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15章 燃え尽きた松明
7-1 母娘
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7-1 母娘
陽が沈むと、俺たちの部屋にお手伝いのおばさんがやってきた。
「お夕食の準備が整いました」
おばさんに連れられて向かった先は、これまた馬鹿広い座敷だった。昼間通された部屋とはまた違う部屋だから、こんな広さの部屋がいくつもあることになる。忘れちゃいけないけど、ここは王宮とかじゃなくて、個人の家だぜ?いやはや、伝説の勇者ともなれば、王様レベルの家を持てるのか。
座敷の真ん中に長机が置かれ、料理の皿が所狭しと置かれている。アルアとプリメラはもう席についていた。おや、今はアルアまで和服になっているぞ。薄緑色の浴衣で、正直あまり似合っていないな。
「さあ、皆様。どうぞお好きにおすわりください。こんなものしか用意できませんでしたが、お口に合いますでしょうか」
こんなものって、十分すぎるだろ……と、机にひしめく料理を見て思う。あ、しまった。食事は俺一人分でいいって伝えるの、忘れてたぁ。いまさら言っても遅いので、とりあえず黙っておく。
プリメラに進められるまま、座布団の上に腰を下ろす。
「では、いただきましょう」
プリメラがきっちりと手を合わせて、食事会が始まった。
さすが、料理はどれもおいしかった。芋の煮物や、焼き魚といった懐かしい味も多い。ただ一方で、なんだかよく分からない花の煮浸し?や、普通のパンも置いてあった。さしものファーストも、食材までこだわることは難しかったようだ。食器も普通にフォークとスプーンだしな。
「皆様は、とてもお力のある冒険家様だと伺っております」
食事の合間に、プリメラはそんな話を振ってきた。ほっ、ちょうどよかった。さっきから一口も料理に手を付けない仲間たちに怒りださないかと、冷や冷やしていたところだったんだ(ただしライラだけは、俺が食べた魚の骨をこっそりかじっていた)。気を逸らすついでもかねて、俺は匙を置いた。
「力があるだなんて、そんな。大したことはないっすよ」
「謙遜されているのですね。ですが、大したことのない方に、皇帝さまはわざわざ護衛を付けたりなどしませんわ。かの御仁に実力を認められている方など、そうそういらっしゃるものではないのですよ」
うぅん……俺は曖昧に微笑むことしかできなかった。ノロ女帝は、俺たちを疑っていたからアルアをよこしたのだ。そんなこと言うわけにはいかないけど。アルアのやつ、お母さんに俺たちを何と言っているのだろう?
(余計なことは言わないようにしないとな)
幸い、プリメラはあまり突っ込んだことは訊いてこなかった。今までとこを旅していたのかとか、仲間たちはどんな技能があるのかとか、そんなところだ。俺は終始あたりさわりのない回答に徹し、プリメラも社交辞令として、その都度うなずいたり、俺を賞賛したりしてきた。正直、あまり消化にいい会話とは言えないが……
ちなみに、俺と母親が話しているあいだ、娘のアルアは一切口を開かなかった。かといって、何かをもぐもぐしているわけでもない。
(アルアのやつ、腹減ってないのか?)
だとしても、せっかくのごちそうなのに……と思ったけど、そこで俺は違和感を覚えた。
プリメラとの会話がひと段落したタイミングで、俺はアルアの様子をちらりと盗み見してみた。アルアは俺の斜め向かいに座っている。彼女の前にも当然料理の皿は置かれているが、肝心のフォークとスプーンが見当たらないのだ。
(は?もしかしてあいつ、だから食べてないのか?)
