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15章 燃え尽きた松明
13-1 聖域
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13-1 聖域
「……よし。これで大丈夫でしょう。治療は済みました」
ステイン牧師は、ウォルフ爺さんの額から手を離した。
「頭を殴られたのでしょう。少し血が出ておりましたが、命に別状はありません。じき目を覚まされるじゃろう」
ほっ……よかった、爺さんは大丈夫そうだ。
俺たちはグランテンプルの一室に通されていた。俺たちとマルティナ、ミゲル、ステイン牧師と、床に寝かせられたウォルフ爺さんがいる。椅子やテーブルは端に寄せられていた。たった今、爺さんの治療が終わったところだ。
「さて……お茶をお出ししたほうがよろしいかの?それとも、すぐに本題に入りましょうか」
「後者で頼むよ。お茶請け話にしちゃ、ちょっと濃そうだしな」
「承知いたしました」
牧師は床にあぐらをかいた。俺たちもならって腰を下ろす。全員が座ったところで、牧師が口を開いた。
「まず、この度の騒動についてのお礼を申し上げまする。我が神殿のシスターとブラザーを守っていただき、感謝いたします」
俺はうなずきだけ返した。
「正直、わしもここまでの大事になるとは、予想もしておりませんでした。わしの見通しの甘さが招いた事態じゃ。犠牲者が出なかったのは、ひとえにみなさんのお力添えがあったからこそです」
「まあそこは、俺たちも驚きましたけど。まさか自爆までするなんて……」
「いやまったく……この老いぼれでは、あのような怪物には手も足も出んですじゃ」
「でも、不思議なんだ。なんでモンスターに目を付けられたんだろうって」
「うむ……」
牧師は黙り込む。どうやら、心当たりがあるようだが。
「ここまでのことになったからには、全てを明らかにするほかないでしょう。そうじゃな、マルティナ?」
牧師がマルティナに顔を向ける。マルティナは青い顔をしていたが、しっかりとうなずき返した。
「では、まず初めに。今回の事件、襲撃者の目的が何であったのか、わしにはおおよその予測が立っております。順を追って説明させてくだされ」
なんだって?マルティナには、狙われる理由があったってことか……?俺が黙って、続きを促した。
「みなさまが初めてここを訪れた際、わしが語った事件の内容は覚えていますでしょうか。近頃、マルティナの周辺に不審な人物がうろついている、と」
「ああ。神殿の人にも被害が出たから、今はあんたたちしかいないんだったよな」
「その通り。しかしながら、それは不完全な情報でした」
「不完全?」
「マルティナとミゲルに悪いうわさが付きまとい始めると、神殿の者たちはこぞって彼らを煙たがるようになりました。それは、事件の巻き添えを食うことを恐れただけではなかったのです。彼ら自身を、他の連中は恐れたのじゃ」
どういうことだ?まるで、マルティナとミゲル自体が、恐ろしい存在のようだが……?
「皆様には、隠さずお伝えしましょう。マルティナとミゲル。この二人は、セカンドミニオンなのです」
「えっ!」
セカンドミニオン!久々に聞いたな。勇者セカンドの過去の悪逆によって産まれた子どもたちだ。何を隠そう、フランもその一人だ。
「驚かれたことでしょう。無理もありませぬ。しかしながら、どうか誤解しないでいただきたい。巷で囁かれるような恐ろしい事実は、この者らには何一つありはせんのじゃ」
ステイン牧師は切々と訴えた。もちろん俺たちに、セカンドミニオンへの偏見はない。
「ああ、それは大丈夫だよ。俺たちの知り合いにも、セカンドミニオンがいるんだ。そいつら、みんないいやつらだよ」
「おお、そうでしたか。ありがたいことですじゃ……セカンドミニオンというだけで、まるで悪鬼羅刹のような目で見る者は、実に多いのです」
フランは複雑な表情で、ステイン牧師を見つめている。彼女もまた、いわれなき差別を受けた身だった。
「でもそれなら、牧師は二人をかばってたんですね」
「ええ。この子らの母は、産まれたばかりの二人を神殿に捨て去っていきました。彼女はわしもよく知る人物じゃったが、あんなことになってしもうて……しかし、子どもらには何の罪もありません。わしは二人を引き取り、神殿で育ててまいりました」
そうだったのか。この牧師さん、イジワルな人かとも思っていたけど、いい人だったんだな。
「でもそれなら、マルティナが狙われた理由って」
「ええ。十中八九、セカンドミニオンであることが関係しているのでしょうな。マルティナの身辺を嗅ぎまわっていたことからも、そのことを知らなかったとは思えません」
「じゃあ、犯人はセカンドミニオンに恨みを持ってた……?」
「そう、わしも思っておりました。しかし、あの怪物の姿を見た後じゃと、どうにも腑に落ちません。あのような異形の者に狙われるとは……」
ううむ……あのサイクロプスは、しきりに復讐と繰り返していた。それは、セカンドミニオンへの復讐だったのか?
「一応訊くけど、マルティナさん自身にも、心当たりはないんだよな?」
俺が訊ねると、マルティナはゆるゆると首を振った。
「まったく……まだまだ未熟な私ですが。シスターとして人々に尽くしてきましたから。恨みを買うようなことは……」
「そう、だよなぁ」
「あ、ただ、一つだけ……以前に襲われた際、あれはこう言っていました。“お前は、しかるべき主の下へ戻るべきだ”と」
「しかるべき、主?」
どういう意味だろう。マルティナ自身にも意味は分からないようだった。でもそう考えるとサイクロプスは、ヤンを初めから殺そうとしていたわけじゃなさそうなんだよな。恐ろしい話だが、その時に自爆をしていたなら、マルティナは確実に神の下へ召されていただろう。
(となると、あくまで自爆は、最後の手段だったってことなのか?)
あのモンスターは、俺たちには明確な殺意を抱いていた。だが一方で、マルティナとミゲルのことは、ひたすら追いかけていただけだ。つまり、普通の人間である俺たちは殺すが、セカンドミニオンはそうではなかったと……?
「このくらいのことしか、分からないのですが……」
俺がうつむいて思案していると、マルティナが申し訳なさそうに頭を下げた。
「いや、十分だ。ありがとな」
「いえ、そんな。皆様にしていただいたことに比べれば……」
マルティナはまた深々と頭を下げた。
どちらにしても、これ以上は分かりようがない。犯人は死んでしまった。もし訊けるとすれば、後は……
「う、むむ……」
お?噂をすれば、だな。床に寝かされていたウォルフ爺さんが、うめき声と共に目を開けたのだ。ミゲルがさっと駆け寄る。
「お爺さん。気分はいかがですか?」
「ん、んん……?ここは……?」
「ここはグランテンプルです。あなたは気絶していて、ここに運び込まれたんですよ」
「グランテンプル……?気絶……?どういうことなんじゃ?」
んん?爺さんはさっぱりわけが分からないという顔をしている。おかしいな?記憶が混乱しているのか?
「爺さん、俺は覚えてるか?」
俺が話しかけると、ウォルフ爺さんはぽんやりと俺の顔を見る。
「おお……?確か、昨日うちに来た小僧じゃな。どうしてここに?」
「俺たちが、あんたをここまで連れてきたんだ。あんた、家の中で倒れてたんだぜ?」
「なんじゃと?そりゃあ、ありがとうのぉ。助かったわい」
「あ、ああ。なんだけど、どうして倒れてたのか気になるっていうか……」
「はて、どうしてと言われてものぉ……さっぱり覚えておらんのじゃ」
爺さんは禿げた頭を撫でる。おいおい……ほんとに大丈夫か?
「じゃあさ、爺さん。あんたの娘について訊きたいんだけど……」
「なに?なんて言った?」
「娘だよ。ヤンについて……」
「だから、何を言っておるのじゃ。娘がいるはずなかろう」
「へ?」
な、何言ってるんだ?俺はぽかんと爺さんを見つめる。アルルカが小さくちっと舌打ちした。
「そのジジイ、気絶した拍子に記憶まで失くしたんじゃないの?」
「こら、アルルカ……えっと、ウォルフ爺さん。いまいち、言っている意味が分からないんだけど。昨日俺たち、あんたの娘に会ってるはずだぜ?」
「そんな馬鹿な。人違いじゃないのか?ヤンが、まだこの世にいるはずがないじゃろうが」
「んなはずは……まて、なんだって?この世にいるはずない?」
「そうじゃ……ヤンはもう、五年も前に死んでしもうた」
な……部屋の温度が、一気に下がった気がした。もう死んでいる?
「それ、詳しく訊いてもいいか……?」
「うむ……まだヤンが、十代の娘っ子だった頃じゃよ。ヤンとわしは、ケンカばかりしている親子じゃった。その日は、わしも口がすべってのぉ。いらんことまで言うてしまった。ヤンはひどく怒って、家を飛び出していってしもうて……」
「家出してたのか……その後は?」
「ああ……十年ほど前に、ヤンから手紙が届いたのじゃ。また一緒に暮らさないかと、そう言ってくれての……わしはヤンが生きていたことにも驚いたし、また一緒に居ようと言ってくれたことにも驚いた……わしはすぐに返事を書き、娘の家族のいる町へと移り住んだのじゃ。なのに……それからすぐに、ヤンは流行り病に倒れて……」
十年前……爺さんが町を離れた時と一致する。爺さんは痩せた体を震わせて、さめざめと泣き始めた。
「どうして……かけがえのない時間は、こうもすぐに終わってしまうのか……う、うっうっうっ……」
ウォルフ爺さんの背中を、ミゲルが撫でている。でも俺は、ずいぶんと非情な人間らしい。涙を流す爺さんを前にしても、さっきの言葉ばかり考えてしまう。
(ヤンは、すでに故人だった。あの様子じゃ、演技ってこともなさそうだよな……)
だとしたら、俺たちが会ったヤンは……最初から、あのサイクロプスが変身していた姿だってことだ。だが、何も知らない俺たちは騙せても、実の父親である爺さんまで騙されるってのは、一体どういうわけなのか。
アニは、本来サイクロプスには変身能力はないと言っていた。ならさっきの奴は、かなり特殊な個体だったということになる。もしや他にも能力が、例えば催眠能力みたいなのがあって、それを爺さんに掛けていたとしたらどうだろう?だがら爺さんは娘だと思い込み、そして「目が合った」と言う嘘も、疑うことなく信じてしまった。そして奴が死んだ今、暗示が解けたのだとしたら……
(でも、それなら。あのサイクロプスは、めちゃめちゃに特別ってことになる。しかも、セカンドミニオンをつけ狙い、人間を憎悪している、特別なサイクロプス)
いくら何でも、不自然すぎる。もっとも、じゃあ一体どういう理由があって、あんな怪物が生まれたのかは分からないが……
(もしかすると……まだ何か、俺たちの知らない繋がりがあるのか……?)
はらはらと泣き続けたウォルフ爺さんは、そのまま眠ってしまった。ミゲルが爺さんを寝室に運び、戻ってきたタイミングで話しかける。
「ミゲル、爺さんの様子は?」
「今は、よく眠っています。よほど疲れていた様子で……恐らく、あれ以上質問をしても、有益な答えは返ってこなかったでしょう」
「そっか……気になるけど、しょうがないな。よし、それなら、事件の話は終わりにしよう。そろそろ、本題の方に入らしてもらいたいんだけど」
そう。事件の解決は、あくまで通過点に過ぎない。大事なのはここからだ。
「ステイン牧師。俺たちとの約束、果たす気はあるかな」
俺はまっすぐに、牧師を見据える。牧師は長い髭を一撫ですると、疲れたようにため息をついた。
「ふぅむ。そのことについては、ずいぶん考えておりました。前にも言うたように、わが教団の取り決めは、わしの一存で変えられるものではございません」
むっ……この期に及んで、ごねる気だろうか?仲間たちの顔が曇る。
「しかしながら……現在、この神殿を任されているのは、このわしです。軽々しく伝統を変えることは許されぬことじゃが、変える判断が可能なのもまた、このわししかおらぬ。そこでじゃ。わしよりもさきに、みなさま方がそれを知りたがる理由をお聞かせ願えぬじゃろうか」
「理由を?……質問を質問で返すようで悪いけど、その理由を訊いてもいいかな」
「はい。実はこの教えには、教団が決めたという理由の他に、そのお方自らがそれを望んだから、という面もあるのです」
「え?その、光の魔力の持ち主が?」
「左様ですじゃ。聖人とも呼ばれたお方のお望みなら、わしも無下にはしとうない。ですから、まずみなさまの心の内を知りたいのです。みなさまが何故あの方を追い求めるのか、あの方がそれを望まれるのか、それを判断したいのじゃ」
むう……秘密にするのは、そういう理由だったのか。
俺は背後を振り返った。そこには一人座らず、まっすぐに立つエラゼムの姿がある。俺が彼を見ると、彼もまたこちらを見、そしてうなずいた。
「牧師殿」
エラゼムが静かな声で、牧師に語り掛ける。
「この方々がそれを望まれる理由は、吾輩のためなのです」
「あなたの?」
「はい。……牧師殿がシスターたちの秘密を明かしてくれたのならば、こちらだけ腹の底を隠すのも不義理というもの。吾輩も、全てを打ち明けましょう」
そう言ってエラゼムは、自分の兜に手を掛けた。まさか、エラゼム……!
「こういうわけです」
「……っ!」
エラゼムの鎧の中を見て、牧師は言葉を失った。マルティナとミゲルも、驚愕の表情をしている。
「……あなた方の戦いぶりを聞き、尋常ならざる御仁だとは思っておったが……この世に未練を残された方でしたか」
「おっしゃる通り。その未練こそ、秘密を求める所以です」
エラゼムは兜を戻すと、改めて牧師を見た。
「その方は、吾輩の主だった方かもしれぬのです。牧師殿。どうか、あなたの知る所を打ち明けてはくださらぬでしょうか」
エラゼムが深々と頭を下げる。牧師は彼の兜をじっと見つめ、そして……
「……かしこまりました」
そう、告げた。
つづく
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長期休暇に、アンデッドとの冒険はいかがでしょうか。
読了ありがとうございました。
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「……よし。これで大丈夫でしょう。治療は済みました」
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「頭を殴られたのでしょう。少し血が出ておりましたが、命に別状はありません。じき目を覚まされるじゃろう」
ほっ……よかった、爺さんは大丈夫そうだ。
俺たちはグランテンプルの一室に通されていた。俺たちとマルティナ、ミゲル、ステイン牧師と、床に寝かせられたウォルフ爺さんがいる。椅子やテーブルは端に寄せられていた。たった今、爺さんの治療が終わったところだ。
「さて……お茶をお出ししたほうがよろしいかの?それとも、すぐに本題に入りましょうか」
「後者で頼むよ。お茶請け話にしちゃ、ちょっと濃そうだしな」
「承知いたしました」
牧師は床にあぐらをかいた。俺たちもならって腰を下ろす。全員が座ったところで、牧師が口を開いた。
「まず、この度の騒動についてのお礼を申し上げまする。我が神殿のシスターとブラザーを守っていただき、感謝いたします」
俺はうなずきだけ返した。
「正直、わしもここまでの大事になるとは、予想もしておりませんでした。わしの見通しの甘さが招いた事態じゃ。犠牲者が出なかったのは、ひとえにみなさんのお力添えがあったからこそです」
「まあそこは、俺たちも驚きましたけど。まさか自爆までするなんて……」
「いやまったく……この老いぼれでは、あのような怪物には手も足も出んですじゃ」
「でも、不思議なんだ。なんでモンスターに目を付けられたんだろうって」
「うむ……」
牧師は黙り込む。どうやら、心当たりがあるようだが。
「ここまでのことになったからには、全てを明らかにするほかないでしょう。そうじゃな、マルティナ?」
牧師がマルティナに顔を向ける。マルティナは青い顔をしていたが、しっかりとうなずき返した。
「では、まず初めに。今回の事件、襲撃者の目的が何であったのか、わしにはおおよその予測が立っております。順を追って説明させてくだされ」
なんだって?マルティナには、狙われる理由があったってことか……?俺が黙って、続きを促した。
「みなさまが初めてここを訪れた際、わしが語った事件の内容は覚えていますでしょうか。近頃、マルティナの周辺に不審な人物がうろついている、と」
「ああ。神殿の人にも被害が出たから、今はあんたたちしかいないんだったよな」
「その通り。しかしながら、それは不完全な情報でした」
「不完全?」
「マルティナとミゲルに悪いうわさが付きまとい始めると、神殿の者たちはこぞって彼らを煙たがるようになりました。それは、事件の巻き添えを食うことを恐れただけではなかったのです。彼ら自身を、他の連中は恐れたのじゃ」
どういうことだ?まるで、マルティナとミゲル自体が、恐ろしい存在のようだが……?
「皆様には、隠さずお伝えしましょう。マルティナとミゲル。この二人は、セカンドミニオンなのです」
「えっ!」
セカンドミニオン!久々に聞いたな。勇者セカンドの過去の悪逆によって産まれた子どもたちだ。何を隠そう、フランもその一人だ。
「驚かれたことでしょう。無理もありませぬ。しかしながら、どうか誤解しないでいただきたい。巷で囁かれるような恐ろしい事実は、この者らには何一つありはせんのじゃ」
ステイン牧師は切々と訴えた。もちろん俺たちに、セカンドミニオンへの偏見はない。
「ああ、それは大丈夫だよ。俺たちの知り合いにも、セカンドミニオンがいるんだ。そいつら、みんないいやつらだよ」
「おお、そうでしたか。ありがたいことですじゃ……セカンドミニオンというだけで、まるで悪鬼羅刹のような目で見る者は、実に多いのです」
フランは複雑な表情で、ステイン牧師を見つめている。彼女もまた、いわれなき差別を受けた身だった。
「でもそれなら、牧師は二人をかばってたんですね」
「ええ。この子らの母は、産まれたばかりの二人を神殿に捨て去っていきました。彼女はわしもよく知る人物じゃったが、あんなことになってしもうて……しかし、子どもらには何の罪もありません。わしは二人を引き取り、神殿で育ててまいりました」
そうだったのか。この牧師さん、イジワルな人かとも思っていたけど、いい人だったんだな。
「でもそれなら、マルティナが狙われた理由って」
「ええ。十中八九、セカンドミニオンであることが関係しているのでしょうな。マルティナの身辺を嗅ぎまわっていたことからも、そのことを知らなかったとは思えません」
「じゃあ、犯人はセカンドミニオンに恨みを持ってた……?」
「そう、わしも思っておりました。しかし、あの怪物の姿を見た後じゃと、どうにも腑に落ちません。あのような異形の者に狙われるとは……」
ううむ……あのサイクロプスは、しきりに復讐と繰り返していた。それは、セカンドミニオンへの復讐だったのか?
「一応訊くけど、マルティナさん自身にも、心当たりはないんだよな?」
俺が訊ねると、マルティナはゆるゆると首を振った。
「まったく……まだまだ未熟な私ですが。シスターとして人々に尽くしてきましたから。恨みを買うようなことは……」
「そう、だよなぁ」
「あ、ただ、一つだけ……以前に襲われた際、あれはこう言っていました。“お前は、しかるべき主の下へ戻るべきだ”と」
「しかるべき、主?」
どういう意味だろう。マルティナ自身にも意味は分からないようだった。でもそう考えるとサイクロプスは、ヤンを初めから殺そうとしていたわけじゃなさそうなんだよな。恐ろしい話だが、その時に自爆をしていたなら、マルティナは確実に神の下へ召されていただろう。
(となると、あくまで自爆は、最後の手段だったってことなのか?)
あのモンスターは、俺たちには明確な殺意を抱いていた。だが一方で、マルティナとミゲルのことは、ひたすら追いかけていただけだ。つまり、普通の人間である俺たちは殺すが、セカンドミニオンはそうではなかったと……?
「このくらいのことしか、分からないのですが……」
俺がうつむいて思案していると、マルティナが申し訳なさそうに頭を下げた。
「いや、十分だ。ありがとな」
「いえ、そんな。皆様にしていただいたことに比べれば……」
マルティナはまた深々と頭を下げた。
どちらにしても、これ以上は分かりようがない。犯人は死んでしまった。もし訊けるとすれば、後は……
「う、むむ……」
お?噂をすれば、だな。床に寝かされていたウォルフ爺さんが、うめき声と共に目を開けたのだ。ミゲルがさっと駆け寄る。
「お爺さん。気分はいかがですか?」
「ん、んん……?ここは……?」
「ここはグランテンプルです。あなたは気絶していて、ここに運び込まれたんですよ」
「グランテンプル……?気絶……?どういうことなんじゃ?」
んん?爺さんはさっぱりわけが分からないという顔をしている。おかしいな?記憶が混乱しているのか?
「爺さん、俺は覚えてるか?」
俺が話しかけると、ウォルフ爺さんはぽんやりと俺の顔を見る。
「おお……?確か、昨日うちに来た小僧じゃな。どうしてここに?」
「俺たちが、あんたをここまで連れてきたんだ。あんた、家の中で倒れてたんだぜ?」
「なんじゃと?そりゃあ、ありがとうのぉ。助かったわい」
「あ、ああ。なんだけど、どうして倒れてたのか気になるっていうか……」
「はて、どうしてと言われてものぉ……さっぱり覚えておらんのじゃ」
爺さんは禿げた頭を撫でる。おいおい……ほんとに大丈夫か?
「じゃあさ、爺さん。あんたの娘について訊きたいんだけど……」
「なに?なんて言った?」
「娘だよ。ヤンについて……」
「だから、何を言っておるのじゃ。娘がいるはずなかろう」
「へ?」
な、何言ってるんだ?俺はぽかんと爺さんを見つめる。アルルカが小さくちっと舌打ちした。
「そのジジイ、気絶した拍子に記憶まで失くしたんじゃないの?」
「こら、アルルカ……えっと、ウォルフ爺さん。いまいち、言っている意味が分からないんだけど。昨日俺たち、あんたの娘に会ってるはずだぜ?」
「そんな馬鹿な。人違いじゃないのか?ヤンが、まだこの世にいるはずがないじゃろうが」
「んなはずは……まて、なんだって?この世にいるはずない?」
「そうじゃ……ヤンはもう、五年も前に死んでしもうた」
な……部屋の温度が、一気に下がった気がした。もう死んでいる?
「それ、詳しく訊いてもいいか……?」
「うむ……まだヤンが、十代の娘っ子だった頃じゃよ。ヤンとわしは、ケンカばかりしている親子じゃった。その日は、わしも口がすべってのぉ。いらんことまで言うてしまった。ヤンはひどく怒って、家を飛び出していってしもうて……」
「家出してたのか……その後は?」
「ああ……十年ほど前に、ヤンから手紙が届いたのじゃ。また一緒に暮らさないかと、そう言ってくれての……わしはヤンが生きていたことにも驚いたし、また一緒に居ようと言ってくれたことにも驚いた……わしはすぐに返事を書き、娘の家族のいる町へと移り住んだのじゃ。なのに……それからすぐに、ヤンは流行り病に倒れて……」
十年前……爺さんが町を離れた時と一致する。爺さんは痩せた体を震わせて、さめざめと泣き始めた。
「どうして……かけがえのない時間は、こうもすぐに終わってしまうのか……う、うっうっうっ……」
ウォルフ爺さんの背中を、ミゲルが撫でている。でも俺は、ずいぶんと非情な人間らしい。涙を流す爺さんを前にしても、さっきの言葉ばかり考えてしまう。
(ヤンは、すでに故人だった。あの様子じゃ、演技ってこともなさそうだよな……)
だとしたら、俺たちが会ったヤンは……最初から、あのサイクロプスが変身していた姿だってことだ。だが、何も知らない俺たちは騙せても、実の父親である爺さんまで騙されるってのは、一体どういうわけなのか。
アニは、本来サイクロプスには変身能力はないと言っていた。ならさっきの奴は、かなり特殊な個体だったということになる。もしや他にも能力が、例えば催眠能力みたいなのがあって、それを爺さんに掛けていたとしたらどうだろう?だがら爺さんは娘だと思い込み、そして「目が合った」と言う嘘も、疑うことなく信じてしまった。そして奴が死んだ今、暗示が解けたのだとしたら……
(でも、それなら。あのサイクロプスは、めちゃめちゃに特別ってことになる。しかも、セカンドミニオンをつけ狙い、人間を憎悪している、特別なサイクロプス)
いくら何でも、不自然すぎる。もっとも、じゃあ一体どういう理由があって、あんな怪物が生まれたのかは分からないが……
(もしかすると……まだ何か、俺たちの知らない繋がりがあるのか……?)
