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第三部
第3話 怪物
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あたしがため息をついていると、ルーチェがお茶を持ってきてくれた。
「お嬢様、ずいぶんとやわらかくなられましたね」
「へ?」
ポカン、と口をあけると彼女は苦笑した。
「特に奏大さまといらっしゃる時はすっかりリラックスした表情をしてみえますよ」
「そ、そうか?」
何だか顔が熱くなってしまった。
⋯⋯くそ。なんだ、これ。
確かに奏大と居ると妙に落ち着くんだが⋯⋯あぁ、何かこっちに来る前のことを思い出しちゃったじゃないか──。
その時。
「何の話?」
とのんきに奏大が部屋に戻ってきた。
⋯⋯男のくせにトイレが長いんだよ、奏大は!
「奏大さま、大丈夫でしたか?」
ルーチェは奏大に微笑んだ。
「あぁ、助かったよ。どうも扉ひとつ開けるのも勝手がわからなくて⋯⋯」
あ、そうか。
奏大の世界はセンサーやらボタンがやたらと多いもんな。
こちらは手動がメインだから確かに分かりにくいかもしれない。
⋯⋯よく気がついたな、ルーチェ。
「以前、リツコさまも戸惑ってみえましたからね」
ルーチェはあたしの視線に気づいたのかニコニコと答えた。
「そのリツコさまの事なのですが⋯⋯いきなりカルゾ邸に皆様でお迎えに行かれても驚かれることかと思いまして。先程、カルゾ公主様にこれから伺う旨の知らせを入れておきました。よろしゅうございましたか?」
「すまん。助かった。しかし、相変わらずそつがないな、ルーチェは」
あたしは感心して出来たメイドを心から褒めた。
「とんでもございません。お嬢様のお役に少しでも立てましたら幸いですわ」
「奏大のことは──-?」
「そこまではお伝えしておりません。ご自身でお伝えになられた方が良いかと」
ルーチェが優しい目であたしを見た。
⋯⋯あぁ、もう。優勝。
メイドの大会があったらルーチェの圧勝間違いなしだわ。
そんなバカなことをぼんやり考えていたら、
「──敵襲! 曲者だ!」
誰かの大声が響きわたった。
「お嬢様はここで。確認してまいります」
弾かれたようにルーチェが廊下に飛び出していく。
「⋯⋯イテテ。なんだ? こういうのって良くあることなのか?」
あたしに反射的に床に突き飛ばされた奏大が小声で尋ねた。
「まさか、こんなこと初めてだ」
床に伏せて耳をすますとバタバタと廊下を走る足音が聞こえる。床からは何かが爆発するような振動も伝わってきた。
「報告せよ、ボーカ! ガヴィ!」
あたしは声をはりあげると両手を派手にうち鳴らす。
「お嬢」
直ぐに天井から黒装束の男が音もなく現れた。
「ガヴィか。このゲンメに喧嘩を売ってきたのはどこの命知らずだ」
あたしの問いにガヴィは中庭をのぞむ窓を指さした。
「わかりません。あちらでボーカ達が応戦しておりますが、見たこともない──化け物のようです。お嬢の心当たりは?」
「あたしは化け物に知り合いなんぞない⋯⋯何だ、あれは!」
奏大も恐る恐る、あたしの後ろから覗き込む。
「⋯⋯!?」
あたしたちは、そこに信じられない光景を見た。
いつも暗く静まりかえり、無敵の警備を誇るゲンメ邸の中庭が真っ赤な炎に包まれている。その炎の真ん中で何か不気味な物体が蠢いていた。
それは、黒くて、ヌメヌメと光る無数の長いもの──。
「ちょっと⋯⋯あれは何!?」
あたしが叫ぶとガヴィは首を振りながら、あたしを守るように背中に庇って窓際に立った。
「わかりません。どこかの研究所から逃げた合成獣か何かかもしれませんが」
「は? 合成獣だって!?」
あたしは目を凝らして炎の中を見た。
巨大な身体から蛇のような頭が絡み合うように蠢き、息吹とともに真紅の炎を吐き出している。
「おい、マルサネ。大蛇の化け物──そうだな、オロチ。あれは俺にはヤマタノオロチのように見えるんだが⋯⋯」
奏大が炎を見つめながら呟いた。
「奏大、そのヤマなんとかって何だ?」
