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12章 負けられない闘い

7-1 戦火の時代

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7-1 戦火の時代

「はあぁ!」

空色の剣が振るわれると、そこから青い稲妻がほとばしった。稲妻は金色の火花を散らし、稲妻の青と合わさってラピスラズリのようだ。

「グゥ……ガハァッ!」

短い断末魔をのこして、ロードデーモンは白目をむき、仰向けにドスンと倒れた。一斉に歓声が沸き起こる。

「やったぞ!三幹部の最後、“奈落のデモン”を倒したんだ!」

「ついにここまで来た!残すは魔王ただ一人だ!」

兵士たちは、口々に勝鬨を上げ、互いの武器をぶつけ合った。シスターたちはほっとローブを撫で下ろし、魔術師たちはつかれた顔色で額を拭う。一、二、三の国から構成された連合軍は、まさに人類を代表した軍団だった。
その軍団の最前線で、空色の剣の持ち主は、ふぅと息をつき、笑顔で兵士たちを振り返った。

「ようやくここまで来たな。みんな、よく戦ってくれた!」

兵士たちはわぁーっと声を上げ、シスターたちはうっとりとした目で彼を見つめる。
彼の名は、勇者ファースト。彼の仲間たちは、彼のことをそう呼んだ。いつだって先駆けとなり、他の追随を許さない存在という意味で付けられた二つ名だ。黒い髪に黒い瞳という、この世界においては地味ないで立ちも、彼の実力の前では枷にならなかった。破竹の快進撃は彼の名を不動のものとし、いつしか彼の名を知らない者はほとんどいなくなった。
ただの少年だった彼がこの世界に召喚されてから、もう十四年の月日が経とうとしていた。老いの兆しがちらほらとしだした顔に晴れ晴れとした笑みを浮かべ、ファーストは喝采に湧く兵士たちの中に、最愛の女性の姿を見つけた。

「ティロ!」

「あなた!やったわね!」

ティロと呼ばれた女性は、桃色の髪をふわふわとなびかせながら、ファーストへと駆け寄った。ファーストが腕を広げると、ティロはそこへ飛び込み、さらに熱烈な口づけをした。兵士たちがピーピーと指笛を吹く。

「ヒュー!さっすが、お熱いねぇ!」

「おいおい、まだ親玉が残ってるんだぜ?いちゃつくのはことが済んでからにしてもらわねーとなぁ!」

からかわれて、ファーストとティロは顔を真っ赤にして、ばっと離れた。兵士たちはどっと笑った。
さて。そんな勝利の余韻に浸る連合軍のなかで、ただ一人だけ、口元をひくつかせてすらいない人物がいた。長い黒髪はうねうねとツタのように絡み合い、顔を覆っている。伸ばしているというよりは、伸び放題に放置していると言ったほうが正しい髪には、所々に白いふけが付いていた。髪のすき間から見えている口元には無精ひげが生えている。その男は兵士たちの輪から離れて、たった一人で崩れたがれきの上に腰を下ろしていた。
ファーストは、そんな男の姿を遠くに見つけ、眉をひそめた。妻に一声かけると、兵士たちの間を抜けて、その男へと近づいてく。

「セカンド」

そう呼ばれた男……勇者セカンドは、目だけを動かして、黒髪のすき間からファーストをじろりと睨んだ。

「……これはこれは、英雄ファースト様。いかがされました?」

皮肉っぽい口調でそう言われ、ファーストは顔をしかめた。

「いかがされたはこっちのセリフだ。どうしてそんなところで一人でいるんだ?こっちにきて、みんなの輪に加われよ」

「ハッ、どうして俺が?あんな馬鹿共となんざ、死んでもごめんだね」

ぺっ、とセカンドが地面に唾を吐いた。ファーストは眉間のしわを深くする。

「仲間を馬鹿だなんて言うんじゃない。次に戦うことになるのは魔王なんだぞ。皆が一丸とならなきゃいけないんだ。お前もいい大人なんだから、それくらい分かっているだろう」

