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第十五章

133,もがき苦しむ

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 身体が、燃えている。どんなにもがいても、この熱を冷ますことが出来ない。
 もう、どうなってしまってもいい。自分は「人殺し」なのだから──



 止まることのない炎は、延々と燃えさかっていた。穴という穴から噴き出る灼熱の炎は、リュウキの心の奥まで熱くした。
 自分の意思とは関係なしに、身体が勝手に動いてしまう。

(僕は……どこへ向かっているんだ……?)

 巨大な炎に包まれたリュウキは風に乗って宙を浮いていた。ゆらゆらと揺れながら前へ前へと進んでいる。

(どうなっているんだよ……)

 朧気の意識の中で、かろうじて思考を巡らせる。今置かれている状況が全く飲み込めない。ただ一つだけ、分かることがあった。

(僕はそろそろ化け物になるようだ)

 感じたことのない脱力感。今までのリュウキなら、この暴れ回る炎の力を何としてでも鎮めようとしただろう。しかし今はそれさえも難しい。

 結局、記憶を取り戻したって無駄だった。あのシュウやナナシという者たちの話を信じた自分が馬鹿だった。
 自らが皇族の者だったということを自覚し、自身の人殺しである姿を幻想世界で目の当たりにし、精神がおかしくなっていく。
 人々を脅かす存在だったなんて思い出したくもなかった。否定したかった。だが、シシ村で出くわしたあの兵士たちの反応を見てしまっては自覚せざるを得ない。皆跪いてはリュウキを「皇帝」と言った。明らかに怯えていた。

(僕は本当に、もう……)

 炎中で、リュウキは瞳を閉ざす。人間である最後の時間、偽物だった頃の思い出・・・・・・・・・・が走馬灯のように頭を過った。

 一番に思い浮かべるのは他の誰でもない、共に旅をしてきた彼女の顔だ。
 氷のような冷たい顔つきをしていた彼女は、リュウキと同じく不思議な能力を持っていた。あの妖術のような力もまた恐ろしいものだ。氷の結晶を放出するだけではなく、彼女自身の心さえも氷付けにしてしまう。

(そう、だから僕の火を使って彼女の凍える心を溶かしたかったんだ……)

 ふと、彼女の──ヤエの言葉が思い出される。

『私をあたためて下さい』

 吹雪に荒れる北北西の山の途中、凍えそうなヤエが放ったあの一言をリュウキは今でも覚えている。出会った当初は冷淡だった彼女が、初めてリュウキと心を通わせた瞬間でもあった。

『私の中の冷たい心が、溶けていきました』

 変わらず笑みはないものの、山小屋の中でヤエは柔らかい口調で確かにそう言った。
 彼女の言葉は、リュウキの心に癒やしと幸福を与えてくれた。いけないと思っていても気持ちを抑えられなかった。

『君の氷を溶かせられるのは、僕だけだよ』

 溢れる想いを伝えたくて、リュウキはそんなことを口にした。炎使いだから出たものではない。たとえ普通の人間だったとしても、彼女にあたたかみを与えられる男になりたかっただけだ。

(だけど彼女には、想い人がいる。いつか記憶を取り戻せたなら、その人と幸せになってほしい。ヤエの心の氷を溶かすのは、僕の役目じゃないんだ……)

 旅路でリュウキは常々そう思ってきた。この熱い想いを冷まさなければならない。彼女を愛する資格などないのだから……。

(僕はまもなく自我を失う。どうか、ヤエには諦めずに自分を取り戻してほしい。そして、きっと幸せになってほしい)

 本来のリュウキは消極的な人間なのかもしれない。美意識が高いわけでも、自信があるわけでもない。明るい性格を演じていれば、見放されなくなる。しかし、偽りの自分を創り上げる意味すらなくなった。
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