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第二章 箱庭の発展と神の敵対者
1.箱庭視察とよもやま話
しおりを挟む現在、箱庭の中は五つのエリアに分けられている。
箱庭南には、水の管理者ピンが管理するエリア。
箱庭西には、土の管理者エメトが管理するエリア。
箱庭東には、風の管理者コタローが管理するエリア。
箱庭北には、火の管理者カルデラが管理するエリア。
箱庭中央には、私が作った草原と大樹のある未開発エリア。
私の壁魔法もレベルが上がり、箱庭の中もかなり広がってきたので、一度区画整理を行ったのだ。
今の一エリアの広さは東京都位だな。
「そんな訳で、今日はみんなが箱庭をどこまで発展させたのか、視察をしたいと思う!」
「視察って言っても、箱庭ん中は広かぞ? 全部回るなら数日がかりになるばい」
私の隣にいるセヨンが冷静なツッコミをしてくる。
実は仲間認定してから、セヨンのステータスに《箱庭の住人》の称号が加わったのだが。
箱庭の住人になると、入口さえ開けておけば自由に出入りできるらしく、最近のセヨンはすっかり箱庭に入り浸るようになった。
「おいおい、私は一応この箱庭の神様見習いだぞ? 転移ぐらい朝飯前だ」
「おおー、流石神様。じゃあ今度うちが研究で箱庭ん中ば移動する時も送迎頼むばい」
コイツ、神様をアッシーくんにする気か。
恐れ知らずかよ。
まぁ、私とセヨンはダチだし、今更な気もするが。
「んじゃ、最初はピンの管理するエリアだ。“転送”」
そして足場が消え、突然の浮遊感。
「ぎゃあぁぁ! おっ、落ちるー!」
セヨンがその感覚と遥か下にある地面を見て悲鳴を上げた。
そう、私とセヨンが跳んだ先は、巨大な湖の上空だ。
「大丈夫だから落ち着け。箱庭の中なら私が浮遊も自在だって知ってるだろ?」
私は混乱するセヨンの首根っこを掴み持ち上げる。
私もセヨンも浮いているので、落ちる心配はないのだが。
箱庭の中で私が何をできるのか。
という実験をセヨンと行った結果、私の出来ることが多いのがわかった。
空を飛ぶのもその一つだ。
まさか自分だけの力で飛ぶという誰もが夢見た事ができるとは思ってもみなかったので、飛べると気付いた日はテンション上がり過ぎて、一日中舞○術ごっこをして箱庭中を飛び回ったぐらいだ。
当然他人を浮かせる事もできるのだが。
「ヒィ~! 高いん怖か~!」
セヨンは高い所が苦手らしい。
通りで実験の時「うちは観察しないといけないから」って、頑なに飛ぶのを断っていた訳だ。
「ほら見ろセヨン。湖の全貌が見渡せるぞ」
眼下には大きな湖が広がっている。
ピンの管理するエリアは巨大な湖が中心のエリアだ。
大きさは琵琶湖には及ばないが、私の箱庭世界最大の湖で小さな街ならすっぽり入る大きさを誇る。
はじめピンからは『ピン湖』という名前案が出ていたが、色々危ないので私が却下し、同じくピンドットの名前から取り『ドット湖』に落ち着いたのだ。
オーガばかりが住み着くと困るし、その名前を着けるなら泉にしてくれ。
「いややぁ~、見たくなかぁ~」
「ドット湖の中心の島は変わらず噴水広場のままだけど、湖に比例して大きくなってるから、そのうち何か建造物を作りたいよな」
因みに中心の島への橋は、エメトが新調してアーチ状の大きな石橋に変わっている。
「下ろして~!」
「セヨンさっきからうるさい。ほら、壁魔法で足場作ってやるから」
「ばかっ! 半透明ん足場なんて余計怖いばい!」
「なら肩車してやるから……このままじゃ連れてきた意味がないだろ」
我が儘なセヨンを肩車すると、身体を支えるものが出来たお陰か、半べそかきつつようやくセヨンが落ち着いた。
ガッチリ足で首をホールドされて少し息苦しいが、振りほどくと更にパニックを起こしそうなので我慢する。
「ドット湖に繋がる河川は箱庭全体に延びているから、ピンも最近は地表水循環だけでなく地下水循環も活用しはじめたらしい」
「なら、井戸も掘れる訳やね」
「そういうこったな」
といっても、現状井戸を使うのは私かセヨンぐらいだ。
実は以前に熊鍋をコタローに食わせようとした時に判明したのだが、コタローも管理者になってから食事の必要がなくなったらしい。
神様が言っていた、生物の枠を外れるという事の一環だろう。
