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第二章 箱庭の発展と神の敵対者

23.箱庭の怪物2

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side.ズオー(粗暴な悪魔)

 人間の女の転移魔法で送られた先は、火山の麓だった。
 遠くへ飛ばして時間を稼ぐつもりだろう。
 そう結論付けた直後。

 火山の山頂から一匹のドラゴンが現れやがった。

 痩せ型の赤いドラゴン。
 恐らくここはあいつの縄張りなのだろう。

 成る程あの女、ドラゴンの住み家に飛ばしてドラゴンに俺を始末させようって魂胆か。
 だが、このサイズのドラゴンなら俺の敵じゃねぇ。

『よく来たっすね! お前の相手は自分っすよ!』

 そう言って構えたドラゴン。
 竜種らしからぬ軽い口調と、何故か拳を握った格闘術の様な構え。
 まともなドラゴンじゃねぇ。
 勿論悪い意味でだが。

 そこで、あの女の従魔のドラゴンと同じ魔力を纏っているのに気が付いた。

「お前……あのチビドラゴンか」
『今の自分はチビじゃないっすよ! 見ての通りデカイ男っす!』

 竜種の中には言葉を解するドラゴンも存在する。
 喋るの事態は不思議じゃねぇ。
 問題は何故成長したかだが……。
 まぁ、どうせぶっ殺すんだから関係ないな。
 
『実は自分……普段姐さんににあまり戦わせてもらえなくて、フラストレーション溜まってるんすよ』

 大鎌を構えた俺を見ても喋り続けるドラゴン。
 よく回る口だと感心しつつ、火魔法の爆風と火耐性の身体を利用した、俺のオリジナル移動術『爆走』で一気に接近して、隙だらけの首に大鎌を叩き込んだ。

『なんで久々に本気で戦えるから本当に嬉しいっすよ! しかも進化してからは初っすよ初!』
「なに?!」

 俺の大鎌は鱗であっさりと弾かれた。
 
 馬鹿な!
 以前戦ったフレイムドラゴンの鱗は切る事はできたんだぞ!

『ただ自分戦闘経験浅くて手加減とか苦手なんすよね。だから色々と条件つけられてしまって……』

 全く意に介さず喋り続けるドラゴン。
 余裕かクソが!
 だが、いくら鱗が硬くても狙える場所はまだある。

 目だ。
 目に鎌をぶち込んで脳ミソかき混ぜてやる!
 俺はドラゴンの目に鎌の先を引っ掛けるように振り抜いた。

「嘘……だろ」
『ちょっとちょっと、目に先っちょ尖った大鎌向けるとか、先端恐怖症の人なら発狂もんすよ』

 痺れる手に伝わった硬いものに鎌をぶち当てた感触。
 大鎌の切っ先はドラゴンの眼球で止められていた。
 あり得ねぇ! どんな硬さだ!

『これは《竜鱗》ってスキルっすよ。でも本当は鱗じゃなくて、魔力で身体を覆って一定以下の攻撃を防ぐってスキルっす。ドラゴンの魔力量によって硬さはまちまちっすけどね』

 つまり、俺の攻撃は通らねぇってか?
 だが、敵の言うことを鵜呑みにはできねぇ。
 どっかに弱点がある可能性もある。

『自分はどんな攻撃をするっすかね? 肉弾戦もいいっすけど炎を使うのもいいっすね。でもやっぱり盛大にブレスを吐くのが最高に気持ちいいんすよねぇ…………』

 そこで喋り続けていたドラゴンの口が止まった。
 そしてその目が俺に向けられた瞬間。

 勝てない。
 そう判断して即座に逃走に思考を切り替え、必死に空を飛んで逃げ出した。

「くそっ! くそっ! くそおぉ!」

 何故だ!
 何故俺が逃げている?!
 俺は悪魔だぞ!
 竜種にすら劣らない強さを持つ悪魔だ!

