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第一章
西陽に照らされた後ろ姿
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「……ああ、あなたね。驚かせないで」
さりげなく本を閉じ、イヤホンを外すと、彼女はそれらを素早く鞄の中へしまう。
びっくりさせてしまったのは悪かった。でも俺は、彼女を見つけられた喜びが止まらないのだから仕方がない。
「ずっと探してたよ」
「は? どうして」
「お礼が言いたくて」
キョトンとするも、数秒だけ間を空けてから彼女は小さく息を吐いた。
「……まさか、今朝のこと? 私は風紀委員の仕事をしただけだから気にしないで」
「いやいや! あのガチ鬼に対して全然動じず、俺をかばってくれたんだ。感謝してます」
俺の言葉に対し、彼女は戸惑っているようだった。物珍しい人間を見ているような眼差しを向けてくる。
でも俺は、引かれたって気にしないぜ。
「マニーカフェでもあなたの中国語に助けられた。カッコいいよ。俺なんか、こんな見た目のクセして日本語しか話せないんだから。ははは」
わざと空笑いしてみせた。初めて会った人たちには、あえて伝えるようにしている。俺は英語なんて話せないんだと。
『イヴァンはイギリス人だから、英語ができて当然』
そんな偏見ともいえる言葉を、幾度となく浴びせられてきた。大抵は「英語のできないイギリス人」として残念な顔をされる。
うんざりだった。彼女にも、くだらない偏見や先入観で俺を見てほしくない。
彼女はどんな反応するのだろう。
身構える俺の前で、彼女はベンチからスッと立ち上がる。ふと笑みをこぼし、こんなことを口にした。
「ここは日本なんだから、日本語が喋れれば充分よ」
彼女はさらりと俺から背を向け、校門の方へ歩いていく。
……あれ? もしかして、普通に流されたか?
彼女が行ってしまう。俺はあわてて彼女のそばへ駆け寄った。
「待って」
俺の呼びかけに、彼女は無表情でこちらを見上げた。なんか、大人っぽい雰囲気だけれど、意外に身長は高くないんだよな。
そんなどうでもいいことを思いながら、俺は続けた。
「君の名前を知りたい。ついでに学年も」
「どうしてあなたに教えないといけないのよ」
やはり、冷めたい眼差しを向けられた。警戒されているのだろうか。
彼女には二つも借りがあるんだぞ。恩人の名前を知りたいと思うのは、当然の心理だ。
「俺を二度も助けてくれた、いい人なんだ。だから、ええっと。友だちになりたいと思って」
「……いい人? 私が? 友だちになりたいなんて、変わった人なのね」
含み笑いをすると、彼女は肩をすくめた。
どうしてそんなリアクションをするんだろう。変なことを言った覚えはないんだが。
「……まぁ、同じ高校なのも、なにかの縁かもしれないわね」
優しく微笑むと、彼女は初めてその名を口にした。
「私は──玉木よ。玉木サエ。二年六組」
「玉木サエさん。そうか、サエさんというんですね! やっぱり先輩だ。俺は一年一組のイヴァン・ファーマーです!」
「知ってるわよ」
「あ……そっか。俺の届け出、ちゃんと確認してくれていたんですもんね」
「じゃないと委員会活動なんてできないわ」
「すげぇな、サエさんは。超真面目!」
俺が言うと、彼女は頬をほんのり赤くしてそっぽを向いてしまった。
「……もういいでしょ? 帰っていい?」
「あっ、すみません、呼び止めてしまって」
本当はもう少し話がしたかった。だが、彼女はあまり長居したくないようで早歩きで校門へと歩いていく。
なぜだか分からない──西の陽に照らされる刹那、彼女の後ろ姿には切なさが醸し出されている気がしたんだ。
もうひとことだけ、いいか。彼女に言葉を向けてもいいかな。
「サエさん!」
歩みを止め、彼女はゆっくりと俺の方を振り返る。やっぱりその瞳は冷たかった。
「またマニーカフェに来てください。抹茶フラッペでもなんでも作る。しかも俺の奢りで!」
この言葉に、彼女は口角を僅かに上げた。
「別にいらない」
このときの彼女の口調だけは、あの西陽のように明るく感じた。
