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 2章.不意討ちの祭と風の試練

6.不意討ちの料理事情

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「馬車に乗って見る景色も、乙なものですねぇ」


 私は今、風の大神殿へ向かう商人、パッキーさんの馬車の御者台に座っている。

 護衛依頼をしたパッキーさんは、ラプタスに拠点を置く、パック商会の会頭さんだ。
 パック商会は食材から日用品まで、かなり手広く扱っている商会だとか。
 パッキーさんとは、以前に荷運びの依頼で知り合っている。

 パッキーさん自身は人当たりの良いお兄さんだ。
 まだ商会を継いだばかりで若く、とても商会の会頭には見えない。
 
 何故会頭自ら荷を運ぶのか聞いたら。
 パッキーさんのお爺さんがはじめた商会を、代々継いできており、次代に引き継ぎをする際には、商売の神でもある風の神に、会頭自らが供物と寄付を届けるのを、願掛けに行っていると教えてくれた。
 ちなみにお爺さんの名前がパックなんだとか。


「そうでしょう? 僕も修行と称して父に行商をさせられましたが、馬車に乗って様々な土地を巡るのは楽しかったなぁ。それもこれで暫くはお休みですけどね」

「パッキーさんが次代に会頭の座を継いだら、また行商をするんですか?」


 私の冗談半分の言葉に、パッキーさんが大笑いした。


「僕に会頭の座を譲った父は、早々と行商に戻って旅立ちましたよ。お爺様も同じだったみたいですし、早くに会頭を引退したのも、さっさと行商に戻りたかったからでしょうね」

「あははっ、余程行商が楽しかったんですね!」

「はははっ、それにしても、こんな可愛らしいお嬢さんが、護衛としてやって来るとは思いませんでしたよ」


 うおぉ! 私の可愛さがわかるとは、流石商人、見る目がある!


「トンボ、そろそろ、交代」

「あっ、了解です! じゃあパッキーさん、また後で」


 パッキーさんと談笑していると、もう交代の時間になっていたらしく、セヨンさんが声を掛けてきた。
 私は御者台から降りて、馬車の周りで護衛をする、他の冒険者と合流した。

 馬車の荷台には神殿に寄付する品物が乗せられている為、護衛の冒険者は馬車の周りを歩いてついていくのだ。
 そこで、パッキーさんの警護と休憩を兼ねて、交代で御者台に乗っていた訳だ。


「トンボちゃんは護衛初だろ? 緊張はしてないかい?」

「大丈夫! シャルムスさんは護衛は馴れてるの?」

「おっさんはそれなりだな。余程街道から外れなけりゃ、そうそう襲われんし、今回みたいな近場への護衛依頼は、結構当たりだぜ? 商人ってのは金払いが良いからな!」


 最初に声を掛けてきたのは、おっさんを自称するシャルムスさんだ。
 無精髭が生えているからおっさんに見えるが、まだ意外と若かったはず。
 私を可愛がってくれる冒険者の1人だ。


「そうだねー。報酬が安いと質の悪い冒険者が来る可能性が高くなるって、向こうもわかってるからねー。多少高くついても、それは商品と自分の値段だからって割りきれてるよー」


 荷台の上には、目の良さを活かして遠くを警戒しているクレイさんが居る。
 常に眠そうな顔をして、語尾を伸ばす話し方が特徴的な冒険者だ。


「そうなんだ。確かに報酬は良かったけど、これが護衛依頼の普通じゃないんだね」

「まぁな、何よりパック商会は、ラプタスじゃ老舗の大店だからな、普段なら自前の護衛隊を使うが、もうすぐ祭りの時期だろ? 準備に忙しくてこっちにまで手が回らないんじゃねぇかな?」

「お祭り?」

「そういやトンボちゃんは田舎から出て来たんだっけか? なら、っと?! 危なっ!」


 馬車の反対側から、シャルムスさんの頭目掛けて、石が飛んできた。
 それを見事キャッチしたシャルムスさんは、石を捨てると深いため息を吐いた。


「トンボちゃん、悪ぃけど、反対側の様子も見てきてくれないか? 祭りの話はそっちで聞いてくれ」

「? うん、わかった」


 よくわからないが、私が反対側に行く必要があるらしい。
 私は言われるままに、馬車の反対側に向かう。
 背後で「話してるのが羨ましいからって、石投げんなよ」というぼやきが聞こえた気がする。


