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14章 痛みの意味
5-1 夕日が沈まぬ街
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5-1 夕日が沈まぬ街
アイエダブルの町を出てから、すでに一日が経った。あれから追手がかかる気配はない。景色は相変わらず殺風景な荒野だが、アニいわく、この先に大きな町は一つしかないという。そこが俺たちの目的地、ストーンビレッジだ。そこに、三つ編みちゃんがいる。
「あともう少しだな」
夜になり、焚火のそばで皿を拭きながら、俺は隣のライラに話しかけた。この辺に水源はないから、使った食器は布巾でぬぐうことしかできない。まあ、ライラに頼めば、水の魔法でどうとでもしてくれるんだろうけど。ただそのライラは、一日中ストームスティードを走らせ、ぐったりと疲れ切っていた。今は、この子に無理はさせたくない。なあに、どうせ俺しか使わない皿だしな。
「うん……もうすぐ、三つ編みちゃんに会えるんだ」
ライラは手首に巻かれた、グラデーションが美しいリボンを撫でた。ライラのお母さんの形見を、一の国の踊り子レベッカが加工して作ったものだ。これのもう半分は、三つ編みちゃんが持っている。二人が再会の約束を交わした時に、ライラが三つ編みちゃんに贈ったんだ。
「ライラ……ちゃんと力になってあげれるかな」
いざ再会が迫ってきて、ライラは緊張しているみたいだ。俺は拭き終わった皿を荷袋に詰めながら答える。
「きっと大丈夫……とは言えないか。まだ確かなことは分からないしな」
「うん……そうだね」
「なるようになってみるしかないだろうな。けど、ライラ一人に全部やらせるつもりはないよ。俺たちだって協力する。ま、俺にできることなんて、たかが知れてるけど……」
「むぅ~……頼りないなぁ」
ライラがぷくーっと頬を膨らませる。ははは、面目ない……するとライラは、すぐににこっと笑った。
「うそ。ありがと、桜下。桜下がそばにいてくれてる時が、ライラ、いちばん力が出るから。だからよろしくね」
「あはは、それだけでいいのか?お安い御用だ」
ライラが手のひらを俺に向けた。うん?これは……俺も同じように手のひらを向けると、ライラの小さな手にパチンとタッチした。ライラがにっこり笑う。うん、これで正解だったみたいだ。
「あーら、調子いいわねぇ。あたしも助けてもらいたいもんだわ」
のしっ。うわ、なんだ?急に背中にやわらかいものが押し当てられ、二本の腕がするりと回された。
「ここにも一人、あんたの助けが必要なヴァンパイアがいるんですけどぉ」
「なっ、お前、アルルカか!?」
にゅっと、真横にアルルカの顔が現れて、俺の右肩にあごを乗っける。
「お、お前、なんのつもりだよ?」
「ん」
アルルカはちょいちょいと上を指さす。上?見上げてみると、ずいぶんと明るい夜空が見えた。へーえ、月がきれいだな。今日は満月か……満月。
「あ、そういうことか」
「そういうことよ。夜まで我慢したんだから、いいでしょ?」
アルルカが指を滑らせて、あごの下をくすぐってきた。ああ、鳥肌が!