はらはらと泣き続けたウォルフ爺さんは、そのまま眠ってしまった。ミゲルが爺さんを寝室に運び、戻ってきたタイミングで話しかける。
「ミゲル、爺さんの様子は?」
「今は、よく眠っています。よほど疲れていた様子で……恐らく、あれ以上質問をしても、有益な答えは返ってこなかったでしょう」
「そっか……気になるけど、しょうがないな。よし、それなら、事件の話は終わりにしよう。そろそろ、本題の方に入らしてもらいたいんだけど」
そう。事件の解決は、あくまで通過点に過ぎない。大事なのはここからだ。
「ステイン牧師。俺たちとの約束、果たす気はあるかな」
俺はまっすぐに、牧師を見据える。牧師は長い髭を一撫ですると、疲れたようにため息をついた。
「ふぅむ。そのことについては、ずいぶん考えておりました。前にも言うたように、わが教団の取り決めは、わしの一存で変えられるものではございません」
むっ……この期に及んで、ごねる気だろうか?仲間たちの顔が曇る。
「しかしながら……現在、この神殿を任されているのは、このわしです。軽々しく伝統を変えることは許されぬことじゃが、変える判断が可能なのもまた、このわししかおらぬ。そこでじゃ。わしよりもさきに、みなさま方がそれを知りたがる理由をお聞かせ願えぬじゃろうか」
「理由を?……質問を質問で返すようで悪いけど、その理由を訊いてもいいかな」
「はい。実はこの教えには、教団が決めたという理由の他に、そのお方自らがそれを望んだから、という面もあるのです」
「え?その、光の魔力の持ち主が?」
「左様ですじゃ。聖人とも呼ばれたお方のお望みなら、わしも無下にはしとうない。ですから、まずみなさまの心の内を知りたいのです。みなさまが何故あの方を追い求めるのか、あの方がそれを望まれるのか、それを判断したいのじゃ」
むう……秘密にするのは、そういう理由だったのか。
俺は背後を振り返った。そこには一人座らず、まっすぐに立つエラゼムの姿がある。俺が彼を見ると、彼もまたこちらを見、そしてうなずいた。
「牧師殿」
エラゼムが静かな声で、牧師に語り掛ける。
「この方々がそれを望まれる理由は、吾輩のためなのです」
「あなたの?」
「はい。……牧師殿がシスターたちの秘密を明かしてくれたのならば、こちらだけ腹の底を隠すのも不義理というもの。吾輩も、全てを打ち明けましょう」
そう言ってエラゼムは、自分の兜に手を掛けた。まさか、エラゼム……!
「こういうわけです」
「……っ!」
エラゼムの鎧の中を見て、牧師は言葉を失った。マルティナとミゲルも、驚愕の表情をしている。
「……あなた方の戦いぶりを聞き、尋常ならざる御仁だとは思っておったが……この世に未練を残された方でしたか」
「おっしゃる通り。その未練こそ、秘密を求める所以です」
エラゼムは兜を戻すと、改めて牧師を見た。
「その方は、吾輩の主だった方かもしれぬのです。牧師殿。どうか、あなたの知る所を打ち明けてはくださらぬでしょうか」
エラゼムが深々と頭を下げる。牧師は彼の兜をじっと見つめ、そして……
「……かしこまりました」
そう、告げた。
つづく
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大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
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オタクおばさん転生する
ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。
天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。
投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
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完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
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これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
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