「レイン姉! 来たよー!」

「待ってたぞ、トンボちゃん! 何もない所だがゆっくりしていってくれ!」


 私を歓迎してくれたのは、軽装で剣1本で戦うポニーテールの女剣士、レイン姉だ。
 最近、さっきの2人と『チームTF』というパーティーを組みはじめたらしい。
 TFが何なのかは教えてくれなかったけど。


「街道なんだから何もないのは当たり前でしょー」

「うるさいぞクレイ! どこの会話にも参加できる、羨ましい位置に陣取ってるからって、調子に乗るなよ!」

「乗ってるのは調子じゃなくて荷台なんだよねー」


 レイン姉に睨まれても、余裕そうにからかっていくスタイルを崩さないクレイさん。


「ふん、もう知らん! あんな奴より、トンボちゃんだ! 祭りの事を知りたいのだろう?」

「うん、教えてレイン姉」

「任せろ! 実はな後一月程で、ラプタスの街では“風来祭”が始まるのだ」

「風来祭?」

「そう、風の大神殿から最も近いラプタスの街では年に1度、福を乗せた風が来るようにと、大きな祭りを開催しているのだ」

「へぇ、どんな祭なの?」

「出店も沢山出るし、別の街から来る人で、祭の3日間はかなり賑わうぞ! 最終日には風の福音と呼ばれる祝福が見れるぞ!」


 風の福音かぁ、気になるけど本番を楽しみにしておこう。
 それにしても、福の風が来るように。だから風来祭なんだよね。福風祭じゃダメなの?


「?! そ、そうだな、何故福風祭ではなく風来祭なのだ?」 

「風の神様は商売の神様だからなー。商人にとっては、店に風が吹くのは客が来ないからって言われるんだよー。“吹く風”は商機が逃げるから縁起が悪いってねー」

「成る程、“吹く風”と”福風”で縁起が悪いんだね! ありがとークレイさん!」


 お礼を言って手を振ると、その眠そうな顔のままニッコリ笑って、クレイさんが手を振り返してくれた。
 

「むぅ~羨ましい……! クレイめ、私の役目を横取りしたな!」

「レインー、それは理不尽って言うんだよー?」

「レ、レイン姉も! 色々知らない事を教えてくれて、ありがとう!」


 不機嫌になって、今にも剣を抜きそうな雰囲気のレイン姉に、私は慌てお礼を言った。


「そうか? そうか! これからもわからないことがあれば、私に聞くといい!」


 レイン姉の機嫌は良くなったけど、今度は何故かセヨンさんの機嫌が悪くなり、今夜の野営地に着くまでの間、ご機嫌取りが大変だった。
 いっそ魔物でも来てくれた方が楽だったかも。いや、それは不謹慎か。

 野営はパッキーさんのテントを挟む形で、それぞれのパーティーのテントを張ることになった。
 レイン姉は女性なので、個別に持っていたテントを、私達のテントの側に張る形だ。
 そして私達のテントは、トンボ式コンテナで運んできたので、あっという間に張り終わった。
 あらかじめテントを張って、その状態で圧縮して運んできたので、文字通り一瞬だった。

 皆の驚く顔が面白かった。眠そうな顔のクレイさんですら、目を見開いていた。
 パッキーさんだけが、驚いた後に真剣な顔をしてなにやら考え事をしていので、もう少し隠すべきだっただろうか?
 しかし、出さないと私達の使うテントが無くなるという悲哀。
 なんにせよ、早くテントが張れたので、夕食を作る事にした。
 え? おっちゃんにダメって言われたって? 大丈夫、壁魔法で囲えば匂いは漏れないから。
 だって、試しに食べた非常食、滅茶苦茶不味かったんだもん。


「という訳で! 私トンボが料理を作ります! アシスタントのセヨンさん、よろしくお願いします!」

「ん、でもワタシ、料理、苦手」

「大丈夫です! 私もそれほど上手じゃないですから!」


 料理チートを諦めた私に死角はなかった!
 だってこの世界揚げ物とかお菓子とか、普通にあるんだもんなー! ズルくね?
 ですので、普通に私の得意な料理を作ります!


