上 下
533 / 860
13章 歪な三角星

10-1 一夜明けて

しおりを挟む
10-1 一夜明けて

翌朝は、実に酷い目覚めだった。一連の騒動のショックで、俺はまともに寝付けなかった。完全に寝ぼけていた俺は、コテージから続く桟橋で足を踏み外し、盛大に海へダイブした。半狂乱になったフランは、俺が泳げるという事実も忘れて海に飛び込み、結果俺たちはびしょ濡れで食堂へと向かうはめになった。

「ど、うしたんだい、君たち……」

同じく食堂へ朝食をとりに来ていたクラークは、濡れネズミの俺たちを見て目を丸くした。その顔を見た俺は、思わずふき出してしまった。

「ぷっ。あはは」

「なっ。なんだよ、どうして笑うんだ?」

「いやだって、目が……あははは」

クラークの目は、俺とそっくりの、赤く腫れぼったいそれだった。どうやら、やつも昨日、相当に泣き腫らしたらしいぞ。クラークもそれに気づいたようで、気まずそうな苦笑いを溢していた。ところであちらさんは、コルルの目も腫れていた。ふふん、何となく察しがついたな。

軽い朝食を済ませると、俺とクラークの下へ、それぞれの国の使者がやってきた。俺たちの場合は、騎士団長エドガーだ。

「おう、食事は済んだか?それならば、少し付き合ってくれんか」

「んん?何の用だ?……なんて、聞くまでもないか。昨日の続き、だろ?」

「ああ。ロア様がお待ちだ」

まあ、さすがにもう一度話す必要がある気はしていた。俺は素直にうなずくと、席を立った。同じタイミングで、クラークたちも立ち上がるのが見えた。あちらもまた、女帝殿に呼ばれているんだろう。
ロアの部屋は、ロイヤルスウィートルームだった。一部屋というよりか、一件丸ごとって感じの広さだ。大きな窓から続くテラスには、専用のプールまで備え付けられている。そこのプールサイドに置かれたティーテーブルで、ロアは待っていた。

「ん……来たか、桜下。よく眠れ……は、しなかったみたいだな」

俺の腫れた目を見てか、ロアは気まずそうに目を逸らした。そう言うロアの目元にもクマができているから、まぁお互い様って事にしておこうか。

「それで?ご用件をお伺いします、よっと」

俺は椅子に腰掛けながら言った。椅子の数は残り二脚しかなく、俺の隣にはフランが座った。残った一脚にアルルカが腰を下ろそうとしたが、ライラが一瞬の隙を見てサッと椅子を奪ってしまったので、アルルカはドスンとお尻を地面に打ち付けた。

「このクソガキ!年上への敬意ってもんがないわけ!?」

「うるさいなぁ。おっきいお尻してるのが悪いんだよ」

「あんたこそスルメみたいなちんちくりんじゃないのよ!」

騒ぎを聞いて呆れた侍女が、もう一脚椅子を持ってきてくれた。俺は情けないやら恥ずかしいやらで、しなしなと肩を落とすしかなかった。

「こほん……それでは、本題に入らせてもらうがな」

一悶着あったおかげか、場の空気はすっかり締まりのないものになっていた。まあ俺としては、これくらい肩に力を抜ける方がありがたいけど。

「それで、だ。昨日の件についてだが……桜下、お前は、その……エゴバイブルから、話を聞いたか?」

「ああ。全部聞いたよ。そんで、記憶を戻してもらった」

「え!?」

ロアは驚いた顔で俺を見つめ、その後ろに立っていたエドガーもおんなじ様な顔をした。そんなに意外だったかな?

「だって、昔のことを思い出せないなんて、気持ち悪いだろ。そうやって何もかも忘れてたら、俺はダメ男になっちまうよ」

「そう、か……いや、そうだな。お前の言う通りだ」

ロアは小さく咳払いをすると、表情をもとに戻した。

「では、話はあらかた聞いただろうが。お前たち勇者は、確かに記憶の一部を封印されていた。それはお前たちにとって、耐えがたい記憶だと判断されたからだが……つまり、その」

「自殺した原因だから、だろ?知ってるよ」

「そ、そうか……本当に全て知っているんだな……だが、それをどうやって?」

「マスカレードだ。あいつが昨日、俺たちに全部話して行った」

俺の言葉は、ロアたちをまたしても驚愕させた。

「マスカレード……!神出鬼没だとは思っていたが、まさかシェオル島にまで現れるとは!第一、どうして奴はそんな事まで知っているのだ?」

「そんなの知らないよ。俺たちだって驚いたんだぞ」

「む、それもそうか……はあ、分かった。このことは、今は棚に上げよう。それで奴は、どんな事を話して聞かせたのだ?」

「ああ……」

俺は昨夜の事を、なるべく端的に語った。尊に関しては、知り合いだってことだけ話しておく。

「むうぅ……気味が悪いほどに、正確な情報だ。確かに勇者の能力は、生前の業によって決定する。自殺者を狙って召喚しているのも、事実だ」

「そうか。一つだけ分からないんだ。どうして同じ病院の患者ばかりが、勇者に選ばれるんだ?」

「そこに特に意味はない。単に、死者が集まりやすい場所に座標を設定しただけだと、三の国の魔術師は言っていた」

ああ、そういうことか。勇者に選ばれるのは、あっちの世界で死んだ人間だけ。あっちで最も人が死ぬ場所は、病院だ。比良坂病院は都内でも大きな病院だったから、実に理にかなった選出だ。

