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7章 大根役者
6-4
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6-4
俺は、今日調べたシュタイアー教や、リンについて話して聞かせた。
「……ってのが、この町の宗教のあらましなんだけど。ウィル、お前はどう思う?同じシスターとして」
ウィルはむむむ、とあごに手を当ててうなった。
「正直、聞いたこともありません。シュタイアー教……私も神殿にいましたから、よその宗派の方にお会いする機会も何度かあったんです。でも、そんな教えのことは初耳ですね」
「ウィルもか……ウィルから見て、ここの教えはどうだと思う?」
「……奇妙だな、とは思います。外国の信仰だからかもしれませんが、それにしても引っかかる点がありますね」
「引っかかる点?」
「ええ。一、二、三の国の間では、聖職者は自由に行き来ができるんです。だから国をまたいで勢力を持つ教団がいたりと、あんがい宗教の内わけは似通っているんですよ」
「へー。じゃあ、三の国にもゲデン教の人がいるのか?」
「と、思います。ゲデン教の総本山は一の国にありますしね……っと、それはいいんですが。重要なのは、それら勢力の強い宗教は、ほとんど偶像崇拝をしないってことです」
「偶像崇拝?それって、あれか。神様の像を崇めるっていう……」
「そうです。ゲデン神をはじめ、大陸の神々は自然そのもの、すなわち一定の決まった姿を持たない。なので、神の姿が描かれることは極めてまれなんです……私自身、神の像というものは見たことがありません」
神の姿……俺が御神堂で見たあの像は、いやに精巧に作られていた。まるで、実在の人物をモデルにしたかのような……もしもあれが姿かたちを持たない神をモチーフにしたんだとしたら、あれを作った職人はものすごい想像力の持ち主だ。
「それと、気になったのがもう一つ。桜下さん、そのリンっていうシスターに、祝福を受けたんですよね?」
「うん、そうだけど」
「そのとき、エラゼムさんとライラさんも一緒だったんですよね?お二人は、なんともなかったんですか?」
え……あ!そうだ、二人はアンデッドだから、神の祝福はむしろ危険じゃないか!以前、ウィルの神殿に立ち寄った際に、フランだけは神殿に入らなかったことを、完全に忘れていた。
「え、エラゼム!大丈夫だったか!?」
「ええ。ライラ嬢も、これといって変わった点は見受けられませんでしたが……」
ほっ、よかった。ライラもまた、すやすやと穏やかな寝息を立て続けている。でも、それだとすると変だな。
「どうして平気だったんだろう。リンは、確かに祝福したって言ってたのにな」
「私は、それがどうにも怪しく感じるんですよね。彼女、本当にシスターなんですか?」
「え、うん。本人はそう言ってたし、神父さんもシスターって呼んでたけど」
「ううぅ~ん。そりゃ、私も敬虔まじめなシスターではなかったですけど。けど、祝福の光も出せないようなシスターなんて、いるのかしら……桜下さん、その人が祝福したときも、何の光も出なかったんですよね?」
「ああ。ウィルのときみたいな、緑の光も何にも出なかった」
「じゃあやっぱり、それ祝福できてないですよ。必ず緑の光ってわけじゃないですけど、神の力をお借りするときには、何かしらの反応が起こらないと変ですもん」
「あ、だからエラゼムたちも何ともなかったのか?祝福が失敗してたから……」
「それもそうだと思いますし、でも逆に失敗だったら、もう少し焦ってもいいと思いません?そのシスターは失敗してるのに、それをどうどうと祝福だって言い張ったんでしょう?怪しいですよ、その人……」
「うーん。リンはまだ新人だって言ってたから、そのせいじゃないのかな」
「ふつう、神の祝福もできないような人は、シスターになれませんよ。祝福の行使は、最低限神の意志を理解できるようになった証でもあるんですから」
「あ、そうなの……ってことは、リンは偽シスターってことになるのか?いやそもそも、リンは神父に推薦されてシスターになったって言ってたぞ」
「じゃあ、その神父さんも怪しいってことに……」
俺とウィルはおそらく同じことを思い浮かべ、お互いに顔を見合わせた。その一言を、フランが代弁する。
「インチキ宗教」
インチキ……まだそう決めつけるには早計な気もするが、しかしそれが現実味を帯びてきたのは確かだ。
「でもだとしたら、なんでそんな宗教を作る必要があったんだ?」
元いた世界では、インチキ宗教の目的は、たいていが信者をだまして金を稼ぐ、つまりお金が目当てだった。この世界でもそうなんだろうか?