 事実、俺は単独でフレイムドラゴンを狩った事もある。
 相性が良ければ竜種にすら勝てるのだ。
 
 俺は生まれつき炎に強い耐性を持っていた。
 火属性の魔法を修得したのも、自爆紛いの強引な魔法を使っても無傷で済むからだ。
 火魔法が効きにくい相手を想定して、大鎌も扱えるように修練した。

 俺が粗野で横柄なのも、強くなる努力をし続けた自負から来ている。
 
 なのに! 何故だ?!
 ドラゴンが攻撃の意思を見せた瞬間、本能が逃走を選択した。
 全くの無意識だった。
 だが、それを考えている今も身体が勝手に逃げ続けている。

『空を飛んでくれたのなら、ちょうど良かったっす。姐さんに言われてたんすよ……』

 本能の解放に伴い研ぎ澄まされた聴覚が、遥か後方にいる筈のドラゴンの呟きを拾った。

『“絶対に地面に向けて撃つな”って』

 後ろに膨大な魔力の高まりを感じた。
 それが何を意味しているかはもうわかりきっている。
 
「ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!」

 知らない内に怨嗟の声を漏らしていた。
 
「ちくしょおおぉぉ!」

 最期に振り返って俺が見たものは、余波だけで溶けていくドラゴンの周辺の大地と、火耐性すら焼き尽くす灼熱の閃光だった。

ーーー

side.リーオ(子ども悪魔)

「やんなっちゃうなーもう」

 人をいっぱい殺せるって言うから、召喚に応じたのに。
 変な女に転移させられて、折角の“遊び”がお預けなんてね。

 まぁ、今はそれよりここがどこかって方が問題だよね。
 あの紫色の光が収まったらここにいたんだけど。
 壁に掛けられた松明の火を頼りに、薄暗い石畳の回廊をずっと歩き続けている訳で。

 ここはどこかの遺跡とか?
 もしかして、ダンジョンの中だったりして。

 不用意に壊して生き埋めになりたくはないから、こうして素直に歩いているんだけど。

『クスクス……悪魔が来たよ悪魔が来たよ』
『クスクス……どうしようかどうしようか』

 このどこかから聞こえてくる話し声もウザいんだよねぇ。
 場所が特定できないからなんにもできないし。

「ねぇ~、ここどこなの~」
『ここは王様のお家だよ』
『ここは王様のお墓だよ』

 この通り。
 返事もよくわかんないし。

「王様って誰だよ」
『王様は王様だよ』
『偉大な王様だよ』
「もぅ~! 答えになってないし!」
『怒ったね』
『怒った怒った』
「うるさい!」

 イラッときてダークブラストを回廊の先に放った。

『きゃ~怖い! 王様に報告だ~!』
『わぁ~怖い! 王様と報復だ~!』

 遠ざかっていく声。
 ようやく静かになる回廊。

「なんなんだよ……僕はさっさとここを出たいのに……」

 あの女が飛ばした先だ。
 なにかあるだろうと思っていたけど、予想の斜め上だよ。

「お! 扉発見!」

 ようやく変化らしい変化を見つけた。

「お邪魔しまーす」

 扉の先は大きな広間になっていた。
 床には赤いカーペットが敷かれ、奥に続いていた。
 そして、その先には豪奢な玉座があった。

 もしかして謁見の間?
 見るからにそうだったんだけど、玉座に座るモノを見て疑問を感じちゃったんだ。

「……ぬいぐるみ」

 だって、デフォルメされた骸骨のぬいぐるみが、偉そうに玉座に座っていたんだから。

『よく来たな悪魔よ……我はダーナ君。ぬいぐるみ共の王だ……汝は我が家を破壊しようとしたらしいな。部下から話は聞いているぞ』
「うっわ……凄い偉そうなんだけど」

 このぬいぐるみ喋ったよ。
 しかも、ぬいぐるみの癖に上から目線とかムカつく。

 それに部下ってあの話しかけてきたウザイ奴ら?

