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10章 死霊術師の覚悟
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高原の夜は、驚くほど寒い。俺は焚火に手をかざしながら、ぎゅっと体を縮こまらせた。日が傾いた段階で、夜の支度を始めたのは正解だったな。
寒さに震える俺を見かねてか、フランとエラゼムは、追加の薪を集めに行ってくれている。少し離れたところで、時折木がメキメキと倒れる音がしていた。ウィルは火にフライパンをかざして、ソーセージを焼いている。
「うぅぅう~、さむいよぉ」
俺の隣では、ライラがごしごし腕をさすっている。半アンデッドとでも言うべき彼女は、他のみんなと違って寒さ暑さを感じることができる。特にライラは、寒さにめっぽう弱かった。
「なぁ、ライラ。思うんだけど、寒いんだったらもう少し厚着したらどうだ?」
俺は、ライラの剥き出しの腕や足を見ながら言う。あれだけ肌が出てりゃ、そりゃ寒いだろう。もちろん彼女の場合、ファッションで肌を出しているわけじゃなく、貧しい生い立ち故にろくな服が買えなかったという背景があるのだが。
「俺のマントを貸すか?それに、防寒対策にいくつか上着も買ってあるけど」
俺はカバンから、厚手のマントを取り出した。事前に王都で買っておいたものだ。
「うぅん。いらない」
「え。いいのか?」
「うん。たぶん、必要ないから」
ライラは、自分の薄っぺらいマントだけじゃなく、もさもさの髪まで体に巻き付けながら言った。とても必要ないとは思えないんだけど……
「なんだよ、無理すんなよ。遠慮してるのか?」
「そうじゃなくて。なんかね、ライラ、何着ても暖かくならないみたい」
「え?厚着しても、意味ないってことか?」
「そうなの。今もこうしてるけど、火のそばだからあったかいだけだと思う。このマントがなくっても、ぜんぜん変わんないから……ほら、やっぱり」
ライラはマントを脱いで見せたが、顔色一つ変えなかった。どういうことだろう?厚着でも薄着でも、体温が変わらないということか……?
「……ああ、なるほど。そういうことか」
「桜下、何かわかったの?」
「たぶん、ライラには体温の維持機能が無いんだよ」
「いじ、きのう?」
「ああ。人間の体温は、だいたい一定だろ。だから厚着をすれば、次第に暖まっていくわけだ。けど、ライラは半分アンデッドっていう体質のせいで、それが正常に働いてないんだよ」
「そっか……だから、何着ても寒いままなんだ」
「なんじゃないかな。厄介なもんだな、寒さは感じるのに、体温は低いままだなんて。ほら、なるべく火の近くに当たれよ」
「うん、ありがと」
俺は少し場所をずれて、ライラを焚火の正面に座らせた。けど、なかなか面倒な性質だな。外が暑けりゃ、体もどんどん暑くなるし、反対に寒ければ、際限なく体も冷える。ライラが暖まろうと思ったら、何か暖かい物の近くにいるしかないってわけだ。
「うーん……カイロなんて、あるわけないしなぁ」
「回路?魔術回路のこと?」
「いや、そっちじゃなくて。揉むとしばらくあったかくなる袋、みたいなやつだよ。前いたところには、そういうのがあったんだ」
「ふーん……」
