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3章 銀の川
8-2
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8-2
え?俺が頭を抱えていると、どこからかうつろな声が響いてきた。あっ、いつのまにかバークレイの幽霊が、俺たちのすぐわきに立っている。
「ば、バークレイ様……」
エラゼムが震えた声を出す。
「エラゼム。やっと僕の声が届いたね。ずいぶん長い時が経ってしまった―――」
「バークレイ様。吾輩は、なんとお詫びすればよいか……」
「よしてくれ。あの日の出来事について、謝る必要があるものは誰一人としていない―――いるとすれば、僕らを裏切った逆賊だけだ―――」
「バークレイ様……」
「それよりも、今はこれからの話をしよう。話をまとめると、エラゼムがいる限りここの魂は自由にならないが、エラゼムの未練を消すことはできない。魂を開放するには、エラゼムの魂そのものを消し去ってしまうほかない―――そういうことだったね―――?」
バークレイが俺のほうを見る。俺はうなずき返した。
「ああ。けど、俺はそれには反対だ。かといって、別の方法も思いつかないんだけど……」
「うん。そのことについてだが、エラゼム。君の未練は、裏切りにあったことではないだろう―――?」
え、そうなの?しかしエラゼムは声を荒げて反論した。
「バークレイ様、そんなわけございません!吾輩があの日を悔やんでないとおっしゃるのですか」
「そうではない―――けれど、それよりもっと大きな未練があるんじゃないのかい?裏切りが憎いのは、その未練が果たせなくなってしまった原因になったからだ。違うか?」
「な、なにをおっしゃっているですか?吾輩には……」
「エラゼム。君は、姉さんがこの城に帰ってこなかったことを悔いているんだろう」
へ……お姉さんって、この城の本当の城主だっていう、メアリーのことだよな。ああそういえば、過去の記憶でエラゼムは、メアリーに必ず帰るように約束させていた。けど百年たっても、この城は廃墟のままだ。ってことは、メアリーはここに戻ってこなかったことになる……
「バークレイ様……冗談をめされますな……」
そういうエラゼムの声は、今まで聞いた中で一番弱々しかった。
「冗談なんかいってないぞ、エラゼム。僕がわかっていないと思っていたのか?君は僕にもこの城にも十分尽くしてくれた。けどそれは、姉さんがいたからだ。この城が姉さんの城だから、お前はあんなにも城を愛し、城を守ろうとしたんだ。いずれ姉さんが帰ってくるこの城を。違うか?」
「おやめください……それ以上は……」
「認めるんだ、エラゼム。姉さんは、帰ってこなかった。それを認めたくないから、お前はここを守り続けていたんだろう?いつか姉さんが現れるその日まで、城に侵入するものを害し続けていたんだろう。お前があの日の裏切りを決して許さないのも、姉さんを迎えることが叶わなくなったからだ。結局ここは廃城となった。そうだろうさ、賊の手に渡った城に戻ってくるものなどいない。けれどお前は死してなお、それを認めなかった。死にきれないくらい、それを嘆き悲しんでいたんだ」
「もうやめてくれ!」
エラゼムは叫ぶと、がしゃんと床にうずくまった。耳をふさごうとしているが、彼にはふさぐ耳がない。かわりに鎧の襟をぎゅっと握っているが、それでバークレイの言葉をしめ出すことなどできないだろう。
「エラゼム―――だめだ。いい加減、向き合う時が来たんだ。かくいう僕も、それをずっと悔いていたのだけれど―――僕も姉さんが大好きだった。だからこそ城を守れなかったふがいなさを呪ったし、姉さんは僕らを見捨てたのかと、嘆いたりもした―――けれど、僕は決心したよ。もうこんな暗い所で過去に囚われるのは、やめにしよう」
バークレイはひざを折ると、うずくまるエラゼムに対して手を差し伸べた。
「エラゼム。城の外に出るんだ。姉さんが帰ってこないのなら、こちらから探しに行こう」
「え……?」
なんだって?外に……出られるのか?するとバークレイは、また俺のほうに顔を向けた。
「桜下くんといったね。君に聞きたいんだが」
「あ、はい」
「君は、強い力を持ったネクロマンサーなんだってね。エラゼムがまともになったのは、君の技のおかげか。なら今のエラゼムは、呪いを振りまくような存在ではなくなったということでいいのかい?」
「え?えっと、たぶん見境なく人を襲うことはもうしないはず……」
けど、どうなんだろう。エラゼムの中に閉じ込められた魂はまだ残っているし……フランだって、ときどき俺の言うことを聞かずに暴走する。そんなんで大丈夫なんていっていいのだろうか?
