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第四章:八年間の友情
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――いつの間にか,誰もいない町外れまで来てしまっていた。くたびれたのか,エイダは走るのをやめて歩き始める。
二人が辿り着いた所では,古く小さな教会が淋しそうに立ち尽くしているのが目に入った。もう誰にも使われていないようである。
そこを通り過ぎると,高い高い丘の上に行き着いた。
太陽の光が眩しい――。心が奪われるほど素晴らしい景色がそこにはあった。
堂々と地上にその顏を出している山々。よく見ると皆,頂上に雪を覆い被せている。それに包まれる森林は,広く果てしなく緑を描いていた。そして,人で賑わう街は,ここから見ると建物の色が様々だということに気付かされる。何よりも,この大地を照らす光が美しさに溢れていた。
街の向こうには,黄金に輝くエルフィン城もそびえたっていた。
エイダは丘の先端で,足を止めた。
さりげなく,スウェンは彼女の隣に立つ。
「……いい景色ね」
静寂という言葉がふさわしい昼過ぎ。意外にもエイダは,話しかけてくれた。
「――死んだら,ここにお墓を建てたいわ。どうせならね」
「えっ?」
スウェンは,返事に困った。
――意味がわからない
「ごめんなさい,何でもないわ」
エイダは黙ってしまった。急にどうしてしまったのだろうと,スウェンには理解できなかった。
あまり気にせず,スウェンはエイダの方に体を向けて頭を下げた。
「エイダ……すまん」
そして彼女の顏を見ながら言った。
「俺が,悪かった! エイダに怒鳴ることじゃなかったのに」
「いい,いいのよ,もう。……綺麗なこの景色を見つけたら,さっきのことなんてどうでもよくなったわ」
エイダは微笑みながら,丘の向こうの眺めをいつまでも見つめていた。
――なんていい人なのだろう。自分など,くそったれだ。
己がどれだけ心の狭い人間なのか,スウェンは思い知らされた。
最初は知らなかったが,エイダ自身の良さ,というものを今,少しだけ分かった気がした。
「ねぇスウェン。……私,ジャックが国の王子だったこと,今でも驚いてるわ」
「何?」
「だって今,彼はあのお城にいるのよ。王子として。そんな凄い人と旅をしてたなんて……普通でもありえないことよ。私たち,ラッキーだったのよ!」
嬉しそうに,エイダは言う。
そんな話を聞きながら,城の方に目を向けるスウェン。
「あいつは……俺と違う世界にいる人間だ」
思わず口にしてしまった,心の悲しみ。スウェンはまた胸が痛んだ。
「そうね……」
エイダは落ち着いた様子だった。
「別に関係ないんじゃない?」
「えっ」
「私ね,羨ましかったの」
急にエイダの声が小さくなった。
「あなたたちのように,仲がいい人たちって見たことないから。常にお互いのことを意識し合って。いつも楽しそうに笑って。合わない二人に見えても,本当は一番信頼できる者同士で……」
「そう,見えたのか?」
「ええ。『一緒にいて落ち着く』って口に出さなくても私にはそれが分かった。二人は最高の“親愛なる友だち同士”なんだって」
エイダは優しい目をしていた。こんな彼女の顏は見たことがないほどであった。
「寂しかったのかしら。家出してからずっと私は一人で……あなたたちの仲間に入れてほしかったのよ」
そして彼女は,スウェンの目を見て笑みを溢した。スウェンの胸が,少しだけドキッとする。
「でも……」
少し冷たい風が,二人を包み込んだ。
「昨日の二人は,違ったわ。スウェンはジャックの友だち。ジャックはスウェンの友だち。間違えじゃないけど,……今だけは嘘の言葉になるわ」
スウェンはうつむいた。
「たしかにスウェンはジャックと違う世界の人間かもしれない。長い年月の間,彼に嘘をつかれていたのも事実。でも……それであなたたちの友情は,簡単に壊れるものなの?」
悲しげな声で,彼女が言ったとき。
城の方から,鳥たちの群れが飛んできた。
あんなに小さな生き物たちが,距離を置くこともなく仲間と共にしている。なぜ小鳥たちは,仲間と一緒に空を舞うのだろう……
スウェンには十分,分かっていることであった。
「友情は簡単に,壊せるものだ……」
スウェンは呟いた。
「でもそれは,相手のことを本当の友だちと思っていたらできないことだと思う」
ジャックと出会ったのは,運命ではない――。
