アラフォーの悪役令嬢~婚約破棄って何ですか?~

七々瀬 咲蘭

文字の大きさ
25 / 150
第一部

第24話 涙の全力疾走!

しおりを挟む
「リツコ…?」
「はい」
 私はふわっと大きな胸に抱きしめられた。

  へ…?
  なんで…?

「今までよく頑張ったな、リツコ」
 大人の色気たっぷりの低音が甘く私の耳元で響く。
「それは、どういう…?」
 かぁっと耳に熱が集まってきた。
 うわぁ、いい声の威力、半端ない!

 思わず声の主を見上げると、エスト大公サラックはその穏やかな瞳をすっと細めて、少し私を身体から離すとやわらかく私に微笑みかけた。

「言葉通りだが?」
「え…?」
「公女とはいえ、マルサネは誰がどうみても入れ替わって楽に暮らせる者ではない。ミスターユッカとのやりとりや先程の見事な歌が本来の君ならば、辛いことが多かっただろう」
「サラックさま…」
 目の前の温かい胸に私は自分から飛び込んで顔を埋めた。

 胸の奥から今まで、閉じ込めて触れないようにしていた感情が吹き出してくるのを押さえられない。
 優しく背中と頭を撫でられ、気がつくと涙が私の頬を伝っていた。


 この人には、本当の私を知ってもらいたい…。
  
 ルーチェにも誰にも言えなかったことを、目の前のユッカ大公…サラックに気がつくと洗いざらいぶちまけていた。

 本当の自分は40代で、子どもが3人居ること。
 子どもはこの世界では成人の年齢になってきたので、手はかからなくなってきたこと。
 それなりに仲の良かった夫は仕事中、事故で急に亡くなったこと。
 労災で何とか家族は生活できたが、急に家族を亡くした経験やその時に関わった人の紹介で、突然不慮の死などに直面した人のサポートをする仕事をしていること。
 忙しい毎日の中で慌てて、買い物に行ったらそこで頭を打ったらしく、気がついたらマルサネになっていたこと。

 そして、この状況を考えないようにしてたけど、誰にも言えなくて、実はずっと一人不安で、不安で仕方なかったこと…! 

 サラックに優しく抱きしめられた胸の中で、しゃくりあげ鼻水を垂らし、涙と涎でベトベトになって私は子どものようにわんわん泣いた。


 大人になってからも、私はこんなに泣いたことなんかない。

 夫が現場で事故に巻き込まれて亡くなった時は、三人の子どもを抱えて茫然とするだけだった。あの時でさえ、涙は出なかったのに…。
 
 サラックは労災だ、メンタルケアだと泣きながら、解らない単語を並べ立てる私の背中を穏やかにゆっくり宥めるようにさすりながら聞いてくれていた。

「少しは落ち着いた?」
「は、はい。本当にすみません…」
 サラックから渡されたタオルで顔を拭いた。申し訳なくてタオルから顔があげられない。

「格好良く私は最初から気づいていたよ、と言いたいけど種明かしをすると、私に君のことを教えたのは私の息子なんだ」
「ウィル…。ウィルブラン様には、私…、中身はマルサネではない、お前は誰だと初対面で言われました」
「それは…、あれが奴らに捕まって君が逃がしてくれた時の話だね。わが息子ながら、鋭過ぎて…恩人に向かって配慮に欠けることを言ったようだね。すまない」
 サラックは眉を下げ、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
 才能豊かで見目麗しい末子のウィルを大公が溺愛しているのはこの国では有名な話。ウィルも大公には信頼して何でも報告しているのだろう。
 …例えば、私のことも。
 
 私のことは国主として、銀の公子からの報告で構ってくれたに過ぎないのでは?先程のことも義務感からじゃないだろうか…という思いがよぎる。

「いいえ、サラックさま。この世界で私は初めて自分は律子だと他人に名乗りましたが、それをウィルブラン様は真摯に受け止めて聞いてくれました。
 あの時も、犯人がやってくるのをいち早く察知して、私だけ先に逃がしてくれました。充分過ぎるぐらい、配慮していただきましたわ。素敵な息子さんをお持ちで羨ましいです」
「貴女は優しい人だな、リツコ」
「そんなことは…」
 私は首をふった。親子で同じセリフなんだな、と泣き疲れてボンヤリする頭で思った。

「私を買い被らないで下さい、サラックさま。私は優しくなんかありません」
「リツコ。なぜ、急にそんなことを?リエージュもリツコも私には心優しい人に感じたが、貴女はどうしてそれを否定したいの?」
 穏やかなまま、サラックは幼い子をあやすような口調で私に問いかける。

「サラックさま。私は、ヒドい醜い人間です。マルサネは18歳。私は彼女より長く生きてきた人間なのに、私はマルサネの人生を奪って存在しています。
 最初は夢かと思ったのです。元の世界に戻ろうと頭を自ら打ちつけたこともありました。でも戻れませんでした。
 今は、もう少しここの世界にいたい、戻りたくないと身勝手に思う自分がいます。貴方に優しいと言って頂ける資格は私にはありません…」
 私は指の色が変わるほど持っていたタオルを握りしめると、一礼して小部屋から走り出た。


 サラックが何か言ったようだったが、夢中で飛び出した私の耳には聞きとれなかった。

 夜会の招待客も奥の部屋から猛然と飛び出してきた私を呆気にとられて見送るばかり。ドレスを着ている人間とは思えない、陸上選手のように猛スピードで走り去っていく私を誰も止めることはできなかった。

§                       §                        §

 帰りの馬車で一人にして欲しい、とワガママを言う私にルーチェは黙って上着をかけて、自分は御者台に移動してくれた。
 
 ルーチェは優しい。
 サラックも優しい。

 やっぱり、優しくないのは、私。


 だって、私。
 
 私を抱きしめて、背中をさすってくれた温もり…。手放したくないって思ってしまった。

 
 人は欲しいものがあると優しくはなれない。
 今は、マルサネにこの身体を返したくない。

 そんなことを考えてしまう私はやっぱり、悪役なのかもしれない。
 いずれ、「ざまぁ」とやらをされるのだろうか。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる

鷹 綾
恋愛
永遠の十七歳―― それは祝福ではなく、三百年続く“呪い”だった。 公には「名門イソファガス家の孫娘」として知られる少女キクコ。 だがその正体は、歴史の裏側で幾度も国を救ってきた不老の元聖女であり、 王家すら真実を知らぬ“生きた時代遺産”。 政治も権力も、面倒ごとは大嫌い。 紅茶と読書に囲まれた静かな余生(?)を望んでいたキクコだったが―― 魔王討伐後、王位継承問題に巻き込まれたことをきっかけに、 まさかの王位継承権十七位という事実が発覚する。 「……私が女王? 冗談じゃないわ」 回避策として動いたはずが、 誕生した新国王アルフェリットから、なぜか突然の求婚。 しかも彼は、 幼少期に命を救われた“恩人”がキクコであることを覚えていた―― 年を取らぬ姿のままで。 永遠に老いない少女と、 彼女の真実を問わず選んだ自分ファーストな若き王。 王妃になどなる気はない。 けれど、逃げ続けることももうできない。 これは、 歴史の影に生きてきた少女が、 はじめて「誰かの隣」を選ぶかもしれない物語。 ざまぁも陰謀も押し付けない。 それでも―― この国で一番、誰よりも“強い”のは彼女だった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...