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第十三章
116,危機
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だが、僅かな瞬間だった。御者の男が突然槍を掲げる。
驚き、ヤエはその手を封じようとしたが間に合わなかった。男の両手から槍が放り出され──数歩先で待機していた馬たちの足元に勢いよく投げつけられた。
驚いたように馬たちは鳴き声を上げると、二頭同時に走り出してしまう。
「あ……!」
焦りながらも、ヤエは輿車を引いて暴れまわる馬たちを止めようとした。
しかし邪魔が入る。御者の男がいきなり足を出し、ヤエのつま先を引っ掻けてきた。
転倒しそうになる寸前でヤエは咄嗟に受け身を取る。
「行かせぬぞ!」
「邪魔しないで!」
御者の男を睨み付け、ヤエは力を放出させた。男の両腕両足に氷を張り、身動きを封じさせる。
「く、くそ。この妖術使いめが!」
唾を吐き捨て狼狽える御者の男を無視し、ヤエは急いで輿車のあとを追った。
興奮した馬たちは全速力で駆けていく。どんどん距離が離されてしまうのだ。
「リュウキ様」
息が上がる中、ヤエはどうにか叫ぶ。
「リュウキ様! 今、お助けします」
何度も彼の名を呼ぶが、きっとリュウキには届いていない。
馬たちはどこへ向かうつもりなのか、不規則に進んでいく。気がつけば、シュキ城の門に向かって直進し始めた。
このまま突進していけば、やがて城壁を囲む川に飛び込んでしまう。そうなればリュウキが乗る輿も多大な衝撃を受けるだろう──
何とかしなければ。非常に危険だ。いかにすべきか。氷の力を使うか?
馬たちは既に遠方を走っている。力を放っても届く距離か微妙だ。
それでもヤエは意識を集中させ、再び手のひらから白い結晶を呼び起こした。
めきめきと氷が音を立てて鋭く形成されていく。狙いを定め、馬たちの行く手を阻もうと力を放った。
「止まって、お願い……!」
ヤエの手の先から飛び出した氷の刃は、目にも留まらぬ速さで飛んでいく。輿の方角に真っ直ぐ向かい、馬たちよりも早く──あっという間に通り越し、氷の刃は馬たちの手前に落ちていった。ザクッと鈍い音を立てて地に突き刺さる。
狙い通りだ。ヤエが歓喜したのも束の間、仰天した一頭の馬がよろめき、そのまま横転してしまった。それにつられるようにもう一頭の馬も足元から崩れ落ちる。
「まずいわ……!」
この衝撃で、輿もろとも右側に倒れていった。どん、という大きな音が耳の鼓膜に刺激を与える。
馬たちの暴走は止まった。中にいるリュウキはどうなってしまったか。大怪我をしていないだろうか。
「リュウキ様!」
とんでもないほどの衝撃だったと思う。下手をすれば骨折をしてもおかしくないほどだ。
「リュウキ様、ご無事でしょうか!」
涙目でヤエは輿の所へ駆け寄る。立て直すのは難しい。倒れたままの輿に手を触れ、そっと簾を引いてみる──すると。
中で、うつ伏せになっているリュウキの姿があった。
「リュウキ様……!」
そっと彼の背中に触れた。息はしている。しかし、反応がない。
「大丈夫ですかっ?」
狭い輿の中にヤエは上半身だけ入り込む。リュウキの肩を掴んで引き出そうとしたが、ヤエの力ではびくともしない。
どうすればいいのか。
考え込んでいると──
「この、小娘がっ!」
背後から、しゃがれた声がした。ハッとして振り返ると、御者の男が怒り心頭の眼差しを向けて目の前に立っていた。
手に持つ槍を、今にも突き刺してこようとしている!
