アラフォーの悪役令嬢~婚約破棄って何ですか?~

七々瀬 咲蘭

文字の大きさ
上 下
148 / 150
第三部

第4話 刻印

しおりを挟む

    メラメラと燃えさかるゲンメ邸の黒い外壁。

 舞い散る火の粉。

 暗くなりはじめた空を焦がすような炎の中にソイツはいた。

 長く太い尾っぽ、どっしりとした足のついた胴体からうじゃうじゃとした首が生えている。
 つるんとした蛇を思わせる首の一つ一つに禍々しく輝くのは血のような真っ赤な虹彩のない瞳。


 二階建てのゲンメ邸の端に建てられている物見やぐらをもまたげそうなサイズのデカさだ。

 つーか、こんなどデカいもん⋯⋯どっから出てきたのよっ!

 この辺り我が家がいくら城下町のハズれにある田舎町だといっても⋯⋯こんなもんがズンズン歩いてきたら直ぐに分かりそうなものじゃない?

 奏大の世界で見たアニメとやらでもあるまいし。こんな現実離れした化け物、どうしたらいいのよ!


 なんてジタバタしてもはじまらないか。


 どこから湧いて出た化け物か知らないけど、こいつは今。
 殺気に満ちた瞳を向けてあたしの前に居るんだから。


 ⋯⋯ふん、生意気にあたしを敵として認定したようね。
 ミミズの脳みそぐらいの知性はありそうじゃないの。


 なんて睨み合ってたら、首の一つがあたし目がけで急降下してきた。


 迫り来るそれはギラギラとした牙を剥く。

 あたしは気合い一閃。


 逃げるのではなく、真正面から剣を振り下ろしてやった。


 ガギンッ! と、硬いものを断つ音がすると巨大な蛇に似た鱗だらけの首が地響きを立てて地面に転がる。


「⋯⋯どわぁっっっ!!」
 落ちてくる青い血飛沫を避けるため、あたしは後ろに飛び退いた。

 気持ち悪っ!


「やりましたね、お嬢!」
 いつの間にかやってきたボーカがあたしの背後から叫ぶ。

 お仕着せの執事スーツはススで真っ黒になっていたがどうやら怪我はないようだ。


「ボーカ! 何故ここにいる! さっさと命じたブツを持ってこいっ!」
「お嬢を残して何かあったら──俺たちがオヤジさんに殺されますぜ!」
「アレを持ってきても半殺しだろうから結果は同じだろうが」
「⋯⋯久しぶりにお帰りになって、男を連れて帰って来たせいか、雰囲気が柔らかくなったというか、ちっとは何かが変わったかと思いましたが⋯⋯やっぱりお嬢はお嬢ですねぇ⎯⎯」
 ボーカが何やらモニョモニョ言ってたようだが、今はそこにツッコむ余裕はない。

「無駄口叩いてるヒマがあったら早く行け!」
「⋯⋯わかりましたよっ!」

 ボーカがあたしに背を向けたその時。

 複数の首がゴオッと大口を開け、燃えさかる炎をあたしたち目がけて吐き出した。


 生まれ出た無数の炎の塊が矢のよう解き放たれる。


「ちっ!」
 その炎をかいくぐり、再びあたしは化け物に接近すると地面を思いっきり蹴った。

 飛び上がり、手前の太い首元目がけて再び剣を突き上げる。



「グルルル──!!」
 化け物は吠えて七転八倒した。

 鱗に覆われた部分で刃が滑ったせいでさしたる深手を与えた訳ではなかったが、コイツなりに痛みを知覚したのだろう。

 唸り声をあげると今度はブンブンと丸太のような尾を振り回し、防御しはじめた。


「くっ⋯⋯!」
 辺りにモウモウと土ボコリがあがる。

「小賢しいマネを。一気に首を切り落としてやろうと思ったが⋯⋯」
 これでは視界が確保できない。
 あたしは一旦距離をとり、斬撃の手を休めることにした。


 化け物の尾が届かない場所まで下がると、
「お嬢! ご命令のモノを一応持ってきましたぜ⋯⋯」
 母屋の方角から渋い顔をしたボーカが闇の者たちを従え、台車を押してやって来るのが見えた。


「よし、待っていたぞ。では全員、風上からそれをヤツの頭を狙って投げろ。
 その金色のラベルが一番アルコール度数が高いぞ。じゃんじゃん行け!」
「お嬢⋯⋯本当にいいんですかい? 
 それ、オヤジさんの自慢の秘蔵コレクションですよね?」
 ボーカがこの後に及んで確かめるように言ってきた。

 ⋯⋯この小心者め!