「なるほどなぁ」

「……その。お前たちが、我々に言いたい事があるのは重々承知だが」

「……まあな。ていうか正直、言葉にもできてないよ。そんくらい、グチャグチャだ」

「う……」

ロアは肩を縮めている。俺はあえて黙っていた。この王女がどう出てくるか、見たかったんだ。

「……何を言っても、言い訳にしかならん。謝罪を求めるなら、謝ろう。文句があるなら、聞こう。謝礼を求めるなら、用意しよう。桜下。私にできることは、あるか?」

へぇ。ロアは背筋を伸ばして、静かに俺を見つめていた。開き直るでもなく、言い訳するでもなく、俺の意見を聞こう、ときたか。なかなかどうして、この王女様も変わったもんだ。それなら……俺はにやりと笑った。

「ならよ、ロア。一発、あんたを殴らせてくれ」

「えっ」
「えぇ!?」
「なあっ!」

最初がロア、次がウィル、最後がエドガーだ。俺は当然だとうなずく。

「なんだってしてくれるんだろ?だったら、一発どつかせてくれ。それで俺の腹の虫がおさまるなら、安いもんだろ?」

「ふっ、ふざけるな!そんなことが……!」

「よい、エドガー。桜下の言う通りだ」

前に出てこようとしたエドガーを、ロアは手で制した。

「できることがあるかと訊いたのは私だ。私には、それを受ける責任がある」

「しかし、ロア様!ならばせめて私が」

「勇者を召喚したのは王家だ。報いを受けるのは、王家の血を引くものであるべきだろう」

エドガーは何も言えなくなってしまった。ロアは俺に向き直る。

「いいだろう。桜下、一発と言わず、気がすむまで殴れ。それで、そなたの気が晴れるのなら」

ほう、いい覚悟だ。ロアは目を閉じると、両手を膝の上に置いた。その背後で、エドガーが俺を射殺さんばかりに目を剝いているのが見える。そして仲間たちも、ハラハラと俺を見つめているようだ。
多くの目に見つめられるなか、俺はがたっと椅子を引いた。その音に反応して、ロアがびくりと身をすくませる。俺は身を乗り出し……

「おらっ」

「あうっ!?」

ビシッ!俺が一撃加えたところを、ロアはきょとんとした顔で押さえた。すなわち、おでこを。俺は人差し指と親指で輪っかを作り、指をピンピンとはじいて見せた。

「これで勘弁してやる」

「え?」

「今さらぐちぐち言ってもしょうがないだろ?今俺は生きているんだし、それを無かった事にしてくれって訳にもいかないもんな」

召喚された直後だったら、文句の十や二十もあっただろうが。全ては、過去のことだ。昨晩ウィルの胸に抱かれてから、俺はその事に関して、驚くほどさっぱり割り切れていた。

「もしもあんたがグジグジ言い訳するようなら、本気で殴ってやるつもりだったさ。けど、そんな子犬みたいに震えられちゃ、毒気が抜けちまったよ」

「こ、子犬……」

ロアのやつ、あれで抑えていたつもりか?顔は真っ青だったし、下唇を噛んで、肩はプルプル震えていた。怖がっているのが丸わかりなんだ。あんなんで、よく政治家のトップをやれているよ。



つづく
====================

年末年始・投稿量2倍キャンペーン中!
しばらくの間、夜0時と昼12時の1日2回更新です。
お正月のお供に小説はいかがでしょうか。

====================

Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。
よければ見てみてください。

↓ ↓ ↓

https://twitter.com/ragoradonma
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

悪役令嬢は始祖竜の母となる

葉柚
ファンタジー
にゃんこ大好きな私はいつの間にか乙女ゲームの世界に転生していたようです。 しかも、なんと悪役令嬢として転生してしまったようです。 どうせ転生するのであればモブがよかったです。 この乙女ゲームでは精霊の卵を育てる必要があるんですが・・・。 精霊の卵が孵ったら悪役令嬢役の私は死んでしまうではないですか。 だって、悪役令嬢が育てた卵からは邪竜が孵るんですよ・・・? あれ? そう言えば邪竜が孵ったら、世界の人口が1/3まで減るんでした。 邪竜が生まれてこないようにするにはどうしたらいいんでしょう!?

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...