しかし、食えない訳ではないらしく、私の熊鍋も美味しそうに食べていた。
最近はカルデラも真似して飯を食うようになった。二匹とも分身でだが。
そんな訳で本当に飲み食いが必要なのは私とセヨンだけなのだ。
「じゃあ、次はエメトの管理エリアに行くぞ。“転送”」
私とセヨンは、次に箱庭の西に跳んだ。
エメトの管理エリアは山と谷、起伏の激しい土地が多い。
高い所だとアルプスレベルの山脈は当たり前、一番高い山はアルプスを凌ぐ標高一万メートルを記録している(セヨンが)。
エメトは竜の角の様に立派だからと『竜角山』という名前にしたがったが、これも色々危ないので私が却下し、話し合いの末『バスターソードヶ岳』に落ち着いた。
槍ヶ岳から着想を得たらしいのだが、どうしてこうなった。
「やっぱりうちはバトルアックス山ん方が良かと思うばい……」
「どっちもどっちだよ……」
セヨンのこのネーミングセンスにエメトが引っ張られたんだよな。
「そういえば例ん“あれ”はどうなったんや?」
「ああ、“あれ”か……山の幾つかを鉱山にしたらしいけど、やはりまだ埋蔵量は少ないらしいぞ」
“あれ”とは、ミスリル鉱石の事だ。
山を創る際、鉱石の埋蔵量を意図的に増やせないか実験をしたのだが、鉄や金銀様々な鉱山を創り出す事に成功したのだ。
ならばミスリルの鉱山はどうかと試してみると、ミスリル鉱山も創る事もできた。
ミスリル以外のこの世界由来の希少金属も鉱山にできないか試したが、そちらは無理だった。
セヨン曰く、その金属の実物を知り、見て、触り、鉱山や鉱床がどのような物か、私が理解する必要があるのだとか。
「仮説に過ぎんばってん……」
「だが合ってると思うぞ? アダマンタイトやオリハルコンなんて見た事が無いからイメージできないけど、ミスリルなら鉱床にも入ったし、実物を手にしたからな」
「トンボがこん世界に、異世界ん建造物ば創ったと聞いとったけん、大事なんはトンボんイメージや思うたんばい」
地球の建造物とは、初めて箱庭に池を創った時に出したおまけの橋だ。
昔観光で行った中津万象園の橋をイメージして創ったんだよな。
「埋蔵量が少ないのは、壁魔法のレベルの問題かね?」
「多分……本来ミスリルは別ん鉱石が魔力によって変質した金属や言われとーばい。それを無理矢理ミスリルん状態で出したけん、魔力が足らんじゃなかか?」
「私はまだまだ元気だったぞ?」
「ダンジョンでトンボん壁魔法ば見た時から思うとったんやけど、あれだけ頑丈な壁ば創る魔法ば沢山行使したとに、トンボは魔力切れば起こさんかったやろ?」
魔力切れを起こすと、身体がダルくなるらしい。
魔法の使いすぎで身体がダルくなった事は無かったと思うが……。
「ああ……いや、そういえば魔力切れっぽく身体がダルくなった日があったな。あれは転生初日だ。あの時は精神的な疲れだと思っていたけど」
メンタルお化けな私は、《精神耐性》を得てから精神的な疲れをほとんど感じた事はなかった。
「それは箱庭世界を創る前?」
「ああ、疲れる身体に鞭打って箱庭世界を創ったんだ」
「やっぱり、なら箱庭にある魔力全てがトンボん魔力なんだ」
「……どういう事だ?」
「つまりトンボは、箱庭ちゅう魔力タンクば常に着けとー状態なんや。魔力ば補充しながら壁魔法ば使うとーけん、魔力切れば起こさん訳ばい」
初日は正真正銘自分だけの魔力を使って壁魔法を使っていたから、魔力切れを起こしたって事か。
世界を切り取る時に魔力も一緒に切り取ったんだな。
そして世界の管理が行き届いていればマナは自然に生まれる。
「うわぁ、じゃあトンボん魔力って実質無尽蔵なんじゃ……」
「でもそれだとミスリルの埋蔵量の説明にはなってないぞ? 魔力が無尽蔵なら大量に創れるはずだろ?」
「……大量ん魔力ば使うんば無意識に避けとー? いや、そもそもトンボは人間じゃなくなっとーし、箱庭ではほぼ全能や。そん必要はなか。そもそも飽和状態ん魔力ば使うこと自体が異常なんや……」
人の頭の上でぶつぶつと仮説立てては自分で論破していくセヨン。
完全に研究者モードだが、私達は箱庭の視察をしているのを忘れてもらっては困る。
ミスリルの話に戻るが、このミスリルを外に持ち出して稼ぐつもりは無い。
出所不明のミスリルなんて、厄介事の元にしかならないし、最悪ガンボ村にも迷惑がかかるかもしれない。