「待ってください、桜下さん。確かこの町は、ほとんどの人がそのシュタイアー教の信者なんですよね?だとしたら、町全体が教団に騙されているってことですか……?」
え……うわ、ウィルのいう通りじゃないか。あのクライブ神父とかいうやつが教団の重役だとしたら、あの怪しいおっさんによって、この町は牛耳られていることになる。
「この町に住みついてるのは、ヴァンパイアじゃなくて、腹黒の詐欺師集団なんじゃないか……?」
「なるほど……血じゃなくて、富を吸い上げるわけですね……」
ウィルが冗談めかすが、笑えないのはお互いに同じだった。
「じゃあ、教団関係者は、みんなクロってことなのかな。でも、リンはとてもそんな子には見えなかったけどな……」
「桜下さん、甘いですよ。女は時として、神をもダシに嘘をつくんですからね」
ウィルは真顔だ。シスターから出た発言とは思えないな、まったく……
「でもさ、それだとこの町に、ヴァンパイアはいないってことになるぜ?」
「ヴァンパイアの話題が出たから、わたしの話をしていい?」
フランがすっと手をあげる。フランは確か、村外れに見えた城を調査しに行っていたはずだ。
「どうだった?ヴァンパイアは……?」
「うん。先に結果を言っておけば、ヴァンパイアには出くわさなかったんだけど」
「そっか……でも、そのほうが良かったよ。いくらなんでも、一人じゃ危険だ」
「うん……だから、あんまり突っ込んだ調査はしなかった。けど、あの城。あそこは、変だ」
「変?」
「あの城、山の上に建ってるんだけど。私はそこの城門の前まで行ったんだ。城門は鉄格子で閉じられてて、開かなかった」
「そうか。じゃあ、外から城の観察を?」
「いや、壁を乗り越えようとした。あの程度なら、爪を刺せば行けると思って」
「そ、そうか……」
フランだからこその芸当だな。たぶん壁は相当の高さだったろうに……
「それで、壁に飛びついて、門を乗り越えようとした時。いきなりモンスターが襲ってきた」
「えぇ!?だ、大丈夫だったのか!?」
「だから、ここにこうしているでしょ。相手は、かなり大きかった。灰色で、翼が生えてて……無理すれば倒せそうではあったけど、敵の正体もわからないし、派手な戦闘はやめておこうと思って。今日はそのまま帰ってきた」
そ、そうだったのか。ほっとして体の力が抜けた。
「にしても、それじゃあ災難だったな。ちょうど間の悪いモンスターに、出くわし、ちまって……?」
俺は自分で言っていて、違和感を覚えた。たまたま、フランが壁を乗り越えようとしたタイミングで、いきなりモンスターが現れた?ありえないことはないだろうが、そんなに城主に都合のいいモンスターがいるのだろうか。
「わたしも、偶然だったとは思ってない。わたしの見間違いじゃなければ、そのモンスター、石でできてたから」
「石?まるでゴーレムだな……」
「そう思う。たぶん、魔法で作られたモンスターだよ」
魔法で……俺は今まで、魔法で作られたモンスターをいくつか目にしてきた。アイアンゴーレム、スパルトイ……それらは必ず、だれか別の人間の意志によって生み出されていた。
「だとしたら、そのモンスターは門番ってことか?そして城主は、そんな魔法を操れて、しかも怪物に自分の城を守らせるような人物ってことに……」
「うん。少なくとも、まっとうな神経の人間じゃないよ。それかもしくは……人間じゃない、かもね」
魔法でできた怪物、それに守られる山上の城……それこそ、ヴァンパイアがいてもおかしくないシチュエーションだ。
「なるほどな。そりゃ変な城だ……ヴァンパイアがいないかもってのは、まだ結論付けないほうがよさそうだな」
フランはこくりとうなずいた。うーん、インチキ宗教、それに騙される町の人たち、そしてヴァンパイア……
「なんだか、ずいぶん根深い問題に首を突っ込んじまったみたいだな」
「ですね……いまさらですけど」
ウィルがうつろな目でつぶやいた。
「まだ現状では、推測らしい推測もできないな」
「そうですね。また明日も、情報を探ってみたほうがいいかもしれません……」
ウィルに賛成だ。俺ももう少し、リンに話を聞いてみたい。彼女が本当に、偽物のシスターなのか。人をだましているのか……それを確かめたかった。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「……ってのが、この町の宗教のあらましなんだけど。ウィル、お前はどう思う?同じシスターとして」
