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15章 燃え尽きた松明

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アルアは唇を湿らすと、慎重に口を開いた。

「私は……私は、傭兵。なによりも、与えられた任務を優先に考えなくちゃいけない」

アルアの言葉は、自分自身に言い聞かせているような口ぶりだった。

「だから……それしか手がないのなら……あなたの提案を、受け入れる」

うわぁ、すっごく渋々って感じ……ま、いいか。手をついて感謝されることを期待していたわけじゃない。俺はうなずこうとしたが、その時、にゅっと白い手が伸びてきて、俺の口をふさいでしまった。もごごっ。

「だーめよ。あんた、ものを頼む態度ってのが分かってないわ」

な、アルルカか?俺の口をふさいだのは。やつは俺の背後に立って、抱き着くような形で口をふさいでいる。なんだなんだ、何する気だ?

「あんた、アルアとか言ったっけ?」

「……そうだけど」

「あっそ。であんた、自分の立場わかってる?あんたは、あたしたちに施しを受ける立場なのよ。つまりあんたは、物乞い同然ってわ・け。おわかり?」

物乞いと言われて、アルアの頬に朱が差した。

「それはっ」

「あーあー、わかっちゃないわね。物乞いってのは、そんなに頭が高いかしら?ふんぞり返って、提案を受け入れる、ですって?バカにすんじゃないわよ。助けてもらいたいなら、ちゃんと態度で示せって言ってんの」

うわあ、こいつ、性格悪いな……けど思えば、アルルカはこういうことに拘りが強かった気がする。前にも、フランに頭下げさせてたよな。フランもそれを思い出しているのか、苦りきった目でアルルカを見ている。

「くっ……!」

「聞こえなかったかしら?誠意見せろっていってんのよ」

「……お願い、します……」

「はぁ?きっこえないわねぇ。それに、お辞儀もできないのかしら?一の国の連中って、礼儀作法も知らないのね」

おおぉ……言うなぁ。さんざん煽られて、アルアの顔は真っ赤っかのトマトみたいだ。ちょっとでもつついたら、赤い汁がブシュッ!と噴き出しそうだな。

「……よろしく、お願い、します……!」

アルアはガクガクという音が聞こえそうなほど、ぎこちない動作で頭を下げた。アルアのつむじを見て、アルルカはようやく満足そうな声を出す。

「ふふん。最初からそうしときゃいいのよ。ま、及第点はあげるわ」

そう言って、アルルカはようやく俺の口を自由にした。

「ぷはっ。おい、アルルカ。なにもここまで……」

「はぁー、あんたって、ほんとバカね。これはあんたのためにやってやったことじゃないの」

「はぁ?俺のため?」

「そ・う・よ。ここであんたが下手に出りゃ、そいつはずーっと態度を改めないわよ。あんた自身も言ってたじゃない、自分を嫌う相手を助ける義理はないって。ここできちんと上下関係を仕込んでおけば、今後そいつは偉そうにできないでしょうが」

あ、ああ。なるほど?つまりこいつなりに、アルアの俺に対する態度をどうにかしようとした……のかな。

「まあそれなら、確かに助かるけど……」

「でしょ?それに、考えただけでワクワクしない?今後一切、そいつはあたしたちに歯向かえないのよ。なんてったって、任務の成功はあたしたち次第なんだからねぇ?せいぜいご機嫌を取ってくれるでしょうよ。キャハハハ!」

うっわ、やっぱこいつ、最低だわ……後半のは、俺じゃなくて、アルアに向けて話していたっぽいし。そのアルアは、頭を下げたまま、ぶるぶると震えている。これ以上いじめたら、ドカンと爆発しそうだ。

「はぁー、まあいいや。とにかく、予定は決まったんだから、そろそろ出発しようぜ。あんまりモタモタしてたら、連中が追い付いてくるかもしれないしな」

待ち伏せはなかったが、追撃ならあり得るかもしれない。さっさと逃げるが吉だ。俺は立ちあがると、ふと思い出して、アルアに言い添えた。

「あ、じゃあ早速なんだけど。アルア、そいつはきちんと食えよな。俺の仲間が、せっかく用意したんだから」

俺は、アルアの膝の上に乗ったままになっていた、パンケーキを指さした。ウィルがせっかく作ったんだ。お残しなんて許せません。俺が指摘すると、アルアは思い出したように、慌ててパンケーキにかぶりついた。