俺は彼女の姿が見えなくなるまで、その後ろ姿を見つめ続ける。胸がいっぱいになり、頬が熱くなった。校舎の窓ガラスに映る自分の顔が、妙に上機嫌に見えたのは俺の気のせいではないはず。
さりげなく本を閉じ、イヤホンを外すと、彼女はそれらを素早く鞄の中へしまう。
びっくりさせてしまったのは悪かった。でも俺は、彼女を見つけられた喜びが止まらないのだから仕方がない。
「ずっと探してたよ」
「は? どうして」
「お礼が言いたくて」
キョトンとするも、数秒だけ間を空けてから彼女は小さく息を吐いた。
「……まさか、今朝のこと? 私は風紀委員の仕事をしただけだから気にしないで」
「いやいや! あのガチ鬼に対して全然動じず、俺をかばってくれたんだ。感謝してます」
俺の言葉に対し、彼女は戸惑っているようだった。物珍しい人間を見ているような眼差しを向けてくる。
でも俺は、引かれたって気にしないぜ。
「マニーカフェでもあなたの中国語に助けられた。カッコいいよ。俺なんか、こんな見た目のクセして日本語しか話せないんだから。ははは」
わざと空笑いしてみせた。初めて会った人たちには、あえて伝えるようにしている。俺は英語なんて話せないんだと。
『イヴァンはイギリス人だから、英語ができて当然』
そんな偏見ともいえる言葉を、幾度となく浴びせられてきた。大抵は「英語のできないイギリス人」として残念な顔をされる。
うんざりだった。彼女にも、くだらない偏見や先入観で俺を見てほしくない。
彼女はどんな反応するのだろう。
身構える俺の前で、彼女はベンチからスッと立ち上がる。ふと笑みをこぼし、こんなことを口にした。
「ここは日本なんだから、日本語が喋れれば充分よ」
彼女はさらりと俺から背を向け、校門の方へ歩いていく。
……あれ? もしかして、普通に流されたか?
彼女が行ってしまう。俺はあわてて彼女のそばへ駆け寄った。
「待って」
俺の呼びかけに、彼女は無表情でこちらを見上げた。なんか、大人っぽい雰囲気だけれど、意外に身長は高くないんだよな。
そんなどうでもいいことを思いながら、俺は続けた。
「君の名前を知りたい。ついでに学年も」
「どうしてあなたに教えないといけないのよ」
やはり、冷めたい眼差しを向けられた。警戒されているのだろうか。
彼女には二つも借りがあるんだぞ。恩人の名前を知りたいと思うのは、当然の心理だ。
「俺を二度も助けてくれた、いい人なんだ。だから、ええっと。友だちになりたいと思って」
「……いい人? 私が? 友だちになりたいなんて、変わった人なのね」
含み笑いをすると、彼女は肩をすくめた。
どうしてそんなリアクションをするんだろう。変なことを言った覚えはないんだが。
「……まぁ、同じ高校なのも、なにかの縁かもしれないわね」
優しく微笑むと、彼女は初めてその名を口にした。
「私は──玉木よ。玉木サエ。二年六組」
「玉木サエさん。そうか、サエさんというんですね! やっぱり先輩だ。俺は一年一組のイヴァン・ファーマーです!」
「知ってるわよ」
「あ……そっか。俺の届け出、ちゃんと確認してくれていたんですもんね」
「じゃないと委員会活動なんてできないわ」
「すげぇな、サエさんは。超真面目!」
俺が言うと、彼女は頬をほんのり赤くしてそっぽを向いてしまった。
「……もういいでしょ? 帰っていい?」
「あっ、すみません、呼び止めてしまって」
本当はもう少し話がしたかった。だが、彼女はあまり長居したくないようで早歩きで校門へと歩いていく。
なぜだか分からない──西の陽に照らされる刹那、彼女の後ろ姿には切なさが醸し出されている気がしたんだ。
もうひとことだけ、いいか。彼女に言葉を向けてもいいかな。
「サエさん!」
歩みを止め、彼女はゆっくりと俺の方を振り返る。やっぱりその瞳は冷たかった。
「またマニーカフェに来てください。抹茶フラッペでもなんでも作る。しかも俺の奢りで!」
この言葉に、彼女は口角を僅かに上げた。
「別にいらない」
このときの彼女の口調だけは、あの西陽のように明るく感じた。
俺は彼女の姿が見えなくなるまで、その後ろ姿を見つめ続ける。胸がいっぱいになり、頬が熱くなった。校舎の窓ガラスに映る自分の顔が、妙に上機嫌に見えたのは俺の気のせいではないはず。
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