アラフォーの悪役令嬢~婚約破棄って何ですか?~

七々瀬 咲蘭

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第一部

第34-6話 真紅の月!

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「何をしているっ……!」
 サリアの手を太い腕がガッシリ掴んで、力強くバルコニーの上に引きあげた。

「タウラージ……」
 ギュッと閉じていた目を開いて、サリアは自分を死からすくいあげた男を見た。

「死ぬのは簡単だ。何時でも、誰でも一瞬で死ぬ。それは王でも、虫けらでも同じだ」
「……私……私は……」
「本当に死にたいなら、死んだこともわからないぐらい、一瞬で息を止めてやる。ゲンメの女なら、俺ならそれが可能なことは知っているだろう?」
 タウラージは淡々と表情を変えず、サリアに語りかける。まるで、明日の天気を語るかのように。

「本心から死にたかったわけじゃないわ。苦しかったのよ。どうしていいか、わからなかった」
  サリアは俯いたまま、低い声で呟いた。
「……明日の婚礼は、さぞルガーナ様は綺麗なことでしょうね。幸せで、皆に祝福されて……」

「お前、やっぱりそんな事で……?」
「ええ、そんな事よ!私の未来はね!いつ死ぬかわからない恐怖に怯えながら、医療センターで管に繋がれて、機械に生かされるだけの身になり果てることなの!
 私が一生着ることのない、きらびやかな婚礼衣装を褒めたたえて、キラキラとした幸せいっぱいの新郎新婦を笑顔で祝福することなんか、今の私にできるわけないじゃない……」
 下を向いたまま、吐き捨てるように心情を吐露するサリアの細い肩が震える。

「婚礼前夜に死んで、ルガーナにケチをつけるつもりか?」
 いつもと変わらぬ仏頂面のタウラージ。
「そんな……そんなつもりはなかったわ」
 萎れた花のように、俯くサリア。

「ごめんなさい。あなたの大事な義姉の婚礼前に……」
「大事か……そうだな。大公妃になるんだ。ルガーナはゲンメにとって、先のゲンメ大公の直系。血筋としては大事だろうな」
「そういう意味じゃなくて……」
「昼間言ってたような俺が、アイツを思ってるって話か?……婚礼前夜にする話には似つかわしくないが……俺はアイツをずっと以前から憎んでいたよ」
「え……ウソ。全然そんな……」
「お前は人が良いからな。先のゲンメ大公、オヤジ殿は何よりもルガーナだけが大切だった。最初から俺は、ルガーナを守る使い捨ての駒に過ぎなかった」
「……」
「ルガーナを守るためだけに、俺は幼い頃に母と引き離されて、死なない程度に毒を飼われ、それが効きすぎて何度も生死の境を漂った。……そうだな、さっきは直ぐに死ねるといったが、なかなか人は苦しくてもくたばらないもんだぞ。生きたい、という何かがあればな」
「……何かがあれば?」
 呟くようにサリアはタウラージのセリフを繰り返す。

「大公の息子でもあるのに闇として、昼夜問わず闇の技量を仕込まれた俺が、あの頃何を支えに生きていたか知ってるか?」
 サリアは無言で首をふった。

「あの頃は本当に子どもだったわ。時々会う、あなたの暗い目が怖くて、私は近寄れなかった」
「怖い、か。動物的な本能だな。正解だ。俺はあの頃、お前ら……ゲンメの大公を含めていつか、この手でルガーナを殺すことだけを支えに生きていたからな」
 タウラージの告白にサリアは大きな黒曜石のような瞳を見開いて、たじろいだ。

「……今も?」
「さぁ、どうなんだろうな。もうあのオヤジは死に、ヤツに大事に閉じ込められていたルガーナは解放された。今は俺もルガーナもヤツの被害者だと認識してるが、人の想いはそれほど劇的には変わらない」
「そんな……じゃあ……?」
「俺もお前と同じだ、サリア。サングリアも含めて真っ直ぐに陽の光を浴びて、キラキラ輝くあいつらは、俺には眩しくて仕方ないんだ。
 ゲンメ公でさえなければ、出来るものならアイツらの婚礼など見たくはない」
「タウラージ……」

「なぁサリア……お前の命、要らないなら俺にくれ」
「それはどういう?」
 弾かれたようにタウラージを見つめるサリア。
「そういう意味だよ」
 彼には珍しく照れた様子で、そっと自分の胸にサリアを抱き寄せた。
  
「でも、私……一年も生きられないって……」
 サリアは真っ赤になって、タウラージの胸の中から彼を見上げた。
「ヤブ医者の言うことを真に受ける必要なんてない。言っただろ。生きたい、という思いさえあればいくらでも生きていられるんだ。サリア、お前はどうしたいんだ。生きたいのか?死にたいのか?」

「……生きたい……私はまだ生きていたいのっ……!」
「決まりだな。もうお前の命は俺が貰った。俺のものだ。死にたいと言われても、絶対に勝手に死なせないから覚悟するがいい」
 サリアは、タウラージの耳が赤くなっているのを見て、思わず笑った。

「さっきまで泣いていたヤツが何を笑っている?」
 タウラージがぎこちなくサリアの目尻にたまっていた涙を指で拭いた。

「ねぇ、見て。月が……」 
「あぁ、今夜は……」

  妖しい月光が、バルコニーで寄り添っている二人の影を照らし出す。

「「真紅の月ブラッディムーン」」
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