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10章 死霊術師の覚悟

10-1 最果ての町

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10-1 最果ての町

荷物の積まれた車両を歩く際、フランは俺の手を引きながら言った。

「驚いた?さっきの事」

「……ああ。こっちに来てから一番びっくりしたよ」

「そっか」

女の子に告白されるという事自体、俺の人生史上初の大事件だった。正確か分からないけど、例えるならUFOかツチノコを目撃した気分だった。

「わたしが言っておいてアレだけど、そんなに悩まないでね」

「……そりゃ、どういう意味だ?」

「あなたを縛るつもりは無い、ってこと。あなたは自由に生きたいんでしょ?その邪魔はしたくない」

……それは、ありがたいと考えるべきなのか?

「じゃあ、たとえば俺が、他の女の子と話してても、もう怖い顔で睨んだりはしないってことか?」

「…………」

「……おい。その沈黙はなんだよ?」

「……とにかく、普段通りでいいから。さっきのも冗談だよ。みんなにも、普段通りに接してあげて……ウィルとか、特にね」

ふむ。まあ確かに、ウィルあたりはすぐに小細工を見抜いてきそうだ。それに、ウィルとの約束の手前、よそよそしく接することはできない。

「はぁ……まあ、そのほうがありがたいんだけどさ。それなら俺の返事って、ぜんぜん必要ないのかな?」

「……ううん。そんなこと、ないよ」

フランの声は、ちょっと傷ついた色をしていた。しまった、さすがに無配慮だったか……

「でも、待つから。あなたが、向き合えるようになるまで」

……そう言われちゃ、返す言葉がないな。今の俺には、フランの好意に向き合う余裕も、自信も無い。それがこの先、手に入るのかも……分からないことだらけだった。

俺たちが戻ってきても、仲間たちは特に何も言わなかった。すこし時間が掛かった気もするけど、フランが一緒だったから、特になにも思わなかったんだろう。ただ、ウィルがこちらに向けた目が、少しだけ気になった。あの時ウィルは、俺とフランの繋がれた手を見ていたような気がしたんだけれど……フランとの一件のせいで、過敏になっているのかもしれないな。



翌日。午後に差し掛かろうかという頃、にび色の空には、厚い雲が広がっていた。しんしんと降り積もる雪の中を、汽車は錆びまみれの駅へと、静かに滑り込んだ。

「着いたな……」

俺のつぶやきは、真っ白な吐息で装飾される。雪の積もる駅舎を抜ければ、同じく雪で覆われた、物寂しい雰囲気の町角が俺たちを出迎えてくれた。雪って、音を吸収するのだろうか。物音ひとつしない。足音も、話し声も、何も聞こえない。聞こえるのは、無音で降り積もる雪の声だけ……
ここが、北の最果て。ミストルティンの町だった。町全体が冬眠でもしているような印象だ。

「ここに、エラゼムの城主さんが……」

俺は、隣に立つエラゼムの方を向いた。だがエラゼムは、なんの反応も示さない。ただ黙って、町の入り口を見つめているだけだった。首から上がない彼の表情は読めないが……何を思っているのだろうか。

「でもさぁ、どうやって探せばいいの?」

俺の分厚いマントに一緒になって包まっているライラが、俺に引っ付きながらたずねた。ここんところ寒い場所ばかり旅しているもんだから、ライラが俺から離れている時間が異様に短くなりつつあった。

「そうだな……エラゼム?」

俺が少し強めに名前を呼ぶと、エラゼムはハッとしたようにこちらを向いた。

「はい。呼びましたか、桜下殿?」

「いや、どこから探そうかって。なにか意見はあるか?」

「意見……おお、そうでしたな。ええ、それではまず……」

エラゼムはいつにもなく、落ち着きがない様子だった。緊張しているのだろうか?ずっと追い続けた城主さまに、もうじき会えるかもしれないから。

「……ではまず、町を見てみましょう。メアリー様の母方の家系は、代々この地を治める名家だったと聞いております。百年の歳月が流れたとはいえ、その痕跡が残っていないことはありますまい」

「なるほどな。ひょっとしたら、まだ家が残ってるかもしれないぜ?それでもし子孫の人が住んでたら、一発で解決だ」

「そうですな、そうなれば良いのですが……ともあれ、町を探索してみましょう」

俺たちは、雪深い町の通りを歩き始めた。真っ黒な石畳が敷かれた道には、雪の上に何本もの轍の跡が残されている。ときおり、俺たちの横を、真っ黒な馬車が、真っ黒な馬に引かれて、ガタゴトと通り過ぎていった。それ以外には、人の住む気配を感じる場面は一切ない。

「なんだか……不気味な町ですね。どこも白と黒で、まるでお葬式みたい……」

ウィルは青ざめた顔で、街並みを見回した。けど、俺も同意見だな。この静けさは、滅入る。
町のほとんどの建物の扉には、バツ印の板が打ち付けられていた。立派なショーウィンドウを構えた店には、厚く積もったホコリとクモの巣だけが飾られている。家々の窓に明かりはなく、煙突から上がる筋のように細い煙だけが、その中に人が暮らしていることを証明していた。だが、かえって不気味だぜ。中で火を焚いているのに、なんであんなに暗いんだ?