「昔母が言いました、“味噌汁作れりゃ結婚できる”と……」


 父のプロポーズが“君に毎日味噌汁を作ってほしい”だったらしく、母は味噌汁を作れるように練習してからOKしたとか。


「流石に味噌汁だけでは不安だった私は、色々な汁物を作れるように練習しましたから! 汁物には自身がありますよ!」


 他の料理は作れる物と作れない物のばらつきが凄いし、にわか知識が多いけど。
 汁物だけなら異世界でも勝負できます。


「なので! スープを作りましょう! パンは買ってあるので、パンに合うポタージュスープを作りましょうね」

「まかされた」


 材料はこちらの圧縮して運んできた野菜を使いますよ。
 元の大きさによって、圧縮してできるコンテナの大きさも変わるため、野菜類はテントより小さくまとめられている。
 壁魔法なら空気を抜いて真空パックのようにも使えるため、保存性も良い。


「まずじゃがいもを細かく切ります。はいセヨンさん」

「ん、切る」


 壁魔法をまな板代わりにしてじゃがいもを乗せ、セヨンさんに包丁を渡す。
 バリン!
 セヨンさんの一撃は、見事じゃがいもを両断してみせた。
 壁魔法ごと。
 光の粒子になって消えるまな板と、地面に転がるじゃがいも。
 うん、わかった。


「セヨンさんは見学していてください」

「ち、違う! まな板、脆かった!」


 残念、包丁を勢いよく振り下ろした時点でアウトなんですよ。
 苦手の意味が、私とセヨンさんでは、天と地程も違ったので、笑顔で戦力外通告する。


「じゃがいもは洗って再利用ね。そして細かく切ります。玉ねぎも同様にみじん切りにしましょう」

「ううっ……」


 セヨンさんは玉ねぎと、私の評価のダブルパンチに涙しているが、私は壁魔法で顔を覆って、玉ねぎエキスをガード。


「野菜が切れたら、玉ねぎを透明になるまで炒めます」


 火の魔方陣を刻んだ壁を作り、鍋を乗せて火を点ける。
 見た目は平べったいカセットコンロである。壁魔法も使い方ひとつでキッチン魔法に早変わりよ!


「バターを敷いてから炒めますよー。玉ねぎを炒めたら、じゃがいもとコンソメキューブを入れます」


 コンソメキューブなんて異世界にない?
 ないなら作ればいいじゃない!

 昨日食材の買い出しを済ませた後、猫の目亭の厨房を借りて、半日かけて作りましたよコンソメスープ。
 アクを掬い続ける作業が辛かったけど。
 できたコンソメスープだけコンテナに入れて圧縮すれば、あっという間にコンソメキューブの出来上がりよ。
 そのまま鍋に入れて壁を消せば、コンソメスープがドバッと出てくるお手軽仕様で、いちいち水に溶かす必要もない。


「そうしたら沸騰前に火を弱め、牛乳を入れて、じゃがいもが煮崩れするまで、弱火でとろとろ煮込んでいきます」


 30分程でじゃがいものポタージュスープが完成する。
 我ながら完璧だ。
 今度鶏ガラスープもキューブにしておこう。


「できたのか!」

「うおっ! びっくりしたー、レイン姉いつからそこに」


 いつの間にか、匂い遮断の為に張っていた壁に、レイン姉が引っ付いてこちらを覗いていた。
 欲しいおもちゃをショーウィンドウ越しに見ている子どもみたいだな。


「レイン姉許可」

「おっととっ」


 私がそう言うと、レイン姉が壁をすり抜けた。
 いきなり壁の抵抗がなくなり、レイン姉は少しつんのめったが、直ぐに立て直した。
 

「おお! 良い匂いだ! 私の分はあるのか?! 男共の分は無しでもいいから、私には分けてくれ!」


 深呼吸して、ポタージュスープの匂いを堪能したレイン姉が、酷いことを言っている。
 清々しいクズ発言だが、レイン姉のこういう自分に正直な所は好きだったりする。
 

「皆の分あるから大丈夫だよ。テントの設営は終わった?」

「ああ、皆待っているぞ、ほら」


 レイン姉が私の背後を指差した。
 振り返るとそこには、先程のレイン姉と同じく壁に引っ付く、シャルムスさんとクレイさんの姿があった。
 パッキーさんは興味深そうに壁に触れている。
 

