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16章 奪われた姫君

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「昼間俺たちが出会った人たちは、実は人間じゃなくて、全員ゴブリンだった……」

導き出されたのは、衝撃的な結論だった。

「いや……ちょっと待ちなさいよ!とっぴょーしもなさすぎるわ!」

アルルカが珍しく、少し焦った顔で言う。

「ゴブリンなんて、低級なザコモンスターよ!そいつらが精巧な変身なんてできるわけないじゃない!」

「わたしだって、そう思ったよ。でも……」

フランは過去を思い出すように、まぶたを伏してうつむく。

「つい最近、似たようなことがあった。人間そっくりに変身する、モンスターの話」

「……この前の、サイクロプスのことを言いたいわけ?なによ、さっきのゴブリンとサイクロプスが仲間だったって?」

「少なくとも、やり口はよく似てる。忘れてない?あのゴブリンたち、わたしを連れ去ろうとしてたんだ」

あいつらは、執拗にフランをよこせと言ってきた。マルティナの場合も、敵は彼女をじっくりと調べ上げた後、連れ去ろうと企んだ。それに……そうだ。今朝、俺たちが太った男に声を掛けられた時。俺はあの時、妙にわだちが多いと思った。もしもあいつが、何日も前から、あそこを行ったり来たりしていたんだとしたら。やつらは、たまたま俺たちを見つけたんじゃない。何日も何日も、あそこで網を張っていたことになる。
これは単純な、モンスターの襲撃じゃない。周到な準備のなされた、計画誘拐だ。

「どういう、ことですか……?前の事件と今の戦闘は、一つに繋がるってことですか?」

ウィルが青い顔で言う。だんだん壮大になってくる話に、恐れをなしているようだ。フランは分かるとも分からないとも取れる、あいまいなうなずき方をした。

「……共通点は、多い。まだ、推測に過ぎないけど」

「では……推測ベースで、私も話させてもらいます。この前、噂を聞きましたよね?各地で、人々の失踪が相次いでいるって。もしや、それも関係があるんじゃ……」

「……」

フランはうつむいたまま、何も言わない。だが、だれもウィルの意見を否定しなかった。

(一の国で聞いた噂が、実際に二の国で起こっている)

事態は、思ったよりも迅速に、かつ深刻に広がっているらしい。
なんだか俺は、空が曇ってきたような気がした。実際には青空が広がっているんだけれど……見えない黒雲が、じわじわと迫ってきているような……

「……急ごう。何となくだけど、早く王都に着いたほうがいい気がする」

俺が言うと、みんなは無言でうなずいた。世界を揺るがしかねない陰謀の、その一端に触れてしまった気分だった。小さな芽だと思って引き抜いたら、とんでもない巨木に繋がってしまったのか……ただの気のせい、勘違いだったら、どんなにいい事か。願わずにはいられない。
俺は止めていたストームスティードを再び走らせ始める。急く気がそうさせたのか、俺はいつの間にかトップスピードで駆け抜け、風の如く街道を疾走していた。王都までは、もう何日も掛からないはず。今はとにかく、正確な情報を知りたかった。



丸一日が経った。あれから懸命に走り続けたおかげで、もう王都は目前だ。

「なんだか、ずいぶん久々に感じるね」

迫りくる王都を見つめて、ライラが溢す。

「確かにな。前に寄ったのが、エドガーの治療が済んだ時だから……ひゃあ、はるか昔に感じるぜ」

あれ以来、俺たちは王都に立ち寄ってはいない。けど、ロアとは何かと顔を合わせる機会が多かったせいで、そこまで久しぶりな感じはしないな。あの女王様は、今どうしているだろうか?揺れ動く情勢の対策に追われて、また目の下にクマを作っていそうだ。

「あれ?」

ん?俺の前で、ライラが不思議そうに首をかしげる。

「なんだろ、あれ。王都の上に、なんかもやもやしたのが……」

「え?」

俺は手を庇にして、遠くを見つめる。王都の高い城壁の、その上の方。ん……確かに、何か黒いもやのようなものが見えるな。煙?にしちゃ、ちょっと変だ。なんだか、うごめいているような……鳥の群れ?それとも……

「……嫌な予感がするな。フラーン!」

俺は、隣を鹿のように跳ねながら走るフランに、大声で呼びかけた。

「なんか、王都の上の方に、鳥の群れみたいなのがいるんだー!見てくれー!」

フランの目は、ずば抜けて良い。俺たちに見えなくても、彼女の目には見えるんじゃないだろうか。
フランは速度を落とさず、前方を注視して、じっと目を凝らした。走りながらだから、見えづらいかもしれないけど……

「……え?」

ん?フランは目を見張ると、信じられないという顔になった。彼女がこういう顔をする時は、大抵ろくなことじゃない。

「フラン……?」

「あれは……わからない。けど、鳥じゃない」

「分からない?」

曖昧な物言いも、フランにしては珍しい。しかも、鳥じゃない、とはっきり言い切るあたり、見えていないわけでもない。

「フラン、詳しく教えてくれ。何が見えてる?」

「……大きな、翼が見える。でも、普通の鳥じゃ、絶対にない。だって、手と足が生えてる。人間の」

人間の手と足がある鳥……?瞬間的に、ぞわっと鳥肌が立った。

「ちくしょう!飛ばすぞ!」

俺はストームスティードの腹を蹴って、さらに加速した。王都の上空を舞う、不気味な群れ。最近のきな臭い噂。結びつけるのは、ごく簡単だった。

「まさか、王都が……!」

俺の悪い予感は、想像以上に悪い方向へ流れ始めたのかもしれない。



「見えたぞ!城門だ!」

ストームスティードが懸命に走ってくれたおかげで、俺たちはかなりの速さで王都へ辿り着いた。ただ、それでも一瞬というわけではない。俺たちが門をくぐるまでの間に、上空に大挙していた群れは、どこかへ飛び去ってしまっていた。退却したのか、攻撃しつくして去ったのかは分からない。

「王都の様子は……」

城門を素通りすると、大通りに出た。だが、人の姿はどこにもない。

「人がいない……」

「桜下さん、それに変です!城門に、警備の方が誰もいないなんて」

ああ、そう言われればそうだ。普通は衛兵がいて、素通りなんてできるはずがない。

「てことは、やっぱり何か異常が……」

しかし、王都の町の様子を見る限りでは、どこも被害を受けた様子はない。人がいないだけだ。

「みんな、一体どこに……」

その時だった。
ガガガーン!空を震わせそうなほどの轟音が響き、空気をビリビリと震わせた。ウィルが小さく悲鳴を上げ、ライラは怯えて、俺の腕をきゅっと掴んだ。

「あっち!城の方だわ!」

空を飛ぶアルルカが指さしている。俺は迷わず、ストームスティードの鼻先をそちらに向けた。

「行くぞ!」

俺は手綱を引き、不気味に静まり返った町を、王城へ向けて走り出した。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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