31 / 56
第四章:八年間の友情
8
しおりを挟む※
人で賑わう夜の飲み屋。大騒ぎしながら馬鹿笑いする客たちの中,カウンターでぽつんと座るスウェンがいた。
「お客さん,ちょっと飲みすぎだよ。旅人なんだろ? 二日酔いはまずいよ」
男らしい若い女の店主が,心配そうにスウェンに尋ねた。スウェンは五杯目になる酒を飲みほし,乱暴にボトルをカウンターに置いた。
「うるせえ! 旅なんてばかばかひい。もお一本もってこひ!」
「……呂律が回ってないじゃないか。何があったか知らないけど,酒に溺れるのはよくないよ」
そんな店主に苛立ち,スウェンは酔った勢いで立ち上がった。
「うだうだ言ってんぢゃねえ! 俺は客だ。酒だ。酒もってこひ!」
手を挙げて平手打をしようとした瞬間。
「――スウェン!!」
背後から,聞き覚えのある声がした。
振り向くとそこに,息を切らせてこちらを睨むエイダがいた。
「お前……なんでここに……」
「何でじゃないわよ! あなたのこと,ずっと捜し回ってたんだから! やっと見つけたと思ったらなに? こんな所でお酒飲んでるなんて――」
まるでうるさい母親のように,エイダはがみがみ言っていた。スウェンはそんな彼女の話,半分も聞いていられなかった。頭ががんがんしていた。
「うるせえ……黙れ……」
立っていることすら苦になり,スウェンはその場にしゃがみこんだ。
「あっ,スウェン!」
エイダも座り,スウェンの肩に手を置いた。
「お客さん……大丈夫かい? さっきから相当飲んでるんだよ」
「……そこのボトルの量を見たら分かります」
エイダは小さな声で,店主に言った。
スウェンは突然,虚しさに襲われた。蹲りながら,呟いた。
「なんでだよ……」
「え?」
エイダと店主が耳を傾けた。
「なんでだ……俺は,あいつを信じてたのに。王子? 国のため? 世界がまるで違うじゃねぇか……。ふざけんな……ふざけんなジャック……」
涙が出そうだったが,スウェンは堪えた。泣くのは心の中だけで十分だ――。
「スウェン……」
エイダが背中辺りをさすってきた。彼女に優しくしてもらうのは,初めてのことだった。
スウェンは,こんな自分が恥ずかしくて仕方がなかった。
「何だかよく分からないけど,相当参ってるね。お客さん,宿は取ってあるかい?」
「……生憎,私たちそんなお金なくて……」
「……そうかい」
二人の会話が,スウェンの耳の中に流れていく。何を話しているか,スウェンには分からなかった。
視界がボヤけていく――。
「じゃあ,この店の2階に,部屋があるから。寝床もあるし,お客さんたちに一晩貸してやるよ」
「……え? 本当に?」
「ああ。こっちのお客さんには,だいぶお酒飲んでもらったからね――。特別に。一部屋しかないけど,それでもいいなら」「助かります! ありがとうございます!」
エイダが嬉しそうに言った。そして,スウェンの耳元で囁いた。
「スウェン。店主さんが,部屋貸してくれるって。屋根の下で寝れるわよ。2階まで行こう?」
「……あー……」
頭痛が激しくて,返事もままならなかった。
「スウェン……しっかりしてよ」
彼女のその言葉を最後に,スウェンの瞼は閉ざされた――。
*
少し肌寒い春の夜。地面にはピンク色の桜が,積もっていた。
スウェンは,実家の前に立っていた。しかし,どこか,家の様子が違う気がした。
しばらくすると,家の中から髭を生やした男が出てきた。両腕の中には,一人の赤ん坊。大声で泣き叫んでいる。
しかし男は気にもしない様子で,自分のポケットの中に手を入れた。何かを探っているようだ。
そして,男が出したものは,何かの液体が入った小ビンであった。
それを見た瞬間,なぜかスウェンの心臓がドクンと唸った。
――何をしようとしてる?
スウェンがそう言葉を放とうとすると,どういうわけか口を動かすことができなかった。
その間に,男は辺りを見回していた。一瞬目が合った気もしたが,スウェンの存在に全く気づいていないようだった。
(どうなってるんだ……?)
そう思わずにはいられなかった。
「ははは……」
不気味に,男が笑った。
「この実験が成功すれば,生きてることが楽しくなるぜ……」
意味不明なことを言いながら,男は小ビンのふたを開けた。
赤ん坊の泣き声は,更に酷くなる。
「ついでに,世界もおれたちの物になるのだ」
と言いながら,腕の中の赤ん坊の頭を,急に片手で掴んだ。
――まだ首が据わっていない子を,あんな風に扱うなんて。
(まさか虐待か!)
そう思ってスウェンは止めに行こうとするが,体すら動いてくれなかった。何がなんだか,分からなかった――。
もう片方の手に持っていたビンの飲口を,無理矢理赤ん坊の口に当てた。
中の液体は,見る見る内に減っていく。
――赤ん坊に得体の知らない液体を飲ませるなど,この男は一体――?
「さあ……効果はあるか。おれを喜ばせてくれ」
男が言った直後,赤ん坊が急に激しい咳を始めた。涙がどんどん流れ,大量の尿も出していた。やがて咳は止まり,赤ん坊は全身の激しい痙攣を起こしはじめた。
――とても,恐ろしい光景だった。
「あぎやああぎやああぎやあ!!!!」
乳児とは思えない奇声を発し,スウェンの耳は痛くなるほどだった。
(な……なんなんだ!?)
見ていられなくなり,スウェンは目をそらした。
その瞬間,男が叫んだ。
「世界はおれたちの物だぞスウェン!!」
――え?
それから,スウェンの目の前は,真っ暗になった――。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。
彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。
目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
悪役令嬢ですが最強ですよ??
鈴の音
ファンタジー
乙女ゲームでありながら戦闘ゲームでもあるこの世界の悪役令嬢である私、前世の記憶があります。
で??ヒロインを怖がるかって?ありえないw
ここはゲームじゃないですからね!しかも、私ゲームと違って何故か魂がすごく特別らしく、全属性持ちの神と精霊の愛し子なのですよ。
だからなにかあっても死なないから怖くないのでしてよw
主人公最強系の話です。
苦手な方はバックで!
竜騎士は魔女猫を溺愛中。
yu-kie
ファンタジー
記憶をもどした私は猫でした。だけど私にはもうひとつの姿があって。実は闇から生まれた闇を操る魔女でした。猫になってから10年後に私は生まれたときの記憶を取り戻すと自分の正体がわかって来て…
異世界のんびりワークライフ ~生産チートを貰ったので好き勝手生きることにします~
樋川カイト
ファンタジー
友人の借金を押し付けられて馬車馬のように働いていた青年、三上彰。
無理がたたって過労死してしまった彼は、神を自称する男から自分の不幸の理由を知らされる。
そのお詫びにとチートスキルとともに異世界へと転生させられた彰は、そこで出会った人々と交流しながら日々を過ごすこととなる。
そんな彼に訪れるのは平和な未来か、はたまた更なる困難か。
色々と吹っ切れてしまった彼にとってその全てはただ人生の彩りになる、のかも知れない……。
※この作品はカクヨム様でも掲載しています。
【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う
たくみ
ファンタジー
圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。
アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。
ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?
それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。
自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。
このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。
それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。
※小説家になろうさんで投稿始めました
称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~
しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」
病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?!
女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。
そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!?
そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?!
しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。
異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる