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第十六章

142,癒しの能力

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(そ、そんな……)

 無差別に、仲間でさえも燃やしてしまう彼の暴走に、ヤエはこの上ない恐怖を感じた。目の前で起きたことがあまりにも衝撃で、息が苦しくなる。
 取り返しのつかない事態になってしまった。もはや、絶望的だ……。

 ヤエがそう思った刹那。

「──お待たせ~!」

 陽気な声が、耳元ではっきりと聞こえてきた。

(え……?)

 不思議に思い、ヤエがそっと振り向くと──

「どうして……?」

 炎の玉をもろに受けたはずの彼女が、何事もなかったかのような素振りで立っていたのだ。あの、優しくて綺麗な笑みを向けて。
 状況が理解出来ない。ヤエは首を捻った。

「ど、どういうことですか……?」
「ごめん、驚かせちゃった? わたしもあなたたちを助けるために、北北西の山から飛んできたの!」
「いえ、そうではなくて。あ……もちろん、あんな遠方から来てくださったことにも驚きましたが……。その、たった今、火の玉に接触していませんでしたか?」
「うん、そうだね。ばっちり直撃しちゃったよ!」
「なぜ無事なのです? お怪我は? 火傷は? なんともないのですか?」

 心配になって彼女の身体をまじまじと見てみるが、傷一つもない。羽根の一部が黒ずんでいるが、それは火傷ではなかった。

 目を丸くするヤエを見て、朱鷺の少女はくすりと笑う。

「大丈夫よ。特異能力を使ったから」
「どんな力です?」
「羽根が光ってたでしょう? あの状態でいると、大抵の衝撃は無効になるんだよねぇ」
「それは、凄いですね……!」

 ヤエは息を呑んだ。

 安心したと同時に、彼女が羨ましいと思った。ヤエの氷の力は、誰かを守ったりすることは出来ない。

 にこやかに話す彼女を横目に、ハクは小さく息を吐く。

「あんたの癒やしの力は見事だとは思うが、あまり使いすぎるなよ」
「どうして?」
「とんでもねぇくらい気力が削られるだろ。ヘラヘラ笑ってるが、今も精神が削られてるはずだ」

 ハクの言葉に、彼女は束の間眉を潜める。それでもすぐさま笑顔に戻った。

「心配しないで。リュウキを助ける為ならなんだってするよ」
 
 きっぱりと彼女はそう口にするが、束の間憂いある声になった。ヤエはそれを見逃さない。

 だが──ここでいつまでも話し込んでいる場合ではない。炎の龍は暴れ続けているのだ。先程よりも、火の威力が明らかに増していた。

「炎の中でリュウキ様が苦しんでいる……どうすれば……」

 ヤエは氷を盾にするだけで、身動き一つ取れなかった。
 怯えるヤエの肩にそっと手を添えると、ハクは大きく頷くのだ。

「とにかく一刻も早くここから離れよう」
「でもリュウキ様は……」
「憂いがあると、リュウキを救いたくても救えなくなる」
「え……?」

 戸惑うヤエに、朱鷺の少女は優しい笑みを向けた。

「そうだよ、ヤエ! きっと何とかなるから! とにかく今は身の安全を確保しないと!」
「でも」

 そうこうしているうちに、またもや爆撃音が鳴り響く。その瞬間に、辺り一面大量の火の粉が舞い散った。

「火傷しないようにね!」

 朱鷺の少女が光り輝く翼を大きく広げ、ヤエとハクの前に立ち塞がった。

 眼前の光景を見て、ヤエは目を見張る。真っ赤に光る火の粉は、全て朱鷺の少女が受け止めたのだ。大火傷をしてしまうような威力のはずだ。
 しかし、彼女は微動だにしない。

「大丈夫ですか……!?」

 ヤエが叫ぶと、彼女はゆっくりとこちらを振り返る。

「全然平気」

 その声は、あまりにも美しかった。
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