【完結】君と国境を越えて

朱村びすりん

文字の大きさ
上 下
9 / 53
第二章

気になる存在

しおりを挟む



 あの日以来、俺は校内で彼女を見かけるたび話しかけるようになった。
 彼女は表情をあまり変えない。その心情を読み取るのは、とても難しい。それが原因で、余計に俺の中で気になる存在となっていく。

 俺が絡んでいくことについて彼女はどう感じているのだろう。後輩のクセしてまともに敬語で喋らない俺を生意気に思っているのか。迷惑しているのか。それともどうでもいい存在か。実は内心楽しんでくれていたりするのか。見当がつかなった。

 相変わらず彼女からは切なさが滲み出ている。と同時に、あの冷たい瞳には、優しさも色づいている気がした。
 そんな彼女のことを、もっと知りたい。
 言葉では表現しがたいが、俺がこういう気持ちになるのは初めてだった。

 彼女と俺は大した共通点なんかない。ただ同じ高校に通っているだけ。
 俺がぼんやりしていたら、彼女とは疎遠になってしまうだろう。あっけなく関わりがなくなってしまうだろう。積極的に歩み寄らないと、彼女との出会いがただの思い出として終わってしまうんだ。
 そんなの、どうしたって嫌だった。
 だから俺は、わざと調子づいて積極的に絡みに行く。ふとしたときに彼女が笑ってくれると、それだけで嬉しかった。

 もちろん学年が違うせいで会えない日もあった。
 でもそれは、大きな問題じゃない。彼女に声をかけるチャンスは無数にある。
 俺が見かけたとき、彼女はいつも一人だから──

 
 六月上旬。関東地方は梅雨入りをし、今日の横浜市内も朝からどしゃ降りだった。
 大粒の雨のせいで道路は水浸し。普段は自転車通学をしているが、さすがに今日はやめた方がよさそう。やむを得ずバスと電車を使って登校することにした。 

 自宅から最寄りの東神奈川駅までは、バスを使わなければならない。いつものことだが、雨のせいで車内は激混みだ。
 ノロノロ走るバスに揺られ、二十分ほどで駅にたどり着く。
 足もとを濡らして駅構内を通過し、ホームへ入る。やはりそこでも人の数は多かった。
 どれだけ混雑していても乱れることのない列に並び、おしくらまんじゅうのようにぎゅうぎゅう詰めの電車に乗り込んだ。
 たった一駅だけなのに、疲労感がとんでもない。
 大きくため息を吐き、乱れた髪の毛を整え、どうにか横浜駅へと降り立った。
 改札を出ても、やっぱり雨はやむ気配がない。

 駅から学校までは歩いて十分ほどだが、まずはこの広い構内から脱出しなければ。
 昼夜問わず人々の群れで溢れる横浜駅構内は、雨の日だと更に人口密度が高い。おまけに蒸し蒸しした空気が不快感を増してうざい。
 一刻も早くこの熱気が充満する場所から抜け出したかった。とにかく俺は、速足になって出口を目指した。

 ──その、途中のことだった。

 見覚えのある姿が目に入る。絶え間なく人々が行き交う空間の端で立ち止まるひとつの人影。
 赤いリボンにチェック柄のスカート。村高の制服だ。
「彼女」の髪は、雨の日にも関わらず艶のある綺麗なショートボブだった。しっかりと手入れしているんだろうなと思った。

「サエさん」

 自然と、彼女の名が口から溢れる。
 人の流れに逆らい、俺は彼女のそばへ歩み寄った。

 八の字眉で、彼女は鞄の中身を漁っていた。

「どうした?」
  
 俺の存在に気づいた彼女はハッとしたように手を止め、困った顔をこちらに向ける。

「ああ、イヴァン。困ったわ。折りたたみ傘が見当たらないの」
「なくしたんすか」
「鞄に入っていないから、たぶん……電車で落としたのかも」
 
 周辺は、ざわざわと騒がしい。慌ただしく歩く人々の足音。外から響く雨の降る音。
 俺はそんな中で、ある考えがよぎった。

 ──彼女が、困っている。これは、助けるチャンスなのでは?
  
 困り果てる彼女に微笑みかけ、俺は自分のビニール傘をサッと差し出した。

「それじゃあ、俺の傘、使います?」
「なにそれ。あなたはどうするの?」
「サエさんと一緒に使うんだよ」

 俺がそう言い放つと、彼女の表情がたちまち曇る。呆れたように、わざとらしいため息を吐くんだ。

「遠慮しておくわ」
「えっ、なんで? まさかサエさん。照れてるのか?」

 俺の揶揄いに、彼女は大きく首を振る。

「そうじゃなくて。二人で同じ傘に入るってことでしょう? そんなの、周りに見られたらどう思われるか」
「ふーん。サエさんって、意外に人目を気にするタイプなんだな」
「違うの。なんというか、こう……変な噂を立てられたら嫌だなと思って。そういうの、面倒だから避けたいのよね」

