42 / 150
第一部
第34-6話 真紅の月!
しおりを挟む
「何をしているっ……!」
サリアの手を太い腕がガッシリ掴んで、力強くバルコニーの上に引きあげた。
「タウラージ……」
ギュッと閉じていた目を開いて、サリアは自分を死からすくいあげた男を見た。
「死ぬのは簡単だ。何時でも、誰でも一瞬で死ぬ。それは王でも、虫けらでも同じだ」
「……私……私は……」
「本当に死にたいなら、死んだこともわからないぐらい、一瞬で息を止めてやる。ゲンメの女なら、俺ならそれが可能なことは知っているだろう?」
タウラージは淡々と表情を変えず、サリアに語りかける。まるで、明日の天気を語るかのように。
「本心から死にたかったわけじゃないわ。苦しかったのよ。どうしていいか、わからなかった」
サリアは俯いたまま、低い声で呟いた。
「……明日の婚礼は、さぞルガーナ様は綺麗なことでしょうね。幸せで、皆に祝福されて……」
「お前、やっぱりそんな事で……?」
「ええ、そんな事よ!私の未来はね!いつ死ぬかわからない恐怖に怯えながら、医療センターで管に繋がれて、機械に生かされるだけの身になり果てることなの!
私が一生着ることのない、きらびやかな婚礼衣装を褒めたたえて、キラキラとした幸せいっぱいの新郎新婦を笑顔で祝福することなんか、今の私にできるわけないじゃない……」
下を向いたまま、吐き捨てるように心情を吐露するサリアの細い肩が震える。
「婚礼前夜に死んで、ルガーナにケチをつけるつもりか?」
いつもと変わらぬ仏頂面のタウラージ。
「そんな……そんなつもりはなかったわ」
萎れた花のように、俯くサリア。
「ごめんなさい。あなたの大事な義姉の婚礼前に……」
「大事か……そうだな。大公妃になるんだ。ルガーナはゲンメにとって、先のゲンメ大公の直系。血筋としては大事だろうな」
「そういう意味じゃなくて……」
「昼間言ってたような俺が、アイツを思ってるって話か?……婚礼前夜にする話には似つかわしくないが……俺はアイツをずっと以前から憎んでいたよ」
「え……ウソ。全然そんな……」
「お前は人が良いからな。先のゲンメ大公、オヤジ殿は何よりもルガーナだけが大切だった。最初から俺は、ルガーナを守る使い捨ての駒に過ぎなかった」
「……」
「ルガーナを守るためだけに、俺は幼い頃に母と引き離されて、死なない程度に毒を飼われ、それが効きすぎて何度も生死の境を漂った。……そうだな、さっきは直ぐに死ねるといったが、なかなか人は苦しくてもくたばらないもんだぞ。生きたい、という何かがあればな」
「……何かがあれば?」
呟くようにサリアはタウラージのセリフを繰り返す。
「大公の息子でもあるのに闇として、昼夜問わず闇の技量を仕込まれた俺が、あの頃何を支えに生きていたか知ってるか?」
サリアは無言で首をふった。
「あの頃は本当に子どもだったわ。時々会う、あなたの暗い目が怖くて、私は近寄れなかった」
「怖い、か。動物的な本能だな。正解だ。俺はあの頃、お前ら……ゲンメの大公を含めていつか、この手でルガーナを殺すことだけを支えに生きていたからな」
タウラージの告白にサリアは大きな黒曜石のような瞳を見開いて、たじろいだ。
「……今も?」
「さぁ、どうなんだろうな。もうあのオヤジは死に、ヤツに大事に閉じ込められていたルガーナは解放された。今は俺もルガーナもヤツの被害者だと認識してるが、人の想いはそれほど劇的には変わらない」
「そんな……じゃあ……?」
「俺もお前と同じだ、サリア。サングリアも含めて真っ直ぐに陽の光を浴びて、キラキラ輝くあいつらは、俺には眩しくて仕方ないんだ。
ゲンメ公でさえなければ、出来るものならアイツらの婚礼など見たくはない」
「タウラージ……」
「なぁサリア……お前の命、要らないなら俺にくれ」
「それはどういう?」
弾かれたようにタウラージを見つめるサリア。
「そういう意味だよ」
彼には珍しく照れた様子で、そっと自分の胸にサリアを抱き寄せた。
「でも、私……一年も生きられないって……」
サリアは真っ赤になって、タウラージの胸の中から彼を見上げた。
「ヤブ医者の言うことを真に受ける必要なんてない。言っただろ。生きたい、という思いさえあればいくらでも生きていられるんだ。サリア、お前はどうしたいんだ。生きたいのか?死にたいのか?」
「……生きたい……私はまだ生きていたいのっ……!」
「決まりだな。もうお前の命は俺が貰った。俺のものだ。死にたいと言われても、絶対に勝手に死なせないから覚悟するがいい」
サリアは、タウラージの耳が赤くなっているのを見て、思わず笑った。
「さっきまで泣いていたヤツが何を笑っている?」
タウラージがぎこちなくサリアの目尻にたまっていた涙を指で拭いた。
「ねぇ、見て。月が……」
「あぁ、今夜は……」
妖しい月光が、バルコニーで寄り添っている二人の影を照らし出す。
「「真紅の月」」
サリアの手を太い腕がガッシリ掴んで、力強くバルコニーの上に引きあげた。
「タウラージ……」
ギュッと閉じていた目を開いて、サリアは自分を死からすくいあげた男を見た。
「死ぬのは簡単だ。何時でも、誰でも一瞬で死ぬ。それは王でも、虫けらでも同じだ」
「……私……私は……」
「本当に死にたいなら、死んだこともわからないぐらい、一瞬で息を止めてやる。ゲンメの女なら、俺ならそれが可能なことは知っているだろう?」
タウラージは淡々と表情を変えず、サリアに語りかける。まるで、明日の天気を語るかのように。
「本心から死にたかったわけじゃないわ。苦しかったのよ。どうしていいか、わからなかった」
サリアは俯いたまま、低い声で呟いた。
「……明日の婚礼は、さぞルガーナ様は綺麗なことでしょうね。幸せで、皆に祝福されて……」
「お前、やっぱりそんな事で……?」