「……あ。見て、人がいる」

フランが、目ざとく住民を見つけた。俺たちの前方の道路を、一人のみすぼらしい格好をした老婆が横切っていく。

「お、やっと生きてる人間に出会えたな。おーい!」

俺は老婆に向かって手を振った。すると老婆は、びくっと肩を震わせると、さっと俺たちの方を振り向いた。そしてよたよたと道路を渡り切ると、近くにあった家に一目散に飛び込み、扉を閉めてしまった。
バタン!戸を閉める音だけが、むなしく通りに響いた……

「えぇー……」

このリアクションは、じつに久々だな。モンロービル村を思い出す、話すら聞いてくれないタイプってやつだ。俺は、鼻の下をごしごし擦った。

「こりゃ、やっかいだな」

「なにが、厄介なんだい?」

え?俺たちは全員、後ろを振り返った。そこに立っていたのは、大きな帽子を被った子どもだった。子どもと言っても、身長は俺とそんなに変わらない。女か男か、ぱっと見じゃ分からない、中性的な顔だ。その子は、俺たちを見てにんまりと笑った。

「何かお困りなのかな」

「えっと……あんたは?」

「僕?僕はコルト。何でも屋さんの少年だよ」

はあ。コルト少年は、自分の胸に手を当てて、芝居掛かった仕草で名乗った。何でも屋さんだって?

「あー……俺は、桜下だ。それで、何でも屋さん?ってのは、いったい何を売りにしてるんだ?」

「なんでも、だよ。困った人を助けるのが、僕の仕事さ」

ふーむ。字面だけなら、たいそうな肩書きだがな。

「あなたたちが困っているようだったから、僕が力になれるかと思ってね。さあさあ、何に困っているのかな?」

俺たちは顔を見合わせた。さて、こんな町でいやに親切な人間には、大抵裏があるというのを、俺はこれまでの経験則で嫌って言うほど学んでいる。とりあえず、適当に話を合わせておくか。

「あー……俺たち、旅の人間なんだけども」

「そうだろうね。この辺りでは見かけない格好だもの。もしかして、宿をお探しかな?それとも、何か別のものを?」

「えー……まあ、そんなとこだな」

「そっか。じゃあ、僕が案内してあげるよ。任せて、ガイドは得意なんだ」

コルトはどんどん話を進めていく。なんだか、このまま依頼する流れになりそうだな。

「で、そっちの要求は?」

単刀直入に切り込んだのは、フランだった。コルトはフランをみつめ、わざとらしく首をかしげる。

「何のことかな?要求って」

「とぼけないで。対価として、何を求める気だって言ってるの」

「ああ、賃金の話だね……そうだな。じゃあ、一日百セーファでどう?」

ぷはっ。俺はふき出してしまった。百セーファって言ったら、金貨一枚じゃないか。いくらなんでも、ぼったくりすぎる。フランも呆れたようだ。

「あなた、相場も知らないの?三の国じゃ、ガイドは一日五セーファなんだけど」

「そうなんだ。じゃ、それでいいよ」

あっさりと、コルトは要求をのんだ。フランは、いよいよ胡散臭そうな目でコルトを睨んでいる。念のための確認で、俺はたずねた。

「いいのか?当初の十分の一以下になったけども」

「だって、それしか出さないっていうんでしょ?なら、しょうがないよ。百セーファでもいいって言うかもしれないし、言うだけ言っておいた方が得でしょ?」

ちっとも悪びれないコルト。まったく、呆れたもんだな。だが逆にあけすけすぎて、かえって信用はできるかもしれない。少なくとも、セイラムロットの人たちみたいな、得体のしれない感じはなかった。

「いいんですか、桜下さん……?」

ウィルがひそひそと耳打ちをしてくる。俺はコルトを一瞥すると、ささやき返した。

「まあとりあえず、お手並みを拝見してみるか。まだ子どもだし、そこまでの悪さはしないだろ。探し物もはかどりそうだしな」

「ですか……わかりました。何かしそうだったら、私がボカッと殴ってやりますね」

ウィルはロッドを握って息巻いた。ま、そんな事にはならないことを祈りつつ……

「そんじゃ、コルト。この町、案内してもらおうか」

「任せてよ。後悔はさせないからさ」

コルトはパチリとウィンクすると、ようようと俺たちの前を歩き始めた。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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