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第五章
会いたい
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リュウジさんと話をした後、俺は通常通り朝のホームルームに参加した。ただし、頭の中は彼女のことでいっぱい。そんな中でも、授業は容赦なく始まる。
一時間目は古文だった。授業内容を真面目に聞いてるふりをして適当に板書し、教科担当がテストの範囲を告げていたのでそこだけはきちんとメモを取った。
というか、もうすぐ期末テストかよ。つい最近、中間を受けたばかりじゃなかったか。いとわろし、いとわびし、だ。
テストは怠いが──俺はこのとき、ある考えが浮かんだ。定期試験は、内申点や単位に多大なる影響を及ぼすものだ。受けなければ、最悪留年になる。
彼女は学校に来ていないものの、授業はオンラインで受けているらしいというのをリュウジさんから聞いた。単位を落とさないためだろうとリュウジさんは苦笑していた。実に、彼女らしい。
それに加え、以前ガチ鬼がこんな話をしていた。定期テストはオンライン不可で、校内でしか受けられないこと。なにか事情がある場合、特別処置として保健室内でのテストも可能、という説明もしていた。
彼女は、期末試験を保健室で受ける可能性が高い。テストをすっぽかすようなことは絶対にしないと俺は思った。
──だとすれば、勝負は試験期間中となるわけだ。
一週間後。テスト一日目。天気は生憎の雨。
じめっとした空気が相変わらず不快だが、嘆いている暇はない。今日は三教科のテストがある。一教科目は数Aだ。
テスト後に、俺は彼女に会いに行く。約束もしていなければ、連絡もしていない。だけど、今日は彼女に会える最大のチャンスとなる。
内心そわそわしているが、まずは真面目にテストを受けることにしよう。
試験開始のチャイムが鳴ると同時に俺は問題と答案用紙に自分の名前を書き込む。他のクラスメイトたちよりも数秒先に問題を確認し始めた。
数Aの範囲は主に和の法則と積の法則。数学は得意な方なので、余裕。脳内は完全に試験色に染まり、雑念など一切消え去った。自分で言うのもなんだが、今回はわりと自信がある。赤点は免れるだろう。
そんな調子で軽快に答案用紙を埋めていき、数Aのあとに理科と社会のテストも受けて一日目は無事に終わった。終了のチャイムが鳴ると、俺の頭の中は一瞬にして切り替わった。今の今まで問題を解くのにフル回転していたのが嘘のように、脳内が彼女のことで埋め尽くされるんだ。
一刻も早く、彼女のところへ。
帰りの会が終わると、俺は鞄を肩に背負い、すぐさま教室から立ち去ろうと歩き出した。
目指すは保健室。そこにきっと、彼女がいるはずだ。
保健室は二年の棟の一階にある。急げ、急ぐんだ──
「イヴァンくん」
焦る俺に、声を掛けてくる人物が現れた。その声に名前を呼ばれるのは何日振りだろう。大袈裟かもしれないが、懐かしさすら感じるほどだった。
ハッとして声の方を振り返る。
目の前には、アカネが立っていた。眉を八の字にして、俺の顔を見上げているんだ。
「な、なにか用か……?」
まだ、アカネとは変に気まずい。思わずどもってしまった。
声をかけてきた張本人ももじもじしているから余計に落ち着かない。
「あの、さ。ちょっとだけ話さない?」
「えっ」
話すって……なにを? また、聞きたくもない「噂話」をされるのか。
数秒迷ったが、今はなにより優先すべきなのは彼女だ。早くしないと、帰ってしまうかもしれない。
「今日は時間がないんだ」
「で、でも。少しだけ話をするだけだよ」
いや、明日の国語のテストに自信がないから、古文の勉強をしないとまずいんだ。などと適当に理由を告げた。
アカネには悪いが、俺はさっさとその場から離れる。
「待って……」と、蚊の泣くような声が聞こえたが、俺は一切足を止めない。
また彼女に関する話だったとしたら? ネガティブな内容だとしたら?
想像しただけでうんざりだ。そんな話、聞きたくもない。
保健室へ向かう中、俺は考えた。これから、どうしていくべきなのかを。もちろん、彼女が抱えている複雑な問題を、簡単に解決できるとは思っていない。
それでも俺は、彼女に会いたくて仕方がない。会って話をして目と目を合わせて、伝えたいことがあるのはたしかだった。
この前のデートで最後まで言えなかった台詞。今でも胸の中に秘めている。
『俺はサエさんのことが好き』
友だちとしてもそうだし、特別な意味も含めた「好き」という想い。
周りがどうであれ、彼女とこれからも仲良くしたい気持ちは絶対に変わらない。俺みたいに超絶にしつこくて迷惑な人間がいることも、彼女に改めてわからせてやりたい。そしていつかまた、あの素敵な笑顔を見せてほしいんだ。
俺の独り善がりな願いだが、彼女は受け入れてくれるだろうか。
──俺が保健室に着いたときには、すでに彼女の姿はなかった。先生に訊いてみたが、数分前に出ていってしまったようだ。その情報だけでもありがたい。
やはり今日、彼女は来ていた。ちゃんとテストを受けに来てきたんだ。
踵を返し、俺は二年の昇降口へ向かう。下駄箱には、試験を終えた二年の人たちがたくさんいた。それどころか、今日は三学年全て一斉に下校をするので、今や校門の外まで村高生がごった返しているだろう。
そんな中を、彼女が歩くだろうか──?
答えは否。彼女はまだ校内にいる。それも、人が全く来ないような場所に。
俺は二年昇降口を通りすぎ、廊下の奥の奥へと走っていく。突き当たりにたどり着くと、古い扉が見えた。そこを開ければ、食堂がある。しかし今日はその扉は鍵がかかっていて、封鎖されているらしい。
俺は扉の前で足を止めた。ドアノブに手をかけていた独りの人物の姿が、はっきりと目に映る。
俺は、息を呑んだ。独りぼっちで立ち尽くすその姿を前にして、心臓がドクンドクンと音を上げて忙しくなった。
──俺の求めている人が、すぐそこにいる。たしかに、彼女が、目の前にいたんだ。
「サエさん」
俺は自然と、大好きな人の名前を呼んでいた。
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