「わーったよ!わかったから、いったん離れろ!」
「あら、それには及ばないわ。このまま運んだ方が楽だもの」
え?そう言うとアルルカは、腕を一度引っ込めてから、俺のわきの下に再度通した。
「おい、飛んでいく気か!?」
「だってここじゃ、ピーピーうるさいのが多いじゃない。ムードが台無しになっちゃうわ」
「だから、なんでいちいちムードなんて……うわあ!」
俺の話も聞かず、アルルカは翼を広げて、ふわりと宙に舞い上がった。一瞬、うるさいの呼ばわりされてむっとするライラの顔が見えたが、みるみる小さくなっていく。俺たちはあっという間に、夜の中へと溶け込んだ。
「おい、アルルカ!あんまり遠くに行っちゃだめだぞ!」
「わーってるってば。ここの夜空は飛び慣れてるから、夜間飛行を楽しむ気もないしね」
それは本当で、アルルカはすぐに高度を落とし始め、やがて大きな岩の陰に着地した。遠くにまだ焚火の火がぽつんと見えるから、やっぱり大した距離は飛んでいないな。
「ったく。血をやるのはかまわないが、毎回毎回シチュエーションにこだわる必要があるのか?」
「あら、じゃああんたは口に入れば何でもいいって、食材をそのまま丸めただけのダンゴでも美味しく食べれるのかしら?」
うっ。口の中に苦い味が広がる……ウィルが仲間になる前は、俺はそりゃあ酷いもんを食っていた。
「……」
「それとおんなじよ。ヴァンパイアにとって、吸血は至福の時間、最高のごちそうなの。あんたの血は文句なしに美味しいけど、それにしたって創意工夫を忘れちゃだめよ。こんな何もない場所じゃムードもへったくれもないんだから、せめてシチュエーションくらい拘らなきゃね。ちょっとあんた、聞いてる?」
「聞いてない」
「聞きなさいよ!」
はぁ~……普段はなんだって面倒くさがるくせに、この時だけはやたらとノリノリだからな。今までの経験からして、抵抗しても長引くだけだ。さっさと済ませちゃいたいよ、ほんとに。
「わかったから、今回はどうすんだ?どうせちゅっとやって終わりってわけじゃないんだろ?」
「当たり前よ。今回は、前にやったことの応用よ。ほら、北の町に行く前に一度、限界まで我慢してみたことがあったじゃない?」
「ああ、あん時か。お前が白目向いてひっくり返ったやつ」
「う、うるさいわね。余計なことは忘れなさい!……こほん。とにかく、あん時みたいに我慢をエッセンスにしてみるの。前は焦らしに徹底して失敗したから、趣向を変えてね」
えぇ~、嫌な予感がするなぁ。アルルカは杖を握ると、くるくると空中をかき回す。
「スノウウィロウ!」
シャアー!杖先から氷が噴き出して、新体操のリボンみたいにどんどん伸びていく。
「これでよしっと。さ、これを持って」
アルルカは長く伸びた氷のリボンをパキンと杖からちぎると、それを俺に渡してきた。
「はぁ。で?」
「で、なんだけど……」
するとアルルカは、なぜか後ろを向いて、両腕をこちらに伸ばした。
「そ、それで……あたしを、縛って」
え……
「い、いやだ……」
「ち、ちょっと!言うこと聞いてくれるって言ったじゃない!」
「言ってねえ!だいたい縛られたいなら、自分の魔法でやりゃいいだろ!」
「それじゃ意味ないのよ!あんたっていう下等な人間に縛られるのに意味があるんだから!」
こいつ、ふざけやがって……!俺はだんだん腹が立ってきた。わがままばかり言って、ちょっとお灸をすえる必要があるかもしれない。俺の心の中に、ゆらぁっと仄暗い炎が沸き上がった。
「……いいじゃねーか。お前がやれって言ったんだからな」
俺はアルルカの腕を押さえつけると、氷のリボンでぐるぐると巻いた。ぎゅっとかた結びで縛り付ける。
「よっ……と」
「ぁんッ……い、いいわ。じゃあ次は……」
「え?腕だけじゃないの?」
「だ、だって、まだ長さが余るじゃない。もったいないから、使わないと」
原材料は氷なんだし、何がもったいないのか……よく分からないが、とにかくアルルカは、次は体ごと腕を縛れと言ってきた。
「体ごとって……どうやんだよ」
「ど、どうって、ぐるぐる巻きにすればいいじゃない」
いや、だってそれだと……ええい、もういい。後でアルルカ自身が後悔すりゃいいんだ。俺はリボンを輪っかにして、アルルカの体に巻き付けていく。緩まないように、時折ぎゅっと締め付けると、アルルカの口から「んッ……」と切なそうな声が漏れる。俺がこんなに苦労心労をしているのに、当の本人は楽しそうなのがムカムカして、だんだん縛る手に力がこもっていった。
「おら。これで満足か」
最後にぎゅぎゅう~と結び目をきつく縛ると、俺は手をぱんぱんとはたいた。アルルカの上半身には、氷のリボンがぎゅうぎゅうと食い込んでいて痛々しい。さすがに胸を潰すのは悪い気がしたので避けたが、そのせいで上下をリボンに挟まれて、かえって強調されているように見えた。い、意図してやったわけじゃないぞ。
「はぁ、はぁ……ま、まだよ。これで終わりじゃないわ……」
「はあ?チッ、まだなにかやらせる気かよ」
「ええ……まだまだ、序の口なんだから」
アルルカは立ちあがると、俺に正面向いて座り直した。
「つ、次は……あんた、あたしに言いたいことない?」
「あ?いっぱいあるぞ、んなもん」
「ふ、ふん。生意気ね。いいわ、言ってごらんなさいよ」
「はい?」
「だから、言いなさいって。……それともぉ?あんたみたいなガキは、こんな美人を前に口も利けないかしら?くすくす。あんたってば、口下手だものねぇ?」
こいつ、言わせておけば……!上等じゃねえか!俺はアルルカを睨む。
「なら言わせてもらうけどな、俺はとっとと戻りたいんだよ。お前の悪ふざけなんかに付き合ってる暇ないんだ!」
「だって、今は夜じゃないの。この後は寝るだけでしょ?暇だらけじゃない」
「う、それは、言葉の綾ってやつで……」
「きゃはは。ばーか。あんた、文句の一つも言えないわけ?」
「テッメェ……だいたいお前こそ、立場分かってんのか!お前は今、ぐるぐる巻きの簀巻きなんだぞ!」
俺はびしっと、アルルカの鼻先に指を突きつけた。だがアルルカは、俺の指にふっと息を吹きかけてきやがった……!