だからあくまでも箱庭中でしか使わないつもりだ。
「わかったぞ!」
「おっ? なんだ?」
セヨンの中で結論が出たらしく、ぶつぶつが止まった。
「箱庭内の一部だけ魔力が薄くなるのを防ぐ防衛機能だと思うばい」
「ふむ、わからん」
「きっとトンボが何かば創る場合、創る場所ん魔力ば使うんや。ばってん本来ミスリル鉱山なんてさっき説明した通り、大量ん魔力が無いと創れん。やけんミスリル鉱山ば創った場合、そこだけ穴が開いたんごと魔力が薄うなるんや。そして穴ば埋めるために魔力が流れ込むはず。つまりそん穴が大きかほど、穴ば埋めるために大量ん魔力が流れ込む事になるんや。尋常じゃない量ん魔力が大量に動けば、箱庭ん中はそん余波でぐちゃぐちゃになる。それば防ぐ為に、箱庭全体ん魔力量に対して一度に使える魔力量が決まっとーんばい!」
長い!
口を挟む間もなく解説されたが、つまりどういう事だ?
「箱庭全体ん魔力量が増えな、一度に使える魔力量も限らるー。つまり箱庭内ん魔力量は箱庭ん広さに比例しとーけん、壁魔法んレベルが上がればミスリルん埋蔵量ば増やせるって事ばい」
「私が最初に言った事と変わんねぇじゃん」
「くっ、過程が違うとに……これやけん単細胞は」
おい、真上に頭があるから丸聞こえなんだが。
セヨンは紐無しバンジーしたいのかな?
「ヒィ! 止めれー!」
「……長くなっちまったから今回は許す。次行くぞ“転送”」
次は東のコタローが管理するエリアだ。
コタローの管理エリアは森林が中心のエリアになっている。
樹海とも言える大森林が広がっており、森の奥には私が中央エリアに創った大樹が若木に見える程、巨大な樹木が群生している場所だ。
根っこだけで数十メートル。
幹の太さは百メートルを越え、高さに至っては数百メートル。
まるで東京タワーをそのまま樹にしましたって感じ。
そんな化け物サイズの樹が沢山ある。
まぁ、それはあくまでも奥の一部だけだ。
鎮守の森のように外界から切り離された様に広がるその森を『巨狼の庭園』と名付けた。
コタローは名前はなんでもいいと言っていたが、セヨンが樹木が元気に大きく育った事と、普通の森より凄いという意味を込めて『元気森々』と名付けようとした時は、さすがに全力で止めていた。
なんでもいいと言いつつ、気にしまくるタイプだったので、安直だがちょっと洒落た名前を付けてみた。
意味はまんま巨人サイズの森で、狼のコタローが整えた森だからだ。
「コタローは薬草を育ててから、植物の育成にハマったよなぁ」
「コタローは元々森に住んどったし、風ん魔力と植物は親和性が高かけんね」
そういえば薬草採取の時にそんな事言っていたな。
森は風の魔力が濃いとか。
「長耳が言うには“風ん精霊は風ん出す音ば好む”ってな……根拠ん無か与太話やけどな」
風が木葉を揺らすざわめきが好きなんて、ずいぶん風流な奴らだな。
あと長耳ってのはエルフの蔑称だ。
ファンタジーの設定あるあるだが、この世界のドワーフとエルフも仲が悪い。
セヨンが昔、とある研究所に研修をしに行った時に出会ったエルフが、大層ムカつく奴だったらしい。
ちなみにエルフはドワーフを矮人(チビみたいな意味)と呼ぶ。
そして精霊とは基本的にエルフしか見ることのできない存在と言われている。
しかし、私は精霊とは管理者の一人なのではないかと思っている。
ピンやエメトと同じように分体を作れる管理者だ。
「成る程、それなら各地に存在しとーんにも納得しきる。目ん付け所がよかねトンボ」
「まぁ、あれだ……私の想像している精霊が、まさにピンやエメトみたいな感じだからな」
ウンディーネ、ノーム、サラマンダー、シルフの四大精霊。
宙を漂う水の乙女、ウンディーネ。
地底に住まう土塊の小人、ノーム。
炎より這い出る蜥蜴、サラマンダー。
風のように奔放な妖精、シルフ。
昔やったゲームに出てくる精霊がそんな感じで、はじめピンやエメトもそれを参考にして管理者に据えようとしたのだ。
神様も同じ日本人なら、似たような発想をしていてもおかしくはない。
「ふむふむ、確かに伝承にある六大精霊ん内水と土と火と風ん精霊ん姿と名前は、そげん感じらしいぞ」
「……この世界は属性は六つだからな。光と闇の精霊もいるか」
「光ん精霊がルーメン、闇ん精霊がテネブレて言われとーばい」
ルーメン……ってラテン語だっけ?