「それで? 中の人はどこにいるのかな?」
『な、中の人などおらん! ふざけた事を言うな!』
「ムキになる所とか怪しいなぁ……」
『う、うるさいうるさーい!』

 煽り耐性低いなぁ。
 でも、油断はできない。
 人間臭い反応からみて、ぬいぐるみはゴーレムじゃない。
 だから操っている奴がいるはずなんだけど、動かしている奴の居場所が全然わからない。
 
 相当隠れるのが上手いらしい。
 もう少し情報が欲しいから、暫くこの人形遊びに付き合うか。

「あ~王様……ここはどこなの?」
『むっ? ここはダンジョン『死王の陵墓』改め『魔眼型試作ダンジョン壱號』の中だ!』
「は?」

 まがん……何だって?

『カッカッカ! 無知な悪魔に我が説明してやろう……』
「イラッ……」
『と言っても我もよくわからんのだが……』
 
 コイツもう引きちぎっちゃっていいかな?

『ここは《死戒の魔眼》というスキルが生み出した異空間の中だ。その異空間に我が優秀な友たるソルとナルというダンジョンコアの一部を設置して、ダンジョンとして変質させたもの……らしいぞ』
「は?」
『要は……ここはインスタントダンジョンの中という事になる』
「インスタントダンジョン……」

 何を言ってるんだコイツ。
 ダンジョンなんて、そんなホイホイ造れるものじゃない。

『それに魔眼なんて僕は見ていない』

 魔眼には三つのタイプがある。

 一、見た所に影響を及ぼす魔眼。
 二、特定のものを見ることができる魔眼。
 三、眼を合わせると発動する魔眼。

 相手を異空間に引き込むような強力な魔眼なら、三のタイプの魔眼に分類される筈だ。
 そして魔力を見ることができる悪魔にとって、強力な魔眼ほど察知しやすい。
 魔力が眼に集中するからだ。

『汝が転移したその“目の前”に魔眼があったとしたら? 汝は回避できるのかな?』
「そんな精度の転移できる訳が……!」
『まぁ、汝から見れば一瞬過ぎて紫色の光が見えた位にしか感じなかったかもしれんが……』
「あ……」

 そうだ、あの女の転移光は白かった。
 なのに僕はこのダンジョンに飛ばされた時、紫色の光だと認識していた。

『さて、疑問が晴れた所でそろそろ戦うとしようか……』
「っ!」

 正直まだ頭が混乱している。
 情報を引き出す所か、結局変な事しかわからなかった。

『我は箱庭ではまだ新入りだからな。戦闘はまだ不得手故、万全を期するためセヨンとトンボ殿が考えてくれた作戦がある。さぁ目覚めよ我がダンジョン!』

 ぬいぐるみの王が玉座から降り立った。
 その背後から虹色に輝く魔石が浮かび上がる。

「あれが……ダンジョンコア」

 膨大な魔力の塊。
 あれだけのエネルギーがあれば、ダンジョンなんて常識外れのものも確かに造れるだろう。
 
「欲しい……」

 あれがあれば、僕は上位悪魔に成れるかもしれない!

『カッカッカ! ダンジョン攻略の栄誉を……ダンジョンコアを手にしたいのなら、ダンジョンマスターたる我を倒してみせよ!』
「ははっ! いいよ僕と遊ぼう!」

 そうだ、はじめからやる事は変わらないんだ。
 欲しいものは全て手に入れる。
 僕はそういう悪魔なんだから!
 人形劇がご所望なら共に興じよう!

『往け! 我が精鋭達よ!』

 ぬいぐるみの王の号令で、柱の影から多種多様なぬいぐるみ達が這い出してきた。

「まとめて壊れろ!」

 全方位にダークブラストを放つ。
 
『カッカッカ! それは我の得意魔法だぞ!』
「嘘?!」

 僕のダークブラストが、ぬいぐるみ一体一体の放つダークブラストで相殺される。
 闇魔法は僕と同等?!
 
