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14章 痛みの意味
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なんだって?四属性魔術師の、創造?
ガイコツのような宿の主人は、皮ばかりのにやけた顔でそう言った。四属性って言ったら、俺の知り合いに一人いるぞ。ていうか、俺のすぐ隣にいる……その本人であるライラも、うとうとして半分閉じかけていた目を、ぱちっと開いた。
「四属性の創造って……だって、魔力の属性は変えられないんだろ?つまり、生まれた時から決まっていて、数が減ることも増えることもない」
「ええ、はい……まあ、その通りでございます……」
主人は、俺が魔力の属性について詳しいのが意外だったのか、少し面白くなさそうだ。
「属性は“ヘカ”……すなわち魂に宿る魔力によって決定されます……そしてそれを後から操作することはできない……現在においては、常識的な、魔術の初歩知識でございます……」
気のせいかな……「常識的」の部分が強調されていたような気がしたが。
「しかし、それは現代に生きる私たちだからこそ言えることです……当時の魔法という学問は、まだそこまでの論理立った理解が浸透していなかった……」
「じゃあ……ちょっと倫理観に欠けるようなことも、平気でやっていた?」
「そうです……例えば、人の命を代償とするような事でも……」
ぞくりと寒気が走る。命を代償に?
「人体実験ってことか?」
「当時の惨状は、そんな言葉では生ぬるかったでしょうな……虐殺、と言ったほうが正しいでしょう……」
虐殺……嫌な話だ。メシがマズくなってしまった。
「もしも興味があるのでしたら、明日にでも町はずれへ行ってみたらよいでしょう……レイブン遺跡には、どなたでも自由に立ち入れますので……」
ひとしきり話して、主人は満足したらしい。背中を丸めて、のそのそと店の奥に引っ込んでいった。後には胃もたれしそうな気分の俺たちが、ぽつねんと残されたのだった……
翌日。まだ空が仄うす暗い時間だったが、俺たちは早々に宿を後にした。ライラが先を急いだというのもあるが、どうにも居心地が悪くってな……店主は笑ったしゃれこうべのような顔で、「またのお越しを」と見送ってくれたが、できればこれっきりにしたいところだ。
早朝の町を歩いていくと、朝もやの中にかすかに、廃墟の輪郭が見えた。たぶんあれが、店主の言っていたレイブン遺跡だろう……
「……行って、みるか?」
「……」
ライラとウィルはいまいち気乗りしなさそうだったが、遺跡に行くことに承知した。思わせぶりなことだけ聞かされているから、いっそ自分の目で確かめて、スッキリしたいんだそうだ。
朝のレイブン遺跡には、俺たち以外誰もいなかった。朝もやの中に、亡霊のような廃墟がぼんやり佇んでいる。石材は風と雨によって朽ち果て、見る影もない。かろうじて窓と思しき穴や、崩れて先が無くなった階段などが確認できる程度だ。だがその中には、比較的原型を保っている物も存在する。例えば、細長い石の格子。狭い個室に蓋をするように嵌っていた。間違いなく、かつての牢屋だろう。何を閉じ込めていたのか……
そんな遺跡を進んでいくと、ひときわ大きな構造物が見えてきた。俺は近づくまで、それが何かわからなかった。巨大な石のお椀のように見えるが、まさか巨人がここに住んでいたわけでもあるまい。何だろうと思ってあちこち見ていると、そのお椀状の物体の下に、無数のかまどがしつらえてあるのを見つけた。
「下に火を焚く場所があるってことは……これは、でっかい鍋か?」
すると上から見ていたウィルが、怪訝そうに小首をかしげた。
「でも、こんなに大きなお鍋じゃ、お料理なんてとても無理ですよ。具材だけで、荷車何台必要か……私にはむしろ、お風呂に見えます」
「風呂?」
「ええ。だって、こんなに大きいんですもん。大人だって余裕で二、三人は入れそうな……」
とそこまで言って、ウィルはハッと目を見開いて、口をばっと押えた。ん?どうし……あっ。
(“人”が二、三人は余裕で入る……)
まさか……?俺は恐ろしくなって、無意識のうちに半歩後ずさった。これはあくまで、俺とウィルの想像だ。だけど、かつてはここで、非人道的な実験がされていたんだろ……?