「構わん。非常時だ。どうせこのままだとアイツに踏み潰されて倉庫ごと割れてしまっただろう。
 それ一本がちょうどお前らの給料一月分ぐらいだな。日頃のハゲオヤジへの鬱憤と共に遠慮なくドンドンぶん投げろ! 
 あとでオヤジには、あたしに命じられて嫌々やりましたと言えばいい」
 あたしのセリフにボーカは憮然たる表情で呟く。

「何故止めなかった、とオヤジさんが俺たちにキレる未来しか見えないんですが⋯⋯」
「その時は諦めろ! 行くぞ。3、2、1、GO!!」
 あたしが勢いよく天に右拳を突き上げると同時に黄金色の雨が化け物に降り注いだ。


「⋯⋯ロロロロ⋯⋯ン!」
 ギョロりとした赤い瞳にカスミがかかり、フラフラと首が左右に揺れはじめ⎯⎯。


 ズズズズ⋯⋯ンッ!!


 地響きを立て、その巨体は地面にひっくり返った。

「おおお───動きが止まったぞ!」
「よし! かかれ!」
 一斉に闇の者たちが化け物に踊りかかり、手際よく残った首を搔き切っていく。


「⋯⋯ありゃ。本当に酒が効くとは思わなかった」
 あたしが思わず上げた声にボーカが半目になった。

「お嬢は奴が酒に弱いって見破ってたんじゃないんですかい?」
「はぁ? こんな見た事もない化け物の弱点をあたしが知る訳ない」
「じゃあ一体、何故酒を⎯⎯」
 あたしの答えにボーカが疑問の眼差しを向けた。


「奏大が言ったからだ。根拠はない」
 キッパリと言い放ったあたしの言葉に、
「⋯⋯はぁ⋯⋯あんな訳のわからん若造のために俺達はオヤジさんの⎯⎯」
 ボーカは青い顔をして割れた酒瓶の山の前で座り込んだ。


 ⋯⋯ありゃ。まぁ、高いモノばかり派手に割っちゃったからねぇ。

 確かに。
 クソオヤジ、キレるだろうなぁ。

 ちょっと気の毒になってあたしはボーカに向かって心の中で手をあわせた。



 ⋯⋯しかし、この化け物。
 一体、どこから湧いて出たんだろ。

 このユッカで出る猛獣といえば、せいぜい北の森に住む大熊グリズリー程度のものだ。
 伝説や昔話の類なら、隣のイスキアに大蛇伝説があったような気もするが⋯⋯普通のデカい蛇の話だったような気がする。

「奏大の家で見たアニメというものでもこんなヤツ見た覚えはないしなぁ⋯⋯」
 奏大の家のリビングであたしがハマってたのは、若い男女が剣を振り回したり、怪しげな術を繰り出したりして、己の肉体でぶつかる話だった。


 うん。
 あれは分かりやすくて面白かった。

 思わずテーブルを叩き割ったり、クッションをぶち抜いてしまって奏大にえらく叱られてしまったが⋯⋯。


 あたしの知らないアニメとやらにさっき奏大が言っていた『ナンタラオロチ』は出ていたのだろうか。

「あらあら、マルちゃんは少年誌系ばかりねぇ」
 なんて奏大の姉の歌音に言われたのを思い出す。何となく避けてしまったが、キラキラしたおメメパッチリ美少女が出てくるヤツもちゃんと観ておくべきだったのかもしれない。


 そんな物思いに沈んでいたあたしにボーカがあるものを差し出した。
「お嬢! あの化け物の尾からこんなものが⋯⋯」

 それは鈍い光を放つ一振の長剣ロングソードだった。
 見慣れない薄い刃の鉄製の剣だ。


「あ、ここに何か彫ってありますぜ」
 それを見たあたしとボーカの視線がしばし、静かに交錯した。


「これって⎯⎯」
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

【完結】美しい人。

❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」 「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」 「ねえ、返事は。」 「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」 彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

処理中です...