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13章 歪な三角星

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森を抜けると、太陽は西を目指して走り始めたところだった。昼をまわって、一、二時間ってところか。

「とりあえず、お昼にしましょうか」

ウィルの提案には、俺の腹の方が先に賛成した。
ウィルの手料理って、なんだかすごく久々に感じるなぁ。馬車での食事は味気なかったし、一の国の食事は豪華だが、食った気がしなかった。それに比べて、ウィルのベーコンを焼いただけと、小麦粉を溶いただけのシチューは、呆れるほどに素朴で、そして久々に腹がいっぱいになった気がした。

「……ん。待って、何か……」

あん?食後の中休みをしていると、フランがぴくっと肩を揺らして、とある方向へばっと振り向いた。そのしぐさが猫にそっくりで、思わず笑いそうになったが、ケラケラ笑えそうな雰囲気じゃないな。

「どうした?何が聞こえた?」

「……足音。誰かくる」

誰か?てことは、モンスターではないんだな。ここはモンロービルも近いし、村人かなにかか……

「って、げ。村人ならまずいぞ。俺の顔、きっと覚えられてるよな」

あそこでフランと大暴れしたのは、爽快ではあったが、愉快な思い出ではない。向こうだって同じだろう。

「ど、どうしよう。急いで隠れないと!」

「だから、それを待って。なんだか……たぶん、気のせいじゃなければ……」

え?フランは目を限界まで細めて、遠くを睨んでいる。俺には人影すら見えないが……いやまて、見えた。草原を一人の村人がこちらにやって来ている。遠すぎて男か女かすら分かんないけど、フランには人相まで見えたみたいだ。

「……ジェスだ」

「うへぇ?マジかよ、あいつだったのか」

ジェスは……フランの友人、だった人だ。俺のことを知ってくれているから、まだ他の村人よりかは話ができそうだが……

「フラン、どうする?」

「……今は、会いたくない」

だろうな。そう言うと思った。

「よし。そんなら、俺が会って話してみよう。みんなは……居ると、ややこしくなりそうだな。悪いけど、ちょっと隠れててくれ」

『それならば、私にお任せを』

アニが自信ありげにチリーンと揺れる。低いつぶやきが聞こえてくると、すぐに呪文は完成した。

『カメレオンカラード!』

わ、わ。仲間たちが徐々に透明になっていき、完全に消えた。前にも見たな、周囲の風景に溶け込める魔法だ。

「確かこの魔法、動くとずれちゃうんだよな。そういうわけだから、みんなじっとしといてくれよ」

「ふ、ふわ。まって、くしゃみでそう……」

「ライラさん、堪えて!」

姿を消す必要のないウィルが、ライラの口をぎゅっと押えている。そうこうしているうちに、遠かった人影はすぐそこまで迫ってきていた。

「……え?あなた、もしかして……?」

草を踏む音とともにやってきたのは、背の高い娘。フランの言った通り、ジェスだった。栗色の髪が、肩口で揺れている……前はもっと長かったけど、あれが彼女の罪の証明だ。ジェスは最初は訝しそうにこちらを見ていたが、俺だと分かると目を丸くして、それから髪を揺らして走ってきた。あれ?ジェスのやつ、前は杖をついていなかったか?

「やっぱり……!あなた、あの時の!」

「よう、ジェス。久しぶりだな」

「ええ、本当に!戻って来てたのね」

ジェスはそばまで来ると、ぱっと笑ってくれた。ふう、よかった。正直、開口一番に罵られるかもくらいは覚悟をしていたから。

「どうしてこんなところにいるの?それに桜下、あなた一人……?」

ジェスは俺のそばの焚火のあとを見て、きょろきょろとあたりを見回す。俺はのんびりと、そのそばの地面をぽんぽん叩いた。

「ま、とりあえず座ってくれよ。茶もお出しできなくて悪いけどな」

ジェスは何か言いたそうだったが、すなおに従って腰を下ろした。ジェスは俺の顔を、旧友よりは遠く、顔見知りよりは近い目で見つめる。

「本当に、久しぶりね……正直、また会えるとは思ってもみなかったわ」

「お、おいおい……ずいぶんなあいさつだな、のっけから」

「だって、そうでしょう?私も見たのよ。村のそばを、大勢の兵士さまたちが進んでいくのを。その後は一の国の勇者だって人も来るし……」

あー。王都で反乱が起きる前、俺がエドガーやクラークに追っかけられてた時だな。

「あなたはとっくに捕まって、よくて牢屋か、悪ければって……だから、本当に驚いたわ」

「あはは、まあ、いろいろあったけど、見ての通りさ。今もあちこちふらふらしてるんだ。今日ここに来たのも、そういうわけ」

「そう。ねえ、ところで……あのこは?フランは今、どうしてるの?」

かさ。ほんのわずかにだが、俺の後ろの茂みが揺れた気がした。ジェスは気にしていないようだが、俺は肝が冷えた。頼むぞ、フラーン!変な気は起こさないだろうな?