「……あの、キモチ悪いやつの言ってたことさ」
ライラが石の大鍋を、憂いを秘めた瞳で見上げて言う。
「間違ったことは言ってないんだ。確かに昔は、今じゃあり得ないような実験も、当たり前のようにされてたんだって」
「ぬうぅ、そうなのか……」
「うん。ライラの教科書には、そう書いてあった。ほら、まほーって、ちょっと不思議なところがあるでしょ?だからかなり無茶苦茶な理論でも、試してみなけりゃ分からないっていうふーちょー?があったんだって」
ああ、それは分かるかも。前の世界でも過去に、大真面目に自分の糞尿を発酵させて、生命体を生み出そうとした学者が居たらしいし。
「こっちの世界の魔法にも、そういう手探りだった時期があったんだ?」
「うん。あいつが言ってたみたいに、属性を増やそうとしたことも多かったみたい。四属性にそんなに拘ってたっていうのは、初めて知ったけど……」
「……それって、方法とかは……?」
ライラは目線を落とすと、自分の手のひらを見つめた。
「昔は、魔力は血に宿るって考えられてたんだって。だから、血を飲んだり、心臓を食べたり……」
「うぇ……」
信じられない。心臓を?いくら四属性が魔術師のあこがれだからって、そこまでするのかよ……
「ライラは……」
「ん?」
ライラは自分の手を見つめたまま、ぽつりとこぼした。
「ライラはどうして、四つの属性を使えるようになったんだろ」
うおっと、それは……ライラはもともと、二つの属性魔法しか扱えなかったという。だが、彼女の双子の兄・アルフの…………を口にしたことで、ライラは後天的にもう二つの属性を獲得したのだ。だがこれは、昨日俺が言った通り、到底あり得ないことだ。魔力の属性は魂に由来し、生涯変わることはない。誰かの一部を取り込んだところで、その人の魂を取り込むことなどできないのだから……
(その、はずなんだけど)
俺の目の前に、それの例外中の例外がいる。いまだかつて存在しなかった、前人未到の四属性持ちの魔術師。それも、後からの追加という、型破りな方法によって、だ。この理由は、長く彼女と一緒に旅をしてきた今でも、さっぱり分からないままだ。そもそも、ライラの出生からして謎だらけだからな……
幼い頃、ライラはどこかの魔術師の下にいたらしい。どうやらそこでは、ライラは軟禁状態にあったようなのだが……その魔術師が、何か関係しているのだろうか?それとも、彼女が半アンデッドと化した過酷な境遇のせいなのか?
(分からない事だらけだ)
俺はうつむく彼女に、何も言ってやれなかった。
レイブンディーの町を出ると、大地は乾いた荒野へと変わった。地面はひび割れ、時折何かの動物の骨が、枯れ木のように道端に転がっている。不毛の地、という言葉がぴったりだ。荒野を疾走していると、時たま大きな馬車とすれ違うことがあった。軽く十数人は乗れそうで、馬の代わりに牛が複数頭で引っ張っている。俺は最初、大荷物を載せた行商人だと思っていた。だけど、それは違った。一度だけ、ほんの一瞬馬車の窓を覗く機会があったんだ。半開きになった窓から見えた中には、鎖でつながれた人たちがいた。
(奴隷……)
全身の毛が逆立つようだ。その馬車の正体に気付いた俺は、唇を噛みしめた。いつかに見た、奴隷船と同じだ。ちっ!
馬車は“商品”を満載して、ゴトゴトと揺れていく。そうだった、この国では、人間も物と同じように売り買いされるのだ。あの人たちは、ノーマとして魔術師に売られるのか、あるいは……なんにせよ、胸糞の悪い話だ。くそったれ、やっぱりこの国、好きになれないぜ。レイブン遺跡といい、これといい、気が滅入ることばっかりじゃないか。
そんなもんだから、行く手をふさぐように荷物を広げて、道のど真ん中で酒盛りをしている集団馬鹿野郎に鉢合わせた時には、俺はイライラが爆発してしまった。
「おおぉぉぉい!ここは、何て言う店なんだ!?」
「あぁ~?店ぇ~?」
前歯が一本かけた男が、赤ら顔で振り返った。
「そうだ!ここは酒場なんだろ?俺には屋根も床も見えないけどな。けど屋根も床もない所で酒盛りするバカはいないだろうから、やっぱりここは店なんだ」
俺の皮肉は、じんわりと効果を及ぼしたようだ。歯っ欠けの男はぽやんとして理解できていなさそうだったが、それ以外の連中は酒瓶を置いて、ゆらりと立ち上がった。
「お、桜下さん。まずいんじゃ……」
ウィルがビビッて、俺の袖をくいくい引っ張る。た、確かに、思ったよりは数が多いな。二、三十人くらいいるか……けど、ここで引けるかってんだ!