『カッカッカ! どうだ!』
『やったのは僕ですけどね』
『ナルうるさいのだ!』

 ぬいぐるみの王とは別の声が聞こえた。
 子どもらしい高い声が二つ。
 この人形劇を演じている操者か。

『ならばホーリーブラストなのだ!』

 ぬいぐるみの王の持つ錫杖から閃光が放たれた。

「ヤバッ!」

 影に潜ってホーリーブラストをなんとか回避する。
 光魔法まで使えるのか!

『それは駄目ですよ。影の円舞曲シャドーワルツ。孤立させてください』

 影が動いて、僕の潜った部分が他の影と切り離された。
 これじゃあ影を伝っての移動ができない!

 影を動かすとか訳わかんないし!
 このままだと狙い打ちされる!
 そう判断して僕は素早く影から出た。
 
『いまだピン兄!』

 ぬいぐるみの王が指差した先。
 僕の背後に先程戦ったスライムがいた。
 あの水魔法はヤバい!

 体勢が悪く避けるのは無理。
 僕の魔法だと防ぐのも無理。
 
「くっ!」

 なら、殺られる前に殺る!
 スライムに向けて、一か八かかなり無理に魔力を練りダークブラストを放つ。
 
「え?」
 
 目隠し程度になればいいと思って放ったダークブラストは、あっさりとスライムに直撃し、スライムは消滅した。

『これぞ影武者! それはさっき召喚したばかりのピン兄のそっくりさんなのだ!』
『つまり、ただのスライムですよ。そしてあなたはただのスライムを殺す為に必死になり、無理をして魔法を放った』

 しまった! ハメられた!
 背中きら風を切り横から何かが近づいてくる。
 避けるのも防ぐのも反撃するのも。
 もうできない。

振り子刃ペンデュラムリッパー
「がはっ!」

 衝撃。
 激痛。
 見ると背中から貫通したらしく、僕のお腹に極太の刃の先端が生えていた。

『これが物品召喚と』
『魔物召喚なのだ!』

 天井から吊り下がった振り子の刃が、キイキイと音を立てる度に激痛がはしる。
 痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

『あなたのお仲間は良いダンジョンポイントになってくれましたよ』
『肉体も分解してポイントに変換してみたけど、コタロー姉以外は原型無さすぎて効率悪かったのだ』
「なにを言っで?!」

 なんでこんな事に!
 簡単な契約だった筈なのに!

『あなたの仲間はリーダーを残して全員死にましたよ』
『はじめから、それで手に入ったダンジョンポイントを使う作戦だったのだ』
『だからわざわざ話しかけて、他が終わるまでの時間稼ぎしてたんです』
『でも、ダンジョンポイント使うまでもなかった気がするのだ』

 僕とリーダー以外殺された。
 僕の身体に刃が深く食い込む感触が、それが真実だと語っているようだった。
 僕達は怪物に手を出してしまったんだ!

「わ、わがっだ! 僕の負げだ!」

 もういい。
 契約も。
 ダンジョンコアも。
 全部破棄するから。

「だがら、だずげで!」
『ダメなのだ』
『ダメですね』
「なんで?!」

 暗がりの中から、人形を抱き抱えた二人の子どもが姿を見せた。
 双子のようにそっくりな白い女の子と黒い男の子。
 二人は僕なんかよりよっぽど悪魔らしい笑顔で。
 
『『だって、それじゃもったいないのだ(です)』』

 口を揃えてそう言った。
 
『遊ぼうって言ったのはそっちなのだ』
『だから使ったポイント分位は回収します』
「……いやだ……いやだ、いやだー!」
『『この人形劇の御代はお前の魂なんだから』』

 二人の手が僕にゆっくり伸ばされた。

「止めろー!!」
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