あれなら持ち運びできるし、うってつけなんだけどな。そんなことを考えていると、何を思いついたのか、ライラがすくっと立ち上がった。
「ライラ?て、うわぁ」
おもむろに、ライラが俺の股をこじ開けて、その間にすとんと腰を落とした。そして俺の腕をわしっと掴むと、自分の胸の前で交差させる。ちょうど俺が、ライラを包み込むような形になった。
「な、なんだなんだ」
「えへへ。ライラって、やっぱり天才なのかも。桜下があったかいんだから、桜下にくっついてればよかったんだよ」
ライラは得意げに鼻を鳴らすと、俺の二の腕のあたりをもみもみと揉んだ。
「ほら。こうすれば、人間カイロだね」
「あのなぁ……」
けれど、こうして密着してみると確かに、ライラの体はひんやりとしていた。俺はふと、昔じいちゃんの家で飼っていた、毛の長い犬のことを思い出した。冬に雪まみれになって帰ってきた犬を抱いた時も、こんな風に冷たかったっけ。
「はぁ。しょうがないな」
俺がぎゅっと腕を回すと、ライラは満足そうに、腕に頬をこすりつけた。
「ふふ。お二人とも、仲良しですね」
団子になっている俺たちを見て、ウィルが柔らかく微笑む。
「はい。桜下さん、できましたよ。どうぞ」
動けない俺のために、ウィルは晩飯の皿を持ってきてくれた。手を伸ばして受け取ると、パンにソーセージが挟んであって、うわ。上には贅沢にも、チーズがとろとろ掛かっている。
「さんきゅーウィル。いただきます」
「はい、めしあがれ。ライラさん、あったかそうでよかったですね」
「えへへー、そうでしょ」
俺はライラから少し体を離して、太いソーセージにかぶりついた。肉汁は火傷しそうなほど熱いが、寒さに震えた体には染み渡るようだ。チーズにはほんのりコショウが掛かっていて、ピリ辛さが胃袋をさらに温め、食欲を促進させる。俺はあっという間に平らげてしまった。
「ふぅ。ウィル、ごちそうさま。いやぁ、うまかった」
「おそまつさまです。ふふふ、よかった。王都のいい食材を使ってますからね。お金にも多少余裕があったので、いろいろ美味しいものも買えましたし」
「なるほどなぁ。毎日こんなのが食えたらいいけど……」
「旅をしていると、そうもいきませんよね。明日からは山道に入りそうですし、今日は力をつけておきましょ」
「だな」
俺は首をひねって、明日登るであろう、高くそびえ立つ山脈を眺めた。確か、コバルト山脈って名前だって、アニが言っていたっけ。今は夜の闇に包まれて、輪郭がうっすら青く見えるだけだが、道のりは結構険しそうだ。ウィルの言う通り、気合を入れないとな。
「けど、うわー。星がきれいだなぁ」
「わ、ほんとに」
俺とウィルとライラは、そろって頭上を見上げた。焚火の明るさに慣れた目でも、はっきりと星明りが飛び込んでくる。群青色の布に、ダイヤモンドを散りばめたみたいだ。
「高原だからでしょうか、空気がきれいなんですね」
なるほど。それで……夜空の隅っこの方には、丸い月が窮屈そうに身を寄せている。今夜ばっかりは、空の主役を星々に譲っているみたいだ。今日って満月だったんだな。月が明るいのに、こんなにきれいに星が見えるなんて……
「……ん?」
「桜下さん?どうかしました?」
「いや……なんか、忘れているような……」
なんだろう。何かが引っ掛かる。忘れていることでもあっただろうか?なにか、前に約束をしていたような……一カ月ほど前にも、こうして月を見上げていたような……月?