「小僧。ここがなんつう店かって聞いたか?」
男のうちの一人、顔に刺青のあるやつが、ギロリと俺を睨む。
「ああ。そうだ」
「そうか。見たところ、この国の人間じゃねぇようだが。おん?」
「だからなんだよ」
「てめぇは知らないかもしれねえが、ここは、ここらじゃちぃと有名な店なんだがな。おん?」
「え?そうなの?」
まさか、本当にここは、完全開放型ビアガーデンだったのか?だったら俺、超失礼なやつじゃないか。俺はぽかんと口を開け、ウィルは今やぐいぐいと俺の腕を引っ張っていた。
「バカね。んなわけないじゃない」
え?バサーっとマントをはためかせて、アルルカが空から下りてきた。男たちは一瞬面食らった様子だったが、すぐにニヤニヤといやらしい顔つきになった。どうやら、アルルカの見た目に騙されてしまったようだ。
「アルルカ、どういうことだよ?」
「まあある意味じゃ、ここも店みたいなもんかもしれないけどね。こいつらが店主で、道行く旅人が客ってとこかしら」
旅人が客?それにしちゃ、設備が無さ過ぎないか?刺青の男は、ニヤニヤとアルルカを眺める。
「ほほぉ。そっちのねーちゃんは、俺たち流が少しは分かってんだな。なら、代金はなんだ?」
「ふん。金、酒、女。こんなとこでしょ」
男はピューウと口笛を吹いた。正解らしい。
「アルルカ、おいって。だからどういうことだ?ほか二つはともかく、女って。追いはぎか人攫いみたいじゃないか」
するとアルルカは、呆れた顔をした。あ、あれ?男がくつくつと笑う。
「追いはぎたぁ、ひでぇ言いようだな。おん?俺たちゃ無理やり奪うようなマネはしねえ。ただ、ここを通る連中から、“通行料”をいただいてるだけだ」
「通行料?」
「金がある奴は金を出す。ねぇ奴は俺たちが飲む酒を出す。それもねえ奴は、女を差し出す。そうして俺たちが愉しんでる間に通してやるって寸法よ」
はぁ?
「……三つともなかった場合は?」
「そうなりゃ俺たちゃ、不機嫌になるなぁ。え?」
男たちはニヤニヤ笑いながら、一斉に腰元のサーベルを抜いた。早い話が……
「……追いはぎじゃねえか!!!」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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ガイコツのような宿の主人は、皮ばかりのにやけた顔でそう言った。四属性って言ったら、俺の知り合いに一人いるぞ。ていうか、俺のすぐ隣にいる……その本人であるライラも、うとうとして半分閉じかけていた目を、ぱちっと開いた。
「四属性の創造って……だって、魔力の属性は変えられないんだろ?つまり、生まれた時から決まっていて、数が減ることも増えることもない」
「ええ、はい……まあ、その通りでございます……」
主人は、俺が魔力の属性について詳しいのが意外だったのか、少し面白くなさそうだ。
「属性は“ヘカ”……すなわち魂に宿る魔力によって決定されます……そしてそれを後から操作することはできない……現在においては、常識的な、魔術の初歩知識でございます……」
気のせいかな……「常識的」の部分が強調されていたような気がしたが。
「しかし、それは現代に生きる私たちだからこそ言えることです……当時の魔法という学問は、まだそこまでの論理立った理解が浸透していなかった……」
「じゃあ……ちょっと倫理観に欠けるようなことも、平気でやっていた?」
「そうです……例えば、人の命を代償とするような事でも……」
ぞくりと寒気が走る。命を代償に?