しかし計画のためと言っても――,むしろ,計画があったからこそスウェンは彼と出会うことができたのだ。彼がいなければ,今の自分は存在しない。一生イジメられっ子でいたと断言してもいい。
ジャックはスウェンにとって,大切な大切な友だちだ――。
そんな分かりきったことを,今思い出した。
大きく,スウェンは息を吸い込む。
「俺はエイダの気持ち分かるよ!」
「……スウェン」
エイダがスウェンを見る。
「誰だって一人は寂しい! それなのに俺は自分で,大切な物を手放した! 何にも考えないで,ジャックのことを『いらない』と思っちまったからだ!」
大声で,スウェンは丘の上から叫んだ。
「俺はバカだ! まじで大バカ者だ!」
城に,ジャックに届くように,スウェンは大音声で叫んだ。するとエイダが隣で,「クス」と笑ってから深呼吸してから言った。
「そうよ! スウェンはバカよ! スウェンはバーカ!」
「友だちを手放した,後悔野郎ー!!」
「自分のことしか考えてない最低男ー!!」
「俺は世界一のクソ野郎ー!!」
「スウェンのクソ野郎ー!!」
――二人は,喉が痛くなるまで絶叫し続けた。
やがて,二人はお互いを見ながら吹き出した。訳もなく,腹の底から笑い合ったのだ。
「エイダ,言ってくれるな!」
「なによ,本当のことでしょ!」
きついことは言っていたが,悪気があるのではなく,それは彼女なりの誠意だとスウェンは知っていた。
――彼女のおかげで目が覚めた。
笑うのを止め,スウェンは真顔になった。
スウェンに微笑みかけながら,エイダはピースをする。
「ジャックの所に,帰るわよね?」
その問いかけと共に,丘の向こうからまた風が流れた。
ジャックは特別な存在。もしもスウェンが女であったら――彼に恋心を抱いていたかもしれない,と言えるほど。
友情を壊すのは簡単なことでも,スウェンには彼が「いらない存在」とは思えなかった。
だから,スウェンはエイダにはっきり言った。
「もちろんだ。あいつの所に……行くよ」
この美しい景色に感動しつつ,二人はその場を離れた。戻り際に,スウェンは再度後ろを振り返った。
ぽつんと建つ教会のすぐそばに,いくつか墓があることに気づく。一体,どんな人たちがこの場所で永遠の眠りに落ちているのだろうか。スウェンはエイダの先ほどの言葉を,うっすらと思い出していた。
もうここに来ることはないだろう。
どこか切ない町外れの丘の上。まるでそこは,もう人々には忘れ去られてしまった「誰も知らない場所」のようにスウェンは見えた――。
二人が辿り着いた所では,古く小さな教会が淋しそうに立ち尽くしているのが目に入った。もう誰にも使われていないようである。
そこを通り過ぎると,高い高い丘の上に行き着いた。
太陽の光が眩しい――。心が奪われるほど素晴らしい景色がそこにはあった。
堂々と地上にその顏を出している山々。よく見ると皆,頂上に雪を覆い被せている。それに包まれる森林は,広く果てしなく緑を描いていた。そして,人で賑わう街は,ここから見ると建物の色が様々だということに気付かされる。何よりも,この大地を照らす光が美しさに溢れていた。
街の向こうには,黄金に輝くエルフィン城もそびえたっていた。
エイダは丘の先端で,足を止めた。
さりげなく,スウェンは彼女の隣に立つ。
「……いい景色ね」
静寂という言葉がふさわしい昼過ぎ。意外にもエイダは,話しかけてくれた。
「――死んだら,ここにお墓を建てたいわ。どうせならね」
「えっ?」
スウェンは,返事に困った。
――意味がわからない
「ごめんなさい,何でもないわ」
エイダは黙ってしまった。急にどうしてしまったのだろうと,スウェンには理解できなかった。
あまり気にせず,スウェンはエイダの方に体を向けて頭を下げた。
「エイダ……すまん」
そして彼女の顏を見ながら言った。
「俺が,悪かった! エイダに怒鳴ることじゃなかったのに」
「いい,いいのよ,もう。……綺麗なこの景色を見つけたら,さっきのことなんてどうでもよくなったわ」
エイダは微笑みながら,丘の向こうの眺めをいつまでも見つめていた。
――なんていい人なのだろう。自分など,くそったれだ。
己がどれだけ心の狭い人間なのか,スウェンは思い知らされた。
最初は知らなかったが,エイダ自身の良さ,というものを今,少しだけ分かった気がした。
「ねぇスウェン。……私,ジャックが国の王子だったこと,今でも驚いてるわ」
「何?」
「だって今,彼はあのお城にいるのよ。王子として。そんな凄い人と旅をしてたなんて……普通でもありえないことよ。私たち,ラッキーだったのよ!」
嬉しそうに,エイダは言う。
そんな話を聞きながら,城の方に目を向けるスウェン。
