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14章 痛みの意味

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「はあ、ふう。さすがに、これで終わりだよな……?」

俺は震える足になんとか力を入れながら、目の前で氷漬けになったゴーレムたちを凝視する。うん、指一本動かない。完全に機能停止したみたいだ。

「た、助かった……」

密室でおびただしい数のゴーレムに襲われるというのは、まさに猛禽と同じ檻に入れられた羽虫の体験だった。アルルカのおかげでどうにか逃げ延びたが、そうでなかったら……

「桜下殿。この先に、休めそうな場所がございます。そこまで歩けますか?」

「あ、ああ。大丈夫だ……」

ホントはこの場でへたり込みたいくらいだったけど、さすがに少し離れたい。また部屋の仕掛けが再稼働したらと思うと、ゆっくり休むどころじゃないだろうから。
エラゼムの先導の元、通路の一部が不自然にふくれている場所に移動する。なんでこんな形に?と思ったが、なんてことはない。ここは元々、丁字路だったのだ。ただ、丁字の下棒に当たる部分の通路が、巨大な真四角の岩で塞がれてしまっていた。どうやら、上から岩がふってくるタイプの罠だったらしい。一回使い切りだったのか、はたまた修理が面倒だったのか、そのままに放置されている。何にしても、誰かが先に作動してくれたおかげで助かった。名も知らない先人に、感謝と冥福の祈りを。

「桜下さんっ、傷の手当てを!」

腰を落ち着けるやいなや、ウィルが血だらけの俺を見てすっ飛んでくる。

「ああ、大丈夫だって。そんなに大した怪我じゃないよ」

「だとしてもです!じっとしていてください……」

ウィルは目を閉じると、両手を俺のでこの辺りに掲げて、ぶつぶつと呪文を唱えた。

「キュアテイル」

パァー。青色の光がウィルの手から放たれ、俺の顔を照らす。体の節々の痛みが消え、足の震えが収まった。

「おお。さんきゅー、ウィル。すっかり良くなったよ」

「ええ……大事がなくてよかったです。結構派手に出血していたものですから、冷や冷やしましたよ」

ウィルは手を伸ばすと、俺の顔を拭おうとした。すると隣から、苦しそうな声が掛けられる。

「ちょ……ごほ。ちょっと」

ゴーレムの一撃から俺をかばい、重傷を負ったアルルカだった。そうだそうだ、やつも早く診てやらないと。

「ウィル、ちょっと待ってくれ。先にアルルカだ」

俺は腰を浮かせてアルルカのほうへ向き直ると、彼女の胸の真ん中に右手を重ねた。

「ディストーションハンド・ファズ!」

俺が呪文を唱えると、右手がヴンっと輪郭をなくし、わずかにアルルカの中へ沈み込んだ。それと同時に、アルルカの傷が早戻しのようにみるみる塞がっていく。

「よっと。どうだ?」

俺はアルルカの背中を覗き込んだ。一時は骨まで見える重症だったが、今はすっかり元通りだ。

「よし、きれいに治ったな。それと、さっきはありがとな。お前のおかげで助かったよ」

「え、ああ、うん。そうね」

「悪いな。軽症の俺よりも、お前を早く治すべきだった」

「え、いや、それはどうでもいいんだけど」

え?さっきの声掛けは、早くしろって意味じゃなかったのか?

「違ったのか?」

「そうじゃなくって。だって、もったいないじゃない」

「もったいない……?」

「あんた、あたしに感謝してるんなら、ちょっとくらいお礼しなさいよ。ね。ね?」

「は、はあ。いいけど……」

「だったら、このマスクを外して。ちょっとのあいだでいいわ。大丈夫、血を吸わせろなんて言わないから」

「んんん?まあ、それなら……」

マスクを外せって、開放感を味わいたいとかか?俺が言われた通りにマスクを外すと、間髪入れずにアルルカが覆いかぶさってきた。

「どわっ!おいアルルカ、なんのつもりだ!」

「動かないでったら。こぼれちゃう……」

こぼれる?アルルカは暴れる俺の手首をつかむと、床に押さえつけた。か、悲しいことに、ピクリとも動かせない……そのままやつの顔が迫ってきたので、俺はぎゅっと目を閉じた。
べろり。

