【完結】炎の戦史 ~氷の少女と失われた記憶~

朱村びすりん

文字の大きさ
上 下
112 / 165
第十二章

112,家族を守ると決意したきっかけ

しおりを挟む
 腰が抜けたように、シュウはへたりこんでしまう。ゆっくりとハクの方を振り返り、べそをかいた。

 額からは、血が滴り落ちている。

 たった今、斬られた痕がなんとも痛々しい。

「ハク。お前……守ってくれたのか?」

 シュウに問われ、ハクは低く唸った。

(お前が死んだら、俺が困るからな……)

 むず痒い。ハクはわざと欠伸をしながらごろんと横たわった。 

 なんだろう、シュウはやはり他の者とは違う。三人の大人を相手に、勇気を持って盾になってくれた。このたったひとつの事実に、ハクの心が浄化させられ、あたたかかくなっていった。

 シュウの額の傷は深い。完全に消えることはないだろう。
 ハクは返事が出来ない代わりに、頬をシュウの身体に擦り付けるのだった。


 ──それをきっかけに、ハクは檻の外で過ごすことを許された。
 化け物になってから初めて荒れていた心が落ち着いた。精神が安定しているのがハク自身も分かった。
 ソン家の人間たちは、ハクを信頼したようである。わけもなく暴れ、人間を殺めるようなことはしない、と。

 ソン家の裏庭で野放しにされているハクを見て、村人たちは最初は恐れていた。
 しかしハクが庭で腹を出しながら寛ぎ、シュウに寄り添う姿を見せていると、やがて人々は文句も何も口にしなくなった。ただし、巨体なハクに敢えて近づこうとする者は皆無であったが。
 野生時に味わったことのない平穏だ。まったりした日々が流れる。


 ──ハクが化け物に成ってから半年ほどが経つ。
 ある日シュウはハクに大切なものの存在を紹介した。

「見ろ。この子はわたしの妹だ」

 シュウは片腕に収まるほど小さな人間を大切に抱えていた。まだ首も据わっておらず、つぶらな瞳を輝かせて青空をじっと眺めているよう。
 人間の、赤子だ。
 ハクはこれほどまでに小さな人間を見るのは初めてである。なんと不思議で神秘的で、それでいて愛らしい生き物なのか。

「名はヤエと申す。まだ生まれたばかりの赤子だ。しっかりと守らねばならない」
 
 シュウの表情は今までに見たこともないほど優しい。

 人間の赤子に戸惑いながらも、まだこの世の何も理解していないような姿に、ハクは心を奪われそうになる。
 
「この世は混乱に満ちている。お前のように精神が安定していれば問題ないが、世には人間を襲う化け物ばかりだ。自然環境や野生動物の生命にも大きな危機を及ぼす。しかも、人間たちは国と国の戦争によって殺し合いをしている。この城下村もいつ化け物に襲われ、戦に巻き込まれるか分からない。だからこれからはお前も、一緒に大切なものを守ってはくれないか?」

 人間の言葉は話せなくとも、ハクはシュウの話をよく理解していた。返事をする代わりに、シュウの胸に顔を擦り付けた。

 そんなハクを、シュウは優しく撫でる。

「よしよし、お前はまるで、巨大な猫のようだな」

 野生動物として、縄張りを守りながら過ごす日々が好きだった。しかしこうなった以上、ソン家を守る化け物として尽くしていくのも悪くはない。今さらハクが山へ帰ることもないだろう。

 人間嫌いだったハクは、シュウの為に、そしてソン一族を守る為に人と共生する道を選んだのだ。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

超常はびこるこの世界をただの?身体強化で生きていく〜異能力、魔法、怪異、陰陽師、神魔、全て力で捩じ伏せる!〜

kkk
ファンタジー
 超常的な力が世界中に満ち、魔法や異能、怪異が日常の一部となった時代。  物語の舞台はかつて大規模な戦争が起きた際、東西に分断された日本。その西の中心に位置する最大の超常都市「ネオ・アストラルシティ」。  主人公であるカケルは、高校生ながら「身体強化」というシンプルでありながらも地味な能力を持ちながら、日々「何でも屋」として生計を立てていた。  そんな彼の前に次々と現れる異能力者、魔法使い、怪異、そして神魔を拳ひとつで次々と打ち倒していき、戦いを通じてカケルは自分自身の出生や「身体強化」能力に隠された真実に近づいていく。  これは少年が仲間たちと共に彼はこの力を武器に世界を変える戦いに挑む物語。  全ての力を越え、拳で運命を打ち砕く――。

二度目の転生は傍若無人に~元勇者ですが二度目『も』クズ貴族に囲まれていてイラッとしたのでチート無双します~

K1-M
ファンタジー
元日本人の俺は転生勇者として異世界で魔王との戦闘の果てに仲間の裏切りにより命を落とす。 次に目を覚ますと再び赤ちゃんになり二度目の転生をしていた。 生まれた先は下級貴族の五男坊。周りは貴族至上主義、人間族至上主義のクズばかり。 …決めた。最悪、この国をぶっ壊す覚悟で元勇者の力を使おう…と。 ※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも掲載しています。

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

ヶケッ

ほづみエイサク
ホラー
ある森の深い場所に、老人介護施設がある そこに勤める主人公は、夜間の見回り中に、猟奇的な化け物に出会ってしまった 次の日、目が覚めると、いなくなったはずの猫と寝ていて―― 徐々に認識が壊れていく、サイコホラー ※カクヨムでも同時連載中

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

処理中です...