「あいつは……俺と違う世界にいる人間だ」
思わず口にしてしまった,心の悲しみ。スウェンはまた胸が痛んだ。
「そうね……」
エイダは落ち着いた様子だった。
「別に関係ないんじゃない?」
「えっ」
「私ね,羨ましかったの」
急にエイダの声が小さくなった。
「あなたたちのように,仲がいい人たちって見たことないから。常にお互いのことを意識し合って。いつも楽しそうに笑って。合わない二人に見えても,本当は一番信頼できる者同士で……」
「そう,見えたのか?」
「ええ。『一緒にいて落ち着く』って口に出さなくても私にはそれが分かった。二人は最高の“親愛なる友だち同士”なんだって」
エイダは優しい目をしていた。こんな彼女の顏は見たことがないほどであった。
「寂しかったのかしら。家出してからずっと私は一人で……あなたたちの仲間に入れてほしかったのよ」
そして彼女は,スウェンの目を見て笑みを溢した。スウェンの胸が,少しだけドキッとする。
「でも……」
少し冷たい風が,二人を包み込んだ。
「昨日の二人は,違ったわ。スウェンはジャックの友だち。ジャックはスウェンの友だち。間違えじゃないけど,……今だけは嘘の言葉になるわ」
スウェンはうつむいた。
「たしかにスウェンはジャックと違う世界の人間かもしれない。長い年月の間,彼に嘘をつかれていたのも事実。でも……それであなたたちの友情は,簡単に壊れるものなの?」
悲しげな声で,彼女が言ったとき。
城の方から,鳥たちの群れが飛んできた。
あんなに小さな生き物たちが,距離を置くこともなく仲間と共にしている。なぜ小鳥たちは,仲間と一緒に空を舞うのだろう……
スウェンには十分,分かっていることであった。
「友情は簡単に,壊せるものだ……」
スウェンは呟いた。
「でもそれは,相手のことを本当の友だちと思っていたらできないことだと思う」
ジャックと出会ったのは,運命ではない――。
しかし計画のためと言っても――,むしろ,計画があったからこそスウェンは彼と出会うことができたのだ。彼がいなければ,今の自分は存在しない。一生イジメられっ子でいたと断言してもいい。
ジャックはスウェンにとって,大切な大切な友だちだ――。
そんな分かりきったことを,今思い出した。
大きく,スウェンは息を吸い込む。
「俺はエイダの気持ち分かるよ!」
「……スウェン」
エイダがスウェンを見る。
「誰だって一人は寂しい! それなのに俺は自分で,大切な物を手放した! 何にも考えないで,ジャックのことを『いらない』と思っちまったからだ!」
大声で,スウェンは丘の上から叫んだ。
「俺はバカだ! まじで大バカ者だ!」
城に,ジャックに届くように,スウェンは大音声で叫んだ。するとエイダが隣で,「クス」と笑ってから深呼吸してから言った。
「そうよ! スウェンはバカよ! スウェンはバーカ!」
「友だちを手放した,後悔野郎ー!!」
「自分のことしか考えてない最低男ー!!」
「俺は世界一のクソ野郎ー!!」
「スウェンのクソ野郎ー!!」
――二人は,喉が痛くなるまで絶叫し続けた。
やがて,二人はお互いを見ながら吹き出した。訳もなく,腹の底から笑い合ったのだ。
「エイダ,言ってくれるな!」
「なによ,本当のことでしょ!」
きついことは言っていたが,悪気があるのではなく,それは彼女なりの誠意だとスウェンは知っていた。
――彼女のおかげで目が覚めた。
笑うのを止め,スウェンは真顔になった。
スウェンに微笑みかけながら,エイダはピースをする。
「ジャックの所に,帰るわよね?」
その問いかけと共に,丘の向こうからまた風が流れた。
ジャックは特別な存在。もしもスウェンが女であったら――彼に恋心を抱いていたかもしれない,と言えるほど。
友情を壊すのは簡単なことでも,スウェンには彼が「いらない存在」とは思えなかった。
だから,スウェンはエイダにはっきり言った。
「もちろんだ。あいつの所に……行くよ」
この美しい景色に感動しつつ,二人はその場を離れた。戻り際に,スウェンは再度後ろを振り返った。
ぽつんと建つ教会のすぐそばに,いくつか墓があることに気づく。一体,どんな人たちがこの場所で永遠の眠りに落ちているのだろうか。スウェンはエイダの先ほどの言葉を,うっすらと思い出していた。
もうここに来ることはないだろう。
どこか切ない町外れの丘の上。まるでそこは,もう人々には忘れ去られてしまった「誰も知らない場所」のようにスウェンは見えた――。
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