『主様。そのことについてですけど』
チリンと、アニが鈴を鳴らした。
『おそらく問題ないかと存じます。一度ディストーションハンドで配下に置いたアンデッドは、ある程度まで主様の意思のもとに律せられます』
「え?ああ、フランのお座りみたいなもんか?」
『あれはやや特殊な気もしますが……ですが、その通りです。主様が押さえつけている限りは、呪いの暴走も防げるかと。最悪の場合、こちらから魂を消滅させれば、暴走を未然に防ぐことができますし』
「え、やっぱ消すこともできるのかよ」
『ソウル・カノンをフルパーセントでぶっ放せば、木っ端みじんになるんじゃないですか?』
「ま、まあそれは、今はいいや……けど、そんならよかった。バークレイ、大丈夫みたいだぜ」
「そうか、よかった。ならば、あとはエラゼムの返答次第だな。どうだ?」
「ば、バークレイ様、おっしゃっている意味が分かりません!」
エラゼムは困惑した様子で体を起こした。バークレイはなぜわからない?という顔で話を続ける。
「さっきも言っただろう。姉さんが帰らないのであれば、こちらから迎えに行けばいいのだ。姉さんが帰ってこなかった事実は認めるしかない。だけど、その理由まではわからないだろう?この城が襲われたと知って、家臣の者たちが止めたのかもしれないし、帰るに帰れなくなって、ほかの土地に移り住んだのかもしれない」
「で、ですが……それに、すでにメアリー様は……」
「ああ―――これだけの時が流れたんだ。姉さんももうこの世にはいないだろう。けれど、その事情を知っている人はいるかもしれない。もしかしたら僕らが知らないだけで、姉さんにも家族ができているかもしれないだろう?その人を探し出すんだ、エラゼム。そして、姉さんの墓前に―――ありのまま、起こったことを伝えるんだ。なにもかも、包み隠さず。きっと姉さんも、それを聞きたがっているはずだ」
「……」
エラゼムは、バークレイの言葉がを受け止めかねているのか、何も言わない。けど、俺にはバークレイの言うことがわかる気がした。メアリーが戻らなかったっていう、過去の出来事は変えられない。けどその事情を知れば、今の心は変わるかもしれない。バークレイも、エラゼムも……
「姉さんにも、やむを得ない事情があったのだと、僕は思う。けど、それを知らないままでいいのか。事情も知らず、ただ姉さんが帰ってこなかったことだけを、いつまでもうじうじと嘆くだけでいいのか。それは、姉さんに対する冒とくじゃないのか、エラゼム」
「……っ」
「エラゼム。この人たちと一緒に行くんだ。桜下くんといれば、君がまた狂気に囚われることもない。それに桜下くんの力は、姉さんの痕跡をたどるうえでとても頼りになるだろう。君の剣の腕を、桜下くんたちのために役立てることもできるはずだ」
バークレイが俺のほうをちらっと見た。そりゃ、俺としても願ったりかなったりだ。もともと戦力増大の目的もかねてここに入ったんだしな。バークレイは、再びエラゼムに手を差し出した。けれどエラゼムは、うつむいてまたもその手を拒んだ。
「ですが、バークレイ様。吾輩は、この城を守るよう仰せつかりました。それを果たせなかったのに、よもや城を離れるなど……それに、吾輩だけ楽になろうなどとしたら、かつての同胞の騎士たちが何と思うか……」
「まったく、君の石頭も筋金入りだな。けれど騎士たちに関しては、君が心配することもないと思うがね。ほら―――」
「え……?」
つづく
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続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「ば、バークレイ様……」
エラゼムが震えた声を出す。
「エラゼム。やっと僕の声が届いたね。ずいぶん長い時が経ってしまった―――」
「バークレイ様。吾輩は、なんとお詫びすればよいか……」