「だから?あたしは高貴なるヴァンパイアよ?あんた如き下等生物相手になんて、これくらいのハンデじゃ足りないくらいだわ」
「んだとコラ……!」
あーもうあったまに来た!もーあったまに来た!俺はアルルカの肩を突き飛ばした。腕が使えないアルルカは、どさりと地面に倒れる。
「きゃ!なにすんのよ!」
「おおっと、足は使わせねーぞ!アルルカ、おすわり!」
ぴしっとアルルカの足がくっつき、折り畳まれる。四肢の自由を奪われたアルルカは、芋虫のように地面に転がった。わはは、いい気味だ!
「なぁっ!ちょ、ちょっと!放しなさいよ!卑怯じゃない!」
「ふん、ハンデが足りないって言ってたのはどいつだ?悔しかったら起き上がってみろよ、ほれほれ」
「くっ、言われなくても……!」
アルルカは体をよじるが、当然起き上がれるはずもない。
「あっはっは!滑稽だな、アルルカ!」
「くうぅ……!あんたみたいなやつにぃ……!」
アルルカは悔しそうに目を細めて、俺を見上げる。ああ!この達成感!復讐という蜜の味だ!
「ふ、ふん!けどどうせ、あんたはおこちゃまだからね。どうせこれ以上はなんにもできないでしょ?」
「あっ、てめえ!この期に及んでまだ言うか!」
「ふーんだ。悔しかったら、あたしに触ってみなさいよ。どうせあんたは、女のカラダに触れることすらできないでしょ?キキキッ!」
う、だ、だってこの状況でそれは、さすがに度を越しているというか……俺がたじろいだのを、アルルカは見逃さなかった。ニヤニヤとからかうような目線で見上げてくる。その唇が「雑」「魚」の二文字に動いた時、俺の中で何かが切れた。それと同時に、悪魔のようなアイデアが脳裏に下りてくる。
「……いいじゃねぇか。アルルカ。お前はどこまで行っても、高貴なるヴァンパイアだって言い張るんだな?」
「もちろんよ」
「なら、俺ごときに屈服することなんてありえないな?」
「ええ。あんたみたいな下等生物に負けるわけないわ」
「上等だ。その言葉、ゆめゆめ忘れんなよ」
俺はアルルカの頭側にまわると、両肩を掴んでずるずると引きずった。
「ちょ、ちょっと何する気!?放しなさいよ!」
「うっせ!」
そうやって岩の陰まで引きずると、岩肌にもたれかからせる。
「な、何よ……何されたって、あたしは屈しないわよ」
アルルカはあくまで尊大だったが、言葉の端がわずかに震えていた。へっ、怯えてんのか?いまさら遅いぜ。
「ほほーぉ。じゃあ、これでもか?」
俺はアルルカのマスクに触れた。かちゃりと金具が外れ、マスクがずり落ちる。そして俺自身もシャツの首元を緩めてから、屈んでアルルカに首を近づけた。
「ほら、アルルカ。吸っていいぞ」
「……っ!」
アルルカの瞳がみるみる大きくなる。かかか。効果絶大だな。
「どうした、遠慮すんなよ?あれだけ吸いたがってたじゃないか。あ、それとも、高貴なるヴァンパイア様は、人間なんていう下等な生き物の血は吸えなかったかな?」
「ぐ、うぅぅぅ……」
アルルカは身をねじって、俺から少しでも離れようとする。そうはさせるか!俺はアルルカの顔のそばにどんっと手を突くと、逃げられないようにした。そのままやつの口元に喉をさらけ出す。
「おら、吸っちまえよ。楽になるぞ?そんで、負けを認めろよ……!」
「う、うっ、うっ。さいてー、サイテーよ……こんな奴の言う通りになるなんて、ぜったいいやなのに……」
アルルカはぽろぽろと涙をこぼしている。ハッハァ、もうあと一押しだ!
