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第十四章

129,憎悪に支配された男

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「リュウキ様は、あなたと違って心優しいお方です」
「……何をっ?」
「あなたが皇后陛下より受けた言葉の数々は大層ひどいものだったでしょう。実の母親に子として見てもらえないどころか、重い病を患っているという理由で存在すら否定される……想像を絶するほどあなたは辛い想いをされたと存じます」

 ヤエの腕を掴むリュウトの手がガタガタと震え始めた。それと同時に、上手く力が入らなくなっているようにも感じられる。
 尚もヤエは淡々と話し続けた。

「しかし──どんなに悲しい想いをしたとしても、人を恨むのは違います。この世に生きる人々は皆、大変な想いをしながら生きています」
「お前は何が言いたいのだ?」

 リュウトの声は冷たい。まるで何かに怯えているかのような弱った口調だった。

「あなたは皇帝陛下です。この世を救う為に力を尽くせば、人々から讃えられる機会があります。しかし全てを否定して人間を滅ぼそうならば、たとえ生命が尽きた後も人々から恨まれるでしょう。憎しみからは憎しみしか生まれません。分かりますか?」

 終始落ち着いた声でヤエは語り続けた。
 途端に、リュウトの力が再度強くなる。

「……あ……っ!」

 とんでもない力で腕を掴まれ、ヤエは痛みに悶える。腕が、よじれそうだ。

「戯け、戯け戯け戯け!! どこまで朕を貶せば気が済むのだ!? もはや……貴様のような女に用はない!」

 絶叫すると、リュウトは背後からヤエの首を片手で掴み取った。

 この男には、人の心などない。どれだけ説得しようが無駄だ。憎悪に支配され、冷静になれず、ただただ自分の野望の為に行動する。
 ヤエが全てを諦めた──その瞬間だった。

「……っ!!」

 突如、ヤエの目の前が朱色に染まる。全身が針のようなもので刺される冷たさが走った。
 両手をふと見ると、つららのような形をした鋭い氷が剥き出しになっている。手だけでない。腕から、胸から、胴体から、足から、それに背中からも──ヤエの全身から鋭利の氷が突き出ていたのだ。

「うぁぁ……!!」

 背後から鈍い声がすると、首を掴んでいたリュウトの力が一瞬弱まる。この僅かな隙を見逃さず、ヤエはリュウトから離れていった。
 振り返ると、リュウトの胴体から血が流れていた。ヤエのつららが突き刺さったようである。

「小癪な……!」

 これでこの男が死ぬわけはない。顔中に深い皺を刻み、血走った目でヤエを睨みつけてきた。

 足がすくみそうになる。逃げなくては。今度こそ、殺される。
 ヤエは踵を返し、逃げ道へと足を向けた。決して後ろを振り向いてはならない。
 無我夢中で走って行くと、背後からリュウトが追いかけてくる気配が感じられた。再び大地が揺れ、足元が崩れ落ちそうになるほどの威力だ。

(地震に怯んではだめ! とにかく走れ、走るのよ……!)

 気づけばヤエは、最西端の方角へと全速力で向かっていた。
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