「よしてくれ。あの日の出来事について、謝る必要があるものは誰一人としていない―――いるとすれば、僕らを裏切った逆賊だけだ―――」
「バークレイ様……」
「それよりも、今はこれからの話をしよう。話をまとめると、エラゼムがいる限りここの魂は自由にならないが、エラゼムの未練を消すことはできない。魂を開放するには、エラゼムの魂そのものを消し去ってしまうほかない―――そういうことだったね―――?」
バークレイが俺のほうを見る。俺はうなずき返した。
「ああ。けど、俺はそれには反対だ。かといって、別の方法も思いつかないんだけど……」
「うん。そのことについてだが、エラゼム。君の未練は、裏切りにあったことではないだろう―――?」
え、そうなの?しかしエラゼムは声を荒げて反論した。
「バークレイ様、そんなわけございません!吾輩があの日を悔やんでないとおっしゃるのですか」
「そうではない―――けれど、それよりもっと大きな未練があるんじゃないのかい?裏切りが憎いのは、その未練が果たせなくなってしまった原因になったからだ。違うか?」
「な、なにをおっしゃっているですか?吾輩には……」
「エラゼム。君は、姉さんがこの城に帰ってこなかったことを悔いているんだろう」
へ……お姉さんって、この城の本当の城主だっていう、メアリーのことだよな。ああそういえば、過去の記憶でエラゼムは、メアリーに必ず帰るように約束させていた。けど百年たっても、この城は廃墟のままだ。ってことは、メアリーはここに戻ってこなかったことになる……
「バークレイ様……冗談をめされますな……」
そういうエラゼムの声は、今まで聞いた中で一番弱々しかった。
「冗談なんかいってないぞ、エラゼム。僕がわかっていないと思っていたのか?君は僕にもこの城にも十分尽くしてくれた。けどそれは、姉さんがいたからだ。この城が姉さんの城だから、お前はあんなにも城を愛し、城を守ろうとしたんだ。いずれ姉さんが帰ってくるこの城を。違うか?」
「おやめください……それ以上は……」
「認めるんだ、エラゼム。姉さんは、帰ってこなかった。それを認めたくないから、お前はここを守り続けていたんだろう?いつか姉さんが現れるその日まで、城に侵入するものを害し続けていたんだろう。お前があの日の裏切りを決して許さないのも、姉さんを迎えることが叶わなくなったからだ。結局ここは廃城となった。そうだろうさ、賊の手に渡った城に戻ってくるものなどいない。けれどお前は死してなお、それを認めなかった。死にきれないくらい、それを嘆き悲しんでいたんだ」
「もうやめてくれ!」
エラゼムは叫ぶと、がしゃんと床にうずくまった。耳をふさごうとしているが、彼にはふさぐ耳がない。かわりに鎧の襟をぎゅっと握っているが、それでバークレイの言葉をしめ出すことなどできないだろう。
「エラゼム―――だめだ。いい加減、向き合う時が来たんだ。かくいう僕も、それをずっと悔いていたのだけれど―――僕も姉さんが大好きだった。だからこそ城を守れなかったふがいなさを呪ったし、姉さんは僕らを見捨てたのかと、嘆いたりもした―――けれど、僕は決心したよ。もうこんな暗い所で過去に囚われるのは、やめにしよう」
バークレイはひざを折ると、うずくまるエラゼムに対して手を差し伸べた。
「エラゼム。城の外に出るんだ。姉さんが帰ってこないのなら、こちらから探しに行こう」
「え……?」
なんだって?外に……出られるのか?するとバークレイは、また俺のほうに顔を向けた。
「桜下くんといったね。君に聞きたいんだが」
「あ、はい」
「君は、強い力を持ったネクロマンサーなんだってね。エラゼムがまともになったのは、君の技のおかげか。なら今のエラゼムは、呪いを振りまくような存在ではなくなったということでいいのかい?」
「え?えっと、たぶん見境なく人を襲うことはもうしないはず……」
けど、どうなんだろう。エラゼムの中に閉じ込められた魂はまだ残っているし……フランだって、ときどき俺の言うことを聞かずに暴走する。そんなんで大丈夫なんていっていいのだろうか?