「おらあ!下等生物の血ぃ吸って、情けなく腹いっぱいになってみろやぁ!」
「ううう、ううぅぅぅぅぅ……」
かぷりと、アルルカが首に噛みついた。その瞬間、俺の頭の中で勝利のファンファーレが鳴り響いた!やったぞ!俺は勝ったんだあーーー!
「ううう、ううぅぅぅぅ……」
俺はさめざめと泣いていた。対してアルルカは、つやつやと輝かんばかりだ。
「すっごい美味しかったわぁー!悔しさっていう苦みが、旨味を絶妙に引き立ててたわね!うぅーん、初めてでこんなにうまくいくとは思わなかった。実験大成功ね!」
「は、初めて!?お前、まだやる気なのか?」
「あら、なによ。あんただってノリノリだったじゃない」
うがぁぁぁ、違うんだ!イライラして、つい売り言葉に買い言葉で、こいつの口車に乗せられてしまった……思い返せば……思い返したくないけど……途中から完全におかしくなっていたよな。あんな氷のリボンなんて、アルルカはいとも簡単に壊せたはずだ。それなのに、ずーっと動けないふりをして、そんでもって俺を煽るような事ばかり言って、苛立たせて……俺がやつをいじめるように誘導していたんだ。嵌められた!
「どうかしてた……どうかしてたんだよ……」
「そんなに凹むこと?いいじゃないの、この場にはあたしたちしかいないんだし。二人の秘密ってことにしときましょ。あ、でもその鈴は見てたかしら」
「あ!?そうだった!アニ、お前もしや……」
『……字引は、主様の性癖には意見しませんので』
「ちっがぁぁぁぁう!俺の趣味じゃない!!!うわあぁぁぁ、見られた、誰かに見られたぁ」
「気にすることないわよ。あんた、けっこういい線行ってたわよ?」
「慰めになってねぇよ!」
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「あともう少しだな」
夜になり、焚火のそばで皿を拭きながら、俺は隣のライラに話しかけた。この辺に水源はないから、使った食器は布巾でぬぐうことしかできない。まあ、ライラに頼めば、水の魔法でどうとでもしてくれるんだろうけど。ただそのライラは、一日中ストームスティードを走らせ、ぐったりと疲れ切っていた。今は、この子に無理はさせたくない。なあに、どうせ俺しか使わない皿だしな。
「うん……もうすぐ、三つ編みちゃんに会えるんだ」
ライラは手首に巻かれた、グラデーションが美しいリボンを撫でた。ライラのお母さんの形見を、一の国の踊り子レベッカが加工して作ったものだ。これのもう半分は、三つ編みちゃんが持っている。二人が再会の約束を交わした時に、ライラが三つ編みちゃんに贈ったんだ。
「ライラ……ちゃんと力になってあげれるかな」
いざ再会が迫ってきて、ライラは緊張しているみたいだ。俺は拭き終わった皿を荷袋に詰めながら答える。
「きっと大丈夫……とは言えないか。まだ確かなことは分からないしな」
「うん……そうだね」
「なるようになってみるしかないだろうな。けど、ライラ一人に全部やらせるつもりはないよ。俺たちだって協力する。ま、俺にできることなんて、たかが知れてるけど……」
「むぅ~……頼りないなぁ」
ライラがぷくーっと頬を膨らませる。ははは、面目ない……するとライラは、すぐににこっと笑った。
「うそ。ありがと、桜下。桜下がそばにいてくれてる時が、ライラ、いちばん力が出るから。だからよろしくね」
「あはは、それだけでいいのか?お安い御用だ」
ライラが手のひらを俺に向けた。うん?これは……俺も同じように手のひらを向けると、ライラの小さな手にパチンとタッチした。ライラがにっこり笑う。うん、これで正解だったみたいだ。
「あーら、調子いいわねぇ。あたしも助けてもらいたいもんだわ」
のしっ。うわ、なんだ?急に背中にやわらかいものが押し当てられ、二本の腕がするりと回された。
「ここにも一人、あんたの助けが必要なヴァンパイアがいるんですけどぉ」
「なっ、お前、アルルカか!?」
にゅっと、真横にアルルカの顔が現れて、俺の右肩にあごを乗っける。
「お、お前、なんのつもりだよ?」
「ん」
アルルカはちょいちょいと上を指さす。上?見上げてみると、ずいぶんと明るい夜空が見えた。へーえ、月がきれいだな。今日は満月か……満月。
「あ、そういうことか」
「そういうことよ。夜まで我慢したんだから、いいでしょ?」
アルルカが指を滑らせて、あごの下をくすぐってきた。ああ、鳥肌が!