「ネーミング的にも管理者でほぼ間違いないだろ」
「うーん、トンボといるとこん世界ん秘密がどんどん暴かれていくな……」
「研究者的にはダメか?」
「いや、研究したかことは山程あるけん問題なか」
それでこそ箱庭の研究者だ。
私としても箱庭管理の参考になるから、色んな研究をしてもらいたいしな。
「他にコタローの管理エリアで特筆すべき事は、美味い果物を作っている所かね」
「ああ、あん苺は甘くて美味しかったぁ」
ジュルリという音が頭上から聞こえた。
頼むから頭の上に涎を垂らすなよ。
まだ規模は小さいが、コタローが果物や野菜の栽培をはじめたのだ。
しかし虫が居ないため、受粉などは全て手作業で、私も手伝ったが正直面倒くさかった。
コタローも器用に口に咥えた棒で花粉を着けていたけど。
「あれじゃあ、まだまだ家庭菜園って感じだよな」
「次収穫できたらまた食べさせて欲しいばい」
「はいはい、なんとか収穫量を増やしたいぜ……“転送”」
コタローの管理エリアはとりあえずこんな所で、次はカルデラの管理する北だ。
「うおっ、あっちー!」
「ん? そうか?」
カルデラの管理エリアに跳ぶと、凄い熱気が肌を刺激する。
眼下には火山の火口が広がっている。
カルデラが火山の名前を、噴火する時は威勢よくという意味で『気焔山』にしようとしたが、当然私が却下した。
ホントなんなんだよ。
うちのペットは危ない名前縛りでもしているのか?
火山の名前は噴火させるつもりはないので、『静火山』になった。
「鈍感ドワーフめ……壁六枚、囲め」
ドワーフは熱に強いらしく、セヨンは全く堪えていなかったが、真夏の炎天下に晒された車の中みたいな熱気に私は耐えられそうにない。
なので私は壁魔法で自分達を囲み、箱の中の気温を弄って涼しい空間に変える。
壁魔法にも馴れ、レベルも上がってきたので、最近は壁の中の環境設定を細かく弄れるようになってきたのだ。
壁魔法マジ便利。
「カルデラの管理エリアは火山中心の灼熱地帯だ。少なくとも今は普通の人間は暮らせないだろうな」
火山付近はマグマが地表近くにあるため、ホットスポットになっており、極一部の熱や乾燥に強い植物しか生存できない、生き物に厳しい土地になっている。
そして、新参のカルデラはまだ箱庭の管理調整が上手くないので、北東のコタローエリア付近は熱帯雨林になっていたり、北西のエメトのエリア付近は砂漠地帯になっていたりと、変化のあるエリアだ。
「これはこれで面白いから、そのままにさせてるけど」
「はじめからベテラン組と同じ仕事量ば押し付けられて、カルデラも苦労人……いや苦労竜しとんやな」
それは仕方ない。
私は大丈夫か確認したけど「問題ないっすよ!」って言ったのはカルデラの方だ。
すぐに泣きついてきたけど。
「カルデラはお調子者だからな。自業自得で良い薬になっただろ」
熱帯雨林には大きめな川を作り、意図的に降水量を増やした。
砂漠にはオアシスを作り、砂嵐が吹くようにした。
これは特殊な環境創りの一環だ。
今のうちに練習しておけば、今後活かせる時が来るだろう。
「大体視察はこんなもんか。じゃあ中央エリアに戻るぞ。“転送”」
ーーーーーーーーーーーー
個人的にバスターソードヶ岳は秀逸だと思っています。
第二章はじまりです。
以前報告したように、毎日更新から二、三日おきの更新になります。
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