【完結】Good Friends

朱村びすりん

文字の大きさ
上 下
43 / 56
第五章:血の旅人

しおりを挟む
 やっとたどり着いた部屋は,密封された個室であった。まるで外の音も侵入させないような,静かすぎる場所。
「……エイダ!」
 扉をしっかりと閉め,スウェンは思わず叫んだ。しかし,返事はない。
――顏を赤くし,苦しそうに呼吸をしながら眠るエイダの姿があった。
 スウェンはそっと,彼女が眠る隣に座る。

 何日も見ていなかったエイダの顏を,ようやく目に入れることができた。それなのに――,少しも安心することができなかった。
 本当に本当に,辛そうな顏をしている。
 なぜこんなことに。
 スウェンは彼女の額に静かに触れた。顔面が,ありえないほど熱くなってしまっている。
(……お願いだ,エイダ。すぐに元気になると言ってくれ)
 心の中だけで,スウェンは彼女に話しかけた。
 エイダの,あの季節外れのニット帽がベッドの下に落ちていた。
おもむろにスウェンはそれを拾う。見るとそれには,何十本もの赤茶の髪の毛が付着していた。


……エイダの髪の毛だ。

 また,泣きたくなってしまった。しかしスウェンは悲しみを必死に抑えた。一番辛いのは,エイダだと思ったからだ。
 スウェンは,掛布団の中に手を入れてエイダの手を探った。もうすぐ夏になるというのに,エイダは相変わらず長袖を着ている。スウェンはギュッと彼女の手を握った。
「……え?」
 スウェンは驚愕した。
 エイダの手は,異常なほど冷たくなっていた。まるで氷のように――死人みたいだ。しかも,いくら強く握ってみても,彼女の指先は動かない。硬くなってしまっていた……。
 スウェンは布団の中から彼女の腕を引っ張り出し,袖を恐る恐る捲ってみた。
「……! これは」
 スウェンは堪らず,目を閉じた。現実を,疑おうと思った。とても,ショックで――。

 その小さくて細い腕には,どす黒い斑点がいくつもいくつも出来ていた。肌は雪のように真っ白。
 この腕で,よく剣を振れたものだ。こんなに弱々しい体で彼女が今までずっと旅を続けていたのだと思うと,スウェンは苦しくなった。
 目を閉じたままうつむき,スウェンはエイダの笑顔を思い浮かべていた。

「……ス……ウェン……」

 ハッとした。

かすれてハッキリしない今の声は,たしかに彼女のもの。スウェンは瞳を開けた。
「エイダ! ……起きたんだな」
「……ええ」
 エイダの声は小さすぎた。それでも,よかった。
「大丈夫か,すごく心配したぞ。……この服は,腕を隠すために着てたんだな」
「――見た,のね。スウェンには,見てほしく,なかったな……」
 悲しそうにそう言うエイダ。
 スウェンには,聞けなかった。彼女の病気について,一言も。
 暗い,雰囲気になってしまった。気まずい中で,スウェンはドーナツの存在を思い出した。
 袋を開け,できる限りの笑顔でスウェンは言った。
「エイダ,さっき町でドーナツ買ってきたんだ。一緒に食べないか?」
「……ええ,そういえば……お腹が空いたわ。でも……いいの?」
「ああ。エイダのために買ってきたんだから」
 スウェンがドーナツを見せると,エイダはかすかに笑った。
「本当に……スウェンはドーナツが好きなのね」
 シュガードーナツを受けとると,彼女は「スウェンも食べるでしょ?」と嬉しそうに言った。スウェンは大きく頷いた。
 エイダは寝た体を,ゆっくりと起こす。そんな彼女の背中を,スウェンは支えてあげた。
「ありがとう……スウェン。いただきます」
 そして,エイダは口を小さく開けてドーナツを食べはじめた。そんな彼女を見ながら,スウェンはチョコレートドーナツを二口で平らげた。
 次のものに手を出そうとしたとき,スウェンは動きを止めた。
「エイダ……?」
 彼女は目を下に落としたまま,口を止めてしまっていたのだドーナツは,全くと言っていいほど減っていない。

