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15章 燃え尽きた松明

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プリメラとアルア母娘の衝撃シーンを見てしまった俺たちは、部屋で茫然としていた。しばらくすると、プリメラが遣わせたお手伝いさんがやってきた。

「お部屋に案内させていただきます」

俺たちはお手伝いのおばさんに連れられて、これまた大きな一室に案内された。広々とした和室で、ここで宴会が開けそうなくらいだ。床の間には竜の掛け軸が飾られている。この世界のどこでなら、掛け軸なんて買えるんだろう?

「こちらは、殿方のお部屋になります」

なんと、驚きだ。このお手伝いさんは、この広間を俺とエラゼムの二人で使わせる気なのか?ところが、女性陣が全員口を揃えて同室でいいと言い張るものだから、おばさんは困惑顔になった。

「ライラは、桜下といっしょがいい」

ライラは俺に引っ付いた。妹みたいなものだから、おばさんもそこまで驚かない。

「わたしもいい。何かあったら困るから」

フランも断った。何かとはなんだ、とおばさんは問いただしたそうだった。

「あたしもパス。ここ以上にいい部屋があるなら別だけど、あんまり期待できなそうだわ」

アルルカは、和風建築がお気に召さなかったようだ。まあヴァンパイア、西洋妖怪筆頭だしな。ぶしつけな物言いに、おばさんはいよいよ顔を曇らせた。

「アタシはもちろん、ダーリンと一緒だよ?なんだったら、ベッドも一緒でいいの♪」

ロウランの恐ろしい発言のせいで、おばさんはますます険しい顔になった。が、さすがに家主の客人に対して、暴言は吐かなかった。しかし、部屋の設備やトイレと風呂の場所なんかを説明すると、明らかにそそくさと退散していってしまったけど。

「ほらロウラン、お前のせいだぞ。変な風に思われちゃったじゃないか!」

「えー。事実じゃないの。今までだって、ずーっとそばにいたんだから」

「そりゃお前、霊体だった時の話だろうが……」

まったく。ロウランの体が戻ったことで、やかましいのが一人増えてしまった。俺はコキコキと首を鳴らす。

「ふ……ふわぁ~あ。にしても、あぁー。夜通し走ってきたから、流石に疲れたなぁ」

あぁ、すっごく眠くなってきた。昨日から一睡もしていないんだぜ……?ミツキの町を見た衝撃で目が覚めていたけど、腰を落ち着けると睡魔がぶり返してくる。ライラも小さくあくびをしていた。

「桜下さん、少し寝ますか?あれ、でもこの部屋、ベッドがありませんね。手違いかしら……」

「いいや、布団があるんだよ。さっき、そこの押し入れにあるって、おばさんが……ふあぁ。ああ~、でもその前に、風呂に入ってきたい気もするなぁ」

森の中を駆けずり回ってきたせいで、全身から土と草のにおいがする。服もほこりっぽいし、このままこの家をうろつくのは、気が引けるな。

「確か、いつでも風呂に入れるって言ってたよな?俺、ひとっ風呂浴びてくるわ」

「そうですか。いいですけど、お風呂で寝て、溺れないでくださいよ?」

「まさかぁ、ウィルじゃあるまいし……」

「私はそんなことしません!」

わはは。プリプリ怒るウィルを尻目に、俺は着替えを持って部屋を出た。お手伝いさんいわく、この家には温泉が引いてあるらしい。だから二十四時間、好きな時に風呂に入れるんだそうだ。ここまで来ると、もう旅館だな。

「さて、えーっと確か、向かって左手っつってたから……」

「あ、ちょっと待って」

あん?振り返ると、そこにはフランがいた。ついて来たのか?