「ああーっと、今はほら、別行動?をしてるんだ。うん。けど、あいつも元気にやってるよ。もう死んではいるけど……」

「そう……まだ成仏できてはいないのね……」

おっと、そういう風に捉えられるのか。

「まあ、な。けど、そんなに陰鬱とした日々を送ってるってわけじゃないぜ?なんて、ネクロマンサーの俺が言っても、信じられないかな」

「……ううん。信じるわ。じゃああの子は、楽しくやっているのね?」

「たぶん。あいつはほら、あんまり顔に出さないから」

「そうなの?私の知ってるフランは、すぐ顔に出る女の子だったけれど……でも、それは過去のフランね。今のあの子を知っているあなたが言うんだから、それが正しいんだわ」

うーん、背中にちくちくと視線を感じる。自分の名前が飛び交っているので、落ち着かないらしいな。

「……あなた、変わったわね」

だしぬけに、ジェスが言う。

「え?俺が?」

「うん。なんて言うか、表情とか、空気が。前は何にも知らない男の子って感じだったけれど、今はなんて言うか、頼もしくなったわ」

「へー?全然自覚ないけどな」

「無自覚なのね。フランについて話してる時の目なんて、あの子のお兄さんみたいに見えたわよ」

はー、他人にはそう見えているのか?

「あでも、変わったと言えばジェス、あんたもだぜ。足、よくなったのか?」

「ああ、この足ね……」

ジェスは自分の足を撫でた。

「私の足は、あの呪いの森から吹く風のせいで動かなくなっていたの。けど、あの日……あなたがフランと一緒に去っていった時から、呪いの風もぴたりと止んだのよ。村の似たような人たちも良くなって、みんな呪いが晴れたんだって喜んでいたけれど……勘違いもいいところよね」

「……」

ジェスは、知っているから。フランがまだ彼女を、村を許してはいないことを。

「けどおかげさまで、杖なしでも歩けるようになったわ。素直には喜べないけど、できることが増えたのはいい事だったわね。おばあさんのお世話もしやすくなったし」

「あそうだ、ばあちゃん!その様子だと、元気にしてるんだな?」

「ええ……と、言いたいところだけど……最近、元気がないの。だんだん弱っていってるわ……」

「え……そ、そうなのか……」

「うん……フランが去っていったあの夜から、ちょっとずつ……ね。ごめんなさい。おばあさんのこと、頼まれたのに……」

「……いや。ジェスはきっと、一生懸命面倒見てくれてたんだろ?恨みはしないよ。フランもきっと、そう言うはずだ」

ばあちゃんはかなりの歳だったし、長く抱き続けた憎しみのせいか、体も弱っていた……ジェスを責めることはできない。

「そうだといいのだけれど……私にできる限りのことは、するつもりよ。あなたとの約束だしね」

「ああ、ありがとうな。村は、それ以外には変わりなく?」

「そうね。あれからしばらくはざわざわしていたけど、今はすっかり。あの日の夜のことも、フランのことも、みんな忘れてるわ」

ジェスの声は、皮肉のようにも、諦めのようにも聞こえた。

「……そっか。あ、じゃあついでに、もう一つ聞きたいんだ。最近、この先の森……呪いの森で、なんか騒ぎが起きなかったか?」

「え?あ、そうだった。その通りよ。なんだか大きな音がして、木が倒れて……それに、気味の悪い人たちが村の近くをうろついていたの。どうして知ってるの?」

「ちょいと小耳に挟んだんだ。で、その連中ってのは?」

「わかんないわ。村はずれで、誰かが見たってだけだから。仮面を付けた人と、真っ黒い格好の人だったらしいけれど」

「そうか……じゃあ、そいつらがどうしてそこに居たのかとかも、さっぱり?」

「ええ。あんな恐ろしい森で何をしてたのか、こっちが聞きたいくらいだわ」

むう、ジェスも何も知らないか。

「あ、ところでジェスは、こんなところまで何をしに?んな話を聞いた後じゃ、近寄りたくはないだろうに」

「火と煙が見えたからよ。あんなことがあったばっかりだから、またおかしな人たちが来たんじゃないかって思って、様子を見に来たの」

ああ、そういう事だったのか。俺たちの昼飯の火を見たんだな。

「なるほどな。でもジェス、警告じゃないけど、今度からは一人で様子見なんてしないほうがいいぜ。君子危うきに、って言うだろ。俺が危ないやつだったら、今頃ガブリと食われちゃってるぞ」