「……食べれないの」
「え?」
「どうしよう……食べれないの……」

 スウェンは,言葉に詰まる。どうすればいいのか,分からなかった。
 大切な人がこんなに切ない顏をしているのに,スウェンは何もできなかった。
(エイダ……)
 無言でスウェンは,彼女の肩に手をそっと置いた。
 すると――
「あ……」
 彼女の瞳から,ポロリと涙が流れた。慌ててエイダは自分の顏を手で拭う。
「やだ……私,どうして泣いてるの……」
 言いつつも,涙はどんどん溢れ落ちる。
 スウェンはそれを見て,急に胸が熱くなった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。

彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。 目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

王太子様に婚約破棄されましたので、辺境の地でモフモフな動物達と幸せなスローライフをいたします。

なつめ猫
ファンタジー
公爵令嬢のエリーゼは、婚約者であるレオン王太子に婚約破棄を言い渡されてしまう。 二人は、一年後に、国を挙げての結婚を控えていたが、それが全て無駄に終わってしまう。 失意の内にエリーゼは、公爵家が管理している辺境の地へ引き篭もるようにして王都を去ってしまうのであった。 ――そう、引き篭もるようにして……。 表向きは失意の内に辺境の地へ篭ったエリーゼは、多くの貴族から同情されていたが……。 じつは公爵令嬢のエリーゼは、本当は、貴族には向かない性格だった。 ギスギスしている貴族の社交の場が苦手だったエリーゼは、辺境の地で、モフモフな動物とスローライフを楽しむことにしたのだった。 ただ一つ、エリーゼには稀有な才能があり、それは王国で随一の回復魔法の使い手であり、唯一精霊に愛される存在であった。

悪役令嬢ですが最強ですよ??

鈴の音
ファンタジー
乙女ゲームでありながら戦闘ゲームでもあるこの世界の悪役令嬢である私、前世の記憶があります。 で??ヒロインを怖がるかって?ありえないw ここはゲームじゃないですからね!しかも、私ゲームと違って何故か魂がすごく特別らしく、全属性持ちの神と精霊の愛し子なのですよ。 だからなにかあっても死なないから怖くないのでしてよw 主人公最強系の話です。 苦手な方はバックで!

引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る

Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される ・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。 実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。 ※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。

水しか操れない無能と言われて虐げられてきた令嬢に転生していたようです。ところで皆さん。人体の殆どが水分から出来ているって知ってました?

ラララキヲ
ファンタジー
 わたくしは出来損ない。  誰もが5属性の魔力を持って生まれてくるこの世界で、水の魔力だけしか持っていなかった欠陥品。  それでも、そんなわたくしでも侯爵家の血と伯爵家の血を引いている『血だけは価値のある女』。  水の魔力しかないわたくしは皆から無能と呼ばれた。平民さえもわたくしの事を馬鹿にする。  そんなわたくしでも期待されている事がある。  それは『子を生むこと』。  血は良いのだから次はまともな者が生まれてくるだろう、と期待されている。わたくしにはそれしか価値がないから……  政略結婚で決められた婚約者。  そんな婚約者と親しくする御令嬢。二人が愛し合っているのならわたくしはむしろ邪魔だと思い、わたくしは父に相談した。  婚約者の為にもわたくしが身を引くべきではないかと……  しかし……──  そんなわたくしはある日突然……本当に突然、前世の記憶を思い出した。  前世の記憶、前世の知識……  わたくしの頭は霧が晴れたかのように世界が突然広がった……  水魔法しか使えない出来損ない……  でも水は使える……  水……水分……液体…………  あら? なんだかなんでもできる気がするわ……?  そしてわたくしは、前世の雑な知識でわたくしを虐げた人たちに仕返しを始める……──   【※女性蔑視な発言が多々出てきますので嫌な方は注意して下さい】 【※知識の無い者がフワッとした知識で書いてますので『これは違う!』が許せない人は読まない方が良いです】 【※ファンタジーに現実を引き合いに出してあれこれ考えてしまう人にも合わないと思います】 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるよ! ◇なろうにも上げてます。

学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します

名無し
ファンタジー
 毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。

処理中です...