だとしたら、子どもかよっ!とツッコミたくなる案件だが……アルアの性格からして、それはない気がした。それにアルアは、適度に水を飲んだり、汁物に手を付けたりして、さも食事に参加している風を装っている。だから今まで気が付かなったんだ。
そしてそのことに、プリメラも全く気付くそぶりがない。あんなに厳しそうな人が、食事をすっぽかす娘に気が付かないものだろうか?それにさっきから、アルアの方を見もしない……
「ところで、皆様」
再びプリメラが、俺に話しかけてくる。厳密には俺たちにだけど、さっきから受け答えしているのは俺だけだ。プリメラの顔は、さっきよりも少し笑顔を抑えていて、温度の下がった表情になった気がした。
「もし差し支えなければ、皆様の武勇伝をお聞かせ願えませんでしょうか」
「ぶ、武勇伝?(困った……)いやぁ~、んなもん俺たちにはないって言うか」
「いいえ、そんなはずはありませんわ。なぜなら貴方様がたは、娘を救ってくれたではありませんか。その時の事を、どうかお話しいただきたいのです」
プリメラがそう言うと、アルアの肩がぴくっと震えた気がした。
「え?ああ、まあ……でも、得意になって話すほどじゃないっすよ」
「まあ、なんて謙虚な方なんでしょう。ですがそこを曲げて、話していただくことはできませんか?わたくしも母として、娘のことを知っておきたいのです」
む、母として、ときたか。プリメラは重ねて言う。
「そして、娘の恩人である皆様のことを、きちんと知っておかなくては。大恩あると言葉にするのは簡単ですが、その中身を知らぬようでは、うわべだけの感謝になってしまいますわ」
うーん、まあそりゃ、娘がどんな目に遭ったのか、母親なら知りたくなるよな。それは分かる。分かるんだけど……
(それを、アルアの前でするのか?)
夜中にこっそり教える、とかならこんなに気にしなかったのに。被害者の前で、当時のことを詳細に話せなんて、なかなかにしんどいぞ?大体この人、アルアから話を聞いたんじゃなかったのか?一度聞いた話を、どうしてもう一度俺に言わせようとするんだろう。
「えっと……」
俺が躊躇していると、ふとアルアと目が合った。するとアルアはほんのわずか、それと分からないくらいにうなずいた。まるで、話してくれと頼むかのように。
(……くそ。後で文句言われても知らないぞ)
気は進まないが、プリメラも折れてはくれそうにない。俺は渋々、ここまでにあったことを話して聞かせた……
「うーん。どうにも、胃が痛いな……」
食事が終わり、部屋に戻ってくると、俺は畳の上に寝転がった。胸の真ん中がキリキリする。ちっ、プリメラが妙な話ばっかするからだ。
「桜下、だいじょうぶ?」
ライラが傍らにぺたんと座り、小さな手で俺の腹を撫でてくれる。ありがたいんだけど、く、くすぐったいな……
「桜下さんの気持ち、分かりますよ。はたで聞いていても、頭が痛くなりそうでしたね」
ウィルも腕を組んで、スッキリしない顔をしていた。
「ほんとだよ。ったく、あの親子は……」
プリメラは、俺たちがアルアを救助した時の様子を、事細かに聞きたがった。例えば、その時のアルアの傷の具合。酷い具合だった、なんて言葉じゃ満足せずに、どのくらいあざがあって、どのくらい血が出ていて、どのくらいアルアが弱っていたかを、いちいち深掘りしてきた。まあ、娘を心配する母親と考えれば、それもおかしくないのかもしれない。だけど何度も言うけど、この会話はアルア本人の前で交わされたんだって。
「あの人、めちゃくちゃ無神経な人なのかな?怪我人の傷をえぐるような事、よくできるよなぁ」
俺は腹立つわ、冷や冷やするわで、胃がねじれてしまった。プリメラは見た目だけなら、桃色の髪が華やかな、優しそうな女性に見えるんだけどな。中身は氷のようだ。
「ん~。ちょこっと、アタシのお母さんに似てるかもなの」
へ?俺は首をもぞりと動かして、そう言ったロウランの方を見た。
「似てるって、ロウランの母さんと、アルアの母さんが?」
「そうだよ」
畳の上で女の子座りをしていたロウランは、よじよじと四つん這いになってこっちにやって来ると、なぜか俺の頭のすぐ上に座り直した。なんでそんなところに……と、訊ねるまでもなかった。ロウランが俺の頭を持ち上げて、その下に自分の足を滑り込ませたからだ。
「おい、ちょ、ちょっと」
「んふふ。こっちのが気持ちいでしょ?アタシ、脚にはちょこっと自信あるの」
まあ、そう言われたら……ロウランの太ももは、柔らかいのによく締まっていて、高級な枕みたいだった。正直、悪い気はしない。
「……はぁ。まあいいや。それでロウラン、さっきのはどういう?」
「ああ、うん。前に、似たようなことがあったなーって。ぼんやり思い出したの」
「似たこと?さっきの、地獄みたいな晩餐のことか?」
「そうなの。あれね、たぶん嘘ついてないか、確かめてたんじゃないかなぁ」
「嘘?」
プリメラは、俺を試していたのか?俺がでまかせ言って、恩を着せようとしているんじゃないかと……?俺が見上げると、逆さまになったロウランの顔が、こちらを見つめ返してきた。独特な輝きを持つ瞳に吸い込まれそうだ。
「ダーリンのことじゃないよ。あのコの嘘、なの」
「あのこって……アルアのって、ことか?」
「そう。だから、わざわざあのコの前で、ダーリンに話をさせたの。そうすれば、あのコは逃げれないからね♪」
逃げられない……?え?まて、そういうことか?俺は全身の毛が逆立つのを感じた。あの女、マジかよ!