「ひゃはは、一丸となって?馬鹿なんじゃねえか。この戦いにおいて重要なのは、俺たち勇者の力だろうが。あんな雑魚どもが何の役に立つってんだよ?」

「……じゃあ、今朝君が食べたパンとスープは、誰が用意してくれたと思っているんだ?君が今夜寝る寝袋を運んでいるのは?要塞の地形を先駆けて把握し、罠や敵の待ち伏せを知らせてきてくれるのは?全部私たち勇者がやっているか?」

「っ……」

セカンドは顔をくしゃくしゃにすると、チッと舌打ちをした。どうだとばかりに、ファーストが数度うなずく。

「そうだ。分かっているんだろう。みな、彼らがやってくれているんだ。私たちが全力を発揮できるのは、彼らの手助けがあるからこそだ。なんでも自分ひとりでやっていると思うのは、君のよくないところだぞ」

「……っせんだよ!んじゃなにか?テメーは誰かの世話んなってる自覚があるってか?サイキョーの英雄様がよぉ?さっきのデカブツを倒せたのも、ぜーんぶファースト様が強いからだって思ってんだろうが、あ?」

「そんなことは……」

「んなわけあるかってんだ!どいつもこいつもファースト、ふぁーすと、ファースト!あのデカブツに致命傷を負わせたのは、この俺だ!テメーはとどめのオイシイところだけ持っていっただけだろうが!んなこともわかんねぇメクラ野郎を馬鹿っつって、どこがいけねえんだよ!」

「……話を聞いてくれ。私もそれはよくわかっている。だから、一つになることが大事だと言っているんだ」

「あ?」

「さっきの戦いは、セカンド。君がいなきゃもっとずっと苦戦していたはずだ。その事は私だけでなく、誰もが分かっているとも」

「チッ、つまんねぇ言い訳してんじゃねえ。全部見てたに決まってんだろうが、あぁ?どいつもこいつも、テメーしか見てなかっただろ!」

「それは、君がこうして離れたところにいるからじゃないか。君が寄ってくれば、みんな拍手で出迎えてくれるだろうさ。だからこっちにおいでと言ったんだぞ」

「はぁー、うぜえ。じゃあそら余計なお世話だわ」

「いい加減大人になれよ、セカンド!どうしていつも君はそうなんだ。一年前の事を反省してくれたから、こうして戻って来てくれたんだろ。私もそれを許した。つまらない意地を張ってないで、心を一つに……」

「だからうるせえっつってんだよ!いつまでも兄貴面してんじゃねえ!」

ガツッ!セカンドは足元の石を蹴飛ばすと、ポケットに手を突っ込んだまま、ドスドスと歩いて行ってしまった。残されたファーストは、困った顔でふぅと息を吐く。

「またセカンド様と、言い争いをしていたのですか?」

「え?」

ファーストは驚いて、後ろを振り返った。いつの間にか、薄い顔立ちをした、背の低い地味な男が立っている。

「あ、ああ。君か、サード。驚かすなよ」

サードと呼ばれた男は、薄く微笑んで頭を下げた。切りそろえられたおかっぱ髪がさらりと揺れる。その髪型と小柄な体も合わさって、まるで年端の行かない少年のように見えるが、年齢はファーストやセカンドより少し下くらいだったはずだ。存在感の薄い彼に苦笑しながら、ファーストは首をゆるゆると振った。

「まったくだよ。あの聞かんぼうは、なかなか素直になってくれないみたいだ」

「左様ですか。ですが、きっとセカンド様も分かってくれる時が来るはずです。ファースト様のお気持ちは、あの方も理解しているはずですよ」

「だといいんだが……それと、サード。君もいい加減、その召使いみたいな口調はやめてくれと言っただろ。多少歳は違えど、僕たちは一つのチームなんだから」

「おっと、申し訳……ではなく、すまなかったね。つい癖で、なかなか抜けないんだ」

「あははは。私もこの世界に来たてのころはそうだったよ。日本とはまるで文化が違うんだから、最初は戸惑うばかりだったな……」

ファーストが懐かしそうに目を細める。彼の黒色の瞳には、これまでの歳月、これまでの思い出のかけらが、万華鏡のようにキラキラと移ろっていた。たくさんの出会いと別れ、そして見つけた愛と使命。ファーストは、そういったものの為に、これまで戦い抜いてきた。