「え?あはは、あなたそんな冗談も言うようになったのね。わかったわ、注意します。確かに男の子のところに女の子ひとりで出向くなんて、ちょっとよくないわね」

そ、そういう意図じゃないんだけどな。マスカレードみたいなやつだったら危ないって意味で……後ろの茂みが騒がしい気がする。ううぅ。

「さてと……そういうことなら、長居はよくないかしら。桜下は、村に寄るの?」

「いや。顔は出さないつもりだよ」

「そう、よね。うん、その方がいいと思う。きっと不快な思いしかしないから」

だな。ジェスは立ちあがると、スカートのお尻をはたいた。

「歓迎もできなくてごめんなさい。また会えてよかったわ。フランにもそう伝えて……いいえ、やっぱりいい。あの子は、私なんかに会いたくはないだろうし……」

「どうだろうな。でもいちおう、伝えておくよ」

「でも、やっぱり」

「伝えとく」

「……わかったわ。それと、桜下。あの、私なんかが知った口をって思うかもしれないけれど……」

「うん?」

「フランってね、私の知ってるフランはって意味だけど、とても寂しがり屋で、甘えん坊なの」

へ?俺がぽかんと開けた口を見て、ジェスはうなずいた。

「そうなるわよね。今のあの子からは想像もつかないかもしれないけど、昔は確かにそうだったのよ。いつだって誰かと一緒にいたいくせに、変に大人びてて遠慮ばかりするから、いつだって寂しそうで……あの子が私なんかと一緒にいたのも、そう言う理由だと思うの。あの日から、フランは変わってしまったけれど、根っこの部分はきっと同じなんじゃないかしら」

そう言われると、確かに……フランは基本クールだが、甘えたいときのアピールはすごい。

「確かに、そうかもな」

俺がくすっと笑うと、ジェスも懐かしそうに、小さく笑った。

「ふふ……だからね、今一緒にいるあなたにお願い。めいっぱいあの子を可愛がってあげて。きっとそれが、あの子の成仏にもつながる気がするのよ」

「あいつがそれで喜んでくれりゃいいけど……わかった。心に留めとくよ」

「うん。あの子のこと、よろしくね」

ジェスはそう言い残して、草原を歩いて行った。途中、彼女は一度も振り返らなかった。

「……もういいかな。みんな、お疲れさん」

すると四つの影がぬるりと動き、透明だった四人が姿を現した。ウィル、エラゼム、ライラ、アルルカの四人は、それぞれ思い思いの“微妙な顔”をして、残った一人をちらちら伺っている。その残った一人、フランは、ものすごいふくれっ面でジェスの去っていった方角を睨んでいた。

「……あいつ、余計なことばっかり。ほんとむかつく」

「ははは……寂しくなったら、いつでも甘えていいんだぞ?」

「ちょっと!」

「あははは。そう怒るなよ、ジェスだって善意で言ってたはずさ」

顔を赤くするフラン。かわいいな、意地っ張りな妹みたいで。けど、それはそれとして……俺は笑みを消して、真面目な顔をした。

「なあ、フラン。本当にいいのか?村に寄らなくて」

「……」

さっきのジェスの話……ばあちゃんが弱ってきている。もしここを逃したら、次はもう……なんてことも、あり得るのだ。

「……うん。いい。このまま行こう」

「フラン……」

「もしわたしが顔を見せても、きっとおばあちゃんを余計苦しめるだけ……元気になんてならないよ」

果たして、そうだろうか。俺にはばあちゃんの気持ちは分からないから、めったなことは言えないけど。けれど、それならフランは?彼女自身は、ばあちゃんに会わなくてもいいのだろうか。それで後悔はしないのだろうか……

(なんて、聞く方が残酷か)

フランがそう言っているんだ。彼女の意思を尊重しよう。

「わかった。それじゃあ、ぼつぼつ行こうか」

ジェス以外の村人に見つかっても面倒だ。俺は焚き火を足で揉み消すと、ストームスティードに乗って、モンロービルを後にした。



つづく
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予約投稿の設定を間違えてしまっていました!ごめんなさい!今日は2話連続投稿です。

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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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