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第一部

第44話 複雑なココロ!

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 サラック様の声だ……!
 間違いない。

 私は恋しくて仕方がなかった声が聞こえた嬉しさよりも、反射的な恐怖で足がすくんだ。


 だって……、今の姿は私。
 十代のマルサネの姿じゃない。

 本当の私の姿を見て、ガッカリされたら……?
 拒絶されたら……立ち直れるだろうか。

 
 そんな事ばかりがグルグル頭に浮かぶ。

 だから、バタバタと駆け込んできたサラック様から隠れるように、私は近くの柱の陰に思わずしゃがみこんでしまった。


「……ハアッ…ハッ……!」
 全速力で走ってきたせいか、サラック様はゼイゼイ息を切らし、ソーヴェ様の前で膝に手をついて肩を上下させる。 

「あら?寝込んでたわりに、早かったわねぇ」
 ソーヴェ様がタオルをサラック様に投げつけた。

「……お前が変な連絡寄越すから、走ってきたんだろうが」
 サラック様はタオルを握り締め、恨めしそうにソーヴェ様を見た。

「誰も走って来いとは言ってないけど?」
「即、カルゾ邸に来ないと歌姫の幻は消えるかも、なんて意味不明なメッセージを寄越したのは誰だ……」
「あら、ちゃんと誰のことか分かったなら良いじゃないのよ」
「良くない!彼女はどこだ!! 」


 唾を飛ばさんばかりに詰め寄るサラック様に厭な顔をして、ソーヴェ様が身をよじって飛び退いた。 
「うわ、汚ったないわねぇ。せかさないでよ。でも思ったより元気じゃないの。今朝アスティが大公が寝込んでサボってるから何とかしてくれ、って言ってきたんだけど?」
「人聞きの悪いことを。風邪をちょっとこじらせただけだろ……」 


 な~んだ、風邪だったのね。
 まぁ、私のことぐらいでさすがに寝込むわけないか。
 
 柱の陰で内心、ちょっとガッカリする私。
 私と同じぐらい、恋煩いの状態でいて欲しかったというのは私の身勝手だとは分かっていたんだけど……。


「真夜中に薄着でボーッと月を見ながら、酔っぱらって誰かさんの名前をバカみたいに連呼しながら寝ちゃって、無様に風邪をひいたって話なら聞いてるけどね?」
 意地悪そうに言うソーヴェ様をサラック様が睨みつける。
「……知ってるならワザワザ言うな……!」


 酔って寝落ちして風邪をひいたんだ……。
 結局、ちょっとイマイチ締まらない感じなのね~、サラック様って。

 だけど、誰かの名前を呼んでたって……?

 やっぱり、多少は私のことを気にしてくれてたと自惚れても良いんだろうか。


「酔って寝落ちとかサイテー。もう良い年のオジサンなんだから落ち着きなさいよね。まぁ、とりあえずここに座ったら?」
 ソーヴェ様が、ずっと突っ立ったままのサラック様に椅子をすすめた。

「……あぁ?誰がオジサンだって……?」
「あんたのことよ。全く、ちょっと走っただけでハアハア言っちゃって。ウチで鍛え直してさしあげましてよ?」
「いや、全力で遠慮。もういい加減、本来の目的を果たさせてもらうぞ」
 サラック様はすすめられた椅子には座らず、ぐるっと周りを見回し、挙動不審な様子で辺りを歩き回りはじめた。

「お好きにしたらいいわ。騒ぎ立てる割には本当、鈍いんだから」
 ソーヴェ様はそれを止めることはせず、私の方を見てバチっと音がするようなウィンクを寄越した。


 さすがにサラック様も、それで隠れるように柱の陰に座り込んでいた私に気づいたようだ。
「ここに居たのか……」


 そして、ゆっくりと私の前にやって来ると、視線を合わすようにしゃがみこんだ。


「君は……、リツコ?」

「はい」
 私は座り込んで俯いたまま、頷いた。 


「顔を見せてくれないか?」
「……」
 そんなこと、言われてもムリだ。
 もう、視界が滲んで鼻の奥がつーん、とする。上を向いたらきっと、涙が溢れてしまう……。


「リツコ……」
 心地良い優しい低音が私の耳にこだまする。
「ずっと逢いたかったんだ、君に」

 じんわりと涙だけでなく、熱いものが私の胸に広がっていく。

 いつまでもこうしてても仕方がない。
 私は意を決すると、顔をあげてサラック様を真っ直ぐ見つめて答えた。
「私も……です」


「良かった……!」
 ホッとしたように私を見つめ返すサラック様は、へにゃっと、柔らかく蕩けるような笑顔を浮かべた。


 サリアさんといつか見た、変わらない笑顔。
 結婚前に庭園でルガーナ様に向けられていたものと同じモノ……!

 一国の大公という責務を背負って来てもなお、この人の笑顔は変わらないんだろうか。


 チリチリと胸を刺すような複雑な思いに後押しされて、私は泣き笑いのような、人にはとても見せられないグシャグシャの顔でサラック様の胸にとびこんだ。


 がっしりとした大きな身体が、初めてリツコだと告白した夜と同じようにあたたかく私を受けとめて、包み込む。

「リツコ。……戻ってきてくれて、ありがとう」
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