「わーったよ!わかったから、いったん離れろ!」
「あら、それには及ばないわ。このまま運んだ方が楽だもの」
え?そう言うとアルルカは、腕を一度引っ込めてから、俺のわきの下に再度通した。
「おい、飛んでいく気か!?」
「だってここじゃ、ピーピーうるさいのが多いじゃない。ムードが台無しになっちゃうわ」
「だから、なんでいちいちムードなんて……うわあ!」
俺の話も聞かず、アルルカは翼を広げて、ふわりと宙に舞い上がった。一瞬、うるさいの呼ばわりされてむっとするライラの顔が見えたが、みるみる小さくなっていく。俺たちはあっという間に、夜の中へと溶け込んだ。
「おい、アルルカ!あんまり遠くに行っちゃだめだぞ!」
「わーってるってば。ここの夜空は飛び慣れてるから、夜間飛行を楽しむ気もないしね」
それは本当で、アルルカはすぐに高度を落とし始め、やがて大きな岩の陰に着地した。遠くにまだ焚火の火がぽつんと見えるから、やっぱり大した距離は飛んでいないな。
「ったく。血をやるのはかまわないが、毎回毎回シチュエーションにこだわる必要があるのか?」
「あら、じゃああんたは口に入れば何でもいいって、食材をそのまま丸めただけのダンゴでも美味しく食べれるのかしら?」
うっ。口の中に苦い味が広がる……ウィルが仲間になる前は、俺はそりゃあ酷いもんを食っていた。
「……」
「それとおんなじよ。ヴァンパイアにとって、吸血は至福の時間、最高のごちそうなの。あんたの血は文句なしに美味しいけど、それにしたって創意工夫を忘れちゃだめよ。こんな何もない場所じゃムードもへったくれもないんだから、せめてシチュエーションくらい拘らなきゃね。ちょっとあんた、聞いてる?」
「聞いてない」
「聞きなさいよ!」
はぁ~……普段はなんだって面倒くさがるくせに、この時だけはやたらとノリノリだからな。今までの経験からして、抵抗しても長引くだけだ。さっさと済ませちゃいたいよ、ほんとに。
「わかったから、今回はどうすんだ?どうせちゅっとやって終わりってわけじゃないんだろ?」
「当たり前よ。今回は、前にやったことの応用よ。ほら、北の町に行く前に一度、限界まで我慢してみたことがあったじゃない?」
「ああ、あん時か。お前が白目向いてひっくり返ったやつ」
「う、うるさいわね。余計なことは忘れなさい!……こほん。とにかく、あん時みたいに我慢をエッセンスにしてみるの。前は焦らしに徹底して失敗したから、趣向を変えてね」
えぇ~、嫌な予感がするなぁ。アルルカは杖を握ると、くるくると空中をかき回す。
「スノウウィロウ!」
シャアー!杖先から氷が噴き出して、新体操のリボンみたいにどんどん伸びていく。
「これでよしっと。さ、これを持って」
アルルカは長く伸びた氷のリボンをパキンと杖からちぎると、それを俺に渡してきた。
「はぁ。で?」
「で、なんだけど……」
するとアルルカは、なぜか後ろを向いて、両腕をこちらに伸ばした。
「そ、それで……あたしを、縛って」
え……
「い、いやだ……」
「ち、ちょっと!言うこと聞いてくれるって言ったじゃない!」
「言ってねえ!だいたい縛られたいなら、自分の魔法でやりゃいいだろ!」
「それじゃ意味ないのよ!あんたっていう下等な人間に縛られるのに意味があるんだから!」
こいつ、ふざけやがって……!俺はだんだん腹が立ってきた。わがままばかり言って、ちょっとお灸をすえる必要があるかもしれない。俺の心の中に、ゆらぁっと仄暗い炎が沸き上がった。
