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第十五章

136,止められない

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 皆、頑なに動こうとしない。角楼上にいる兵たちも同じだった。

「まともに迎え討っても全員殺されますよ。無駄死にしてはなりません。あなたたちも陛下と共に南の地へ避難すべきです」
「だったらお前だけ逃げろ! 今晩は満月だ。東軍も攻めてくる! ここを落とされるわけにはいかないんだ!」
「元々、おれらは覚悟を決めている。今更死など恐くない!」

 兵たちはきっぱりとそう言い放つ。

 しかし、ヤエは納得出来なかった。彼らの覚悟は、今宵の東軍との戦でのことだ。
 東軍もここへ来てしまったら、その者たちも生命を落とすことになってしまう。

 国同士の戦いではなく、リュウトの手によって人々が殺される。即ち、奴の人類滅亡計画が更に進んでしまうと言うことを意味するのだ。

「そんなの絶対にだめ……」

 ヤエは拳で汗を握る。
 押し問答を続けていても、先には進まない。両者の意思は固い。

 ならば、少し脅してしまおうか──

 ヤエの拳から、微かに冷気が溢れ出た。みるみるうちにそれらは腕を白色に染め上げる。
 少々粗めの氷を放出させて、ここにいる者たちを驚かせば逃げてくれるだろうか。脅しで事を成すのは反対だ。決して彼らを傷つけたりはしないが。

 ヤエが意を決した、正にその時である──

「いつまで隠れている!! 出てこい、ヤエ。殺してやるぞ!!」

 怒り狂った絶叫と共に、またもや大地が大きく揺れた。どん、と下から押し上げられるような地響き。その場にいた全員がよろける。

「……まずいわ」

 ヤエはしゃがみながら、最西門の方を振り返る。すると、門の向こうから思いっきり殴りつけてくる鈍い音が響いた。弾かれた空気が心臓を叩きつけてくる。

「皆の者、門を守れ!」

 その一言で待機していた兵たちが一斉に集まり、土嚢を持って門を固め始めた。
 しかし、リュウトの力はとんでもない。鉄製で出来た頑丈の門が、殴られる度に変形していく。

 ヤエはこの時点で察した。最西門は即刻、破られると──

「やめて……ここが突破されるのは時間の問題です!」
「ああ、しつこい女だな!」
「簡単にシュキ城を落とされてたまるか!」

 兵たちは門を守ったまま誰もこの場から立ち去ろうとはしなかった。
 むしろ、騒ぎを聞きつけた他の兵たちも、シュキ城内から続々と姿を現すのだった。

 その中に、将軍らしき男がいた。立派な鎧を纏い、無精髭を生やした顔は怪訝そうだ。

「何事だ」
「将軍、報告です。北国の皇帝リュウトが攻めてきました」
「北国の……? 軍を率いてきたのか?」
「いいえ、一人のようです」
「妙だな。何か思惑があるのか、罠か。しかし、なにゆえ奴がここに?」
「分かりませぬ。あの女兵士が言うには、皇帝はあやつを狙っているのだとか」
「ほう……?」

 兵からそう報告を受けた将軍は、顎髭をそっと撫でながらヤエの前に歩み寄った。

「女兵士よ。誠の話か?」
「はい、左様です。何があったのかは長くなるのでお話し出来ません」
「一兵卒の事情に興味などない。しかし、来てしまったものは仕方がないな。敵対している北国の皇帝がわざわざ参ったのであれば迎え討つしかない」 
「正気ですか? リュウトの強さは将軍ならばご存知のはずでしょう? あの人は……人をごみのように扱い、一握りで殺してしまうような化け物ですよ!」
「その話はよく知っている。だが、たった一人で参ったのだろう? シュキ城を守っている兵は三万にも及ぶ。いくら化け物であれ、我らの兵力には敵わん」

 将軍は余裕をかますように鼻で笑う。
 相手が相手だ。三万いようと十万いようと全員殺されてしまうというのに。
 ヤエは跪き、拱手し、懸命に将軍に訴えた。

「お願いです、将軍! 撤退しましょう。今なら間に合います。兵たちにここを立ち去るよう、命を下して下さい」
「……なんだ? 口答えをするのか」
「そうではありません。何卒、私の話を……」
「黙れ!」

 拒絶するように、将軍はヤエから背を向けた。腰に携えていた剣を引き抜き、それを天に向かって掲げた。

「皆の者、よく聞け! これより、我らは北国の皇帝・リュウトを迎え討つ! 今宵は東軍との戦も控えている。一刻で奴の首を討ち取ろうぞ!」

 将軍の一言で、兵たちは一斉に雄叫びを上げた。

「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」

 各々の武器を掲げ、シュキ城の前には万を越える兵たちが戦闘態勢に入った。

「お願いです、皆リュウトと戦わないで。今すぐに逃げて──!!」

 ヤエの訴えは、兵たちの声に埋もれもはや誰の耳にも届いていなかった。

「殺せ」「殺せ」「殺せ」という叫び声はシュキ城の壁から壁へと響き渡り──

 やがて誰の声も聞こえなくなった。
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