ウィルはむむむ、とあごに手を当ててうなった。
「正直、聞いたこともありません。シュタイアー教……私も神殿にいましたから、よその宗派の方にお会いする機会も何度かあったんです。でも、そんな教えのことは初耳ですね」
「ウィルもか……ウィルから見て、ここの教えはどうだと思う?」
「……奇妙だな、とは思います。外国の信仰だからかもしれませんが、それにしても引っかかる点がありますね」
「引っかかる点?」
「ええ。一、二、三の国の間では、聖職者は自由に行き来ができるんです。だから国をまたいで勢力を持つ教団がいたりと、あんがい宗教の内わけは似通っているんですよ」
「へー。じゃあ、三の国にもゲデン教の人がいるのか?」
「と、思います。ゲデン教の総本山は一の国にありますしね……っと、それはいいんですが。重要なのは、それら勢力の強い宗教は、ほとんど偶像崇拝をしないってことです」
「偶像崇拝?それって、あれか。神様の像を崇めるっていう……」
「そうです。ゲデン神をはじめ、大陸の神々は自然そのもの、すなわち一定の決まった姿を持たない。なので、神の姿が描かれることは極めてまれなんです……私自身、神の像というものは見たことがありません」
神の姿……俺が御神堂で見たあの像は、いやに精巧に作られていた。まるで、実在の人物をモデルにしたかのような……もしもあれが姿かたちを持たない神をモチーフにしたんだとしたら、あれを作った職人はものすごい想像力の持ち主だ。
「それと、気になったのがもう一つ。桜下さん、そのリンっていうシスターに、祝福を受けたんですよね?」
「うん、そうだけど」
「そのとき、エラゼムさんとライラさんも一緒だったんですよね?お二人は、なんともなかったんですか?」
え……あ!そうだ、二人はアンデッドだから、神の祝福はむしろ危険じゃないか!以前、ウィルの神殿に立ち寄った際に、フランだけは神殿に入らなかったことを、完全に忘れていた。
「え、エラゼム!大丈夫だったか!?」
「ええ。ライラ嬢も、これといって変わった点は見受けられませんでしたが……」
ほっ、よかった。ライラもまた、すやすやと穏やかな寝息を立て続けている。でも、それだとすると変だな。
「どうして平気だったんだろう。リンは、確かに祝福したって言ってたのにな」
「私は、それがどうにも怪しく感じるんですよね。彼女、本当にシスターなんですか?」
「え、うん。本人はそう言ってたし、神父さんもシスターって呼んでたけど」
「ううぅ~ん。そりゃ、私も敬虔まじめなシスターではなかったですけど。けど、祝福の光も出せないようなシスターなんて、いるのかしら……桜下さん、その人が祝福したときも、何の光も出なかったんですよね?」
「ああ。ウィルのときみたいな、緑の光も何にも出なかった」
「じゃあやっぱり、それ祝福できてないですよ。必ず緑の光ってわけじゃないですけど、神の力をお借りするときには、何かしらの反応が起こらないと変ですもん」
「あ、だからエラゼムたちも何ともなかったのか?祝福が失敗してたから……」
「それもそうだと思いますし、でも逆に失敗だったら、もう少し焦ってもいいと思いません?そのシスターは失敗してるのに、それをどうどうと祝福だって言い張ったんでしょう?怪しいですよ、その人……」
「うーん。リンはまだ新人だって言ってたから、そのせいじゃないのかな」
「ふつう、神の祝福もできないような人は、シスターになれませんよ。祝福の行使は、最低限神の意志を理解できるようになった証でもあるんですから」
「あ、そうなの……ってことは、リンは偽シスターってことになるのか?いやそもそも、リンは神父に推薦されてシスターになったって言ってたぞ」
「じゃあ、その神父さんも怪しいってことに……」
俺とウィルはおそらく同じことを思い浮かべ、お互いに顔を見合わせた。その一言を、フランが代弁する。
「インチキ宗教」
インチキ……まだそう決めつけるには早計な気もするが、しかしそれが現実味を帯びてきたのは確かだ。
「でもだとしたら、なんでそんな宗教を作る必要があったんだ?」
元いた世界では、インチキ宗教の目的は、たいていが信者をだまして金を稼ぐ、つまりお金が目当てだった。この世界でもそうなんだろうか?