「……いいじゃねーか。お前がやれって言ったんだからな」
俺はアルルカの腕を押さえつけると、氷のリボンでぐるぐると巻いた。ぎゅっとかた結びで縛り付ける。
「よっ……と」
「ぁんッ……い、いいわ。じゃあ次は……」
「え?腕だけじゃないの?」
「だ、だって、まだ長さが余るじゃない。もったいないから、使わないと」
原材料は氷なんだし、何がもったいないのか……よく分からないが、とにかくアルルカは、次は体ごと腕を縛れと言ってきた。
「体ごとって……どうやんだよ」
「ど、どうって、ぐるぐる巻きにすればいいじゃない」
いや、だってそれだと……ええい、もういい。後でアルルカ自身が後悔すりゃいいんだ。俺はリボンを輪っかにして、アルルカの体に巻き付けていく。緩まないように、時折ぎゅっと締め付けると、アルルカの口から「んッ……」と切なそうな声が漏れる。俺がこんなに苦労心労をしているのに、当の本人は楽しそうなのがムカムカして、だんだん縛る手に力がこもっていった。
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「はあ?チッ、まだなにかやらせる気かよ」
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「つ、次は……あんた、あたしに言いたいことない?」
「あ?いっぱいあるぞ、んなもん」
「ふ、ふん。生意気ね。いいわ、言ってごらんなさいよ」
「はい?」
「だから、言いなさいって。……それともぉ?あんたみたいなガキは、こんな美人を前に口も利けないかしら?くすくす。あんたってば、口下手だものねぇ?」
こいつ、言わせておけば……!上等じゃねえか!俺はアルルカを睨む。
「なら言わせてもらうけどな、俺はとっとと戻りたいんだよ。お前の悪ふざけなんかに付き合ってる暇ないんだ!」
「だって、今は夜じゃないの。この後は寝るだけでしょ?暇だらけじゃない」
「う、それは、言葉の綾ってやつで……」
「きゃはは。ばーか。あんた、文句の一つも言えないわけ?」
「テッメェ……だいたいお前こそ、立場分かってんのか!お前は今、ぐるぐる巻きの簀巻きなんだぞ!」
俺はびしっと、アルルカの鼻先に指を突きつけた。だがアルルカは、俺の指にふっと息を吹きかけてきやがった……!
「だから?あたしは高貴なるヴァンパイアよ?あんた如き下等生物相手になんて、これくらいのハンデじゃ足りないくらいだわ」
「んだとコラ……!」
あーもうあったまに来た!もーあったまに来た!俺はアルルカの肩を突き飛ばした。腕が使えないアルルカは、どさりと地面に倒れる。
「きゃ!なにすんのよ!」
「おおっと、足は使わせねーぞ!アルルカ、おすわり!」
ぴしっとアルルカの足がくっつき、折り畳まれる。四肢の自由を奪われたアルルカは、芋虫のように地面に転がった。わはは、いい気味だ!
「なぁっ!ちょ、ちょっと!放しなさいよ!卑怯じゃない!」
「ふん、ハンデが足りないって言ってたのはどいつだ?悔しかったら起き上がってみろよ、ほれほれ」
「くっ、言われなくても……!」
アルルカは体をよじるが、当然起き上がれるはずもない。
「あっはっは!滑稽だな、アルルカ!」
「くうぅ……!あんたみたいなやつにぃ……!」
アルルカは悔しそうに目を細めて、俺を見上げる。ああ!この達成感!復讐という蜜の味だ!