「ぬうぅ……」
聞こえてきた唸り声は、エラゼムのか。彼もまた、ロウランの言っていることを理解したのだろう。一方で、ウィルやライラは、まだピンときていないようだ。
「……つまり、こういうこと?」
硬いフラン声。ここからじゃ顔は見えないけど、きっとくしゃくしゃにしかめているに違いない。
「あの女は、事前に全部アルアから聞いていた。けど、それはあくまで当事者が言ったことだから、ごまかしてる可能性があった。あの子の話が本当かどうか確かめる為に、この人に話をさせたってわけ?」
ここまでの内容は、ロウランの考えと当たっているようだ。なぜか楽しそうに、ふんふんとうなずいている。反対に、ウィルとライラの顔は青ざめていった。
「もしもこの人の話と少しでも食い違ったら、その場ですぐにあの子を裁く。そうなればあの子は、客人の前でみっともない姿をさらすことになる。そういう状況にあの子を追い込むことで、あの子が絶対に嘘を付けないようにした……そう、言いたいの」
「うんうん。いい線行ってるぅ♪」
「ちっ。だからあの子、前にあんなに熱心に顛末を聞いて来たんだ……」
苦々し気にフランがつぶやく。それって、あれか?アルアは怪我から回復すると、何よりも先に、自分が襲われた時の状況を聞きたがった。それは、自分がどんな目に遭ったのか知りたかったんじゃなくて、母親にきちんと説明をするためだった……?そうしないと、もっとひどい目に遭うと知っていたから……俺はだんだん、胃の痛みがひどくなっていくような気がした。
「絶対かどうかは知らないよ?ぜーんぶ、よ・そ・う。でも、当たってるんじゃないかなぁ」
ロウランは楽し気に、人差し指をくるくると回す。
「アタシもね、うんと小さい頃にやられたの。お稽古をサボったことをお母さんに嘘ついて誤魔化したらね、それは絶対に本当なのか、そうならちゃんとそう言えって言われてさぁ。いまさら後にも引けないし、絶対に本当です!って言ったら、そのすぐ後にお稽古の先生が出てきて、もぉびっくり仰天!きゃはは、あの時は焦ったの~。あれ以来、二度と嘘つく気になれなかったなぁ」
な、なんで笑って話せるんだ?聞いててドン引きするエピソードなんですけど……
「……それって」
ウィルが、憂鬱そのものの顔で口を開く。
「それってつまり、アルアさんのお母さんは、アルアさんのことを全く信用していなかったってことですか?」
「う~ん、そうかもねぇ。もう前科持ちで、アタシみたいにごまかしたことがあったのかもね」
「でも、だとしても……自分の娘が、大けがをして帰ってきたんですよ?どうしてそれを疑ったりなんか……」
自分の娘の部分を、ウィルは強調して言った。
「んー、たぶん怪我のことはどうでもいいんじゃない?そうじゃなくて、あのコがどれくらい痛めつけられて、それに対してどれくらい反撃できたかってことが大事なの。あのコ、傭兵さんなんでしょ?」
ロウランの推察には説得力があった。プリメラは、アルアが帰ってくるなり、家紋に泥を塗ったと引っぱたいた。あの人は、英雄ファーストの子孫という肩書がくすむのを、何よりも心配していた。
「……自分の娘の安否よりも、家の名声の方が大事なんですか?そんな……そんな、母親って……」
ウィルの嘆くような声は、夜の闇の中に虚しく消えていった。ウィルの母親代わりのプリースティス様は、厳しいけれど、愛情深い人だった。そんなウィルからしたら、プリメラはどんな風に見えているんだろう……
