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第一部

第34-1話 真紅の月!☆

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「……マル……ネ、……ルサ……ネ?」

 誰かが呼んでいる。

 遠い……遠いところから私に呼びかけてくる声。

「貴女は誰?」
 ベッドから身を起こすと、ベットリと額に張りつく髪の毛。
 凄い寝汗だ。気持ち悪い……。

「おい……で?」
「……こっちよ……」

 女の声?
 聞き覚えのない声だ。透明感のある壊れそうな、か細い声。

「おいで、マルサネ」
 今度はハッキリ聞こえた。
 私を呼んでいる?

 今の時刻はまだ深夜。部屋の中は灯りが落とされて、ほぼ真っ暗。

 窓に目をやると、カーテンの隙間からぼんやりとした淡い光がさしこんでいるのが見えた。


 月光?

 そうだ、今夜はラズベリー・ムーン。
 赤い満月が夜空に輝く日。
 片思い乙女が願いをこめて祈ると、甘酸っぱい初恋が実ると言われているらしい。

 そんな乙女チックな話も、0時を境に赤い満月は違う顔を見せる。

 もう一つの顔は、黄泉の国から血色の月を扉にして、死者が現世にやってくるという忌むべきブラッディ・ムーン。

 だから、ルーチェに今夜は扉を開けて寝てはいけない、と言われてたんだった。

 でもさすがに残暑厳しいこの時期に、扉を全て閉めきって寝ると寝苦しい。

  
 声に誘われるように、バルコニーに通じる両開きの大きな扉を開ける。


 ひゅおぅぅ~。

 
 バルコニーに出ると風が顔に当たり、汗ばんだ肌には気持ちいい。
 私は思わず、目を細めた。


「本当に真っ赤……」
 南の空には、少し欠けてはいるが、まるで血を連想させるような色鮮やかな赤い月。スーパームーン後なので、迫ってくるような迫力だ。

 まさにブラッディ・ムーンという名の通り、見ているだけで漠然とした不吉な予感で心がざわつく。
 形にならない不安にとらわれて、あんなに暑かった身体が震える。

「気持ち悪い……」

 でも、視線を外すことはできない。

 その妖しい月の光に魅せられたように、月を見上げて立ち尽くしていると、突如、生温い風がビューッと勢い良く吹きつけてきた。
 
「……う、ぷっ……」
 思わず両腕を顔前でクロスさせ、風をガードする。


「……よく来た……わね……」
 今度はよりハッキリと目の前でさっきの声がした。

 腕を降ろすと、空中に薄ぼんやりとした赤い光に包まれて、線の細い少女が浮かんでいるのが見える。
 
 白いドレスに包まれ、どちらかと言えば痩せ型のすらりとした、黒髪の少女。
 洋装だが、どことなく日本人形を連想させるような見事な黒髪。整った顔立ちに表情はなく、まるで能面のような印象を受けた。


「私はサリア。貴女に見せたいものがあるの……」

 サリア……?

 さっき、ハゲ狸からマルサネが三歳の時に亡くなった、って聞いたばかりのマルサネのお母さん?

 死者の国から、マルサネに会いに来たのかしら? 
 でも、私は……。

「おいで」
 サリアが空中に手招きする。

「私はマルサネじゃない……」
 拳を握りしめ、絞り出すように私は呟いた。


「構わないわ。ではリツコ、と呼べばいいかしら」
 手を差し伸べるサリア。
 
 私はリツコ、と呼ばれて思わず、食い入るようにサリアを見つめた。

「私を知ってるの?……私も、死者だから?」

 そう。
 私もサリアと同類。

 過去の亡霊みたいなものだろうか。

「もちろん、知ってるわ。そして貴女は死者ではなくてよ。今はね
 

今は?」
「もう時が移るわ。いいから来て……」

 
 気がつくと、フワッと身体が浮いていた。

  
 いや、浮いたわけじゃない。
 正確にはバルコニーに立つマルサネの姿を空中から見下ろしていた。

「……うわぁっ!!」

 幽体離脱?
 マルサネから出たなら、これが正しい姿なの?!

 私はこれから、サリアに死者の国に連れていかれるのかしら?

 それにしても、ピー⚪ーパンみたいね。小さい頃から空を飛びたいと思ってたから念願が叶ったわ~。

 って……言ってる場合?!
 私、死んじゃってるけどね……!
 いや、マルサネ的には死んでないのか?どっちだ~い。


 私はプチパニック状態に陥り、溺れた人のように空中で両手をグルグル振り回した。


「掴まって」
 気がつくとサリアに両手をとられ、視界が暗転した。
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