「あ? えっと⋯⋯」
奏大はどう説明しようかと迷うように口ごもった。
「適当にでいい。手短に話せ」
「わかった。えーっと、ヤマタノオロチは神話の時代の怪物だ。
頭が八つ、尾が八つある。谷を塞ぐような巨体で腹は血で真っ赤、確か目はほおずきのようにギラギラで、だったかな。
とにかく、人間の娘を食ってたドデカい化け物だよ」
「⋯⋯ふぅん」
あたしはこの手の昔話はあまり得意じゃない。
なんせ、読み聞かせをしてくれる親なしに育ったのだ。幼少期の愛読書は毒物図鑑と人体の仕組み絵図。歴史やら伝承やらはその辺の幼児の方が詳しいに違いない。
「ガヴィ、我が国でもそのような話を聞いた事はあるか?」
「いいえ」
あたしが言うとガヴィは首を横にふった。
「そうか。違うとは思うが──同一ならばどうやら人を喰らう化け物らしい。接近戦を避け、投擲で戦うようにボーカに伝えろ」
「⋯⋯承知」
あたしの命に従って走り出そうとしたガヴィを奏大がとめた。
「待った!」
「何だ?」
ギロリ、とガヴィが奏大の手を振り払う。
「もし、さっきのオロチと似ている化け物なら──弱点は酒だ。酒が好物で酔っ払うとヤツは寝てしまう。可能なら酒を用意してみてくれ」
真剣な瞳をした奏大の言葉にガヴィがあたしの方へ振り返る。
「お嬢」
「奏大の言う通りにしてくれ。酒は貯蔵庫にある親父殿のコレクションをバラ撒け。あたしが許す」
「⋯⋯やってみます」
ガヴィが出ていくとあたしはクローゼットを漁り、奏大に訓練用の胸当てを渡した。
「念の為、つけておいてくれ。
奏大はここで待機。あたしもあんな化け物相手に戦ったことはないから⋯⋯お前を守る自信がない」
「そのセリフ、女が言う台詞じゃねぇよ。それより、お前──まさか、あれと戦うつもりか?」
奏大が呆れたように言った。
「当たり前だ。ルーチェも、ボーカ達もウチの手勢が戦ってる。
あたしはこのゲンメの公女、マルサネ・ゲンメだ。あたしが戦わなくてどうする。あんな化け物、丸焼きにして食ってやるわ!」
あたしは未知の化け物への不安を振り払うようにお腹に力を入れると壁から大剣を外し、バルコニーから中庭へ一気に飛び降りた。
「お嬢様、ずいぶんとやわらかくなられましたね」
「へ?」
ポカン、と口をあけると彼女は苦笑した。
「特に奏大さまといらっしゃる時はすっかりリラックスした表情をしてみえますよ」
「そ、そうか?」
何だか顔が熱くなってしまった。
⋯⋯くそ。なんだ、これ。
確かに奏大と居ると妙に落ち着くんだが⋯⋯あぁ、何かこっちに来る前のことを思い出しちゃったじゃないか──。
その時。
「何の話?」
とのんきに奏大が部屋に戻ってきた。
⋯⋯男のくせにトイレが長いんだよ、奏大は!
「奏大さま、大丈夫でしたか?」
ルーチェは奏大に微笑んだ。
「あぁ、助かったよ。どうも扉ひとつ開けるのも勝手がわからなくて⋯⋯」
あ、そうか。
奏大の世界はセンサーやらボタンがやたらと多いもんな。
こちらは手動がメインだから確かに分かりにくいかもしれない。
⋯⋯よく気がついたな、ルーチェ。
「以前、リツコさまも戸惑ってみえましたからね」
ルーチェはあたしの視線に気づいたのかニコニコと答えた。
「そのリツコさまの事なのですが⋯⋯いきなりカルゾ邸に皆様でお迎えに行かれても驚かれることかと思いまして。先程、カルゾ公主様にこれから伺う旨の知らせを入れておきました。よろしゅうございましたか?」
「すまん。助かった。しかし、相変わらずそつがないな、ルーチェは」
あたしは感心して出来たメイドを心から褒めた。
「とんでもございません。お嬢様のお役に少しでも立てましたら幸いですわ」
「奏大のことは──-?」
「そこまではお伝えしておりません。ご自身でお伝えになられた方が良いかと」
ルーチェが優しい目であたしを見た。
⋯⋯あぁ、もう。優勝。
メイドの大会があったらルーチェの圧勝間違いなしだわ。
そんなバカなことをぼんやり考えていたら、
「──敵襲! 曲者だ!」
誰かの大声が響きわたった。
「お嬢様はここで。確認してまいります」
弾かれたようにルーチェが廊下に飛び出していく。