「シャルムスさんとクレイさん、それからパッキーさんも許可」


 壁魔法にも馴れてきたので、最近は壁はそのままで出し入れも可能になっている。
 人は指名しないと誰でも入れてしまうので、許可をする時は名前を呼ぶ必要があるけど。

 許可すると、3人共中に入ってきた。
 丁度良いので、このまま夕食にすることに。 


「うめぇ! トンボちゃん料理上手だな!」

「パンにも合うし、なんというか味が深いよねー」

「クレイの言うことはわからんが、美味いな!」

「ん、トンボ、美味い」

「これは美味しいですね。確かにじゃがいもだけでなく、色んな味が絡みあっています」

「でしょでしょ? スープだけは得意だからね!」


 コンソメを使うと味に深みが増すから、クレイさんとパッキーさんが言っているのは、当たっている。
 

「味の秘密はコンソメキューブだよ」


 私はコンソメスープの詰まったコンテナを取り出して見せる。


「それがコンソメキューブですか……先程から見てきましたが、トンボさんの魔法は興味深いですね。モノを小さくして運ぶ箱、人を通さぬ壁、匂いも遮断していましたが、音なんかも遮断できるのですか?」

「どうだろう? 試したことなかったや……えい!」

「……うん、虫の声が聞こえなくなったねー」


 クレイさんが結果を教えてくれた。
 どうやら私の壁魔法は音の遮断もできるらしい。
 魔力の回復が早くなり、気軽に壁魔法を使えるようになってから、壁魔法が使えるチートになってきたんじゃないかこれ?


「だとすれば、聞かれたくない話をするのにもうってつけですね。トンボさんの魔法は、商人なら誰でも欲しがる魔法ですよ!」

「おっと、パッキーの旦那。トンボちゃんに手を出すと、ラプタスの冒険者の大半を敵に回すぜ? もちろんおっさんもな」

「私もな!」

「だねー」

「ん! トンボ、守る」


 おお、皆ありがとう。
 と言いつつ、実は私が、壁魔法に興味を持っていそうなパッキーさんに釘を刺す為、テントを張った後、皆にフォローして欲しいと頼んだのだ。
 でもシャルムスさん。ラプタスの冒険者の大半が敵に回るは言い過ぎじゃね?
 いや、ハッタリだからむしろ大きく出るべきなのか?
 

「安心してください。確かにトンボさんの魔法は商人向きですが、パック商会位の規模になると、おそらく魔力が足りずに、各地へ運ぶ商品の量に偏りが出てしまいます。そうなると届く商品少ない所から不満が出てきたりと、逆に悪影響を及ぼすことになりかねません」


 どうやら考えすぎだったみたいだ。
 でもそれじゃあ、壁魔法で商人目指す! ってのは、私には無理そうかな。


「それでも、個人で行商をするには最適な魔法ではありますので、トンボさんを雇いたいと思う商人は多いと思いますよ?」


 うーん、行商人になって各地を旅するのも楽しそうだけど、やっぱり私は冒険者が一番だな。


「確かにな、トンボちゃんは気を付けろよ?」

「なにかあれば、この私に言うんだぞ!」

「トンボ、ワタシに相談、先」

「ずるいぞセヨン!」

「保護者、当然の権利」

「張り合うなよー」


 こうして心配してくれる仲間もいるしね!
 
 初の野営は、夜の見張りも含め、夜更かしした修学旅行の夜みたいで楽しかった。






ーーーーーーーーーー

 スープだけは得意な謎。
 この設定が活かされることは無い。と思う。
 
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