「待ってください、桜下さん。確かこの町は、ほとんどの人がそのシュタイアー教の信者なんですよね?だとしたら、町全体が教団に騙されているってことですか……?」
え……うわ、ウィルのいう通りじゃないか。あのクライブ神父とかいうやつが教団の重役だとしたら、あの怪しいおっさんによって、この町は牛耳られていることになる。
「この町に住みついてるのは、ヴァンパイアじゃなくて、腹黒の詐欺師集団なんじゃないか……?」
「なるほど……血じゃなくて、富を吸い上げるわけですね……」
ウィルが冗談めかすが、笑えないのはお互いに同じだった。
「じゃあ、教団関係者は、みんなクロってことなのかな。でも、リンはとてもそんな子には見えなかったけどな……」
「桜下さん、甘いですよ。女は時として、神をもダシに嘘をつくんですからね」
ウィルは真顔だ。シスターから出た発言とは思えないな、まったく……
「でもさ、それだとこの町に、ヴァンパイアはいないってことになるぜ?」
「ヴァンパイアの話題が出たから、わたしの話をしていい?」
フランがすっと手をあげる。フランは確か、村外れに見えた城を調査しに行っていたはずだ。
「どうだった?ヴァンパイアは……?」
「うん。先に結果を言っておけば、ヴァンパイアには出くわさなかったんだけど」
「そっか……でも、そのほうが良かったよ。いくらなんでも、一人じゃ危険だ」
「うん……だから、あんまり突っ込んだ調査はしなかった。けど、あの城。あそこは、変だ」
「変?」
「あの城、山の上に建ってるんだけど。私はそこの城門の前まで行ったんだ。城門は鉄格子で閉じられてて、開かなかった」
「そうか。じゃあ、外から城の観察を?」
「いや、壁を乗り越えようとした。あの程度なら、爪を刺せば行けると思って」
「そ、そうか……」
フランだからこその芸当だな。たぶん壁は相当の高さだったろうに……
「それで、壁に飛びついて、門を乗り越えようとした時。いきなりモンスターが襲ってきた」
「えぇ!?だ、大丈夫だったのか!?」
「だから、ここにこうしているでしょ。相手は、かなり大きかった。灰色で、翼が生えてて……無理すれば倒せそうではあったけど、敵の正体もわからないし、派手な戦闘はやめておこうと思って。今日はそのまま帰ってきた」
そ、そうだったのか。ほっとして体の力が抜けた。
「にしても、それじゃあ災難だったな。ちょうど間の悪いモンスターに、出くわし、ちまって……?」
俺は自分で言っていて、違和感を覚えた。たまたま、フランが壁を乗り越えようとしたタイミングで、いきなりモンスターが現れた?ありえないことはないだろうが、そんなに城主に都合のいいモンスターがいるのだろうか。
「わたしも、偶然だったとは思ってない。わたしの見間違いじゃなければ、そのモンスター、石でできてたから」
「石?まるでゴーレムだな……」
「そう思う。たぶん、魔法で作られたモンスターだよ」
魔法で……俺は今まで、魔法で作られたモンスターをいくつか目にしてきた。アイアンゴーレム、スパルトイ……それらは必ず、だれか別の人間の意志によって生み出されていた。
「だとしたら、そのモンスターは門番ってことか?そして城主は、そんな魔法を操れて、しかも怪物に自分の城を守らせるような人物ってことに……」
「うん。少なくとも、まっとうな神経の人間じゃないよ。それかもしくは……人間じゃない、かもね」
魔法でできた怪物、それに守られる山上の城……それこそ、ヴァンパイアがいてもおかしくないシチュエーションだ。
「なるほどな。そりゃ変な城だ……ヴァンパイアがいないかもってのは、まだ結論付けないほうがよさそうだな」
フランはこくりとうなずいた。うーん、インチキ宗教、それに騙される町の人たち、そしてヴァンパイア……
「なんだか、ずいぶん根深い問題に首を突っ込んじまったみたいだな」
「ですね……いまさらですけど」
ウィルがうつろな目でつぶやいた。
「まだ現状では、推測らしい推測もできないな」
「そうですね。また明日も、情報を探ってみたほうがいいかもしれません……」
ウィルに賛成だ。俺ももう少し、リンに話を聞いてみたい。彼女が本当に、偽物のシスターなのか。人をだましているのか……それを確かめたかった。
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