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逃がさない

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 広場にいた帝国の冒険者達が王国貴族兵を圧倒していた。
 ギルの指示により粛々と、慈悲なく殲滅していく。

 だが、死を恐れぬ王国貴族兵は闇の中から続々と出現してくる。

「ひぃ!? お、俺の腕が!!」
「ぐほ……せ、聖女様……ばんざい……」
「くそっ!? 魔法が効きづらい!? ば、蛮族ごときが!!! がはっ!?」

 闇の横でリーダー格の貴族兵が指示を出していた。その姿はまるで豚であった。
 ……あれは学園の先生?

「あそこに反逆者クリスがいるぞ!! 貴様ら死んでも聖女様に届けろ!!」

 広場にいた全ての王国貴族兵たちが私目掛けて突撃をする!



 ギルが吠えた!

「貴様らにクリスは指一本触らせん!! 消えてなくなれ!!!」

 ギルの周りで幾多の精霊剣が浮かび上がる。
 その剣が空中で乱舞するかのように王国兵に斬りかかる。

 それでも肉壁を使って私の近くにたどり着いた貴族兵が魔法を放とうとした。
 私の胸がキンッと痛む……


 ――王国……私が生まれ育った国……。虐げられた記憶が蘇る……

 それを上書きするかのようにギルとの思い出が心に溢れ出てきた。

 ……ギル。
 私……あなたの言ったように強くなるわ。

 初めてあった時は、無愛想で言葉がきつくて……でもギルの優しさは私に届いていた。
 いつの間にかあなたを目で追うようになって……

 学園で助けに来てくれた時のギルの顔は忘れられない。
 私のために怒ってくれたんだもんね……

 不覚にも胸が高鳴ってしまった。
 そして婚約者だと言われた時は飛び上がるほど嬉しかったわ。

 帝国に来て素敵な友達に囲まれて、そこには必ずギルがいて……ふふ、婚約者じゃないって言われた時はちょっとだけ、悲しくなっちゃったけど。
 でも精霊の湖での出来事は私の大切な……大切な思い出。

 恥ずかしがっているギルが可愛かった。
 後ろから抱きしめられた時、私は自分の感情を理解できた。

 ギルの事を思うと、胸の痛みが和らぐ……



 ――私はギルを心から愛している!




「――退きなさい」




 私が軽く手を振ると、貴族兵が放った全ての魔法をレジストされた。

「な、なに!?」
「魔法が消えただと!!」
「いいから魔法を放て!! ――魔力が……くそっ、魔法が使えねえ!!」
「いいから襲いかかれ!! クリスを引っ捉えたら聖女様のご褒美が待ってるぞ!!」



 戸惑う貴族兵達をテッドが槍を振り回す。

「――ましゅ!! 薙ぎ払いでしゅ!!」

 ひとふりで数十人の貴族兵の首が飛ぶ。
 それでも広場にはまだまだ貴族兵が帝国冒険者達と応戦をしていた。

 ――もういいわ。あの黒い闇はプリムの力でしょ? ……なんとなくわかる。

「ギル!! 一旦下がって!!」

 私は懐から短剣を出して構えた。
 身体の中の力を短剣に通す。

 ギルはそれを見て、慌てて冒険者たちに指示を出した。

「――下がれ!! クリスを信じろ!!」

「おう!!」
「なんかわかんねーけど、頼むぜ!!」
「こいつら弱いくせにしつこいんだよ!」
「クリスちゃーん!」
「クリス様、お願いしましゅ!!」
「クリス、頼んだよ!!」
「……ぶちかまして」



 ――プリム、あんた臭いのよ!!



 私は短剣を投げ放った!
 その速度に誰も反応できない。

「――え!?」

 黒い闇の横で指示を出していた豚貴族兵が呆けた顔をしていた。

 私の短剣は黒い闇に吸い込まれるように直撃した!
 闇の蠢きが止まる。

 一拍置いて広場に何かが割れた音が鳴り響いた。

 黒い闇が粉々に割れてガラスのように周りに飛散していく。
 黒い闇の破片が豚貴族の全身に刺さる。

「ギャーー!! 痛い、痛い、痛い!? た、助けろ……か、身体が消えて、お、俺は学園の教師だぞ!! 俺は偉いんだ……ここで……死ぬ……はずが……」

 穴だらけになった豚貴族が崩れ落ちた。



 ギルが雄叫びを上げる。

「クリスが転移装置を壊したぞ!! こいつらを殲滅しろーー!!!」

「「「「おおぉぉぉぉーーーー!!」」」


 指導者を失った貴族兵はゴキブリのように逃げ惑う。

「だ、だから俺は嫌だって言ったんだ!」
「おい、逃げるぞ!!」
「どこにだよ!! ここは蛮族の国だぞ!」
「せ、聖女様がなんとか……がっ!?」


 アリッサが魔法で広場に壁を作っていた。

「逃がすわけ無いじゃん!」

 逃げ場を失った貴族兵は冒険者に食い殺されていった。






 戦いが終わり、私は地面にへたり込みそうになった時、ギルが私の腕を支えてくれた。
 少し口角が上がっている顔は精悍で誰よりカッコ良かった。

 帝国上空から音が聞こえてきた。
 ドラゴンに乗った帝国竜騎士団がついに動き出した。
 帝国騎士団も王国軍が湧いて出てきた転移装置に向かって進軍していった。


「最強の部隊のお出ましか。――クリス……流石俺の婚約者だな。怪我は無いか?」

 口調とは裏腹に心配している感情が伝わる。
 そんなギルを見たらいても立ってもいられなくなった。

 ギルに飛びつくように抱きついた!!

「お、おい!? ク、クリス!?」

「ふふ、珍しく戸惑ってるね……ギル……私、あなたと出会えて本当幸せよ……ギル……愛してるわ……」

「――クリス」

 このまま時が止まってくれたらいいのに……

 今はアリッサも茶々を入れてこない。

 うん、ほんの少しだけ……
 少しだけ……



 私はそこら中から感じるプリムの悪臭を、私の大好きなギルの良い匂いで上書きしていった。

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