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第一部

第3話 シナリオって何?☆

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「退屈ですわね」
 私の目の前に座る女が毒々しい紫色に塗られた唇をゆっくりと舐め回していた。

 うげー、本当にコイツ蛇女だぁ……。

 ユッカ国内の貴族が多く通う学園から海外留学する者の送別パーティーとやらに私は渋々やって来たところ、
「いつものお席へ御案内いたします」
 と案内されて大人しく着いていったら、この蛇女と同じテーブルだったってわけ。

 目の前の蛇女は色白で細面、スレンダーな身体に長い黒髪。年の頃はやっぱり10代後半ってところかな?

 一見、エキゾチックな美女と言えないこともない容姿なのに、彼女を包む雰囲気や独特の冷たさと絡みつくような爬虫類を思わせる細い目が美女、という表現を使うことをためらわせる。

 彼女はイスキア公の妹、カルドンヌ。
 通称「蛇姫」と言われている人物だ。

 事前にメイドのルーチェが教えてくれた知識が役に立つ。本当にルーチェの存在はありがたいっ!

 いや~本当に、蛇が獲物を見つけた時のように爛々と琥珀色に輝く瞳や何を勘違いしてるのか、どキツい紫色に塗られた口元といい……。

 誰が見ても蛇姫って名前が納得!って感じよねぇ~。


 あ、彼女の着てるあの真っ黒なフリフリのレースがついたファッション、どこかで見たことがあるような気が……。

 わかった!ゴシック&ロリータよ。近所の駅前に集合している、ゴスロリっ娘たちの服とよく似てるわ。本当にどういう趣味なんだろ。


「マルサネ、貴女は今日、ターゲットの姿を見まして?」
「へっ……?」  
 じっとゴスロリファッションを見てしまったせい?話しかけられたくないのに、蛇姫に話しかけられちゃったよ。
 私はボロがでるから会話したくないのに……。

 
 最近、マルサネお嬢様としての生活にやっとこさ私こと「律子」は慣れてきたところなんだよね。
 でもそれはなんとか、屋敷の中だけの話かな。

 だから今日のような行ったことも見たこともない学園のパーティーなんて引っ張り出された日には、何をしたら良いやらサッパリわからない。

 このパーティーだってね、私は本当は休みたかったの。
 名付けて「転んで頭を打ったから気分が悪くて休みます、ついでに記憶もありませんアピール作戦」をハゲ狸相手に決行してみたんだけど。

 全然成功しなかったわ。だからここにいるんだけどさ。

「頑丈なことだけが取り柄のお前が頭が痛いって?そんな見え透いた気まぐれなワガママが通ると思うのか?」
 と、狸オヤジに全く取り合ってもらえなかったのよ。

「パーティーに行けなかったと後で暴れられた方がかなわないぞ。え?…本当に行きたくないんだって?
……とてもじゃないが、そんな言葉は信じられんぞ。こないだのドラッグの後遺症がまだそんなに残ってるのか?
 とにかく蛇姫や金の公子が出るからには必ずお前も参加するのだ!わかったな!!」
と、ハゲ狸に強く、強~く追い立てられ、作戦は見事に失敗したのよ。

 仮病ってお嬢様の得意技だと思ったのに。

 作戦失敗の要因の一つは、このマルサネって娘が今まで風邪一つひいたことがない、頑丈な身体の持ち主だということよね……。


「貴女、大丈夫?……マルサネ?」
 あぁ、蛇姫がこっち見てる~。
 しまった、適当に返事しなきゃ。

「さぁ、どうでしょう?。へ…、へ、カルドンヌ姫?」

 危ない、危ない。うっかり蛇姫と呼んじゃうところだった。ヘッヘなんて変な呼び方しちゃったわ。
 
 何でもいいけど、蛇姫どっかに早く行ってくれないかしら。この目の前のご馳走、こんなに美味しそうなのに……。
 蛇姫に睨まれながらじゃ、味も何もロクにわかったもんじゃないわよ。 

「ふふふ……全く奇妙なこと。マルサネが私をカルドンヌ『姫』なんて呼ぶとはね。いつもの『蛇女』呼ばわりはどうしましたの?
 そのメイクや服装といい、態度や言葉遣い。今日の貴女は本当にまるで別人のよう」

 蛇姫が絡みつくようなネッとりとイヤな感じ全開で、クスクス笑う。


 うわ~、この女、本当に生理的に無理。笑い声を聞くだけで全身にナメクジがはい回るような嫌悪感がこみあげるわ。さすが、万人に蛇姫と言われるだけのことはあるわね。

 ……マルサネは本当にこの蛇姫と仲良く美人のお嬢様を苛めてたのかしら?
 こいつと仲良くなんて私なら絶対ムリだわ。


「それは…、先刻もご説明させた頂いた通り、先日頭を酷く強打いたしまして。
 記憶がとんでおりますゆえ、失礼なことも多々あるかと思いますが、ご容赦願いますわ」
「まぁ、そのように萎らしくも小難しいセリフを猿姫の軽いオツムで言えるなんて、本当に驚きですわ。
 いつもキーキー、カリカリと欲求不満の子猿のようでしたのに、まるで今日はどっしりとした風格のあるボス猿のようね」

 この蛇女っ……!
 一応お互い同格の公女同士のはずなのに酷い言い種ね。喧嘩売ってるの?

