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第一章 箱庭の神様見習い
1.プロローグ
しおりを挟む気付けば白い空間にいた。
それをおかしいと思うのは、私が自分の死をハッキリと認識しているからだろうか?
死ねばそれまで。
そう思っていたからこそ、私は死をあんなにも恐れたというのに。
これではまるで道化の様だ。
「本来であれば、死した魂はただ輪廻に還るだけ。そこに意識が介入する余地はない。故に貴女の認識は正しいですよ、真壁蜻蛉さん」
ふいに名前を呼ばれた。
私の名前。蜻蛉。
凡そ女の子らしからぬ、私が嫌いであり、同時に好きな名前だったはず。
「そう、その蜻蛉さんですよ。ひょっとして忘れていましたか?」
ああ、そうだ忘れていた。
自分の名前なのになんでだろう。
「死んだ時の衝撃で、記憶の一部が曖昧なんでしょうね。まぁ、その内落ち着くでしょう」
ところであんたは誰だ。
私の名前を知っているのなら知人なのか。
先程から話している真っ白なシルエット状の存在は、一見して人に見えず異常に映るが、名前のように忘れているだけで普通の事なのかもしれない。
「いいえ、貴女が私に会うのははじめてですよ。ただ私が貴女を一方的に知っていて、貴女が死ぬ時を待っていただけです。姿形が変なのは私がシャイなんで、こうでもしないとまともに人と話せないんです」
私の死を待つなんて、まるで死神の様な言いぐさだ。
しかし、人目を気にするって意味では死神もシャイな人間も変わりはないか。
白昼堂々と現れる死神なんていないんだからな。
「あながち間違いではありませんよ。私は所謂神様というやつですからね。そして貴女を輪廻に戻さず呼び出したのも私ですから」
神だなんて詐欺や新興宗教の教主ですら名乗らなさそうな役職じゃないか。
少なくとも生きている間に人間が会うことは無いであろう存在だ。
ああ、それならあり得るのかもしれない。
だって私はもう死んでるんだから。
「その通り、これから貴女には異世界に転生していただきます」
異世界転生だなんて、最近よく見るケータイ小説のテンプレ展開だ。
一気に胡散臭さが増したな。
「まぁ、貴女が信じようが信じまいが関係なく、貴女には異世界に行ってもらうんですけど」
あんたが神様だっていうのは信じてるよ。
現に今の私は肉体も無く喋る事さえできないのに、あんたは私が考えた事を読み取って会話をしているんだから。
「では何が胡散臭いのですか?」
この展開そのものが。
だってあんたは最初に“本来なら輪廻に還る”と言っていた。“死ぬ時を待っていた”とも。
つまり私がここにいるのは通常ではあり得ないはず。
なら何の意図があってこんなことをしたのか、気になるじゃないか。
「確かに貴女は作為的に選ばれた。理由は、ある適性が貴女にはあったからですよ」
適性……。
それは一体何の?
「貴女が転生する世界は、分かりやすく言うと“剣と魔法のファンタジー”世界なんですよ。その世界にあっても誰一人適性者がいなかった魔法。『壁魔法』の適性です」
壁魔法。
なんだか名前がダサい気がするのは、私が忘れているだけで、本当はバズっちゃうぐらいカッコいい名前なのかもしれない。
「すみません許してください。あまり格好いい名前でない事は自覚していますが、昔からそう呼ばれているんですから仕方ありません。我慢してください」
とにかくその壁魔法の適性があるから、私を転生させるって認識でいいのか?
「はい合っています。ですが特に貴女に求めるものはありませんから、異世界を自由に生きてください。貴女が考え、感じ、選択していく人生そのものが、私にとっての利益になると考えてください」
だから私を転生させる。と?
私は人生やり直せて、神様は壁魔法の適性がある人間を確保できた、お互いに利益があるのだからこれ以上勘繰るな。
そう言われた気がする。
「正確にはこれ以上は話せませんから、問答に意味がないってだけですよ」
転生した場合は私の記憶はどうなる?
「おっ? 異世界転生に前向きになってくれましたか? 嫌だと言われたら記憶を消してしまうのも手だったんですが、前向きに考えてくれるなら記憶も残しましょう。私は貴女の口は悪いけど物怖じしない性格は気に入っていますしね」
どうやら私の記憶は残るらしい。
これは朗報だな。
あと口は悪いは余計だ。
そして神様がはじめて神様っぽい、人権なんて糞食らえな高慢発言をしてくれたので、私は少し安心した。
この神様もちゃんとした神様だったんだってね。
「酷いですね。シャイボーイな私なりに気を使ってきたのに、そんな受け止められ方をしていたなんて……」
感謝はしている。
死んで終わりだった人生に、続きをくれるって言うんだから。
そして神様は男神だったんだな。
「貴女のその鋼のようなメンタルは羨ましいですね」
生前もよく言われた。
お前はメンタルお化けだって。
「はははっ、いやはや久しぶりに笑わせていただきました。しかし、記憶の方も落ち着いたようですから、これから貴女を転生させます。向こうの一般常識などは与えておきますし、壁魔法の使い方も同じように与えます。当面の資金も問題ないようにして。あと変な物を拾い食いして死なれても困りますからそっちの対策も、えーと他には……」
神様がオカンになっている。
それに拾い食いって、私は子どもか!
そんな心配しなくても大丈夫だよ。
もう二度とあんな死に方はごめんだから、安全第一で頑張るさ。
「そうですね、全ては貴女の生き方次第だ。では真壁蜻蛉さん、貴女の新たな人生に祝福を……」
神様が手を振るうと、淡い光が私の周囲に立ち込める。
光に覆われていく視界と意識の中、シルエットだけの神様がふと笑ったように感じた。
「頑張ってくださいね……可愛い後輩さん」
ーーー
私は森の中に立っていた。
先程の出来事が夢でないなら、ここは異世界の森の中ということだ。
「ここが……異世界」
私が呟いた途端、頭の中に情報の洪水が流れ込んできた。
余りに膨大な量の情報は、私の頭に多大な負荷を与えたらしく、酷い頭痛に襲われた。
「あ~、頭が割れそう」
あまりの痛みに私は踞る。
しかし同時にわかったこともある。
ここはルスカと呼ばれる世界で、私が今いるのは、ラプタスという街の近くにある森の中だということ。
そして。
「壁魔法『ステータスボード』」
壁魔法の使い方だ。
私が手のひらを上に向け、ステータスボードを発動させると、半透明で小さな板状の“壁”が空中に浮かび上がる。
おお! 本当に魔法が使えた!
一瞬頭痛を忘れてしまうほど驚いた。
夢じゃなかったんだな。
○マカベ・トンボ 人間・女 15歳
職業・無職
スキル
《壁魔法lv1》《精神耐性lv4》《状態異常無効》《魔法技能取得不可(閲覧不可)》《異世界言語翻訳(閲覧不可)》
称号
《転生者(閲覧不可)》《神の後輩(閲覧不可)》
これが私のステータス。
ステータスボードにはまるで履歴書のように、黒髪のショートボブに、意志の強そうな目と少し太めの眉が特徴の女の顔が載っていた。
日本にいた頃と変わらない私の顔だ。
とりあえずステータスを確認していく。
スキル名の横にある閲覧不可は、他人には見られないって事かな。
しかしこの《魔法技能取得不可》というのは、スキルの範疇なのか?
呪いの類いじゃないのか?
それに無職て。確かにそうだけど辛辣過ぎる。
ともかく、私に壁魔法以外の魔法習得は絶望的っていうのはわかった。
あと早く就職したい。
《精神耐性》がレベル高いのは、メンタルお化けの面目躍如と言ったところか。
拾い食いしても大丈夫なように《状態異常無効》も付いている。
そして《神の後輩》という称号。
最後に聞いた神様の言葉は聞き間違いじゃなかったのか。
「私の生き方次第……か」
神様の言っていたその言葉に、きっとその真実が隠されているのだろう。
とりあえず今は考えても仕方ない事だ。
私は頭を切り替え、立ち上がって前を向く。
「壁魔法が使える事も確認できたし、先ずは森を抜けるとしますかね」
前世の教訓。
死ぬのは怖い。
今度の人生は平穏無事に送りたいものだ。
そう心の中で思いながら、私は異世界の森の中を新たな人生とともに歩き出したのだ。
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