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14章 痛みの意味
8-3
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「はあ、ふう。さすがに、これで終わりだよな……?」
俺は震える足になんとか力を入れながら、目の前で氷漬けになったゴーレムたちを凝視する。うん、指一本動かない。完全に機能停止したみたいだ。
「た、助かった……」
密室でおびただしい数のゴーレムに襲われるというのは、まさに猛禽と同じ檻に入れられた羽虫の体験だった。アルルカのおかげでどうにか逃げ延びたが、そうでなかったら……
「桜下殿。この先に、休めそうな場所がございます。そこまで歩けますか?」
「あ、ああ。大丈夫だ……」
ホントはこの場でへたり込みたいくらいだったけど、さすがに少し離れたい。また部屋の仕掛けが再稼働したらと思うと、ゆっくり休むどころじゃないだろうから。
エラゼムの先導の元、通路の一部が不自然にふくれている場所に移動する。なんでこんな形に?と思ったが、なんてことはない。ここは元々、丁字路だったのだ。ただ、丁字の下棒に当たる部分の通路が、巨大な真四角の岩で塞がれてしまっていた。どうやら、上から岩がふってくるタイプの罠だったらしい。一回使い切りだったのか、はたまた修理が面倒だったのか、そのままに放置されている。何にしても、誰かが先に作動してくれたおかげで助かった。名も知らない先人に、感謝と冥福の祈りを。
「桜下さんっ、傷の手当てを!」
腰を落ち着けるやいなや、ウィルが血だらけの俺を見てすっ飛んでくる。
「ああ、大丈夫だって。そんなに大した怪我じゃないよ」
「だとしてもです!じっとしていてください……」
ウィルは目を閉じると、両手を俺のでこの辺りに掲げて、ぶつぶつと呪文を唱えた。
「キュアテイル」
パァー。青色の光がウィルの手から放たれ、俺の顔を照らす。体の節々の痛みが消え、足の震えが収まった。
「おお。さんきゅー、ウィル。すっかり良くなったよ」
「ええ……大事がなくてよかったです。結構派手に出血していたものですから、冷や冷やしましたよ」
ウィルは手を伸ばすと、俺の顔を拭おうとした。すると隣から、苦しそうな声が掛けられる。
「ちょ……ごほ。ちょっと」
ゴーレムの一撃から俺をかばい、重傷を負ったアルルカだった。そうだそうだ、やつも早く診てやらないと。
「ウィル、ちょっと待ってくれ。先にアルルカだ」
俺は腰を浮かせてアルルカのほうへ向き直ると、彼女の胸の真ん中に右手を重ねた。
「ディストーションハンド・ファズ!」
俺が呪文を唱えると、右手がヴンっと輪郭をなくし、わずかにアルルカの中へ沈み込んだ。それと同時に、アルルカの傷が早戻しのようにみるみる塞がっていく。
「よっと。どうだ?」
俺はアルルカの背中を覗き込んだ。一時は骨まで見える重症だったが、今はすっかり元通りだ。
「よし、きれいに治ったな。それと、さっきはありがとな。お前のおかげで助かったよ」
「え、ああ、うん。そうね」
「悪いな。軽症の俺よりも、お前を早く治すべきだった」
「え、いや、それはどうでもいいんだけど」
え?さっきの声掛けは、早くしろって意味じゃなかったのか?
「違ったのか?」
「そうじゃなくって。だって、もったいないじゃない」
「もったいない……?」
「あんた、あたしに感謝してるんなら、ちょっとくらいお礼しなさいよ。ね。ね?」
「は、はあ。いいけど……」
「だったら、このマスクを外して。ちょっとのあいだでいいわ。大丈夫、血を吸わせろなんて言わないから」
「んんん?まあ、それなら……」
マスクを外せって、開放感を味わいたいとかか?俺が言われた通りにマスクを外すと、間髪入れずにアルルカが覆いかぶさってきた。
「どわっ!おいアルルカ、なんのつもりだ!」
「動かないでったら。こぼれちゃう……」
こぼれる?アルルカは暴れる俺の手首をつかむと、床に押さえつけた。か、悲しいことに、ピクリとも動かせない……そのままやつの顔が迫ってきたので、俺はぎゅっと目を閉じた。
べろり。
「う、え?」
「ペロペロ……」
目を開けると……あ、アルルカが、犬のように俺の顔を舐めている。いや、違うな、これは……やつは、俺の額の傷から流れた、血を舐めとっているんだ。
「ば、ばか!おい、やめろ!」
「ぁんでよ。いいじゃない、どうせ一度出た血でしょ。拭い取ろうが、あたしがおいしくいただこうが、どっちえもおあじ……」
後半は再び舌を伸ばしてきたので、不明瞭な発音だった。理屈はわかるが、それでヨシ!とはならないだろ!俺は助けを求めて仲間を見たが、ウィルとフランはむすっとした顔をしているものの、動こうとはしていなかった。
「お、おい!二人とも、助けてくれぇ!」
「……そのヴァンパイアが活躍したのは事実でしょ。わたしたちに止める権利はないよ」
「……そうですね。桜下さんも、感謝していたみたいですし?大目に見てあげてもいいんじゃないですか」
な、なんでそうなるんだ。エラゼムはオロオロするばかりで、まるで役に立ちそうにないし。なんとか振りほどきたいけど、アルルカの力にはとても敵わない。あれ?俺、男だよな?