「ええ、そんな事よ!私の未来はね!いつ死ぬかわからない恐怖に怯えながら、医療センターで管に繋がれて、機械に生かされるだけの身になり果てることなの!
私が一生着ることのない、きらびやかな婚礼衣装を褒めたたえて、キラキラとした幸せいっぱいの新郎新婦を笑顔で祝福することなんか、今の私にできるわけないじゃない……」
下を向いたまま、吐き捨てるように心情を吐露するサリアの細い肩が震える。
「婚礼前夜に死んで、ルガーナにケチをつけるつもりか?」
いつもと変わらぬ仏頂面のタウラージ。
「そんな……そんなつもりはなかったわ」
萎れた花のように、俯くサリア。
「ごめんなさい。あなたの大事な義姉の婚礼前に……」
「大事か……そうだな。大公妃になるんだ。ルガーナはゲンメにとって、先のゲンメ大公の直系。血筋としては大事だろうな」
「そういう意味じゃなくて……」
「昼間言ってたような俺が、アイツを思ってるって話か?……婚礼前夜にする話には似つかわしくないが……俺はアイツをずっと以前から憎んでいたよ」
「え……ウソ。全然そんな……」
「お前は人が良いからな。先のゲンメ大公、オヤジ殿は何よりもルガーナだけが大切だった。最初から俺は、ルガーナを守る使い捨ての駒に過ぎなかった」
「……」
「ルガーナを守るためだけに、俺は幼い頃に母と引き離されて、死なない程度に毒を飼われ、それが効きすぎて何度も生死の境を漂った。……そうだな、さっきは直ぐに死ねるといったが、なかなか人は苦しくてもくたばらないもんだぞ。生きたい、という何かがあればな」
「……何かがあれば?」
呟くようにサリアはタウラージのセリフを繰り返す。
「大公の息子でもあるのに闇として、昼夜問わず闇の技量を仕込まれた俺が、あの頃何を支えに生きていたか知ってるか?」
サリアは無言で首をふった。
「あの頃は本当に子どもだったわ。時々会う、あなたの暗い目が怖くて、私は近寄れなかった」
「怖い、か。動物的な本能だな。正解だ。俺はあの頃、お前ら……ゲンメの大公を含めていつか、この手でルガーナを殺すことだけを支えに生きていたからな」
タウラージの告白にサリアは大きな黒曜石のような瞳を見開いて、たじろいだ。
「……今も?」
「さぁ、どうなんだろうな。もうあのオヤジは死に、ヤツに大事に閉じ込められていたルガーナは解放された。今は俺もルガーナもヤツの被害者だと認識してるが、人の想いはそれほど劇的には変わらない」
「そんな……じゃあ……?」
「俺もお前と同じだ、サリア。サングリアも含めて真っ直ぐに陽の光を浴びて、キラキラ輝くあいつらは、俺には眩しくて仕方ないんだ。
ゲンメ公でさえなければ、出来るものならアイツらの婚礼など見たくはない」
「タウラージ……」
「なぁサリア……お前の命、要らないなら俺にくれ」
「それはどういう?」
弾かれたようにタウラージを見つめるサリア。
「そういう意味だよ」
彼には珍しく照れた様子で、そっと自分の胸にサリアを抱き寄せた。
「でも、私……一年も生きられないって……」
サリアは真っ赤になって、タウラージの胸の中から彼を見上げた。
「ヤブ医者の言うことを真に受ける必要なんてない。言っただろ。生きたい、という思いさえあればいくらでも生きていられるんだ。サリア、お前はどうしたいんだ。生きたいのか?死にたいのか?」
「……生きたい……私はまだ生きていたいのっ……!」
「決まりだな。もうお前の命は俺が貰った。俺のものだ。死にたいと言われても、絶対に勝手に死なせないから覚悟するがいい」
サリアは、タウラージの耳が赤くなっているのを見て、思わず笑った。
「さっきまで泣いていたヤツが何を笑っている?」
タウラージがぎこちなくサリアの目尻にたまっていた涙を指で拭いた。
「ねぇ、見て。月が……」
「あぁ、今夜は……」
妖しい月光が、バルコニーで寄り添っている二人の影を照らし出す。
「「真紅の月」」
0
お気に入りに追加
142
あなたにおすすめの小説

婚約したら幼馴染から絶縁状が届きました。
黒蜜きな粉
恋愛
婚約が決まった翌日、登校してくると机の上に一通の手紙が置いてあった。
差出人は幼馴染。
手紙には絶縁状と書かれている。
手紙の内容は、婚約することを発表するまで自分に黙っていたから傷ついたというもの。
いや、幼馴染だからって何でもかんでも報告しませんよ。
そもそも幼馴染は親友って、そんなことはないと思うのだけど……?
そのうち機嫌を直すだろうと思っていたら、嫌がらせがはじまってしまった。
しかも、婚約者や周囲の友人たちまで巻き込むから大変。
どうやら私の評判を落として婚約を破談にさせたいらしい。

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした
珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。
色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。
バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。
※全4話。

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない
おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。
どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに!
あれ、でも意外と悪くないかも!
断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。
※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる