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第一章 箱庭の神様見習い
18.ダンジョンとセヨンの過去
しおりを挟むそもそもダンジョンとは何か。
宝が眠る迷宮を指すのだが、自然災害の一種という位置付けでもある。
まるで人を呼び込むように宝が配置されており、魔物が自然発生する危険な場所だ。
そして定期的にダンジョン内の魔物を狩らなければ、増えた魔物が溢れだして大挙して近隣の街や村を襲う、スタンピードと呼ばれる災害が発生する。
住民の安全のため各地の領主達によって、ダンジョンは見つけしだいの攻略が強く推奨されており、宝と攻略報酬目当てに多くの冒険者がダンジョンに挑む。
故に冒険者には一攫千金とスリルが味わえる格好の狩場として。
故に一般人には突然前触れなく現れ、魔物を吐き出す脅威として。
それぞれに認知されている。
ダンジョンにはダンジョンコアと呼ばれる迷宮の心臓と、それを守るダンジョンマスターと呼ばれる迷宮主が存在する。
ダンジョンマスターを倒し、ダンジョンコアを破壊し持ち帰れば、ダンジョンを攻略したと認められ、富と名声を得られるのだとか。
ーーー
当然鉱床調査は一時中断となった。
ミスリルの埋蔵量が多い事がわかったのは良かったが、同時にそんなダンジョンという爆弾まで見つかったのだ。
一度村に戻り、今後どうするか話し合いをする事になった。
皆がミスリルの鉱床は確認できたので、冒険者ギルドに報告して冒険者を派遣してもらおうと意見を一致させる中。
意外にもセヨンが頑なにダンジョンに入ろうと譲らなかった。
最後には私に一緒にダンジョンに入ってくれと言い出したのだ。
冒険者ではない村長やザトシさんでさえ、ダンジョンの危険性を理解し、私に攻略してくれと言い出さなかったのに。
セヨンには悪いが、私は自分から命の危険のある所に入るつもりはない。
危険なダンジョン攻略なんて、やりたい冒険者に任せればいいのだ。
私はセヨンのお願いを断ったが、結局セヨンがダンジョンにこだわる理由を聞き出せなかった。
この時、私は無理矢理にでもセヨンから聞き出すべきだったのだ。
セヨンがガンボ村から姿を消したのは、その翌朝だった。
「あのバカ! まさか一人でダンジョンに入ったんじゃないだろうな!」
「……外に出たというのなら、その可能性が一番高いのう」
セヨンが居ない事に気付き、コタローを出して匂いを追わせたら、村の外に出た痕跡があったのだ。
それも、ダンジョンのある洞窟の方へ向かう。
「クソッ! コタロー追うぞ!」
『承知したでござる!』
コタローを巨大化させて背中に跨がる。
「待てっ! ワシも連れていけ!」
モヒートさんが見た目にそぐわない素早い動きで私の後ろに乗ってきた。
二人乗りだとコタローの速度が落ちるが、問答している暇はないか。
「行けコタロー! セヨンの匂いを辿るんだ!」
コタローは真っ直ぐに洞窟へ向けて駆け出した。
「なぁモヒートさん、なんでセヨンはあそこまでダンジョンにこだわるんだよ」
移動中にセヨンの奇行について、事情を知っていそうなモヒートさんに聞いてみた。
「セヨンは……あの子は神の領域に挑もうとしておるんじゃ」
「神の領域?」
「人の作った魔道具によるスキルの再現じゃ」
スキルには適性がある。
私の《壁魔法》がそうであるように。
例えば《剣術》スキルに適性がないと、いくら剣を振ったところで《剣術》スキルは身に付かない。
もちろんスキルが無くとも剣術を習う事はできる。
しかし、二人の人間が同じ流派を同じ時間習おうとも、《剣術》スキルの有無だけで、その技量は開いてしまうのだ。
神に与えられた才能。