「人体実験ってことか?」
「当時の惨状は、そんな言葉では生ぬるかったでしょうな……虐殺、と言ったほうが正しいでしょう……」
虐殺……嫌な話だ。メシがマズくなってしまった。
「もしも興味があるのでしたら、明日にでも町はずれへ行ってみたらよいでしょう……レイブン遺跡には、どなたでも自由に立ち入れますので……」
ひとしきり話して、主人は満足したらしい。背中を丸めて、のそのそと店の奥に引っ込んでいった。後には胃もたれしそうな気分の俺たちが、ぽつねんと残されたのだった……
翌日。まだ空が仄うす暗い時間だったが、俺たちは早々に宿を後にした。ライラが先を急いだというのもあるが、どうにも居心地が悪くってな……店主は笑ったしゃれこうべのような顔で、「またのお越しを」と見送ってくれたが、できればこれっきりにしたいところだ。
早朝の町を歩いていくと、朝もやの中にかすかに、廃墟の輪郭が見えた。たぶんあれが、店主の言っていたレイブン遺跡だろう……
「……行って、みるか?」
「……」
ライラとウィルはいまいち気乗りしなさそうだったが、遺跡に行くことに承知した。思わせぶりなことだけ聞かされているから、いっそ自分の目で確かめて、スッキリしたいんだそうだ。
朝のレイブン遺跡には、俺たち以外誰もいなかった。朝もやの中に、亡霊のような廃墟がぼんやり佇んでいる。石材は風と雨によって朽ち果て、見る影もない。かろうじて窓と思しき穴や、崩れて先が無くなった階段などが確認できる程度だ。だがその中には、比較的原型を保っている物も存在する。例えば、細長い石の格子。狭い個室に蓋をするように嵌っていた。間違いなく、かつての牢屋だろう。何を閉じ込めていたのか……
そんな遺跡を進んでいくと、ひときわ大きな構造物が見えてきた。俺は近づくまで、それが何かわからなかった。巨大な石のお椀のように見えるが、まさか巨人がここに住んでいたわけでもあるまい。何だろうと思ってあちこち見ていると、そのお椀状の物体の下に、無数のかまどがしつらえてあるのを見つけた。
「下に火を焚く場所があるってことは……これは、でっかい鍋か?」
すると上から見ていたウィルが、怪訝そうに小首をかしげた。
「でも、こんなに大きなお鍋じゃ、お料理なんてとても無理ですよ。具材だけで、荷車何台必要か……私にはむしろ、お風呂に見えます」
「風呂?」
「ええ。だって、こんなに大きいんですもん。大人だって余裕で二、三人は入れそうな……」
とそこまで言って、ウィルはハッと目を見開いて、口をばっと押えた。ん?どうし……あっ。
(“人”が二、三人は余裕で入る……)
まさか……?俺は恐ろしくなって、無意識のうちに半歩後ずさった。これはあくまで、俺とウィルの想像だ。だけど、かつてはここで、非人道的な実験がされていたんだろ……?
「……あの、キモチ悪いやつの言ってたことさ」
ライラが石の大鍋を、憂いを秘めた瞳で見上げて言う。
「間違ったことは言ってないんだ。確かに昔は、今じゃあり得ないような実験も、当たり前のようにされてたんだって」
「ぬうぅ、そうなのか……」
「うん。ライラの教科書には、そう書いてあった。ほら、まほーって、ちょっと不思議なところがあるでしょ?だからかなり無茶苦茶な理論でも、試してみなけりゃ分からないっていうふーちょー?があったんだって」
ああ、それは分かるかも。前の世界でも過去に、大真面目に自分の糞尿を発酵させて、生命体を生み出そうとした学者が居たらしいし。
「こっちの世界の魔法にも、そういう手探りだった時期があったんだ?」
「うん。あいつが言ってたみたいに、属性を増やそうとしたことも多かったみたい。四属性にそんなに拘ってたっていうのは、初めて知ったけど……」
「……それって、方法とかは……?」
ライラは目線を落とすと、自分の手のひらを見つめた。
「昔は、魔力は血に宿るって考えられてたんだって。だから、血を飲んだり、心臓を食べたり……」
「うぇ……」
信じられない。心臓を?いくら四属性が魔術師のあこがれだからって、そこまでするのかよ……
「ライラは……」
「ん?」
ライラは自分の手を見つめたまま、ぽつりとこぼした。
「ライラはどうして、四つの属性を使えるようになったんだろ」
うおっと、それは……ライラはもともと、二つの属性魔法しか扱えなかったという。だが、彼女の双子の兄・アルフの…………を口にしたことで、ライラは後天的にもう二つの属性を獲得したのだ。だがこれは、昨日俺が言った通り、到底あり得ないことだ。魔力の属性は魂に由来し、生涯変わることはない。誰かの一部を取り込んだところで、その人の魂を取り込むことなどできないのだから……
(その、はずなんだけど)
俺の目の前に、それの例外中の例外がいる。いまだかつて存在しなかった、前人未到の四属性持ちの魔術師。それも、後からの追加という、型破りな方法によって、だ。この理由は、長く彼女と一緒に旅をしてきた今でも、さっぱり分からないままだ。そもそも、ライラの出生からして謎だらけだからな……
幼い頃、ライラはどこかの魔術師の下にいたらしい。どうやらそこでは、ライラは軟禁状態にあったようなのだが……その魔術師が、何か関係しているのだろうか?それとも、彼女が半アンデッドと化した過酷な境遇のせいなのか?