「ボス猿で結構よ、蛇姫」
「ふふ、そうでなくちゃ。こちらも気持ち悪いわ」
 蛇姫が肩をすくめて、真っ赤なワインをチロチロと飲み干した。

 もう、蛇か!とツッコミをいれる元気もないわよ……。


 私も無言で目の前のご馳走に手を伸ばす。

 あら、この包み焼き美味しい……。中からジュワ~っと肉汁が染みてきて、野菜の下味も優しい感じ。冷めても充分美味しそうね。
 レシピ教えて欲しいなぁ~。

 食べ物で幸せになる私。だって、この世界の食べ物、結構美味しいのよ?
 40代のオバサンは色恋より、食い気だもん。

 だけど、流石にお腹のホックを弛めるのはどうしようか迷うところ?ズボンに手を伸ばして躊躇したわ。

 え?何でズボンかって?
 
 マルサネのクローゼットには、目が痛くなる蛍光ピンクのリボンとレースが渦巻く、露出狂のような際どいドレスしか入ってなかったのよ。

 あんなもの正気の人間なら着れるわけがないでしょう……。仮装大賞だとしても恥ずかしいわ。

 だから、ここへくる前に慌ててルーチェに買いに行かせた、シンプルでシックな色合いのパンツスーツを着てるってわけ。

 要するに、おかんの学校行事の服装に近いやつよ。こういう時は無難が一番でしょ、無難が。


 ちょっと無難過ぎたらしくて「マルサネ姫のお母上ですか?」と今日は何回も聞かれちゃったけどそこは許容範囲ね。

 マルサネの母は小さい頃に心労?で亡くなってるらしいけど美人だったそうよ。その遺伝子貰えたら良かったのに、ハゲ狸の遺伝子が圧倒的勝利をおさめた残念な結果よね。マルサネの顔って。
 
 今日は略式のパーティーらしいんだけど基本、妙齢の子女は皆ドレスで着飾っていたから、壮絶に浮いてるのは間違いないけど、日頃のマルサネの奇行もあって、誰も何もコメントしてこない。


 一応ね、普通のシンプルなドレスもルーチェに買わせたからこっそり試着してみたのよ。

 格好変えても、父親の悪どい猿顔遺伝子がバッチリ主張するから、「あの美しいお嬢様ははいったいどなたかしら?!」みたいなご都合テンプレ展開にはならなかった。

 私、ガックリしてドレスはクローゼットの奥にしまってきたわ。日光猿軍団の猿が着飾ってるみたいだったんだもん。

 ボサボサの眉を整えても逞しく太く主張するし、チリチリの髪質も何をしても改善されない。グリグリのハゲ狸そっくりのドングリ眼もメイクでちっちゃくならなかったし。

 でも、努力はしたのよ?
 化粧も普段マルサネは平安貴族のような白塗りしてたらしいけど、ナチュラルメイクにしてみたわ。厚塗りし過ぎて肌が若いのにボロボロだぅたんだもん。
 どちらかと言えば見た目、垢抜けない地味な田舎の猿娘だけど、スケキヨメイクよりはマシでしょ?

 何でマルサネはオバケみたいに塗りたくってたのかしら……舞台の特殊メイクみたいに、このオヤジ譲りの顔を消したかった?まぁ、思春期の女子だからかなぁ。

 しかし、白塗り顔にムキムキ筋肉であんなピチピチピンクの紐ドレスを着たら、まるで女装したボディービルダー妖怪じゃない。そんな妖怪に色目遣われて襲われた男達も気の毒なものだわねぇ。

 あ、そうそう。気の毒といえば、昨日じっくり熟読してしまった週刊誌「ユッカ ナウ」のゴシップコーナーによると、四公の世継ぎは四公の娘と婚約するのが慣例らしいの。 

 だから金の公子は、慣例に従うと四公の娘で年の釣り合う蛇姫か私、猿姫マルサネを選ばなくちゃいけないらしい。お気の毒すぎるでしょ、この二択。

 ゴシップ欄には続きがあって、どうやら金の公子のヴィンセント様には意中の方が存在しているらしく?禁断の恋!とか思わせぶりに書き立てられてたわ。

 詳しく知りたかったけど、お相手については…よくわからなかったのよね。
 ヴィンセント様とお二人でいると絵になるぐらいの麗人らしい。

 ひょっとして、そのお嬢様はうちのハゲ狸が前に言ってた、私達が苛めてたっていう「エストの末子」じゃないかなと思ったんだけどな。
 残念ながら今、公女席にいるのは私と蛇姫だけ。

 エスト公の娘なら、ここに案内されてくると思うの。

 今日はこない、みたいね?


 もし来ちゃったら、蛇姫と私で悪役令嬢として「ターゲット」であるこの世界のヒロインとやらを苛めないとダメかなぁ?

 ほら……シナリオとやらがあったんじゃなかったっけ?

 どっちかというと、私はボス猿として蛇から美人を守る方へ回りたいんだけど。
 それやっちゃうと悪役令嬢じゃなくなっちゃうからまずいのかな? 


 ま、いっか。シナリオとかサッパリわかんないし。
 好きにさせてもらおう。


「あ、ヴィンセント様」
「えっ?」
 私はすっかり1人で長々と物思いに耽ってしまっていたらしい。
 蛇姫の声に会場の入り口を反射的に振り返る。
 

「うふふ、ご本人ではありませんことよ。ヴィンセント様の話題の動画が始まるようですわ」
「はぁ、話題の動画ですか?」
「ご存知ありませんの?ざまぁ王子はあれほど巷を騒がしておりますのに」

 あからさまに馬鹿にしたような態度の蛇姫を私はキッと睨みつける。
 蛇だろうが、何だろうが生き物は舐められたら終わりじゃっ。噛みついてやろうか。

「まぁ、違法合成ですけどお顔はヴィンセント様ですから。ご存知ないなら貴女もご覧になっては如何?」
 蛇姫の指し示す先には、今回の会場スポンサーとやらのノーザン商会のCMブースがあり、人が大画面モニターの前に集まっているのが見えた。
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