「う、え?」

「ペロペロ……」

目を開けると……あ、アルルカが、犬のように俺の顔を舐めている。いや、違うな、これは……やつは、俺の額の傷から流れた、血を舐めとっているんだ。

「ば、ばか!おい、やめろ!」

「ぁんでよ。いいじゃない、どうせ一度出た血でしょ。拭い取ろうが、あたしがおいしくいただこうが、どっちえもおあじ……」

後半は再び舌を伸ばしてきたので、不明瞭な発音だった。理屈はわかるが、それでヨシ!とはならないだろ!俺は助けを求めて仲間を見たが、ウィルとフランはむすっとした顔をしているものの、動こうとはしていなかった。

「お、おい!二人とも、助けてくれぇ!」

「……そのヴァンパイアが活躍したのは事実でしょ。わたしたちに止める権利はないよ」

「……そうですね。桜下さんも、感謝していたみたいですし?大目に見てあげてもいいんじゃないですか」

な、なんでそうなるんだ。エラゼムはオロオロするばかりで、まるで役に立ちそうにないし。なんとか振りほどきたいけど、アルルカの力にはとても敵わない。あれ?俺、男だよな?
そうこうしているうちに、アルルカはあっという間に血を舐め取ってしまった。

「んん~ん。濃厚ね。量は少ないけど、ちょうどいいおやつになったわ」

つやつやしたアルルカが、満足げに微笑む。一方、俺はと言うと。

「ほ、ほひ」

「あん?ぁによ」

「はおは、ひひれる!」

「はぁ?なんて?……あ、そっか。あたしのよだれって、麻酔の効果があるんだったっけ」

「ほい!ひょーはんひゃなひほ!」

アルルカにしこたま舐められたせいで、俺は顔の半分に力が入らなくなってしまった。歯の抜けたような喋り方しかできない俺を見て、アルルカはケタケタ笑い、ウィルもくすくす口元を押さえた。くうぅ、なんで俺がこんな目に……

「くほぉ……」

ガシガシと力をこめて、袖で頬を拭う。全然感覚がないから、なんだか不気味だ。ほどなくして麻痺は取れたが、俺はもう二度と、こいつの前で血は流すまいと固く誓った。

「ったく。これで借りはチャラだぞ!」

「んふふ。それなら、今後は血を出さないように気を付けることね」

「言われなくとも!」

ちっ!ぺろりと唇を舐めるアルルカをよそに、俺はマスクを拾い上げて、再び装着させた。最近はずいぶん聞き分けのよくなってきたアルルカだけど、やっぱりまだ油断ならん。

「ふう。あ、そうだ。他のみんなは、大丈夫か?エラゼムとフランなんかは特に」

「わたしは平気」

「吾輩も問題ありません。こちらは気にせず、桜下殿は休んでください」

「いいや、そういうわけにもいかないさ。みんな大丈夫そうなら、先に進もうぜ」

俺は立ちあがると、軽く足を曲げ伸ばしした。エラゼムが慌てる。

「何も、そんなに急がなくとも。死線を潜り抜けたばかりです、よく休まれたほうが」

「いいや、死線っつっても、俺はアルルカにおぶられてただけだからな。ドキドキはしたけど、そんなに疲れちゃないんだ」

「しかし……」

「それに、できるだけ早く、ライラを迎えに行きたいんだ」

あの子が今、どれだけ心細いことか。ライラは大人顔負けの魔術の天才だが、心まで大人なわけじゃない。ましてや、悪い魔導士と一緒となると……

「ダメ、かな?」

今、もっとも優先すべき意見は、エラゼムのものだ。俺は気持ちばかりが空回りして、足が地についていないのかもしれない。だがエラゼムは、そんな俺の気持ちを汲んでくれた。

「かしこまりました。では、先に進みましょう」

「いいのか?」

「もちろんです。それに、吾輩としても……桜下殿と、同じ意見なのです」

エラゼムは少し恥ずかしそうにそう言った。ははは、そうだよな。ライラを想う気持ちは、みんな一緒だ。
再び隊列を組みなおし、ダンジョンの攻略を再開する。歩き出す前に、ウィルが俺の下へやってきて、短剣を返してくれた。

「はい、これ。お返ししますね」

「あ、俺が投げたやつ。拾っといてくれたのか」

「ええ。たまたま、アルルカさんの杖のそばに落ちていたんです」

「わりい、さんきゅー。あ、あとついでに、さっきの魔法もナイスだったぜ」

「え?ああ、メイフライヘイズですね。間に合ってよかったですよ。正直あの時、ほとんどパニックで。きちんと唱えられたのは奇跡みたいなもんです」

「そうなのか?俺はてっきり、日ごろの鍛錬の成果が出たんだと思ってたけど」

「え~?あはは、そうなら嬉しいですね。じゃあ、そういうことにしておいてください」

「けえっ、調子いいな。へへへ」



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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