「あ!満月だ!」
「え?そうみたいですけど……」
「それがどうかしたの?」
ウィルが月を見上げ、ライラはきょとんと首をかしげる。
「そうじゃなくって!アルルカ、あいつどこ行った?」
「アルルカさん……?あ!そういうことですか」
ウィルも合点がいったらしい。満月と言えば、アルルカの吸血衝動が最大になる日じゃないか。約一カ月ほど前、あまりの血欲しさにジタバタと無様に転げまわったアルルカのことを、すっかり忘れていたなんて。
「あの状態のあいつをほっとくのはまずいぞ……くそ、どこだ?」
あたりを見回しても、アルルカの姿は見えない。野営の準備を始めた時点では、そのへんにいたと思うんだけど。闇に紛れて、ふらりとどこかに行ってしまったらしい。
「いない……ちょっと俺、その辺を探してくるな!」
俺は立ちあがると、近くの木の茂みに向かって駆け出した。ウィルの「気を付けてくださいね!」という声に、手だけを上げて返すと、俺は茂みに分け入っていった。
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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寒さに震える俺を見かねてか、フランとエラゼムは、追加の薪を集めに行ってくれている。少し離れたところで、時折木がメキメキと倒れる音がしていた。ウィルは火にフライパンをかざして、ソーセージを焼いている。
「うぅぅう~、さむいよぉ」
俺の隣では、ライラがごしごし腕をさすっている。半アンデッドとでも言うべき彼女は、他のみんなと違って寒さ暑さを感じることができる。特にライラは、寒さにめっぽう弱かった。
「なぁ、ライラ。思うんだけど、寒いんだったらもう少し厚着したらどうだ?」
俺は、ライラの剥き出しの腕や足を見ながら言う。あれだけ肌が出てりゃ、そりゃ寒いだろう。もちろん彼女の場合、ファッションで肌を出しているわけじゃなく、貧しい生い立ち故にろくな服が買えなかったという背景があるのだが。
「俺のマントを貸すか?それに、防寒対策にいくつか上着も買ってあるけど」
俺はカバンから、厚手のマントを取り出した。事前に王都で買っておいたものだ。
「うぅん。いらない」
「え。いいのか?」
「うん。たぶん、必要ないから」
ライラは、自分の薄っぺらいマントだけじゃなく、もさもさの髪まで体に巻き付けながら言った。とても必要ないとは思えないんだけど……
「なんだよ、無理すんなよ。遠慮してるのか?」
「そうじゃなくて。なんかね、ライラ、何着ても暖かくならないみたい」
「え?厚着しても、意味ないってことか?」
「そうなの。今もこうしてるけど、火のそばだからあったかいだけだと思う。このマントがなくっても、ぜんぜん変わんないから……ほら、やっぱり」
ライラはマントを脱いで見せたが、顔色一つ変えなかった。どういうことだろう?厚着でも薄着でも、体温が変わらないということか……?
「……ああ、なるほど。そういうことか」
「桜下、何かわかったの?」
「たぶん、ライラには体温の維持機能が無いんだよ」
「いじ、きのう?」
「ああ。人間の体温は、だいたい一定だろ。だから厚着をすれば、次第に暖まっていくわけだ。けど、ライラは半分アンデッドっていう体質のせいで、それが正常に働いてないんだよ」
「そっか……だから、何着ても寒いままなんだ」
「なんじゃないかな。厄介なもんだな、寒さは感じるのに、体温は低いままだなんて。ほら、なるべく火の近くに当たれよ」
「うん、ありがと」
俺は少し場所をずれて、ライラを焚火の正面に座らせた。けど、なかなか面倒な性質だな。外が暑けりゃ、体もどんどん暑くなるし、反対に寒ければ、際限なく体も冷える。ライラが暖まろうと思ったら、何か暖かい物の近くにいるしかないってわけだ。
「うーん……カイロなんて、あるわけないしなぁ」
「回路?魔術回路のこと?」
「いや、そっちじゃなくて。揉むとしばらくあったかくなる袋、みたいなやつだよ。前いたところには、そういうのがあったんだ」
「ふーん……」
あれなら持ち運びできるし、うってつけなんだけどな。そんなことを考えていると、何を思いついたのか、ライラがすくっと立ち上がった。
「ライラ?て、うわぁ」
おもむろに、ライラが俺の股をこじ開けて、その間にすとんと腰を落とした。そして俺の腕をわしっと掴むと、自分の胸の前で交差させる。ちょうど俺が、ライラを包み込むような形になった。