ヤエはすぐさま氷を放出し、御者の男の手元の槍を弾き飛ばした。
「ぐあっ……!」
男の手から槍はどすんと落ちていった。
「氷の封印は……?」
手足を縛ったはずなのに──御者の男は手首や足元が少し濡れているだけで、完全に自由の身となっている。
「けっ、あんな氷! すぐに溶けてなくなったぞ! お前の妖術なんてその程度の力なのだろう」
男はドスの効いた声でそう吐き捨てる。
氷の威力が弱すぎたのか。ならばもう一度、全身を凍りつけてしまおう──
ヤエが男に向かって両手を翳した、刹那。
「二度も同じ手にはまるか!」
男は雄叫びを上げながら、ヤエの背後に素早く回る。それから両手を強く掴んできた。
すぐに振り払おうとする。けれども所詮は女の力では男に敵わない。踠いても、どうしても離れられなかった。
「ハハハ! 小娘め、このままお前も北国へ連行してやる!」
御者の男はヤエの腕を放さずに輿に近づくと、中にあった縄を取り出す。それを要領よくヤエの腕に巻き付けてしまった。縛られたヤエは、もはや何も抵抗することが出来なくなる。
驚き、ヤエはその手を封じようとしたが間に合わなかった。男の両手から槍が放り出され──数歩先で待機していた馬たちの足元に勢いよく投げつけられた。
驚いたように馬たちは鳴き声を上げると、二頭同時に走り出してしまう。
「あ……!」
焦りながらも、ヤエは輿車を引いて暴れまわる馬たちを止めようとした。
しかし邪魔が入る。御者の男がいきなり足を出し、ヤエのつま先を引っ掻けてきた。
転倒しそうになる寸前でヤエは咄嗟に受け身を取る。
「行かせぬぞ!」
「邪魔しないで!」
御者の男を睨み付け、ヤエは力を放出させた。男の両腕両足に氷を張り、身動きを封じさせる。
「く、くそ。この妖術使いめが!」
唾を吐き捨て狼狽える御者の男を無視し、ヤエは急いで輿車のあとを追った。
興奮した馬たちは全速力で駆けていく。どんどん距離が離されてしまうのだ。
「リュウキ様」
息が上がる中、ヤエはどうにか叫ぶ。
「リュウキ様! 今、お助けします」
何度も彼の名を呼ぶが、きっとリュウキには届いていない。
馬たちはどこへ向かうつもりなのか、不規則に進んでいく。気がつけば、シュキ城の門に向かって直進し始めた。
このまま突進していけば、やがて城壁を囲む川に飛び込んでしまう。そうなればリュウキが乗る輿も多大な衝撃を受けるだろう──
何とかしなければ。非常に危険だ。いかにすべきか。氷の力を使うか?
馬たちは既に遠方を走っている。力を放っても届く距離か微妙だ。
それでもヤエは意識を集中させ、再び手のひらから白い結晶を呼び起こした。
めきめきと氷が音を立てて鋭く形成されていく。狙いを定め、馬たちの行く手を阻もうと力を放った。
「止まって、お願い……!」
ヤエの手の先から飛び出した氷の刃は、目にも留まらぬ速さで飛んでいく。輿の方角に真っ直ぐ向かい、馬たちよりも早く──あっという間に通り越し、氷の刃は馬たちの手前に落ちていった。ザクッと鈍い音を立てて地に突き刺さる。
狙い通りだ。ヤエが歓喜したのも束の間、仰天した一頭の馬がよろめき、そのまま横転してしまった。それにつられるようにもう一頭の馬も足元から崩れ落ちる。
「まずいわ……!」
この衝撃で、輿もろとも右側に倒れていった。どん、という大きな音が耳の鼓膜に刺激を与える。
馬たちの暴走は止まった。中にいるリュウキはどうなってしまったか。大怪我をしていないだろうか。
「リュウキ様!」
とんでもないほどの衝撃だったと思う。下手をすれば骨折をしてもおかしくないほどだ。
「リュウキ様、ご無事でしょうか!」
涙目でヤエは輿の所へ駆け寄る。立て直すのは難しい。倒れたままの輿に手を触れ、そっと簾を引いてみる──すると。
中で、うつ伏せになっているリュウキの姿があった。
「リュウキ様……!」
そっと彼の背中に触れた。息はしている。しかし、反応がない。
「大丈夫ですかっ?」
狭い輿の中にヤエは上半身だけ入り込む。リュウキの肩を掴んで引き出そうとしたが、ヤエの力ではびくともしない。
どうすればいいのか。
考え込んでいると──
「この、小娘がっ!」
背後から、しゃがれた声がした。ハッとして振り返ると、御者の男が怒り心頭の眼差しを向けて目の前に立っていた。
手に持つ槍を、今にも突き刺してこようとしている!
ヤエはすぐさま氷を放出し、御者の男の手元の槍を弾き飛ばした。
「ぐあっ……!」
男の手から槍はどすんと落ちていった。
「氷の封印は……?」
手足を縛ったはずなのに──御者の男は手首や足元が少し濡れているだけで、完全に自由の身となっている。
「けっ、あんな氷! すぐに溶けてなくなったぞ! お前の妖術なんてその程度の力なのだろう」
男はドスの効いた声でそう吐き捨てる。
氷の威力が弱すぎたのか。ならばもう一度、全身を凍りつけてしまおう──
ヤエが男に向かって両手を翳した、刹那。
「二度も同じ手にはまるか!」
男は雄叫びを上げながら、ヤエの背後に素早く回る。それから両手を強く掴んできた。
すぐに振り払おうとする。けれども所詮は女の力では男に敵わない。踠いても、どうしても離れられなかった。
「ハハハ! 小娘め、このままお前も北国へ連行してやる!」
御者の男はヤエの腕を放さずに輿に近づくと、中にあった縄を取り出す。それを要領よくヤエの腕に巻き付けてしまった。縛られたヤエは、もはや何も抵抗することが出来なくなる。
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