣れるとは」

「ど、ど、どうしましょう?」

さて、どうしたらいいだろう。まさかこれほどの大群だったとは、だれも予想していなかった。怪物たちはまだ驚きから立ち直っていないのか、頭を振って右往左往している。少しの間なら、悩むことができそうだ。

「あの数を、一度に相手するとなると……」

「……ねぇ。ライラに、いい考えがあるんだけど」

そう言って、ライラが俺の袖を引いてきた。

「ライラたちなら、あいつらをみんなやっつけられるよ。それも、殺さずにね」

なんだって、そんな方法が?それに、ライラ“たち”だって?

「ライラ、どうするつもりなんだ?」

「うん。おねーちゃん、この前話してたやつ、試してみよーよ」

ライラはウィルの方を向いた。ウィルは目を丸くする。

「え?あれをですか?」

「そう。あれならぴったりじゃないかな」

「ですが、まだ一回しか……」

「それだけでも十分だよ。ライラたちならやれるよ!」

ライラはキラキラした瞳で、ウィルを見つめる。その輝きに、ウィルも背中を押されたらしい。

「そうですね。ライラさん、やりましょうか!」

「うん!」

二人は固くうなずき合うと、俺の方を見る。

「桜下、いい?」

「もちろんだ。そんな方法があるなら、こっちから頼みたいくらいだよ。手伝えることはあるか?」

「ありがと!少し時間が必要なの。それまで稼いで!」

「よしきた!」

言うが早いか、ウィルとライラは準備に取り掛かり始めた。ライラはその場で詠唱を開始し、ウィルは上空に浮かび上がる。空から呪文を?

「時間稼ぎなら、わたしがやるよ」

フランが一歩前に進み出る。

「あいつらの気を引けばいいんでしょ」

「フラン、一人でおとりをやるのか?」

「うん。ちょうどいい機会だ。わたしのスピードでどこまでできるのか、試してみたい」

フランはつま先で砂をザリザリと蹴ると、地面の具合を確かめるように、ぐっと踏み込んだ。どうやらフランは、この前話した戦い方を試すつもりのようだ。

「よ、よし。わかった。頼むぞ、フラン」

フランはこくりとうなずくと、銀色の髪をひるがえして走り出した。不安もあるが……彼女は、殻を一枚やぶろうとしているんだ。なら俺は、それを信じる。
戦闘、開始だ。

フランは、怪物ミミズどもの中心へと駆けこんだ。ウィルの魔法で混乱していたミミズたちは、自分たちの縄張りに獲物が迷い込んだことを察知したらしい。牙を剥くと、シューシューという不気味な音を発しながら、フランに襲い掛かり始めた。

「ザシャアァァァ!」

一体のミミズが、砂をかき分けながら突進していく。奴の牙の先で砂が弾け飛び、もうもうと砂煙が起こる。フランは軽く跳躍して、化けミミズの牙をかわした。だが、そこへすぐさま別のミミズの牙が迫る。フランはその牙を蹴飛ばすと、反動で後ろにぴょんと跳んだ。だがすぐに第三、第四のミミズがのたうちながら飛び込んだ。フランの姿はあっという間に、赤いミミズの体と黄色い砂煙で見えなくなってしまった。

「ヒートアナナス!」
「スフィアリウム!」

と、同時に魔術師二人の呪文が轟いた。が、俺は一瞬、二人の呪文が失敗したんじゃないかと思ってしまった。だって、何も起こらなかったから。火花が散るわけでも、爆発が起こるわけでもない。

「これは……?」

ライラを見ても、取り乱した様子はない。魔法はきちんと発動しているようだ。でもなら、どんな効果なんだろう?
ザザザァァァ!

「っ」

砂が掻き分けられる音がして、俺は目の前に意識を戻す。ちょうど一匹の化けミミズが砂に頭を突っ込み、砂煙をもうもうと巻き上げたところだった。その陰に、小さな銀色の影をようやく捉えた。フランは無事だ!

「いいぞ、フラン!」

四方八方から化けミミズが食いつこうとしてくるのを、フランは紙一重でかわし続けている。攻撃を一切放棄し、回避に専念することで、化けミミズたちを完全に翻弄しているんだ。

(すごい……知らなかった。本気を出せば、あんなに動けるのか)