原野は見渡す限り、はるか遠くまで広がっていた。幾人もの旅人たちが残したわだちの上を、俺たちは馬を走らせる。ときおり後ろから吹く風が、俺たちを追い越して、ざあざあと草を揺らして駆けていく。なんだか俺まで風になった気分だ。
さすがにアルアは、あれから態度を改めた。前はびっくりするほど距離を空けていたけれど、今は俺たちのすぐ前を走っている。それに、露骨に嫌な態度を取ることもなくなったし、休憩の時にはこの先の道のりについての説明をするようにもなった。早い話、ようやくまともな案内役になったってことだ。

(まあその上でも、相変わらず顔は硬いままだけど……)

アルアがにこりと笑ったとこなんて、一度たりとも見たこともない。まあ、せいぜい数日の付き合いだ。そこまでは求めないさ。
それよりも気になっていたのは、やはりどうにも、俺たちの後をついてきている奴がいるっぽいことだ。

「……どうだ?」

「……いる。でも、かなり遠くだよ」

夕暮れ時、長い坂道のてっぺんで、俺たちは夕日を背に、背後を振り返っていた。フランが赤い瞳を細くし、はるか遠くの坂のふもとを睨んでいる。ここからたっぷり数時間はある距離だ。

「人数は、多くない。ていうかたぶん、一人だと思う」

「一人?たった一人で、何ができるんだ」

「さあ。わたしたちが不寝番も立てずに昼寝でもして、そのままうっかり夜まで寝過ごすのを待ってるんじゃない。ついでにうっかり、武器も外してて」

「はは……ま、そういう奇跡でもないと、なんもできんよな」

もし仮にそういう状況になったとして、でもここから何時間も離れているんだぞ?そこまで走ってくる間、バレないとでも思っているのだろうか。

「うーん……意味わからなすぎて、逆に気味わるいな」

「ですが、問題はないと思います」

お?首をひねっていた俺たちに、珍しくアルアが話しかけてきた。

「問題ないって?」

「ええ。この先の森に入れば、たとえ相手が誰であろうと、めったなことはできなくなるので」

「んん?どういう意味だ?」

「行けば分かると思うけど……この先にあるのは、“森閑の森”。何人たりとも、騒ぎを起こしてはいけない森です」

はあ……?シンカンって、どんな字を書くんだろう。新刊?神官?

(新刊の森……)

なんだか即売会みたいだな。

(神官の森……)

なんだかシスターがいっぱいいるみたいだな。

「ぷふっ」

「?」

おっと、一人で笑ってしまった。アルアの言っている事は、いまいち分からなかったけど、やつが冗談を言うはずもないだろう。てことは、本当にそうなんだろうな。

「じゃあ、そのシンカンの森に入っちまえば、追っ手は何もできなくなるんだな?」

「まあ、ほぼ何も。下手に迎え撃つよりも、このまま進んだほうがいいと思います」

なるほど。ガイドがこう言うんだから、素直に従っとこうか。俺たちはアルアが言う通り、そのまま先に進むことにした。
日没間際、行く手に大きな石橋が現れた。そしてその向こうには、鬱蒼と木々が茂る山々がそびえている。

「この川はコキュートス川です。向こうに見える森が森閑の森。そしてこの橋は、渡月橋と言います」

石橋を渡りながら、アルアが説明する。って、待て待て。トゲツキョウだって?確か、おんなじ名前の橋が、京都になかったか?

「アルア、この橋って、本当に渡月橋って言うのか?」

「そうですが、なにか」

「いや……前の世界にも、同じ名前の橋があったからさ。すごい偶然だと思って」

するとアルアは、首を横に振った。

「ああ、そういうこと。それなら、偶然じゃありません。この橋は、勇者ファーストが作った橋です」

「え?ファースト!?」

あ、でもそっか。ファーストも元々は、日本から召喚されていたっけ。

「彼はその功績を認められ、皇帝閣下に領地を下賜かしされました。この先にある私の故郷、ミツキの町は、ファーストが作った町です。この橋の名前も、ファーストが考えたと言います……」