(分からない事だらけだ)
俺はうつむく彼女に、何も言ってやれなかった。
レイブンディーの町を出ると、大地は乾いた荒野へと変わった。地面はひび割れ、時折何かの動物の骨が、枯れ木のように道端に転がっている。不毛の地、という言葉がぴったりだ。荒野を疾走していると、時たま大きな馬車とすれ違うことがあった。軽く十数人は乗れそうで、馬の代わりに牛が複数頭で引っ張っている。俺は最初、大荷物を載せた行商人だと思っていた。だけど、それは違った。一度だけ、ほんの一瞬馬車の窓を覗く機会があったんだ。半開きになった窓から見えた中には、鎖でつながれた人たちがいた。
(奴隷……)
全身の毛が逆立つようだ。その馬車の正体に気付いた俺は、唇を噛みしめた。いつかに見た、奴隷船と同じだ。ちっ!
馬車は“商品”を満載して、ゴトゴトと揺れていく。そうだった、この国では、人間も物と同じように売り買いされるのだ。あの人たちは、ノーマとして魔術師に売られるのか、あるいは……なんにせよ、胸糞の悪い話だ。くそったれ、やっぱりこの国、好きになれないぜ。レイブン遺跡といい、これといい、気が滅入ることばっかりじゃないか。
そんなもんだから、行く手をふさぐように荷物を広げて、道のど真ん中で酒盛りをしている集団馬鹿野郎に鉢合わせた時には、俺はイライラが爆発してしまった。
「おおぉぉぉい!ここは、何て言う店なんだ!?」
「あぁ~?店ぇ~?」
前歯が一本かけた男が、赤ら顔で振り返った。
「そうだ!ここは酒場なんだろ?俺には屋根も床も見えないけどな。けど屋根も床もない所で酒盛りするバカはいないだろうから、やっぱりここは店なんだ」
俺の皮肉は、じんわりと効果を及ぼしたようだ。歯っ欠けの男はぽやんとして理解できていなさそうだったが、それ以外の連中は酒瓶を置いて、ゆらりと立ち上がった。
「お、桜下さん。まずいんじゃ……」
ウィルがビビッて、俺の袖をくいくい引っ張る。た、確かに、思ったよりは数が多いな。二、三十人くらいいるか……けど、ここで引けるかってんだ!
「小僧。ここがなんつう店かって聞いたか?」
男のうちの一人、顔に刺青のあるやつが、ギロリと俺を睨む。
「ああ。そうだ」
「そうか。見たところ、この国の人間じゃねぇようだが。おん?」
「だからなんだよ」
「てめぇは知らないかもしれねえが、ここは、ここらじゃちぃと有名な店なんだがな。おん?」
「え?そうなの?」
まさか、本当にここは、完全開放型ビアガーデンだったのか?だったら俺、超失礼なやつじゃないか。俺はぽかんと口を開け、ウィルは今やぐいぐいと俺の腕を引っ張っていた。
「バカね。んなわけないじゃない」
え?バサーっとマントをはためかせて、アルルカが空から下りてきた。男たちは一瞬面食らった様子だったが、すぐにニヤニヤといやらしい顔つきになった。どうやら、アルルカの見た目に騙されてしまったようだ。
「アルルカ、どういうことだよ?」
「まあある意味じゃ、ここも店みたいなもんかもしれないけどね。こいつらが店主で、道行く旅人が客ってとこかしら」
旅人が客?それにしちゃ、設備が無さ過ぎないか?刺青の男は、ニヤニヤとアルルカを眺める。
「ほほぉ。そっちのねーちゃんは、俺たち流が少しは分かってんだな。なら、代金はなんだ?」
「ふん。金、酒、女。こんなとこでしょ」
男はピューウと口笛を吹いた。正解らしい。
「アルルカ、おいって。だからどういうことだ?ほか二つはともかく、女って。追いはぎか人攫いみたいじゃないか」
するとアルルカは、呆れた顔をした。あ、あれ?男がくつくつと笑う。
「追いはぎたぁ、ひでぇ言いようだな。おん?俺たちゃ無理やり奪うようなマネはしねえ。ただ、ここを通る連中から、“通行料”をいただいてるだけだ」
「通行料?」
「金がある奴は金を出す。ねぇ奴は俺たちが飲む酒を出す。それもねえ奴は、女を差し出す。そうして俺たちが愉しんでる間に通してやるって寸法よ」
はぁ?
「……三つともなかった場合は?」
「そうなりゃ俺たちゃ、不機嫌になるなぁ。え?」
男たちはニヤニヤ笑いながら、一斉に腰元のサーベルを抜いた。早い話が……
「……追いはぎじゃねえか!!!」
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