それがスキルの適性。
しかし、そのスキルの適性が無い者がスキルを身に付ける方法が存在する。
ダンジョンなどで稀に発見される、高レベルのスキルが付与され、手にしただけで神に与えられた才能を得られる魔道具。
神級魔道具。
そう呼ばれる魔道具だ。
持つだけで達人のような剣術を使える《剣術》スキルの付与された剣。
振るうだけで火球を生み出す《火魔法》が付与された杖。
身に付けるだけで熟練の商人からも値切れる《交渉術》の付与されたネックレス。
以前セヨンが再現できていないと語ったマジックバッグは、《空間収納》というスキルが付いた最も数が出回っている神級魔道具らしい。
ダンジョンマスターがより深く侵入者を誘う為に、大量に入る荷物入れを用意してくれているのか、低階層から発見される事が多いらしい。
だが、スキルの付与された魔道具を、人の手で再現するのは不可能とされている。
神の領域を侵すべからず。
まるでそう言われているかのように、幾人もの魔道具職人が挑み、そして挫折していったからだ。
そして、セヨンはそんなスキルが付与された魔道具を、自分の手で作り出そうとしているのだ。
「なら、なんでセヨンはそんな不可能に挑むんだ? 自分の命を危険に晒してまでする事じゃないだろ普通」
「同じ家に住んでいるなら、あの子の両親が他界している事は知っておるか?」
「察しちゃいたが、明言はされてねぇ……。やっぱり亡くなっていたのか」
こうして見ると、私もセヨンもお互いの事をよく知らなかったと痛感する。
ちくしょう。
「……才能豊かなワシの親友じゃった。あの二人の偉大な発明『カルマチェッカー』は、この国の犯罪率を大幅に低下させた程じゃ」
「ああ、セヨンが自慢気に話してたよ」
昔を懐かしむような震える声でモヒートさんが言った。
犯罪率を大幅に低げるとか、セヨンの両親は本当に凄い人だったんだな。
「だからこそ……様々な所から恨みを買った」
「ああ……」
なんとなく、話の結末がわかってしまった。
「仕事で二人揃って出張した先で、魔物に襲われて命を落とした……表向きはな」
「人為的なものだったのか?」
「確たる証拠はない。だが、低ランクの魔物しか出ない街道で、護衛まで雇っていたのだ。疑うなと言う方が難しかろう」
「………………」
「不幸中の幸いはセヨンが鍛冶ギルドへ登録するため、街に一人残っておったから難を逃れた事かの……」
胸くそ悪い話だ。
今すぐ大暴れしてやりたい感覚が身体の奥で渦巻いている。
「もし……もしあの時、両親が《気配察知》スキルを持っていたら、魔物に気付き事前に進路を変えられたのではないか? もしあの時、両親が《剣術》スキルを持っていたら魔物を撃退できたのではないか? あの子はそんな後悔を抱えておるのだ」
「だからスキルが付与された魔道具を作る、セヨンが神の領域に挑む理由……」
セヨンも私と同じなんだな。
過去を引きずり、命を懸けてでも曲げたくないものができている。
「そうじゃ、ダンジョンには神級魔道具があり、ダンジョンの存在自体もある意味神の生み出したモノ。つまりセヨンの研究対象じゃ」
「理由はわかったが、研究者が一人でダンジョンアタックとか無謀だ! それぐらいは考えつくだろ!」
「ワシもそう思っておったが、セヨンの奴自分の鎧を持って来ていたのやもしれん……」
鎧って、あの樽鎧か?
「あれは元々セヨンの両親が誕生日のプレゼントに作った物でな」
「娘に鎧をプレゼントって……」
うちの親父は私の誕生日に日本刀をプレゼントしてきたが、セヨンも似たような両親だったのか?
ちなみにその日本刀、私が「いらねぇ」って言ったら、嬉々として自分の部屋に飾ってやがった。あれ絶対自分が欲しかっただけだぜ?
その後お袋にボコボコにされていたけど。
「子に手作りの武具を渡すのは、ドワーフの習いじゃ」
私がドワーフとのハーフじゃなければ、うちの親父が異常だったってのがわかった。
「それはわかったが、鎧程度でどうすんだよ」
「あの鎧の性能は知っておるか?」
「スゲー硬い」
「うむ、その通りだ。こと防御の一点に限り、ワシの知る鎧であれに勝るものは無い」
「そこまでか……」
確かにあの熊相手に一方的に殴られても、鎧には傷一つ付いていなかった。
しかし、ダンジョンの罠なら毒ガスとかもあるんじゃないか?
「セヨンが改造したと言うたろ。あの鎧は今や毒ガスじゃろうが、魔法じゃろうが、ありとあらゆるものを防ぐじゃろう。あの子は本当の天才じゃよ。あの子の両親も天才じゃったが、それすら霞む程のな」
爺さんの孫贔屓って思わなくもないけど、私もセヨンが天才だとは思っていた。
「ならそれほど焦る必要はないのか?」
「逆じゃ……あの鎧、防御は凄かろうが攻撃性能は無い」
なんでそんな仕様にしたよ。
「先は例えで《剣術》スキルを出したが、セヨンは戦闘スキルを付与するのを嫌っておる。争いの道具にしかならんからな。鎧も同じじゃ、両親の鎧を殺戮の道具にはせんとな。自衛の為にしか武器は持たん」
「それでか」
「そしてなまじ防御の性能が良い分罠は効かず、魔物さえ避けられれば、ダンジョンの奥まで行けてしまう可能性がある……が」
「それで攻略できるほどダンジョンは甘くない?」
「うむ、罠の中には鎧の防御が意味をなさぬものもあるやもしれんし、ダンジョンマスターは超常の存在じゃ」
ガバガバな計画じゃねぇかよ。
セヨンの奴。私の壁魔法を使った漢解除を見て、行けると思ったのか?
「とにかく急げって事に変わりはないか」
「そうだ!」
話が終わると同時に洞窟の入口が見えた。
多少狭いがコタローにはそのまま洞窟内に入って貰う。
コバルトゴーレムが出てこられるだけの幅と高さがあってよかった。
「着いたぞ! コタロー、セヨンの匂いは?」
『ダンジョンの中へ続いているでござる!』
「やっぱり中か! ……モヒートさんには悪いが、あんたにはここで待っていてもらうぞ」
「何故じゃ! ワシも昔は冒険者じゃった! 足手まといにはならん!」
「セヨンがダンジョンに入ったのが確実になったからな……ここからは速度優先だ。モヒートさんが乗ってるとやっぱりコタローの足が落ちる」
「ぐぬっ!」
痛い所を突かれたように、モヒートさんが悔しそうに拳を握った。
「安心しろ、セヨンは私が必ず連れ戻す」
「……トンボ嬢ちゃんは何故そこまでする。トンボ嬢ちゃんにとって、所詮セヨンは部屋を間借りさせてくれている家主というだけの関係じゃろう?」
セヨンが私をどう思っているかはわからない。
私はセヨンの過去も知らなかった。
「私には秘密が沢山あってな。セヨンにはそれを話すって約束してたんだよ。前金も貰ってるしな。だから死なれちゃ困る」
そう言って、首にかかった黒色のトンボ玉が付いたネックレスをモヒートさんに見せる。
「そして何よりも、私の心の平穏の為に、ダチを見捨てる訳にはいかねぇ……!」
私はセヨンを友人だと思っている。
友人を助ける。
命を懸ける理由はそれだけだ。
「……頼む! あの子は親友の忘れ形見だが、ワシにとっても孫子の様な大切な存在じゃ! セヨンを助けてやってくれ!」
「任せろ!」
頭を下げるモヒートさんに背を向け、私はコタローを走らせた。
そして、口を開ける魔境の入口へと飛び込んだのだ。
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