そうこうしているうちに、アルルカはあっという間に血を舐め取ってしまった。
「んん~ん。濃厚ね。量は少ないけど、ちょうどいいおやつになったわ」
つやつやしたアルルカが、満足げに微笑む。一方、俺はと言うと。
「ほ、ほひ」
「あん?ぁによ」
「はおは、ひひれる!」
「はぁ?なんて?……あ、そっか。あたしのよだれって、麻酔の効果があるんだったっけ」
「ほい!ひょーはんひゃなひほ!」
アルルカにしこたま舐められたせいで、俺は顔の半分に力が入らなくなってしまった。歯の抜けたような喋り方しかできない俺を見て、アルルカはケタケタ笑い、ウィルもくすくす口元を押さえた。くうぅ、なんで俺がこんな目に……
「くほぉ……」
ガシガシと力をこめて、袖で頬を拭う。全然感覚がないから、なんだか不気味だ。ほどなくして麻痺は取れたが、俺はもう二度と、こいつの前で血は流すまいと固く誓った。
「ったく。これで借りはチャラだぞ!」
「んふふ。それなら、今後は血を出さないように気を付けることね」
「言われなくとも!」
ちっ!ぺろりと唇を舐めるアルルカをよそに、俺はマスクを拾い上げて、再び装着させた。最近はずいぶん聞き分けのよくなってきたアルルカだけど、やっぱりまだ油断ならん。
「ふう。あ、そうだ。他のみんなは、大丈夫か?エラゼムとフランなんかは特に」
「わたしは平気」
「吾輩も問題ありません。こちらは気にせず、桜下殿は休んでください」
「いいや、そういうわけにもいかないさ。みんな大丈夫そうなら、先に進もうぜ」
俺は立ちあがると、軽く足を曲げ伸ばしした。エラゼムが慌てる。
「何も、そんなに急がなくとも。死線を潜り抜けたばかりです、よく休まれたほうが」
「いいや、死線っつっても、俺はアルルカにおぶられてただけだからな。ドキドキはしたけど、そんなに疲れちゃないんだ」
「しかし……」
「それに、できるだけ早く、ライラを迎えに行きたいんだ」
あの子が今、どれだけ心細いことか。ライラは大人顔負けの魔術の天才だが、心まで大人なわけじゃない。ましてや、悪い魔導士と一緒となると……
「ダメ、かな?」
今、もっとも優先すべき意見は、エラゼムのものだ。俺は気持ちばかりが空回りして、足が地についていないのかもしれない。だがエラゼムは、そんな俺の気持ちを汲んでくれた。
「かしこまりました。では、先に進みましょう」
「いいのか?」
「もちろんです。それに、吾輩としても……桜下殿と、同じ意見なのです」
エラゼムは少し恥ずかしそうにそう言った。ははは、そうだよな。ライラを想う気持ちは、みんな一緒だ。
再び隊列を組みなおし、ダンジョンの攻略を再開する。歩き出す前に、ウィルが俺の下へやってきて、短剣を返してくれた。
「はい、これ。お返ししますね」
「あ、俺が投げたやつ。拾っといてくれたのか」
「ええ。たまたま、アルルカさんの杖のそばに落ちていたんです」
「わりい、さんきゅー。あ、あとついでに、さっきの魔法もナイスだったぜ」
「え?ああ、メイフライヘイズですね。間に合ってよかったですよ。正直あの時、ほとんどパニックで。きちんと唱えられたのは奇跡みたいなもんです」
「そうなのか?俺はてっきり、日ごろの鍛錬の成果が出たんだと思ってたけど」
「え~?あはは、そうなら嬉しいですね。じゃあ、そういうことにしておいてください」
「けえっ、調子いいな。へへへ」
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「はあ、ふう。さすがに、これで終わりだよな……?」
俺は震える足になんとか力を入れながら、目の前で氷漬けになったゴーレムたちを凝視する。うん、指一本動かない。完全に機能停止したみたいだ。
「た、助かった……」
密室でおびただしい数のゴーレムに襲われるというのは、まさに猛禽と同じ檻に入れられた羽虫の体験だった。アルルカのおかげでどうにか逃げ延びたが、そうでなかったら……
「桜下殿。この先に、休めそうな場所がございます。そこまで歩けますか?」
「あ、ああ。大丈夫だ……」
ホントはこの場でへたり込みたいくらいだったけど、さすがに少し離れたい。また部屋の仕掛けが再稼働したらと思うと、ゆっくり休むどころじゃないだろうから。
エラゼムの先導の元、通路の一部が不自然にふくれている場所に移動する。なんでこんな形に?と思ったが、なんてことはない。ここは元々、丁字路だったのだ。ただ、丁字の下棒に当たる部分の通路が、巨大な真四角の岩で塞がれてしまっていた。どうやら、上から岩がふってくるタイプの罠だったらしい。一回使い切りだったのか、はたまた修理が面倒だったのか、そのままに放置されている。何にしても、誰かが先に作動してくれたおかげで助かった。名も知らない先人に、感謝と冥福の祈りを。
「桜下さんっ、傷の手当てを!」
腰を落ち着けるやいなや、ウィルが血だらけの俺を見てすっ飛んでくる。
「ああ、大丈夫だって。そんなに大した怪我じゃないよ」
「だとしてもです!じっとしていてください……」
ウィルは目を閉じると、両手を俺のでこの辺りに掲げて、ぶつぶつと呪文を唱えた。
「キュアテイル」
パァー。青色の光がウィルの手から放たれ、俺の顔を照らす。体の節々の痛みが消え、足の震えが収まった。
「おお。さんきゅー、ウィル。すっかり良くなったよ」
「ええ……大事がなくてよかったです。結構派手に出血していたものですから、冷や冷やしましたよ」
ウィルは手を伸ばすと、俺の顔を拭おうとした。すると隣から、苦しそうな声が掛けられる。
「ちょ……ごほ。ちょっと」
ゴーレムの一撃から俺をかばい、重傷を負ったアルルカだった。そうだそうだ、やつも早く診てやらないと。
「ウィル、ちょっと待ってくれ。先にアルルカだ」
俺は腰を浮かせてアルルカのほうへ向き直ると、彼女の胸の真ん中に右手を重ねた。
「ディストーションハンド・ファズ!」
俺が呪文を唱えると、右手がヴンっと輪郭をなくし、わずかにアルルカの中へ沈み込んだ。それと同時に、アルルカの傷が早戻しのようにみるみる塞がっていく。
「よっと。どうだ?」
俺はアルルカの背中を覗き込んだ。一時は骨まで見える重症だったが、今はすっかり元通りだ。
「よし、きれいに治ったな。それと、さっきはありがとな。お前のおかげで助かったよ」
「え、ああ、うん。そうね」
「悪いな。軽症の俺よりも、お前を早く治すべきだった」
「え、いや、それはどうでもいいんだけど」
え?さっきの声掛けは、早くしろって意味じゃなかったのか?
「違ったのか?」
「そうじゃなくって。だって、もったいないじゃない」
「もったいない……?」
「あんた、あたしに感謝してるんなら、ちょっとくらいお礼しなさいよ。ね。ね?」
「は、はあ。いいけど……」
「だったら、このマスクを外して。ちょっとのあいだでいいわ。大丈夫、血を吸わせろなんて言わないから」
「んんん?まあ、それなら……」
マスクを外せって、開放感を味わいたいとかか?俺が言われた通りにマスクを外すと、間髪入れずにアルルカが覆いかぶさってきた。
「どわっ!おいアルルカ、なんのつもりだ!」
「動かないでったら。こぼれちゃう……」
こぼれる?アルルカは暴れる俺の手首をつかむと、床に押さえつけた。か、悲しいことに、ピクリとも動かせない……そのままやつの顔が迫ってきたので、俺はぎゅっと目を閉じた。
べろり。
「う、え?」
「ペロペロ……」
目を開けると……あ、アルルカが、犬のように俺の顔を舐めている。いや、違うな、これは……やつは、俺の額の傷から流れた、血を舐めとっているんだ。
「ば、ばか!おい、やめろ!」
「ぁんでよ。いいじゃない、どうせ一度出た血でしょ。拭い取ろうが、あたしがおいしくいただこうが、どっちえもおあじ……」
後半は再び舌を伸ばしてきたので、不明瞭な発音だった。理屈はわかるが、それでヨシ!とはならないだろ!俺は助けを求めて仲間を見たが、ウィルとフランはむすっとした顔をしているものの、動こうとはしていなかった。
「お、おい!二人とも、助けてくれぇ!」
「……そのヴァンパイアが活躍したのは事実でしょ。わたしたちに止める権利はないよ」
「……そうですね。桜下さんも、感謝していたみたいですし?大目に見てあげてもいいんじゃないですか」
な、なんでそうなるんだ。エラゼムはオロオロするばかりで、まるで役に立ちそうにないし。なんとか振りほどきたいけど、アルルカの力にはとても敵わない。あれ?俺、男だよな?