 冷静にそう述べた彼女を前に、俺は言葉が止まってしまう。

 それは、そうか……。
 同じ傘に入ってただけでも、周りから見たら意味深な二人に見えるのかもな。この時間帯なら、村高の生徒たちが通学路を歩いているのは確実だ。
 俺は見られたって構わないし噂が立っても気にしない。だけど、明らかに彼女は困惑している。

 時刻は八時十五分。このままグダグダしていたら、二人とも遅刻してしまう。
 俺はもう一度、彼女に自分の傘を差し出した。

「これは、サエさんに貸します」
「はぁ? だから、あなたはどうするのよ」
「途中コンビニがあるから俺はそこで傘を買うよ。猛ダッシュするんで、ノープロブレム。メイウェンティ!」
「なに、それ……」

 慌てる彼女を無視して、俺は無理やりにでも傘を手渡した。

「急がないと遅刻だ。先に行きますね!」
「ちょ、ちょっと」

 俺は濡れたって構わない。彼女が雨に打たれてしまう方が大変だ。

 駅構内にひしめく人々の間をかきわけ、俺は彼女の前から立ち去り、速足で出口へと向かった。
 地上に出ると、家を出たときよりもさらに雨あしが強まっていた。屋根から一歩出れば、あっという間にびしょ濡れになるだろう。これでは、途中のコンビニで傘を買ったとしてもなんの意味もない。それならば、一分一秒でも早く学校へ辿り着いた方がいい。

 ザーザーと大きな音を立てる雫たちを前に、俺は意を決して走ろうとした。が──

「ねえ、待って!」

 背後から、焦る声がした。振り返ると、そこには息を上げてこちらを見やる彼女の姿。

 あーあ。……あっさり追いつかれたか。
 
「私なんかのために、あなたが濡れる必要はないわ」

 囁くように溢すと、彼女は傘を差し出してきた。息を整え、うつむき加減になる。

「一緒に、行きましょ」
「……え? それって」
「あなたの傘に入れてほしいの」

 落ち着いた口調で、彼女はたしかにそう言った。
 思わぬ展開に、俺は心の中でガッツポーズする。彼女は顔を背けながらも俺の隣に遠慮がちに並んだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】サルビアの育てかた

朱村びすりん
恋愛
「血の繋がりなんて関係ないだろ!」  彼女を傷つける奴は誰であろうと許さない。例えそれが、彼女自身であったとしても──  それは、元孤児の少女と彼女の義理の兄であるヒルスの愛情物語。  ハニーストーンの家々が並ぶ、ある田舎町。ダンスの練習に励む少年ヒルスは、グリマルディ家の一人息子として平凡な暮らしをしていた。  そんなヒルスが十歳のとき、七歳年下のレイという女の子が家族としてやってきた。  だが、血の繋がりのない妹に戸惑うヒルスは、彼女のことをただの「同居人」としてしか見ておらず無干渉を貫いてきた。  レイとまともに会話すら交わさない日々を送る中、二人にとってあるきっかけが訪れる。  レイが八歳になった頃だった。ひょんなことからヒルスが通うダンススクールへ、彼女もレッスンを受けることになったのだ。これを機に、二人の関係は徐々に深いものになっていく。  ダンスに対するレイの真面目な姿勢を目の当たりにしたヒルスは、常に彼女を気にかけ「家族として」守りたいと思うようになった。  しかしグリマルディ家の一員になる前、レイには辛く惨い過去があり──心の奥に居座り続けるトラウマによって、彼女は苦しんでいた。  さまざまな事件、悲しい事故、彼女をさいなめようとする人々、そして大切な人たちとの別れ。  周囲の仲間たちに支えられながら苦難の壁を乗り越えていき、二人の絆は固くなる──  義兄妹の純愛、ダンス仲間との友情、家族の愛情をテーマにしたドラマティックヒューマンラブストーリー。 ※当作品は現代英国を舞台としておりますが、一部架空の地名や店名、会場、施設等が登場します。ダンススクールやダンススタジオ、ストーリー上の事件・事故は全てフィクションです。 ★special thanks★ 表紙・ベアしゅう様 第3話挿絵・ベアしゅう様 第40話挿絵・黒木メイ様 第126話挿絵・テン様 第156話挿絵・陰東 愛香音様 最終話挿絵・ベアしゅう様 ■本作品はエブリスタ様、ノベルアップ+様にて一部内容が変更されたものを公開しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

【完結】僕は君を思い出すことができない

朱村びすりん
青春
「久しぶり!」  高校の入学式当日。隣の席に座る見知らぬ女子に、突然声をかけられた。  どうして君は、僕のことを覚えているの……?  心の中で、たしかに残り続ける幼い頃の思い出。君たちと交わした、大切な約束。海のような、美しいメロディ。  思い出を取り戻すのか。生きることを選ぶのか。迷う必要なんてないはずなのに。  僕はその答えに、悩んでしまっていた── 「いま」を懸命に生きる、少年少女の青春ストーリー。 ■素敵なイラストはみつ葉さまにかいていただきました! ありがとうございます!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

処理中です...