「⋯⋯イテテ。なんだ? こういうのって良くあることなのか?」
あたしに反射的に床に突き飛ばされた奏大が小声で尋ねた。
「まさか、こんなこと初めてだ」
床に伏せて耳をすますとバタバタと廊下を走る足音が聞こえる。床からは何かが爆発するような振動も伝わってきた。
「報告せよ、ボーカ! ガヴィ!」
あたしは声をはりあげると両手を派手にうち鳴らす。
「お嬢」
直ぐに天井から黒装束の男が音もなく現れた。
「ガヴィか。このゲンメに喧嘩を売ってきたのはどこの命知らずだ」
あたしの問いにガヴィは中庭をのぞむ窓を指さした。
「わかりません。あちらでボーカ達が応戦しておりますが、見たこともない──化け物のようです。お嬢の心当たりは?」
「あたしは化け物に知り合いなんぞない⋯⋯何だ、あれは!」
奏大も恐る恐る、あたしの後ろから覗き込む。
「⋯⋯!?」
あたしたちは、そこに信じられない光景を見た。
いつも暗く静まりかえり、無敵の警備を誇るゲンメ邸の中庭が真っ赤な炎に包まれている。その炎の真ん中で何か不気味な物体が蠢いていた。
それは、黒くて、ヌメヌメと光る無数の長いもの──。
「ちょっと⋯⋯あれは何!?」
あたしが叫ぶとガヴィは首を振りながら、あたしを守るように背中に庇って窓際に立った。
「わかりません。どこかの研究所から逃げた合成獣か何かかもしれませんが」
「は? 合成獣だって!?」
あたしは目を凝らして炎の中を見た。
巨大な身体から蛇のような頭が絡み合うように蠢き、息吹とともに真紅の炎を吐き出している。
「おい、マルサネ。大蛇の化け物──そうだな、オロチ。あれは俺にはヤマタノオロチのように見えるんだが⋯⋯」
奏大が炎を見つめながら呟いた。
「奏大、そのヤマなんとかって何だ?」
「あ? えっと⋯⋯」
奏大はどう説明しようかと迷うように口ごもった。
「適当にでいい。手短に話せ」
「わかった。えーっと、ヤマタノオロチは神話の時代の怪物だ。
頭が八つ、尾が八つある。谷を塞ぐような巨体で腹は血で真っ赤、確か目はほおずきのようにギラギラで、だったかな。
とにかく、人間の娘を食ってたドデカい化け物だよ」
「⋯⋯ふぅん」
あたしはこの手の昔話はあまり得意じゃない。
なんせ、読み聞かせをしてくれる親なしに育ったのだ。幼少期の愛読書は毒物図鑑と人体の仕組み絵図。歴史やら伝承やらはその辺の幼児の方が詳しいに違いない。
「ガヴィ、我が国でもそのような話を聞いた事はあるか?」
「いいえ」
あたしが言うとガヴィは首を横にふった。
「そうか。違うとは思うが──同一ならばどうやら人を喰らう化け物らしい。接近戦を避け、投擲で戦うようにボーカに伝えろ」
「⋯⋯承知」
あたしの命に従って走り出そうとしたガヴィを奏大がとめた。
「待った!」
「何だ?」
ギロリ、とガヴィが奏大の手を振り払う。
「もし、さっきのオロチと似ている化け物なら──弱点は酒だ。酒が好物で酔っ払うとヤツは寝てしまう。可能なら酒を用意してみてくれ」
真剣な瞳をした奏大の言葉にガヴィがあたしの方へ振り返る。
「お嬢」
「奏大の言う通りにしてくれ。酒は貯蔵庫にある親父殿のコレクションをバラ撒け。あたしが許す」
「⋯⋯やってみます」
ガヴィが出ていくとあたしはクローゼットを漁り、奏大に訓練用の胸当てを渡した。
「念の為、つけておいてくれ。
奏大はここで待機。あたしもあんな化け物相手に戦ったことはないから⋯⋯お前を守る自信がない」
「そのセリフ、女が言う台詞じゃねぇよ。それより、お前──まさか、あれと戦うつもりか?」
奏大が呆れたように言った。
「当たり前だ。ルーチェも、ボーカ達もウチの手勢が戦ってる。
あたしはこのゲンメの公女、マルサネ・ゲンメだ。あたしが戦わなくてどうする。あんな化け物、丸焼きにして食ってやるわ!」
あたしは未知の化け物への不安を振り払うようにお腹に力を入れると壁から大剣を外し、バルコニーから中庭へ一気に飛び降りた。
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