そうこうしているうちに、アルルカはあっという間に血を舐め取ってしまった。
「んん~ん。濃厚ね。量は少ないけど、ちょうどいいおやつになったわ」
つやつやしたアルルカが、満足げに微笑む。一方、俺はと言うと。
「ほ、ほひ」
「あん?ぁによ」
「はおは、ひひれる!」
「はぁ?なんて?……あ、そっか。あたしのよだれって、麻酔の効果があるんだったっけ」
「ほい!ひょーはんひゃなひほ!」
アルルカにしこたま舐められたせいで、俺は顔の半分に力が入らなくなってしまった。歯の抜けたような喋り方しかできない俺を見て、アルルカはケタケタ笑い、ウィルもくすくす口元を押さえた。くうぅ、なんで俺がこんな目に……
「くほぉ……」
ガシガシと力をこめて、袖で頬を拭う。全然感覚がないから、なんだか不気味だ。ほどなくして麻痺は取れたが、俺はもう二度と、こいつの前で血は流すまいと固く誓った。
「ったく。これで借りはチャラだぞ!」
「んふふ。それなら、今後は血を出さないように気を付けることね」
「言われなくとも!」
ちっ!ぺろりと唇を舐めるアルルカをよそに、俺はマスクを拾い上げて、再び装着させた。最近はずいぶん聞き分けのよくなってきたアルルカだけど、やっぱりまだ油断ならん。
「ふう。あ、そうだ。他のみんなは、大丈夫か?エラゼムとフランなんかは特に」
「わたしは平気」
「吾輩も問題ありません。こちらは気にせず、桜下殿は休んでください」
「いいや、そういうわけにもいかないさ。みんな大丈夫そうなら、先に進もうぜ」
俺は立ちあがると、軽く足を曲げ伸ばしした。エラゼムが慌てる。
「何も、そんなに急がなくとも。死線を潜り抜けたばかりです、よく休まれたほうが」
「いいや、死線っつっても、俺はアルルカにおぶられてただけだからな。ドキドキはしたけど、そんなに疲れちゃないんだ」
「しかし……」
「それに、できるだけ早く、ライラを迎えに行きたいんだ」
あの子が今、どれだけ心細いことか。ライラは大人顔負けの魔術の天才だが、心まで大人なわけじゃない。ましてや、悪い魔導士と一緒となると……
「ダメ、かな?」
今、もっとも優先すべき意見は、エラゼムのものだ。俺は気持ちばかりが空回りして、足が地についていないのかもしれない。だがエラゼムは、そんな俺の気持ちを汲んでくれた。
「かしこまりました。では、先に進みましょう」
「いいのか?」
「もちろんです。それに、吾輩としても……桜下殿と、同じ意見なのです」
エラゼムは少し恥ずかしそうにそう言った。ははは、そうだよな。ライラを想う気持ちは、みんな一緒だ。
再び隊列を組みなおし、ダンジョンの攻略を再開する。歩き出す前に、ウィルが俺の下へやってきて、短剣を返してくれた。
「はい、これ。お返ししますね」
「あ、俺が投げたやつ。拾っといてくれたのか」
「ええ。たまたま、アルルカさんの杖のそばに落ちていたんです」
「わりい、さんきゅー。あ、あとついでに、さっきの魔法もナイスだったぜ」
「え?ああ、メイフライヘイズですね。間に合ってよかったですよ。正直あの時、ほとんどパニックで。きちんと唱えられたのは奇跡みたいなもんです」
「そうなのか?俺はてっきり、日ごろの鍛錬の成果が出たんだと思ってたけど」
「え~?あはは、そうなら嬉しいですね。じゃあ、そういうことにしておいてください」
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