「な、なんだなんだ」
「えへへ。ライラって、やっぱり天才なのかも。桜下があったかいんだから、桜下にくっついてればよかったんだよ」
ライラは得意げに鼻を鳴らすと、俺の二の腕のあたりをもみもみと揉んだ。
「ほら。こうすれば、人間カイロだね」
「あのなぁ……」
けれど、こうして密着してみると確かに、ライラの体はひんやりとしていた。俺はふと、昔じいちゃんの家で飼っていた、毛の長い犬のことを思い出した。冬に雪まみれになって帰ってきた犬を抱いた時も、こんな風に冷たかったっけ。
「はぁ。しょうがないな」
俺がぎゅっと腕を回すと、ライラは満足そうに、腕に頬をこすりつけた。
「ふふ。お二人とも、仲良しですね」
団子になっている俺たちを見て、ウィルが柔らかく微笑む。
「はい。桜下さん、できましたよ。どうぞ」
動けない俺のために、ウィルは晩飯の皿を持ってきてくれた。手を伸ばして受け取ると、パンにソーセージが挟んであって、うわ。上には贅沢にも、チーズがとろとろ掛かっている。
「さんきゅーウィル。いただきます」
「はい、めしあがれ。ライラさん、あったかそうでよかったですね」
「えへへー、そうでしょ」
俺はライラから少し体を離して、太いソーセージにかぶりついた。肉汁は火傷しそうなほど熱いが、寒さに震えた体には染み渡るようだ。チーズにはほんのりコショウが掛かっていて、ピリ辛さが胃袋をさらに温め、食欲を促進させる。俺はあっという間に平らげてしまった。
「ふぅ。ウィル、ごちそうさま。いやぁ、うまかった」
「おそまつさまです。ふふふ、よかった。王都のいい食材を使ってますからね。お金にも多少余裕があったので、いろいろ美味しいものも買えましたし」
「なるほどなぁ。毎日こんなのが食えたらいいけど……」
「旅をしていると、そうもいきませんよね。明日からは山道に入りそうですし、今日は力をつけておきましょ」
「だな」
俺は首をひねって、明日登るであろう、高くそびえ立つ山脈を眺めた。確か、コバルト山脈って名前だって、アニが言っていたっけ。今は夜の闇に包まれて、輪郭がうっすら青く見えるだけだが、道のりは結構険しそうだ。ウィルの言う通り、気合を入れないとな。
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「わ、ほんとに」
俺とウィルとライラは、そろって頭上を見上げた。焚火の明るさに慣れた目でも、はっきりと星明りが飛び込んでくる。群青色の布に、ダイヤモンドを散りばめたみたいだ。
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なるほど。それで……夜空の隅っこの方には、丸い月が窮屈そうに身を寄せている。今夜ばっかりは、空の主役を星々に譲っているみたいだ。今日って満月だったんだな。月が明るいのに、こんなにきれいに星が見えるなんて……
「……ん?」
「桜下さん?どうかしました?」
「いや……なんか、忘れているような……」
なんだろう。何かが引っ掛かる。忘れていることでもあっただろうか?なにか、前に約束をしていたような……一カ月ほど前にも、こうして月を見上げていたような……月?
「あ!満月だ!」
「え?そうみたいですけど……」
「それがどうかしたの?」
ウィルが月を見上げ、ライラはきょとんと首をかしげる。
「そうじゃなくって!アルルカ、あいつどこ行った?」
「アルルカさん……?あ!そういうことですか」
ウィルも合点がいったらしい。満月と言えば、アルルカの吸血衝動が最大になる日じゃないか。約一カ月ほど前、あまりの血欲しさにジタバタと無様に転げまわったアルルカのことを、すっかり忘れていたなんて。
「あの状態のあいつをほっとくのはまずいぞ……くそ、どこだ?」
あたりを見回しても、アルルカの姿は見えない。野営の準備を始めた時点では、そのへんにいたと思うんだけど。闇に紛れて、ふらりとどこかに行ってしまったらしい。
「いない……ちょっと俺、その辺を探してくるな!」
俺は立ちあがると、近くの木の茂みに向かって駆け出した。ウィルの「気を付けてくださいね!」という声に、手だけを上げて返すと、俺は茂みに分け入っていった。
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