「ふ、ふん!けどどうせ、あんたはおこちゃまだからね。どうせこれ以上はなんにもできないでしょ?」
「あっ、てめえ!この期に及んでまだ言うか!」
「ふーんだ。悔しかったら、あたしに触ってみなさいよ。どうせあんたは、女のカラダに触れることすらできないでしょ?キキキッ!」
う、だ、だってこの状況でそれは、さすがに度を越しているというか……俺がたじろいだのを、アルルカは見逃さなかった。ニヤニヤとからかうような目線で見上げてくる。その唇が「雑」「魚」の二文字に動いた時、俺の中で何かが切れた。それと同時に、悪魔のようなアイデアが脳裏に下りてくる。
「……いいじゃねぇか。アルルカ。お前はどこまで行っても、高貴なるヴァンパイアだって言い張るんだな?」
「もちろんよ」
「なら、俺ごときに屈服することなんてありえないな?」
「ええ。あんたみたいな下等生物に負けるわけないわ」
「上等だ。その言葉、ゆめゆめ忘れんなよ」
俺はアルルカの頭側にまわると、両肩を掴んでずるずると引きずった。
「ちょ、ちょっと何する気!?放しなさいよ!」
「うっせ!」
そうやって岩の陰まで引きずると、岩肌にもたれかからせる。
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「ほほーぉ。じゃあ、これでもか?」
俺はアルルカのマスクに触れた。かちゃりと金具が外れ、マスクがずり落ちる。そして俺自身もシャツの首元を緩めてから、屈んでアルルカに首を近づけた。
「ほら、アルルカ。吸っていいぞ」
「……っ!」
アルルカの瞳がみるみる大きくなる。かかか。効果絶大だな。
「どうした、遠慮すんなよ?あれだけ吸いたがってたじゃないか。あ、それとも、高貴なるヴァンパイア様は、人間なんていう下等な生き物の血は吸えなかったかな?」
「ぐ、うぅぅぅ……」
アルルカは身をねじって、俺から少しでも離れようとする。そうはさせるか!俺はアルルカの顔のそばにどんっと手を突くと、逃げられないようにした。そのままやつの口元に喉をさらけ出す。
「おら、吸っちまえよ。楽になるぞ?そんで、負けを認めろよ……!」
「う、うっ、うっ。さいてー、サイテーよ……こんな奴の言う通りになるなんて、ぜったいいやなのに……」
アルルカはぽろぽろと涙をこぼしている。ハッハァ、もうあと一押しだ!
「おらあ!下等生物の血ぃ吸って、情けなく腹いっぱいになってみろやぁ!」
「ううう、ううぅぅぅぅぅ……」
かぷりと、アルルカが首に噛みついた。その瞬間、俺の頭の中で勝利のファンファーレが鳴り響いた!やったぞ!俺は勝ったんだあーーー!
「ううう、ううぅぅぅぅ……」
俺はさめざめと泣いていた。対してアルルカは、つやつやと輝かんばかりだ。
「すっごい美味しかったわぁー!悔しさっていう苦みが、旨味を絶妙に引き立ててたわね!うぅーん、初めてでこんなにうまくいくとは思わなかった。実験大成功ね!」
「は、初めて!?お前、まだやる気なのか?」
「あら、なによ。あんただってノリノリだったじゃない」
うがぁぁぁ、違うんだ!イライラして、つい売り言葉に買い言葉で、こいつの口車に乗せられてしまった……思い返せば……思い返したくないけど……途中から完全におかしくなっていたよな。あんな氷のリボンなんて、アルルカはいとも簡単に壊せたはずだ。それなのに、ずーっと動けないふりをして、そんでもって俺を煽るような事ばかり言って、苛立たせて……俺がやつをいじめるように誘導していたんだ。嵌められた!
「どうかしてた……どうかしてたんだよ……」
「そんなに凹むこと?いいじゃないの、この場にはあたしたちしかいないんだし。二人の秘密ってことにしときましょ。あ、でもその鈴は見てたかしら」
「あ!?そうだった!アニ、お前もしや……」
『……字引は、主様の性癖には意見しませんので』
「ちっがぁぁぁぁう!俺の趣味じゃない!!!うわあぁぁぁ、見られた、誰かに見られたぁ」
「気にすることないわよ。あんた、けっこういい線行ってたわよ?」
「慰めになってねぇよ!」
つづく
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元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
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元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
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特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
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鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
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第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
家ごと異世界ライフ
ねむたん
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突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
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旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
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完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
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これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
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田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
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