「フラン?どうした、着替えならちゃんと持ったぜ?」

「しってる。そうじゃなくて……あの、よかったら、わたしも……いい?」

「へ?」

それはつまり、いっしょに風呂に行こうってことか?フランの歯切れが妙に悪い事からしても、間違いなさそうだ。

(い、いっしょに風呂……)

別にこれが初めてでもないし、なんなら割と頻繁なくらいだ。だけど……やっぱり恥ずかしいなぁ。シェオル島での一件以来、恥ずかしさはむしろ増したような気もする。

「……」

「……あの、疲れてるなら、無理しなくていいから」

「え?」

おっと、沈黙を面倒くさがられていると捉えられてしまったか。しゅんとしたフランに、慌てて弁解する。

「いや、そういうんじゃないぞ。まあ、なんだ。フランがいいなら、別に俺は……」

「いいの?」

こん時の、フランの顔と言ったら……フランは仏頂面のくせに、こういう時だけ子どもみたいに、目をキラキラさせるんだもんな。

(ずるい)

うなずくしかないじゃないか。
ただ俺は、ひょっとするとこの家の風呂は、男女別になっているのではと思っていた。こっちの世界では、風呂場は一つなのがデフォルトだ。けど現代日本じゃ、普通は男湯女湯に分かれるだろ。家の風呂とは言え、これだけ広い家なんだから、浴場が二つあってもおかしくは……
と、思っていたんだけれど。風呂場は一つで、ちゃっかり混浴仕様になっていた。おい!

「どうしたの?」

「いや……なんでもない」

偉大なる勇者ファーストよ……あんたのこと、ちょっと幻滅したけど、それ以上に親しみを感じるよ。どんな英雄だって、所詮は人の子だ。よっぽど可愛い嫁さんだったんだな。

「先に行っててくれよ。あとから俺も行くから」

「わかった」

俺の“事情”を察してくれたのか、それともさすがに目の前で脱ぎ合うのは恥ずかしかったのか、フランは一足先に暖簾をくぐって、脱衣所へと入っていった。どっちにしても助かるな。俺は帽子の下の件で、あんまり人の前で着替えたくないから。
数分ほど開けて、俺も脱衣所に向かう。うわ、ここは銭湯そのものだ。脱いだ服を入れるかごが、棚にいくつも並べられている。ここ、本当に旅館にするつもりだったんじゃないか?そのうちの一つにフランの服が入っていたので、俺はその隣に汚れた服を突っ込んだ。この服は後で、ライラの魔法で洗濯して貰おう。

「よし……ふぅー、はぁー……」

最後に腰と頭にしっかりタオルを巻いて、それから深呼吸してから、意を決して浴室へ足を進める。
浴室は露天風呂になっていた。風呂の周りには高い木の垣根があるので、覗き見の心配はなさそうだ。夜だったら、星がきれいだろうな。湯気には独特な硫黄っぽい匂いが混じっている。端の方に木桶と腰かけが置かれていて、そこにフランがいた。

「よ、よう、フラン」

腰掛けに浅く座ったフランが、顔を半分だけ振り向かせる。服は脱いでいるけど、ガントレットは嵌めたままだ。

「……遅い。このまま来ないつもりかと思った」

「うっ……」

実はなかなか勇気が出なくて、深呼吸を十セットほどしていたのがバレたか……ぽりぽりと頬をかいていると、フランが手桶をずいと押しやってきた。

「ねえ、ひさびさに髪、やってよ」

ほっ。そんなに怒っているわけじゃなさそうだ。俺は謝罪の意味も込めて、ひょいと手桶を掴み上げた。

「ああ。任しとけ」

お湯をなみなみと汲んで、フランの背後に立つ。長い銀の髪は、床につきそうなほどだ。そこにゆっくりとお湯をかけていく。フランの髪は水をはじくくらいつやつやだから、じっくり染み込ませてやらないといけないんだ。もう何度もこうしてきたからな。コツはだいたい覚えてしまった。
そうして濡らした髪を、両手で揉むように洗っていく。絹糸のような髪は、触っている俺からしても気持ちがいい。それを何度か繰り返すと、土埃がすっかりと落ちて、本来のきらきらした輝きが戻ってきた。フランは近接戦闘がメインだから、どうしても埃にまみれやすい。定期的に洗ってやらないと、すぐに真っ白になってしまうんだ。けど個人的には、このキラキラを損なうのは、すっごくもったいないと思うんだよな。
そうしてすっかり綺麗になると、仕上げに両手のひらで、髪全体を撫でつける。上から下に、水を切るように。フランはこれが好きで、やってやると喜ぶから、いつも最後にこれをしていた。

「ふぅ。さ、綺麗になったぜ、お姫様」

俺が手を離すと、フランは犬みたいに、ぷるぷると頭を振った。

「……ありがと」

「おう。で、どうする?先に出てるか?」

「ううん。待ってるよ」

フランは腰かけからお尻を離すと、温泉のふちに座って、足を浸けた。どうせなら肩まで浸かればと思ったけど、そっか。フランはアンデッドだから、熱いお湯は気持ち悪いんだっけ。