『主様。そのことについてですけど』
チリンと、アニが鈴を鳴らした。
『おそらく問題ないかと存じます。一度ディストーションハンドで配下に置いたアンデッドは、ある程度まで主様の意思のもとに律せられます』
「え?ああ、フランのお座りみたいなもんか?」
『あれはやや特殊な気もしますが……ですが、その通りです。主様が押さえつけている限りは、呪いの暴走も防げるかと。最悪の場合、こちらから魂を消滅させれば、暴走を未然に防ぐことができますし』
「え、やっぱ消すこともできるのかよ」
『ソウル・カノンをフルパーセントでぶっ放せば、木っ端みじんになるんじゃないですか?』
「ま、まあそれは、今はいいや……けど、そんならよかった。バークレイ、大丈夫みたいだぜ」
「そうか、よかった。ならば、あとはエラゼムの返答次第だな。どうだ?」
「ば、バークレイ様、おっしゃっている意味が分かりません!」
エラゼムは困惑した様子で体を起こした。バークレイはなぜわからない?という顔で話を続ける。
「さっきも言っただろう。姉さんが帰らないのであれば、こちらから迎えに行けばいいのだ。姉さんが帰ってこなかった事実は認めるしかない。だけど、その理由まではわからないだろう?この城が襲われたと知って、家臣の者たちが止めたのかもしれないし、帰るに帰れなくなって、ほかの土地に移り住んだのかもしれない」
「で、ですが……それに、すでにメアリー様は……」
「ああ―――これだけの時が流れたんだ。姉さんももうこの世にはいないだろう。けれど、その事情を知っている人はいるかもしれない。もしかしたら僕らが知らないだけで、姉さんにも家族ができているかもしれないだろう?その人を探し出すんだ、エラゼム。そして、姉さんの墓前に―――ありのまま、起こったことを伝えるんだ。なにもかも、包み隠さず。きっと姉さんも、それを聞きたがっているはずだ」
「……」
エラゼムは、バークレイの言葉がを受け止めかねているのか、何も言わない。けど、俺にはバークレイの言うことがわかる気がした。メアリーが戻らなかったっていう、過去の出来事は変えられない。けどその事情を知れば、今の心は変わるかもしれない。バークレイも、エラゼムも……
「姉さんにも、やむを得ない事情があったのだと、僕は思う。けど、それを知らないままでいいのか。事情も知らず、ただ姉さんが帰ってこなかったことだけを、いつまでもうじうじと嘆くだけでいいのか。それは、姉さんに対する冒とくじゃないのか、エラゼム」
「……っ」
「エラゼム。この人たちと一緒に行くんだ。桜下くんといれば、君がまた狂気に囚われることもない。それに桜下くんの力は、姉さんの痕跡をたどるうえでとても頼りになるだろう。君の剣の腕を、桜下くんたちのために役立てることもできるはずだ」
バークレイが俺のほうをちらっと見た。そりゃ、俺としても願ったりかなったりだ。もともと戦力増大の目的もかねてここに入ったんだしな。バークレイは、再びエラゼムに手を差し出した。けれどエラゼムは、うつむいてまたもその手を拒んだ。
「ですが、バークレイ様。吾輩は、この城を守るよう仰せつかりました。それを果たせなかったのに、よもや城を離れるなど……それに、吾輩だけ楽になろうなどとしたら、かつての同胞の騎士たちが何と思うか……」
「まったく、君の石頭も筋金入りだな。けれど騎士たちに関しては、君が心配することもないと思うがね。ほら―――」
「え……?」
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