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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陽が沈むと、俺たちの部屋にお手伝いのおばさんがやってきた。
「お夕食の準備が整いました」
おばさんに連れられて向かった先は、これまた馬鹿広い座敷だった。昼間通された部屋とはまた違う部屋だから、こんな広さの部屋がいくつもあることになる。忘れちゃいけないけど、ここは王宮とかじゃなくて、個人の家だぜ?いやはや、伝説の勇者ともなれば、王様レベルの家を持てるのか。
座敷の真ん中に長机が置かれ、料理の皿が所狭しと置かれている。アルアとプリメラはもう席についていた。おや、今はアルアまで和服になっているぞ。薄緑色の浴衣で、正直あまり似合っていないな。
「さあ、皆様。どうぞお好きにおすわりください。こんなものしか用意できませんでしたが、お口に合いますでしょうか」
こんなものって、十分すぎるだろ……と、机にひしめく料理を見て思う。あ、しまった。食事は俺一人分でいいって伝えるの、忘れてたぁ。いまさら言っても遅いので、とりあえず黙っておく。
プリメラに進められるまま、座布団の上に腰を下ろす。
「では、いただきましょう」
プリメラがきっちりと手を合わせて、食事会が始まった。
さすが、料理はどれもおいしかった。芋の煮物や、焼き魚といった懐かしい味も多い。ただ一方で、なんだかよく分からない花の煮浸し?や、普通のパンも置いてあった。さしものファーストも、食材までこだわることは難しかったようだ。食器も普通にフォークとスプーンだしな。
「皆様は、とてもお力のある冒険家様だと伺っております」
食事の合間に、プリメラはそんな話を振ってきた。ほっ、ちょうどよかった。さっきから一口も料理に手を付けない仲間たちに怒りださないかと、冷や冷やしていたところだったんだ(ただしライラだけは、俺が食べた魚の骨をこっそりかじっていた)。気を逸らすついでもかねて、俺は匙を置いた。
「力があるだなんて、そんな。大したことはないっすよ」
「謙遜されているのですね。ですが、大したことのない方に、皇帝さまはわざわざ護衛を付けたりなどしませんわ。かの御仁に実力を認められている方など、そうそういらっしゃるものではないのですよ」
うぅん……俺は曖昧に微笑むことしかできなかった。ノロ女帝は、俺たちを疑っていたからアルアをよこしたのだ。そんなこと言うわけにはいかないけど。アルアのやつ、お母さんに俺たちを何と言っているのだろう?
(余計なことは言わないようにしないとな)
幸い、プリメラはあまり突っ込んだことは訊いてこなかった。今までとこを旅していたのかとか、仲間たちはどんな技能があるのかとか、そんなところだ。俺は終始あたりさわりのない回答に徹し、プリメラも社交辞令として、その都度うなずいたり、俺を賞賛したりしてきた。正直、あまり消化にいい会話とは言えないが……
ちなみに、俺と母親が話しているあいだ、娘のアルアは一切口を開かなかった。かといって、何かをもぐもぐしているわけでもない。
(アルアのやつ、腹減ってないのか?)
だとしても、せっかくのごちそうなのに……と思ったけど、そこで俺は違和感を覚えた。
プリメラとの会話がひと段落したタイミングで、俺はアルアの様子をちらりと盗み見してみた。アルアは俺の斜め向かいに座っている。彼女の前にも当然料理の皿は置かれているが、肝心のフォークとスプーンが見当たらないのだ。
(は?もしかしてあいつ、だから食べてないのか?)