「じゃ、ちょっと待っててくれな」

俺は手早く体を洗った。フランはずーっと背中を向けていてくれたから、やっぱり気遣ってくれているんだろう。

「ふぃー。フラン、待たせたな。まだいいか?」

「うん」

よしよし。せっかくだ、ファースト家のお湯の味を見てやろう。俺は黄土色の湯に、足先からゆっくりと浸かった。

「だぁっちちちち……結構熱いなぁ……!」

俺は限界まで体を縮こまらせながら、ちゃぷんと湯に沈んだ。体中がピリピリする。熱さのせいか、それとも成分のせいか。なんにせよ、あまり長湯は出来なさそうだ。

「は、ふうぅ~……ああ、でもいい湯だ。眠くなる……」

「ほんとに寝ないでよ」

「だいじょぶだいじょぶ……」

俺は温泉のふちに頭を乗っけて、目を閉じた。気持ちいいなぁ。もしこのまま寝たら、フランはちゃんと連れて帰ってくれるかな?……いや、よそう。裸でその辺にほっぽりだされるかもしれない。
眠らない程度に力を抜いていると、波が肌を撫でるのを感じた。あん?フランが動いたのかな。ちゃぷちゃぷという音が近づいてくるから、やっぱりフランだ。でも、どうしたんだろ。気になって目を開けた。

「フラン?」

「……」

フランは俺の隣にやって来ると、そこに腰を下ろした。銀の髪が水面に浮かぶ。ここが和風だからかも分からないけど、俺はそうめんが食べたくなった。

「どうした?ていうかお前、お湯に浸かるの嫌いだろ?」

「……うるさいな。いいでしょ、別に」

はあ、まあそりゃそうだけど。フランの顔は、怒っているというより、恥ずかしがっているように見えた。

「……タオル」

「え?」

「タオル、外さないね」

なんだ、だしぬけに?フランは自分の膝を抱えて、揺れる水面を見つめている。上か下か、どっちのことを言っているんだろう?

「……頭のことか?」

「そっちもだし……外してほしいわけじゃない。でも、今ここには、わたしたちしかいないのに」

「窮屈だろうって?」

「それもある……あとは、もし気を遣ってるなら、それも嫌」

うーん。フランの言いたいことは、何となく分かるような……俺は目線を上げた。垣根の向こうには、はるかな山並み。そのさらに向こうには青い空。いい天気だ。

「そうだなぁ……フランのことは、疑ってるわけじゃない。お前を信用してないから、外さないわけじゃないぜ。じゃなかったら、そもそも秘密を打ち明けなかったさ」

「……うん」

「ただ、なんつーか……ほら、ウィルのやつもそうだろ。あいつもずっと、お腹にコルセットを巻いてるじゃないか」

「そう、だね。でもウィルは、どっちかっていうと、自分が見たくないんじゃない?」

「おお、まさにそれだ。俺自身もな、あんまり見たくないし、見せたくないのさ。なんというか、見せているっていう状況が嫌っていうか……」

はっきりと意識したことがなかったので、なかなか言葉にすると難しい。けど、頭に何か巻いていないと、とにかく落ち着かないのだ。例えとしてはちょっとアレだけど、寝癖を付けたまま表を歩くのは恥ずかしいだろ?いくら気にしないと言われても、そのままじゃ人には会いたくない。あれに近いと思う。

「習慣付いちゃってるんだろうな。もーっと年取ったら、気にしなくもなるのかもしれないけど……ごめん、今はまだ無理だ」

「……ううん。謝るのは、わたし。ごめん、わがまま言って」

へ?思わずフランの方を見ると、フランは鼻までお湯に浸かって、ぶくぶくやっていた。

「なんか、よく分かんないけど。今のがわがままなのか?」

「……そう。あなたがそう言うって分かってて、訊いたの」

へーえ……俺を困らせようとしたってことか?それはわがままというか、イジワルみたいに思うけど。するとフランは、急にこっちを見て、唐突に言った。

「ねえ。わたしのハダカ、見たい?」

「は、はぁ!?」


つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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