「だが、ようやくここまで来た。私がここに来てから十年以上、ずっと追い続けてきた目標が、ようやく遂げられようとしているんだ」

サードがこくりとうなずく。

「僕はあなたたちと比べたら戦歴は浅いけれど、この使命の重大さは理解しているつもりだよ。そして、いよいよ……残す壁は、あと一枚だ」

ファーストもまた、うなずいた。

「魔王テオドール。奴を倒せば、私たちの、そして人類の悲願であった、本物の自由を手にすることができる。飼い殺しの、鳥かごの中の自由じゃない。私たちが、自分の手で、未来に進めるようになるんだ」

「ええ。僕らは、その為になら犠牲をいとわず、ここまで必死に戦い抜いてきた」

「その通りだ。そしてその障壁は、残すところ一枚となった。だがその一枚は、これまでのどんな壁よりも高く、どんな崖よりも険しい。私たちは、真の意味で、一つになる必要があるんだ。兵士たちもそうだし、私たち勇者もそうだ。ファースト、セカンド、そしてサード。この三人が揃うことは、過去にも未来にも、今この瞬間だけだと私は思っている。間違いなく、今が人類の最高到達点だ。この三人の力を合わせれば、きっと魔王を倒すことができる」

「だからあなたは、セカンドを許し、そして和を乱さぬように呼びかけ続けてきた。僕たちの誰か一人が欠けても、魔王には勝てないから」

「その通りだよ……たぶんあいつも、それは分かってくれているとは思うんだが。時々不安になるよ。あいつはそんなことお構いなしで、和を乱してばっかりだ。私の判断は間違っていたんじゃないかって……」

「いいえ、彼もそれを理解していたからこそ、こうして連合軍に戻って来てくれたんだよ。僕たち三人、目指すものは同じはずさ。ただ、今は少し素直になれないだけなんだ」

「ふぅ……そうかもしれないな。戦いになれば、セカンドはきちんと戦ってくれている。うん、君の言う通りだ、サード。魔王を前にして、私も少し気迷っていたのかもしれない」

「役に立てたかな?」

「もちろんだ。ありがとう。君と話せてよかったよ」

「あら。話なら、わたしたちだっていくらでも聞いてあげましたのに」

ファーストの首に、するりと腕が回された。桃色の髪がふわりと揺れ、ティロが驚くファーストの顔を覗き込む。

「てぃ、ティロ。それに、わたしたちって……」

「ええ。ほら、みなさまも一緒ですよ」

ファーストが振り向くと、いつの間にか周りには、連合軍の兵士やシスターたちが集まってきていた。サードとの話に夢中になるあまり、気が付かなかったらしい。

「水臭いですぜ、ファーストの旦那。悩み事なら、俺たちにも協力させてくだせえ。もちろん、俺たちゃ腕っぷしくらいしか役に立てねえけどよ」

「そうです、なにも一人で抱え込むことありませんわ。セカンド様のことは、私たちも重々承知しております。けど、ファースト様は何も間違ってはおりません。きっといつか、あの方も私たちの想いを分かってくれるはずですわ」

「みんな……」

ファーストが仲間たちの顔を見渡して、目頭を熱くする。その腕に、ティロがそっと寄り添った。

「わたしたちみんな、あなたが正しい事をなさっているってわかっているんです。あなたは何でも一人でできてしまいますけど、たまにはわたしたちも頼ってくださいませ」

「ああ……ありがとう」

ファーストはぎゅうとティロを抱きしめた。それを兵士とシスターたちがあたたかい目で見守っている。

遠く離れたところでは、セカンドがその様子を、忌々しそうに見つめていた。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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