だとしたら、子どもかよっ!とツッコミたくなる案件だが……アルアの性格からして、それはない気がした。それにアルアは、適度に水を飲んだり、汁物に手を付けたりして、さも食事に参加している風を装っている。だから今まで気が付かなったんだ。
そしてそのことに、プリメラも全く気付くそぶりがない。あんなに厳しそうな人が、食事をすっぽかす娘に気が付かないものだろうか?それにさっきから、アルアの方を見もしない……
「ところで、皆様」
再びプリメラが、俺に話しかけてくる。厳密には俺たちにだけど、さっきから受け答えしているのは俺だけだ。プリメラの顔は、さっきよりも少し笑顔を抑えていて、温度の下がった表情になった気がした。
「もし差し支えなければ、皆様の武勇伝をお聞かせ願えませんでしょうか」
「ぶ、武勇伝?(困った……)いやぁ~、んなもん俺たちにはないって言うか」
「いいえ、そんなはずはありませんわ。なぜなら貴方様がたは、娘を救ってくれたではありませんか。その時の事を、どうかお話しいただきたいのです」
プリメラがそう言うと、アルアの肩がぴくっと震えた気がした。
「え?ああ、まあ……でも、得意になって話すほどじゃないっすよ」
「まあ、なんて謙虚な方なんでしょう。ですがそこを曲げて、話していただくことはできませんか?わたくしも母として、娘のことを知っておきたいのです」
む、母として、ときたか。プリメラは重ねて言う。
「そして、娘の恩人である皆様のことを、きちんと知っておかなくては。大恩あると言葉にするのは簡単ですが、その中身を知らぬようでは、うわべだけの感謝になってしまいますわ」
うーん、まあそりゃ、娘がどんな目に遭ったのか、母親なら知りたくなるよな。それは分かる。分かるんだけど……
(それを、アルアの前でするのか?)
夜中にこっそり教える、とかならこんなに気にしなかったのに。被害者の前で、当時のことを詳細に話せなんて、なかなかにしんどいぞ?大体この人、アルアから話を聞いたんじゃなかったのか?一度聞いた話を、どうしてもう一度俺に言わせようとするんだろう。
「えっと……」
俺が躊躇していると、ふとアルアと目が合った。するとアルアはほんのわずか、それと分からないくらいにうなずいた。まるで、話してくれと頼むかのように。
(……くそ。後で文句言われても知らないぞ)
気は進まないが、プリメラも折れてはくれそうにない。俺は渋々、ここまでにあったことを話して聞かせた……
「うーん。どうにも、胃が痛いな……」
食事が終わり、部屋に戻ってくると、俺は畳の上に寝転がった。胸の真ん中がキリキリする。ちっ、プリメラが妙な話ばっかするからだ。
「桜下、だいじょうぶ?」
ライラが傍らにぺたんと座り、小さな手で俺の腹を撫でてくれる。ありがたいんだけど、く、くすぐったいな……
「桜下さんの気持ち、分かりますよ。はたで聞いていても、頭が痛くなりそうでしたね」
ウィルも腕を組んで、スッキリしない顔をしていた。
「ほんとだよ。ったく、あの親子は……」
プリメラは、俺たちがアルアを救助した時の様子を、事細かに聞きたがった。例えば、その時のアルアの傷の具合。酷い具合だった、なんて言葉じゃ満足せずに、どのくらいあざがあって、どのくらい血が出ていて、どのくらいアルアが弱っていたかを、いちいち深掘りしてきた。まあ、娘を心配する母親と考えれば、それもおかしくないのかもしれない。だけど何度も言うけど、この会話はアルア本人の前で交わされたんだって。
「あの人、めちゃくちゃ無神経な人なのかな?怪我人の傷をえぐるような事、よくできるよなぁ」
俺は腹立つわ、冷や冷やするわで、胃がねじれてしまった。プリメラは見た目だけなら、桃色の髪が華やかな、優しそうな女性に見えるんだけどな。中身は氷のようだ。
「ん~。ちょこっと、アタシのお母さんに似てるかもなの」
へ?俺は首をもぞりと動かして、そう言ったロウランの方を見た。
「似てるって、ロウランの母さんと、アルアの母さんが?」
「そうだよ」
畳の上で女の子座りをしていたロウランは、よじよじと四つん這いになってこっちにやって来ると、なぜか俺の頭のすぐ上に座り直した。なんでそんなところに……と、訊ねるまでもなかった。ロウランが俺の頭を持ち上げて、その下に自分の足を滑り込ませたからだ。
「おい、ちょ、ちょっと」
「んふふ。こっちのが気持ちいでしょ?アタシ、脚にはちょこっと自信あるの」
まあ、そう言われたら……ロウランの太ももは、柔らかいのによく締まっていて、高級な枕みたいだった。正直、悪い気はしない。
「……はぁ。まあいいや。それでロウラン、さっきのはどういう?」
「ああ、うん。前に、似たようなことがあったなーって。ぼんやり思い出したの」
「似たこと?さっきの、地獄みたいな晩餐のことか?」
「そうなの。あれね、たぶん嘘ついてないか、確かめてたんじゃないかなぁ」
「嘘?」
プリメラは、俺を試していたのか?俺がでまかせ言って、恩を着せようとしているんじゃないかと……?俺が見上げると、逆さまになったロウランの顔が、こちらを見つめ返してきた。独特な輝きを持つ瞳に吸い込まれそうだ。
「ダーリンのことじゃないよ。あのコの嘘、なの」
「あのこって……アルアのって、ことか?」
「そう。だから、わざわざあのコの前で、ダーリンに話をさせたの。そうすれば、あのコは逃げれないからね♪」
逃げられない……?え?まて、そういうことか?俺は全身の毛が逆立つのを感じた。あの女、マジかよ!
「ぬうぅ……」
聞こえてきた唸り声は、エラゼムのか。彼もまた、ロウランの言っていることを理解したのだろう。一方で、ウィルやライラは、まだピンときていないようだ。
「……つまり、こういうこと?」
硬いフラン声。ここからじゃ顔は見えないけど、きっとくしゃくしゃにしかめているに違いない。
「あの女は、事前に全部アルアから聞いていた。けど、それはあくまで当事者が言ったことだから、ごまかしてる可能性があった。あの子の話が本当かどうか確かめる為に、この人に話をさせたってわけ?」
ここまでの内容は、ロウランの考えと当たっているようだ。なぜか楽しそうに、ふんふんとうなずいている。反対に、ウィルとライラの顔は青ざめていった。
「もしもこの人の話と少しでも食い違ったら、その場ですぐにあの子を裁く。そうなればあの子は、客人の前でみっともない姿をさらすことになる。そういう状況にあの子を追い込むことで、あの子が絶対に嘘を付けないようにした……そう、言いたいの」
「うんうん。いい線行ってるぅ♪」
「ちっ。だからあの子、前にあんなに熱心に顛末を聞いて来たんだ……」
苦々し気にフランがつぶやく。それって、あれか?アルアは怪我から回復すると、何よりも先に、自分が襲われた時の状況を聞きたがった。それは、自分がどんな目に遭ったのか知りたかったんじゃなくて、母親にきちんと説明をするためだった……?そうしないと、もっとひどい目に遭うと知っていたから……俺はだんだん、胃の痛みがひどくなっていくような気がした。
「絶対かどうかは知らないよ?ぜーんぶ、よ・そ・う。でも、当たってるんじゃないかなぁ」
ロウランは楽し気に、人差し指をくるくると回す。
「アタシもね、うんと小さい頃にやられたの。お稽古をサボったことをお母さんに嘘ついて誤魔化したらね、それは絶対に本当なのか、そうならちゃんとそう言えって言われてさぁ。いまさら後にも引けないし、絶対に本当です!って言ったら、そのすぐ後にお稽古の先生が出てきて、もぉびっくり仰天!きゃはは、あの時は焦ったの~。あれ以来、二度と嘘つく気になれなかったなぁ」
な、なんで笑って話せるんだ?聞いててドン引きするエピソードなんですけど……
「……それって」
ウィルが、憂鬱そのものの顔で口を開く。
「それってつまり、アルアさんのお母さんは、アルアさんのことを全く信用していなかったってことですか?」
「う~ん、そうかもねぇ。もう前科持ちで、アタシみたいにごまかしたことがあったのかもね」
「でも、だとしても……自分の娘が、大けがをして帰ってきたんですよ?どうしてそれを疑ったりなんか……」
自分の娘の部分を、ウィルは強調して言った。
「んー、たぶん怪我のことはどうでもいいんじゃない?そうじゃなくて、あのコがどれくらい痛めつけられて、それに対してどれくらい反撃できたかってことが大事なの。あのコ、傭兵さんなんでしょ?」
ロウランの推察には説得力があった。プリメラは、アルアが帰ってくるなり、家紋に泥を塗ったと引っぱたいた。あの人は、英雄ファーストの子孫という肩書がくすむのを、何よりも心配していた。
「……自分の娘の安否よりも、家の名声の方が大事なんですか?そんな……そんな、母親って……」
ウィルの嘆くような声は、夜の闇の中に虚しく消えていった。ウィルの母親代わりのプリースティス様は、厳しいけれど、愛情深い人だった。そんなウィルからしたら、プリメラはどんな風に見えているんだろう……
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