化けミミズの牙が迫ると、フランはくるりと足を抱えて宙返りして、ミミズの頭に着地した。以前なら高々と跳躍してから反撃に移っていたが、今は必要最低限で、動きに無駄がない。フランはそのまま、ミミズの体の上を走り出した。別のミミズが食らいつこうと飛び掛かってくるが、その直前、とんっと一歩だけのバックステップをする。ミミズのあぎとは空を切り、フランが上を走っていたミミズとぶつかってもんどりうった。
砂の上に着地すると、フランは別のミミズの頭に飛びついた。そいつは頭を激しく振り回してフランを振り落とそうとするが、牙をしっかり掴んで放さない。そうしているうちに、何匹ものミミズが噛みつこうと突進してくる。頃合いを見てパッと手を放すと、フランは振り回される勢いに乗って離脱した。残されたミミズには、同胞の熱い口づけが寄せられる。ミミズはみにくい悲鳴を上げた。

「すごい……すごい、フラン!」

手に汗握りながらも、俺は興奮していた。
獲物に群がるだけで、統率なんてまるでないミミズどもは、フランに触れることすらできないでいる。フランが走れば、化けミミズの群れはいっせいにそちらへ移動する。右へ行けば右へ、左へ行けば左へ。ザザザと砂をかき分ける様は、海原を船団が進むかのようだ。連中は、フランに釘付けになっていた。

「いいぞ!このままいけ!」

かなりの時間を稼げている。きっと、もうあと少しで……その時だ。

「っ!?」

ザザァ!突如、フランの足下から砂が吹き上がった。ミミズが一匹、まだ隠れ潜んでいたんだ!

「ふ、フラーン!」

ミミズは砂ごとフランを突き上げた。小さなフランの体が、高々と宙を舞う。その下では、無数のミミズどもが口を広げていて……

「や、やばい!」

俺は我も忘れて走り出そうとした。だがその時、奇妙なことが起こった。
ドサッ。ドサドサドサ!なぜかミミズどもが、バタバタと折り重なって倒れていく。連中はぬらぬらした体をピクピクと痙攣させて、気を失っているようだ。

「なんだ、こりゃ……」

「桜下、危ないよ!あんまり近づかないで」

おっと!ライラの注意を受けて、俺は慌てて後ろに下がった。けど、いまだにさっぱり分からないんだけど……これは、ライラたちの魔法のせいってことなのか?
ミミズの群れが集団失神したので、飛ばされたフランはそのままストンと着地した。周囲を一瞥して、ミミズが完全に動かないのを確認すると、こちらへ戻ってくる。

「フラン、無事でよかった。けど、何が何だか……」

「あつい」

「へ?ああうん、そりゃ砂漠だからな」

「そうじゃなくて、あのミミズの近くだけ、とんでもなく熱い」

お、お?それは、どういうことだ?フランは困惑する俺をよそに、ライラの方を見た。

「そういうことでしょ?」

「ふふふん。そのとーり!」

ライラは得意げに胸を逸らした。上空にいたウィルも、するすると降りてくる。我慢できずに、俺は二人に訊ねた。

「な、なあ。一体全体、何をしたんだ?」

「ライラたちはね、あつーい空気を閉じ込めてたの。ライラが風のまほーで空気を閉じ込めて、おねーちゃんが空から空気を熱してたんだよ」

「空気を、閉じ込めた?」

ウィルがうなずく。

「そうです。いわば私たちは、見えない温室を作り上げたんです。私が使ったヒートアナナスの魔法は、普段は暖房に使われるだけの魔法です。けど加減を誤ると、熱し過ぎた空気から有毒なガスが発生して、とても危険になります。今回は、それを故意に起こしてみました」

ああ、なるほど!閉め切った部屋のストーブ、あれと同じ原理か。

「すると、あの化けミミズたちは……蒸し風呂の中で、暴れまわってたことになるのか。そりゃあ倒れるわけだ」

「ええ。重症の熱中症みたいなものですね。たぶん二、三時間は動けないと思いますよ」

ウィルはさらりと言ったが、けっこう恐ろしいぞ……砂漠の暑さがへっちゃらなモンスターでさえ、バタバタと倒れるほどなんだ。もしさっき、俺が足を踏み入れていたら……きっと一歩で卒倒していただろう。

「すごいな、二人とも。よくこんなの考えついたよ」

するとウィルが、目をぱちくりさせた。

「何言ってるんですか、桜下さんが言ったことでしょう?」

「え?俺?」

「そうです。この前、言ってくれましたよね。何も魔法は、爆発だけに限らないって。あれがあったから、こういう攻撃の仕方を思いつけたんですよ」

「まあ、そんなようなことは言ったけれど……」

「それに、私だけじゃありません。ライラさんに相談に乗ってもらって、二人で編み出したんですよ。ね、ライラさん?」

「うん!へへへ」

にこにこと笑いあう二人。はぁー、大したもんだな。俺は改めて、二人の魔術師のすごさを実感したのだった。



つづく
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投稿順を間違えていました!すみません……
昨日投稿した分が7-3、本日分が7-2となります。
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