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第十四章

130,生と死の狭間

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 朦朧とした意識の中、ハクは現実と幻想の狭間で彷徨っていた。
 目が開けられない。呼吸がだんだんと弱まっていく。

(嗚呼。俺は、このまま果てるのか……)

 初めて死を意識した。

 ハクはこれまで、大半の時間を人間と共に暮らしてきた。
 化け物は一度人肉を食らうとその味を忘れられず、人を襲う衝動が抑えられなくなるらしい。
 正直言って、人間は他の動物と違って本当に旨そうな匂いがする。
 だがハクは、今まで欲心に負けたことはない。大切なものの盾になる為、化け物としての欲望などあってはならないのだ。

(ここまでして俺が何かを守りたいと思うようになるなんてな……)

 ハクが化け物になって以来、乱れた心を正してくれたのはシュウだ。
 シュウは献身的に世話をしてくれた。怯える様子もなく肉をくれた。会話が交わせないのに毎日話しかけてきた。それによってハクは人の言葉が理解出来るようになり──人間の、シュウの気持ちを知った。
 白虎狩りに反対する人間がいたなんてこと、シュウと出会わなければ知り得なかったのだ。

 それから程なくしてソン一家に一人の娘が産まれた。ヤエだ。
 生まれた時からハクのそばにいた彼女は、化け物を怖がることなく育った。常に寄りそい、弱くて可愛らしいあの笑顔を守りたい。はっきりとしたきっかけがなくとも、ハクがそう思い始めるのには時間はかからなかった。
 シュウの大切な妹である以上に、ハクにとってもかけがえのない存在なのだ。

 ──思い返すと、やるせない気持ちになる。
 人間に特別な感情を抱くものじゃない。種族を越えていてはどうにもならないし、それ以前に自分は化け物なのだ。家族を守りたい、という想いに嘘はないが、それを前提としても結局は彼女のそばにいたい口実でもあった。
 だから今まで必死に戦ってきたのに。

(こんなところで果てるのかよ。あの、国賊リュウトにやられるなんて……!)

 ハクは無意識のうちに毛を逆立てる。
 どす黒い液体が地に滴り落ちる音が絶え間なく響いていて、止まる気配もなかった。

(とんでもねえ血の量だな、くそ。これ以上は無理だ……止まらない……俺は、もう……)

 薄れた意識の中、ハクは目を閉じたまま彼女の顔を思い出す。黄泉の国に逝く寸前まで、愛しの人を感じていたい。それぐらいなら許されるだろう。
 呆気ない終わりかただ。せめて見届けたかった。ヤエが幸せになる末を……。

 静かな空間に、風が吹いた。あたたかい春の気温がハクの身体を包み込む。
 自然のものでなく「空から降ってきたような」そよ風に思う。
 なぜそんな風に感じるのだろうか? 死の間際までくると、感覚までおかしくなるらしい。

『──ねえ』

 ふと、遠くの方で、声が聞こえた気がした。女の声だ。
 どこかで聞いたことがあるような……。

『ねえ、ちょっと! 大丈夫?』

 やはり聞こえる。誰かがあの世から呼んでいるのだろうか。

「大丈夫じゃねえから、さっさと黄泉の国へ連れていけよ……」

 自分でも聴き取れないほどの声量で呟いた。
 するとこの時、目の前に何かの気配が現れる感覚がした。
 咄嗟に目を開く。

「大変! 血だらけじゃない! 毛も真っ赤になっちゃってるよ!」

 慌てたような声だ。その主は、ハクのそばに近づいてくる。

「……あんたは……?」

 うっすらと目を開き、声の主を確認してみる。

 するとそこにいたのは、全身桃色の羽根を纏った美しき化け物──朱鷺の姿があったのだ。

 まさか。なぜ、ここに?
 紛れもない、旅の途中で出会った彼女がいた。

(どういうことだ? いや、彼女がこんな所にいるわけがないか……。幻覚を見ているんだな……)

 あまりにも現実的ではない事態に、ハクは心の中で苦笑した。
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