アルアはそう言うと、足もとの橋を不思議な目で見つめた。なんだろう?懐かしんでいるようにも、一方で戸惑っているようにも見えるけど。

「……それはともかく。森に入る前に、みなさんに忠告をしておきます」

あん?橋を渡り終えると、アルアが馬を止めて、俺たちの方へ振り返った。

「待ってくだされ、アルア嬢」

同じくストームスティードを止めたエラゼムが、怪訝そうな声を出す。

「森に入る前、とおっしゃったか。もしや、このまま進むおつもりですか?間もなく日没ですぞ」

「そうしたほうがいいと思っています」

「ふむ。吾輩としては、急ぐ旅ではないと考えておりましたが。理由をお訊ねしても?」

「ええ。それは、この森閑の森の特性と大きく関わっています。というのも、この森では、大きな物音を立ててはいけません」

は?物音を立てちゃいけない?エラゼムの前に座るライラが、バカにしたように言う。

「なにそれ?音を立てちゃダメなんだったら、じっとしてるしかないじゃん」

「大きな物音、と言ったでしょ。静かに歩く程度なら問題ないの。走ったり、大声を出したり、激しく戦闘するようなことをしなければ、安全に通り抜けることができる」

はあ……なるほど、ようやく字が分かった。だから森閑なんて名前が付いているのか。俺はエラゼムのわきから首を出した。

「だから、この森に来れば安全だって言ったのか?」

アルアがうなずく。

「ええ。この森で騒ぎを起こすバカはいない。そんなことしたら、自分もタダじゃすまないから」

……タダじゃすまない?なんかさっきから、妙にきな臭い単語が頻出しているんだけど。

「なあ……この森って、なんかいるのか……?」

「……“それ”は、森の主と呼ばれるモンスターです。大きな音を立てると、目を覚ますと言われています。もし目覚めさせたら最後、二度と森から出ることはできない。だからみんな、ここを通る時だけは、絶対に争わないようにしているんです」

や、やっぱり……肩に掴まるウィルの指が、ぎゅうと食い込んだ。

「でも、ならなんで夜に?朝を待っちゃダメなのか?」

「通るだけなら、問題ありません。ただ、この周辺の山々には、オーガやウルクといった凶暴なモンスターが生息しています。日中は、それらのモンスターに出くわす危険性があります」

「なら、夜だと?」

「夜は、モンスターも森の主を恐れて、行動しないんです。主が目を覚ますのは、夜の間だけだから。だから逆に言えば、物音さえ立てなければ、夜は安全に森を抜けることができるんです」

なぁーるほど……音さえ立てなければ安全な夜と、強力なモンスターと出くわす恐れのある昼。どちらかと言えば、前者の方が安牌かもしれないな。

「わかった。それじゃあ、このまま進もうか。エラゼム?」

「承知いたしました」

「えぇ~……桜下さん、正気ですか?」

む。ウィルが肩に爪を立てている。いてて、痛いってば。

「別にいいだろ、お前は関係ないじゃないか。幽霊なんだから」

「そうですけどぉ……桜下さんは、怖くないんですか?」

「俺?ちっともさ。ったく、ウィルはいつまで経ってもビビりだなぁ」

「むぅ……」

ほんとは、嘘だ。結構怖いけど、みんなの手前、格好つけているだけだったりする……

「……わっ!」

うわー!このっ、ウィルのやつ!あろうことか、ウィルは俺の耳元で大声を出しやがった。俺は飛び上がりそうなくらい驚いたけど、被害はそれだけにとどまらなかった。実はもう一人、ライラもまた、やせ我慢をしていたのだ。

「っ!!!」

「えっ!?」

「ぬお!?」

「きゃあ!」

ドシーン!びっくりして集中力を欠いたライラは、ストームスティードを維持することができなかった。結果、俺たち四人は盛大に尻もちをつき、俺はしばらく腰椎の痛みに唸ることとなった。ライラは涙目で「おねーちゃんなんてキライ!」とそっぽを向き、今回の元凶であるウィルは、同じく涙目でごめんなさいを連呼する羽目になった。

「……くれぐれも、森に入ってからは、静かにしてくださいよ」

アルアの冷ややかな目……うぅ、返す言葉もないっていうのは、こういうことを言うんだろう……



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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